魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅱ 魔王国の改革

10節 宰相の受難 ⑧

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 アロンダイトを取り出して変形。刃渡りを40センチにして眼前の斬撃を受け流し、その後ろの敵を刺す。と思えば刃を三倍にして、剣の腹で辺りを薙ぎ払う。

「ヌウン!」

 右横から、体格だけならゴグにも匹敵するであろう大鬼が殴りかかる。その拳を、前を向いたまま片手で受け止める。

「ヌォ……ギガガガ⁉︎」

 そのまま凄まじい握力で拳を握り潰す。骨の砕けるゴリゴリとした音が周囲に響く。

「あとでノクトに治療してもらえ。それで完治するからいいだろう?」

 拳を粉砕すると前腕を掴み、そのまま遠くに放り投げる。軌道も軽やかさも、ハンドボールを投げているのとそう変わらないだろう。

「ウオオオ!」

 前方からケンタウロスが大斧を振りかぶりながら走ってくる。そして振り下ろされる瞬間、エイジは一歩踏み出し柄を掴んで止める。そして右手のグローブを取ると__

「お返し、だ!」

 刃の部分を掴む。そして掴まれたところから急速に冷えていき、ある温度と圧力を迎えたところで、バキィ! という音と共に斧が砕け散った。

「ひっ、ひいぃ!」

 得物を砕かれたケンタウロスは、大きく後ろに跳ぶと逃げていった。

「うむ」

 周囲から魔族がいなくなり、ホッと一息。したのも束の間、彼の側頭を矢が貫いた__

「なっ、なんだ……?」

 あまりに手応えが無さすぎた。倒れもしなければ血も出ないし、頭蓋を貫いたにしては威力の減衰がなさすぎる。

「どーこみてんの、こっちだよこっち」

 どこからともなくエイジの声が聞こえ、戸惑う狙撃手達。キョロキョロと辺りを見渡すが、彼の姿はない。

「おい、本気で探す気あるのか? こっち、上だよ上ぇ!」

 その言葉に一斉に上を向く狙撃手達。しかし、そこにもいない。と思うと__

「なっ、いつの間に⁉︎」

 一人の首にエイジがナイフを宛がっている。

「な、なぜだ⁉︎」
「ハンッ、簡単な原理だ。自分と全く同じ座標に自分の幻影を作ったら、光屈折魔術で自分を透明にしたんだ。単体だと騙しきれんが、併用でこんなことができるんだよ。わかったか、オレはテメエらとは能力の造詣が、想像力が……頭の出来がちげぇんだよ!」

 そこまで告げると、押さえている魔族の後頭部を殴って気絶させる。

「逃さねぇよ? はっ、魔眼よ!」

 左の髪をかき上げ目を露出させると、強い紫の光が走る。光が収まった時、その範囲にいた者は体の所々が石になっているのに気づき、狂乱する。

「ふん、ザマァねぇな」

 今の彼は、余裕を持ってボコボコにすべく解放率は四割になっており、相当の本気である。そんな彼の戦闘力は、上級魔族すら全く寄せ付けない。

「日頃の鬱憤……晴らさせていただく‼︎」

 余裕綽々なエイジは、狂気的な笑みすら浮かべて、ストレス発散兼実践練習として蹂躙を楽しみ始めていた。

 観客席にいた魔族達もまた、エイジが嫌いだった、認めたくなかった。だから、エイジがボコボコにリンチされるのを楽しみにして来た。そのはずなのに……確かにリンチだ。ただ、それは彼らの予想とは逆だっただけだ。彼にかかっていった魔族から順に、魔術がなければ再起不能なほどの重傷を負わされていく。そして__

「よお、どうしたよ? テメエらもオレに不満があるんだろ? さあ、来な!」

 観客席にまで彼が跳躍してきたものだから、さあ大変。客席は恐慌に包まれ、我先にと逃げ出した。所詮、自ら戦おうという気のない臆病者どもに過ぎない。そして、彼はそんな卑怯者達を許さない。バシィィィ!! という音が響くと、全ての入り口がランク5相当の結界によって塞がれる。

「ほらほら、君たちだって溜まってるんじゃないか? 好きにしていいんだぞ? 遠慮するなって」

 パニックを超え、ヤケになった魔族達が食ってかかってくる。しかし、乱れた精神での攻撃は到底通じず、避けられて顔面に正拳突きを喰らう。四方八方からかかっても、フックブロー裏拳エルボー上段回し蹴り……徒手空拳の彼にですら、格闘技術の前に崩れていった。

「アハッ、こっちにおいでよォ」

 そんなふうに軽くあしらいながら、少しずつ移動し、いつの間にやら再び闘技場の中央付近にまで戻ってくる。更には挑発し、誘導していた。その狙いは__

「うん、この辺りは血溜まりができてるねぇ」

 先程、死の舞により多くの魔族が血を流した。足元にそれがあり、そしてエイジが牙を生やしたのを見て、どんな攻撃が来るか察した者達は逃げようとするも__

「もう遅えよ、Blood  Pile(ブラッド・パイル)!」

 エイジが正面で手を交差させるように勢いよく振り上げると、血溜まりは棘となり、その上にいた魔族達を串刺しにする。正に血祭りの様相だ。

「そういえば、結構疲れたねぇ。なら、吸血」

 またも血溜まりは変形し、エイジに降り注いで体に絡まる。そこに含まれる魔力は、彼に吸収されていく。いちいち飲むまでもないらしい。それが終わると、サラサラと滴り落ちていく。

「さて、お次は血剣!」

 無銘の片手剣を取り出すと、そこに血液が纏わりついていき、彼の身長の倍ほどにもなる巨大な片刃の剣を作り上げる。それを雑に振り回しているだけで、大半の敵は切り刻まれ、吹き飛ばされていった。

「おやおやぁ……もう終わりかい?」

 流石に致命傷だ、やりすぎたかもしれない。これ以上は唯の娯楽として見にきただけの魔族まで攻撃して、損害を出すわけにもいかない。イラつきはしたが見逃してやることにして、踵を返す。向かった先は、初期位置。することといえば、反抗グループ生き残りの始末だ。

「な……なあ、許してくれよぉ……反省したからさぁ……」

 足元で転がっている切り傷だらけの魔族が、許しを乞うように懇願する。ゴミを見るような目で見下し、千里眼を使って数秒後の未来予知をした彼は、ソイツを軽く回復してやると、そのまま背を向けて歩き出し__

「バカめ!」

 背後から魔術を喰らった。

「へへ……やったぜ……あれ?」

 しかし、当たったのはエイジでなく、別のボロボロの魔族。と、後ろから悍ましい殺意を感じた。恐怖に強張り、振り返ることすらできないでいると__

「ギヤアアアァァ!!?」

  左肩を踏み砕かれた。それでその愚か者には興味を失ったか、残りの怯え震える魔族の下に今度こそ向かい__

「オレは、貴様らを決して赦さない。たかが個人の都合で、好みで! オレはおろかこの城、ひいてはこの国の魔族全体に迷惑をかけ! 傷つけた! もう堪忍袋の尾がきれたぞ……死で以って償いやがれクズども!!! これで……終わりだ‼︎ 狂い裂け! 『BURST』!!!」

 彼の咆哮と共にエイジの周りにありったけの剣、槍、斧、盾、魔導具、弓矢、魔術陣が展開されていく。そして遂に、彼の最強の必殺技が放たれ__

「そこまでだ!!!!!」

 る直前、魔王の静止により一刹那寸前で止まった。

「エイジよ、やり過ぎだ。……もう、よいのだ」

 ベリアルはエイジに歩み寄り、叩きなどはせず、ただ肩に手を置いた。流石に魔王の命に背くわけにもいかず、瞑目する。そして凡ての武具が光に包まれ、消えた。

「後始末は、この私がやろう。今までご苦労だった。休むがいい」
「はい……暴走してしまい、申し訳ありませんでした」

 頭を冷やせ、の意と捉えたエイジはのそのそと部屋に戻っていった。
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