魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅱ 魔王国の改革

10節 宰相の受難 ⑤

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「宰相様、起きてください」

 肩を揺すられ、ソファで仮眠をとっていたエイジは目を覚ます。時計を見ると、休み時間の終わるほんの数分前。そして両肩に重みを感じ横を見ると、シルヴァとダッキが凭れ掛かるように寝ていた。未だ慣れない女性の匂いだとか、この寝姿を今まで見ていられていたのかだとかでちょっと恥ずかしくなって、顔がやや熱くなったのを感じながらも二人を揺すり起こす。

 揺すられて起きたダッキは、時計を見て、そしてすぐ近くのエイジを顔を見ると、微笑んで目を瞑り、再びスヤァ…

「いや起きろよ!」

 一方、数度添い寝したことで慣れていたダッキと異なり、シルヴァは覚醒して状況に気付くなり__

「し、失礼しました!」

 飛び起きて離れる。彼女の色白い肌には頬の朱はとても目立ち、またその珍しく可愛らしい様子に、エイジも心の中で悶える。本当はもう少し堪能したかった。が、もう再開の時刻。いつまでもそんなことはしていられない。

「ゔゔん、さて業務再開と行くが、その前に……」

 エイジはまた数人に指示を出して、特定箇所に人を集中させるよう要求する。彼らは不服そうであったが、早くも寝ぼけ眼から脱したエイジの強気な語気に渋々了承し、部屋を出ていった。

 そして、業務が再開された。しかし、休憩したから少々マシとはいえ全体的に士気が低く、秘書二人はチラチラとエイジのことを見て、あることが気になっている様子である。そんなことなど気にも留めず淡々と仕事をこなしているエイジだが、そんな彼のもとに一人の魔族が立ち上がって近づく。

「ん、何の用かな?」
「またですか! この指示はいったい何なのですか⁉︎」

 激しく糾弾される。エイジは、まるでこうなるのがわかっていたかのように黙したままだ。

「結局何も起こらなかったではないですか!」
「バカ言え。何も起こらなかったんじゃない、先に手を打って未然に防いだんだ」

 なんでそんなことがわかるのか、とでも言いたげな目だ。

「ならいいだろう、この国のスーパートップシークレット、オレの能力の話をしておこう」

 エイジは席を立つと、扉の前まで行って鍵を閉める。そのまま振り返り、部屋全体に聴こえるように話し始める。

「オレは特殊な眼を持っている。その名は千里眼、少し先の未来が見れる。といっても、いくつかの制約はあるがな」

 その告白に、例外なく誰もが驚き、固まる。

「よく考えてみれば、この能力を使って未然に防げたなぁと。だから昼頃から眼を使って事故発生を先読み、人を派遣して予防したってわけだ。おっとぉ、今は私のターンだ。話なら後で聞くから、まあ待て」

 口を開きかけた魔族を制して話し続ける。

「で、今まで使わなかったのには理由がある。一つ目と二つ目の事件ではここまで連続して起こるとは思っていなかった。三つ目は夜中だし、ないだろうと。仕事に集中してたしな。魔獣脱走は直前まで寝てたし」

 漸く、いくらか彼の言っていることがわかってきたという顔をする面々。しかし、わかったらそれはそれで、またとんでもないことだということを理解し、もう一周回って混乱するわけだが。

「つまりまあ、根比べというわけだ。オレがこの眼で先手を打ち続ければ、犯人どもは痺れを切らして強硬手段に出るはずだ。その手段とは、オレへの襲撃。実際、それは後に起こる事件ほど証拠が出てくることから、粗く過激になり、極まればそうなることが容易に推測できる。その時に返り討ちにし、取り押さえて尋問すればいい。要するに、私を信じて待っていてほしい」

 そこで、なんとか納得したようだ。エイジもこんなこと話しても信じられないだろうから、今まで散々はぐらかしてきたのだ。

「最後に念押しだ。今、この部屋にいる者以外には決して口外するなよ? ここにいない統括部メンバーにもだ。さっき言った通り、これは幹部しか知らない超級機密事項だからな。さて、わかってくれたか? では、安心して業務を再開してくれ」

 一通り話し終えると、鍵を開けて席に戻る。そして、席につくなり秘書二人を手招きする。その二人も流石に、未だ信じられないといった様子であった。

「一応、君たちだけには、この眼の弱点を言っておこう。この千里眼、そう遠くの未来までは見れない。精々半日が精一杯だ。カオス理論、バタフライエフェクトともいうが、時間が経つほどに不確定事項が多くなり、正確な予測が困難になる。……それでも、起こりうる可能性が極めて高い確定的事象、運命は見えるみたいだがな。ああ、しかも、オレは未来を視たことで運命を変える力を持つことになる……要は、オレが少しでもそれに関わるなんかしらの行動を起こせば、その予知したこととは全く異なる未来になる」

 それでも、彼が重要そうな話を始めると、しっかり耳を傾けて記憶する。何を求めているのか、なんとなく察せるのだ。

「加えて、望んだ時点が確実に見れるわけでもなし。序章か、中盤なのか、はたまた結末か……ついでにオレ自身に起こること、自分の運命はわからない。それどころか、この能力を使うたびに魔力、精神が大きく消耗していく。つまり多用はできない。要するに、短期決戦なんだ」
「なぜ、私たちだけに話すのですか?」

「それはだ、オレは君たちを信頼してるし、信用しているからだ。逆に、それ以外は信じ切っていない」
「あら、いいんですかぁ? わたくしなんかを信じてしまって?」

 ダッキは妖しい笑みを浮かべ、ここぞとばかりに煽るのだが__

「ああ、信じるさ」

 エイジはダッキをまっすぐ見つめ、微笑みかける。当のダッキは、彼の想いに心やましくなったのか、顔を背けてしまった。


 そして、それから数時間。時折エイジが千里眼を使って未来予知し、その指示に部下たちは、理屈がわかったからか不満げな様子もなく従う。秘書二人も、眼の使用で疲労したエイジを献身的にケアする。それ以来、事件やパニックなどというものは、パタリと音沙汰がなくなっていた。

「エイジ様、会議の時間でございます」
「えっ、会議?」

 そんなことに集中していると、突然覚えのないスケジュールが出てきて、エイジは慌てだした。

「はい。十六時半に、ベリアル様及びレイヴン様との会議が予定されております」
「………あっ!!! 完全に忘れてた! さすがシルヴァ、超優秀‼︎」
「お褒めに預かり、恐悦至極でございます」

 ちゃんと余裕を持って三十分前に通知してくれたため、焦ることなく準備することができた。秘書二人と部下から一人選んで、前もって移動を始める。
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