魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅱ 魔王国の改革

11節 外交 〜妖精編 ⑤

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 一悶着あったものの、エルフの代表者達も席につき、やっと会合が始まった。

 まずは、ベリアルが条約について読み上げ、エイジが詳細を説明していく。その説明中に質問などが飛んでくることもあり、挙句そのまま話を遮り論戦を始めようなんてこともあった。しかし、先日練った対応表と、妖精側の思慮深い者が諫めてくれたおかげで、何とか荒れることなく進んでいくのであった。

 さて、会議中妖精達は、最初の方は訝しげに、裏を探るような険しい顔で聞いていた。だが、段々と内容を聞いていくにつれて、驚きと疑問が混じった顔をするようになる。

 この条約は、妖精の国が事実上魔王国の属国となるような不平等なものだが、それ以上に締結する方がメリットが大きくなる。自治権も保証しているのだ。つまり、エイジが先日獣人達と結んだ条約に似たようなものとなっている。

「条約の内容は、理解した」
「しばらく、考えさせてください」

 理性的に考えれば受ける以外の選択肢はないだろう。しかし、それ以降の議論は進まなかった。というのも、既に妖精の中で賛成派と反対派が対立しており、尚且つ勢力が拮抗していたからだ。

 反対派は魔王国が信用できないことと、自分らの誇りを賭けた戦いを外部からの干渉で終わらせるのが気に食わないという意見が主だ。そちらには重鎮が多い。対して賛成派は、厭戦の機運が高まる一般人や兵士寄りの者達の他、優柔不断な者達が流れている印象を抱かせる。

 そのせいか議論が詰まり、内容は堂々巡り。それぞれの陣営の内側のみで争いが始まり、魔王国への意識は減って、質問なども無くなり暇となる。それには、せっかちなエイジが苛立ちを感じ始める。

「おい、落ち着け。国の未来を決める重大なことだ。そう簡単に決められやしないだろ」
「分かっている、分かっているさ……!」

 だが、エイジが嫌がっているのは、せっかちなだけというわけでもない。

「けど、オレは、進まない会議が大嫌いなんだよ。何せ、トラウマがある」

 あれは、いつのことだったろうか。以前勤めていた企業で出席させられた議会。そこでは、会議は踊る、されど進まずの様相を呈していた。新入社員である自分にも確固とした意見があったが、当然発言権などあるはずもなく。下らぬ話を延々聞かされ、退室さえも許されず……その結果、緊急の仕事を残業しても片付けられず、業績ガタ落ち、挙句皺寄せで仕事量五倍の憂き目に遭った。

 今の自分の置かれた立場も、これに近しいものがある。緊急の残業というのは国政で、会議は停滞、しかも参加者は自らを敵視しているのだから尚更状況は悪い。

 しかし、そこであることに気づく。各勢力の主要人物の中に、いやにソワソワしている者達がいた。まるで何かを待っているような……。この会議の停滞も、時間稼ぎを狙ってのものなのか。それを見たエイジは、会議を進めるいい機会だと気づき、発言することにした。

「ああ、そこのあなた、落ち着かないご様子ですね。その不安、分かりますよ。魔物の巣穴が近くにあるから心配なのでしょう。でも、我々三者で協議したところがここなのです。事前にそのリスクは承知のはずでしょう?」

 魔王国側からの発言は久しぶりであったため、全体の意識もそちらに向く。そしてその発言の内容に、彼が何をしでかしていたか知らないベリアルとレイヴンもギョッとする。

「それに、ご安心を。魔獣どもは、事前に駆除しておきましたから」

 その報告に、ウッドエルフ王、その他精霊たちの顔色が若干悪くなる。

「ちなみに、その場で不審な魔道具を見つけまして。それを調べてみたところ、どうやら特定の時間に発動するもののようでした。明らかに人為的に設置されたもので、もし発動していたら、確かにこの会議が行われているここに魔物の大群が殺到したかもしれません。が……もちろん外しておきましたので大丈夫」

 意味深な目配せも忘れない。これにより、かなりのプレッシャーをかけてやることができる。そう、お前らの企みは全てわかっているし、既に悉く防いだ。無駄な抵抗はやめるんだな。そして、これでもし会合の結論がノーなら……どうなるかわかるよな、と。ここまで読んでくれれば上々である。

 さて、エイジが睨みを効かせたことで、ウッドエルフ側の雰囲気が変わった。この企てを知らなかった者達は自陣のあり方に疑念を向け、見抜かれた者達は宰相への恐れから合意に傾く。しかし、この恐れは却って魔王国不信を強めることにもなり、勢力こそ合意に傾いたが、対立自体は深まってしまっている。

 なんにせよ、エイジの行いが会議を引っ掻き回したのは事実である。それに彼がスカッとしていると__

「ほ、報告いたします! 今回の会議に不満を示した我が国の過激派妖精達が暴徒と化して、会議を破壊せんとこちらに進撃してきています!」

 伝令を行ったのはダークエルフだ。その伝令の内容に、会場はパニックになる。しかし、勿論エイジは一部の者が含み笑いしていたことに気づいていたため、次の一手を打つ。

「妖精のクーデター? それは大変だ! ですが……ここは一旦落ち着きましょう? この場には腕の立つ護衛が多く居ますから、大丈夫ですよ」

 エイジが全体に届くように声を張り、騒ぎが大きくなる前に鎮める。既にこの場は彼が支配したようなものだ。これの一挙手一投足に注目が集まる。


「ああ、席を立たないで。五分後に伝令が来ますからね あ、飲み物をいただけますか?」

 避難しようとした者達を呼び止める。勿論、容疑者を逃さないための行いだ。

 そんな彼の下へ、要求通り飲み物が届けられる。渡されたのは、見るからに苦そうな緑色のドリンク。

「オイ、やめておけ。奴らの俺たちへの敵意をわかっているのか? 不用意に口をつけるな」
「わかってるよ~。その上で証拠、つまり脅しになると踏んだから飲むのさ~」

 匂いを嗅ぐと、レイヴンの制止に構わず飲む。これもまた布石の一つとなり得るのだ。そんな彼はシルヴァを手招きすると、あることを告げた。

 と、そこへ、彼の予言通り伝令が現れる。

「さ、先程の報告は誤りでした! 暴徒達がいたのは事実だったのですが、既に何者かによって鎮圧されており……」

 それによって再びどよめく。そして勿論、何かをしたであろう彼へと注目が集まる。

「彼らが出発したのは一時間前。そして、その頃この辺りにいて、ここには居なかったものといえば? ええそうです、我々魔王国の兵士たちが、その者たちを鎮圧してくれたようですね」

 しかし、何故そのことを防げたのか。つまり、どのようにして予見したのかという疑念が向けられる。

「何故我々が知ってるかって? それはもちろん、我々の情報網があなた方を上回っただけのこと。舐めてもらっては困ります」

 ダークエルフの元老は渋い顔。それが実態を如実に表していた。

「ああ、そういえばこの飲み物、なかなか美味しいですね。特に隠し味が秀逸で、芳醇な風味によく合う刺激的な薬味でした。ああ、でも私には少々刺激が強かったので解毒剤……失礼、調味料を入れさせていただきました」

 更に、空っぽになったグラスを振るエイジの発言に、場が凍りつく。何より、怒気が全く含まれておらず、寧ろ朗らかであるような様子が異質感を際立たせていた。

「ちなみに、この飲み物を振る舞ってくれた方へは、お礼として縊り殺して差し上げました。この贈り物、気に入っていただけたようなら幸いです」

 そして、目が全く笑っていない笑顔で、相対する者達を睨め付ける。これは見せしめであった。そしてこうも示している。次は無いぞ。

 また、妖精が一人この場で殺されたわけだが、これに対しては誰も何も言えなかった。何故なら、暗殺未遂の報復であるのだから。グラスという証拠が残っている以上、糾弾しようとすれば、逆におもてなしのドリンクに毒があったことが露呈し、先に手を出したことが判明して立場がなくなってしまうから。

 更にさらに、エイジはまだまだ追撃の手を緩めない。

「ああ、そういえば、そちらの空席……重役が数名いらっしゃらないようですね?」
「ええ、こちらの重鎮が来ていないんです」
「私どもの方でも、何名か先日から姿を見かけなくて」

 狼狽する女王と補佐官へ、エイジは解を告げる。

「それがですね、非常に申し上げにくいのですが、彼らは来ません」
「な、なぜです⁉︎」

「何故って……お亡くなりになったからですよ」
「ど、どうして……」

「どうして死んだかって? そりゃあ……オレが殺したから」

 猟奇的な笑みと共に告げられた事実に、妖精陣営は大いに動揺する。しかもそれだけでなく、何してくれてんだとばかりに、魔王国幹部らもとんでもない視線を彼に向けていた。

「ああ、殺した理由もちゃんとありますよ。秘書、よろ」

 秘書たちがファイルをそれぞれの陣営に置く。そして、それに目を通した精霊達の顔色が変わった。

「それが証拠だ。ほら、この通り二人は異なる陣営にありながら、密約を交わしていたようですね。テロを企て、この会合中に要人たちを一網打尽に抹殺しようとしていたようです。なんでオレが知ってるかって? そいつあ……企業秘密ということで」

 しかし、そのファイルはウッドエルフ陣営がグラスを倒し、ダークエルフ側は強風に吹き飛ばされ、紛失してしまう。

「ああっ⁉︎ 貴重な資料を……申し訳ない」
「ああ、ご安心を。それはコピーですので。本物は、こっち。君らの本質は見抜いているんだ、今更わざとらしく演技しても、こちらには全部お見通し。無駄な抵抗はよしたらどうだね」

 エイジが顔の真横に開いた孔から、先程配られた資料と寸分違わぬものが現れる。それを弾きながら、余裕そうに踏ん反り返り、顎を上げて見下すようにしながら話を続ける。

「なんでその書類から彼らの魔力がするかって? 遺体も見つかっていない? ふふふ、その答えはこう……彼らなら、ここにいるからです」

 エイジは自らの胸を指す。

「私は彼らの幻魔器を取り込んだんです。そのおかげで、私もダークとハイのエルフの力を身につけられました」

 多くの者がピンと来ていなかったが、その後の言葉を理解した途端、その狂気的な行いに恐怖した。

「これで、ご理解いただけましたか? ええ、そうですとも。この会合を妨げる要因となりうるものは事前に排除、摘み取ってあります。なので……大人しく席に着きなさい。そして、話し合いを続けましょう。我々は皆様方がご納得いただけるような案を、いろいろ揃えておりますので」

 超越者然とした態度であるが、その奥からは悍ましい程の義憤が感じ取れる。そして、異様な魔力さえ漏れ出している。その気迫に圧された精霊達は、今度こそ真面目な議論に取り組み始めた。

「……結果こそ良かったからいいものの。少しくらいは相談してくれてもよかっただろう」
「すみません、忙しそうにしていたものですから」

 そこでようやく一息つけたエイジは、魔王からちょっとしたお叱りを受けていた。この揺さぶりが重大な効果を発揮し、良い方向へ導いてくれたから良いものの、相談もなく断行した挙句失敗していた可能性を考えると、それは致し方ないだろう。

 と、ここでダークエルフ側から挙手する者が現れる。元老長オーヴェンだ。

「すみません。私どもとウッドエルフだけで会談してもよろしいでしょうか?」
「ああ、許可しよう」

 ベリアルが即座に許可すると、オーヴェンは護衛隊長を連れてハックの元へと向かった。一瞬だけ、ほくそ笑みながら。

「よいのですか、ベリアル様。あいつら、この期に及んで何かを企んでいるようですが」
「構わぬ。気づいておるし、どうとでもなる」

 エイジとしては、側近に耳打ちし、此方をチラチラと見ながら話をしている彼らを、全くもって信じられなかった。

 そんな彼の心配を他所に、何事もなく彼らは再びそれぞれの席につく。そして、各陣営の中で議論という名の作戦会議を始めた。

「……来るな」
「ああ、動きが変わったようだ」

 レイヴンとベリアルが耳打ちし合う。その横で瞠目するエイジは、既にこの後何が起きるか予知していた。

「……待たせたな、我々の答えを告げに来た」

 エルフの王とその補佐官、そして配下数名。それぞれの陣営から代表者らが立ち上がると、

「我々は、この条約を結びましょう」
「おお、それはよかった。では、こち__」
「ただし、貴様らが生き残ったらな‼︎」

 突然ウッドエルフは弓を番え、ダークエルフは魔術の詠唱を始める。一部の狼狽える者達をよそに、その他の妖精達も、それぞれの得意とするらしき攻撃の予備動作に入る。そして、全ての攻撃が魔王国陣営に放たれた。

「よし、やったか⁉︎」
「これほどの攻撃だ。魔王といえど、タダで済むわけが__」

 そんな声が聞こえる。土煙が舞い、魔王らの姿は妖精からは見えなったのだから、そのような幻想を抱いても仕方ないだろう。しかし__

「やれやれ。こんな堂々とした暗殺があってたまるか」
「そんな……」

 残念ながら、彼らに見えた結果は、机こそ壊れてしまったものの、魔王軍は全員無傷だということだった。

 ベリアルは微動だにせず、そのまま全ての攻撃を装甲で弾く。将軍は最小限の動きで攻撃を躱し、光槍で魔術は相殺した。宰相は片手で全ての攻撃を払い、最後の矢を一本指で摘んでいた。更に流れ弾の飛んだ後衛も、漏れなく全て撃ち落とし、防御していた。

「よくもやってくれたね? これはほんのお返しだよ」

 エイジはダーツの要領で矢を投げる。その矢は太い木をブチ抜き、そのまま彼方へ飛び去った。

「おっとやりすぎちゃった」

 妖精達は呆気に取られている。奇襲に失敗したとあれば、残る道は蹂躙のみ。オーヴェンやハックの顔も見事に引き攣っている。

「条約は、破談ということで、いいな?」

 レイヴンが阿修羅のような形相で敵を凄む。

「魔王国軍! 奴らを__魔王様⁉︎」

 護衛隊に指示を出そうとするレイヴンを手で制すベリアル。彼はヌッと立ち上がったと思うと、エレンに手を差し出し__

「私の剣を」
「ハイ」

 ベリアルは預けていた剣を受け取る。魔王ベリアルの得物は、人一人分の大きさはあろうかという大剣である。

「ケジメはつけさせてもらうぞ。覚悟はいいな‼︎」
「魔王様、彼らは私達が生き残ったら条約を結ぶと言いました。それに、ニンテスさんやティタスさんなど、攻撃しなかった妖精も多い。殺さないでくださいね?」
「むっ、そうか。なら、威嚇に留めようか。フンッ!!」

 ベリアルはいきなり十メートルほど飛び上がったと思うと、自身と剣に何らかの魔術をかけ、急降下。

「喰らえ、地を断つ我が一撃を。ハアァァァッ!!!」

 そのまま剣を大上段から叩きつける大技を放った。

「うおわっ!」

 とてつもない地響きに、近くにいた幹部達も体勢が崩れる。後方にいてこれなのだ。叩きつけられた箇所から前方には大きな地割れが発生し、余波を食らった妖精達は塵のように吹っ飛んでいった。

「やり過ぎですよ!」
「ふむ、久しぶりすぎて力加減を誤ったな」

 恐らく、単発火力としては、エイジが放てる最高威力を軽く上回る攻撃力だった。

「いや、これでも控えめの威力なのだが。ブランクがあるから体が鈍っているようだ。本来ならば、もっと威力は出るはずだ」
「嘘やあ……」

 チート級能力のおかげで、エイジは自分を相当強いと思っていた。なにせ上級魔族数人を相手に圧倒したのだから。しかし、どうやら彼のが主君はそれを軽く上回るらしい。流石は、魔族の王たらん者。

 さて、地割れから這い出してきたり、体を引きずったりしながら戻ってきた妖精の代表者達を見下して、魔王国君主が宣言する。

「お前達の条件は満たしたぞ。さあ、これに印を。それで条約は締結だ」
「「は、ははあ……」」

 こうして少し荒れるどころか大波乱が起こったエルフとの外交は、なんやかんやで締結。泥沼の戦争も終結し、友好的な関係を築く第一歩となったのであった。
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