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Ⅱ 魔王国の改革
10節 宰相の受難 ④
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「さーて、お昼休憩だ! みな、しっかり休むといい。今日は三十分休みを延長しよう」
その号令で、職員達の肩の力が抜ける。そしてそのまま突っ伏して寝る者、部屋を出て気分転換に行く者など様々である。といっても、元から力も入っていなければ、溜息してのそのそと移動するなど、全く覇気がない。そんな様子を見て、エイジは危機感を募らせる。城の従業員たちの疲労とストレスの限界が近づいているのを感じたからだ。
「シルヴァ、道具の片付けはオレがやるから、紅茶を淹れてきてくれないか?」
注文を聞いたシルヴァは目を閉じて軽く会釈すると、テールを靡かせて退室する。と同時に、ダッキがそっと傍に寄って耳打ちしてくる。
「このままで大丈夫ですの? 空気がどんどん険悪になっておりますわ」
「んなこた分かってる。それより、お前はシルヴァが苦手なのか? それとも、信用できないと?」
彼女の目が無くなってから行動を起こすダッキを、エイジは嗜める。
「い……いえいえ! そんなことはありませんわ。彼女以上にエイジ様に忠実な方はおりませんもの。ただ__」
「うしろめたい、か?」
「……そうですわね。そうかもしません」
なんやかんやで、エイジの右腕となりうる者は彼女以外にいないと認めている。しかし、気に入っているらしき秘書の座を唯一のものとせず、エイジに忠言せざるを得ない。故に気を遣っている。……のかもしれない。
「おおっと、話題はそっちではありませんわ! この雰囲気、アナタはどうなさるおつもりですの?」
「そうだな……それに関しては、そろそろ尻尾が掴めそうだ。そう長くはない、と思う。あとはオレへの信用だが……ここの部署の人には、この目のことを話しておくか」
「この、目?」
とダッキが訊いたところでノックが鳴り__
「エイジ様、お持ちいたしました」
トレイにカップとポットを載せたシルヴァが戻ってくる。その音にピクリと体を震わせ咄嗟に離れようとしたダッキだったが、エイジが裾を掴み引き寄せ耳打ちする。
「オレの眼の秘密、この国の幹部しか知らない最重要機密事項だ。後で話してやる。それと、オレは、この部に裏切り者はいないと確信している。オレの勘は外れる方だが、人を見る目だけはあるらしいからな」
そう告げると手を離し、シルヴァに向く。
「厨房の様子はどうだった?」
エイジは自分の席に座り紅茶が注がれるのを待つ。シルヴァはその正面に立って、ダッキの方をチラチラ見ながら、お茶を淹れる。その紅茶に氷を少し入れて冷ますのも忘れずに。
「空気が張り詰めていました。互いに目を光らせていましたし、私が紅茶を入れる一挙手一投足に至るまで見張られていました。それに、この命令に対する不信感もあるようでして」
「……ふ~ん」
水面を見つめながら話を聞き、相槌を打つと紅茶を口に運ぶ。ちょうど良い温度だった。
「また、こんな噂が。この事故はエイジ様が自ら引き起こしたものであり、率先して対応することで評判を上げようとするものだとか」
「馬鹿馬鹿しいですわね。アリバイがありますし、被害は甚大で収支が釣り合っておりませんわ」
「私も当初は眉唾でした。しかし__」
「ああ、どれも直前にオレがいた場所だ」
ダッキは驚いたようにエイジを見つめる。
「取材、資料受け取り、点検……オレが出向いてしばらく経った時、しかも幹部がいない時に起こっている」
「それから派生して、エイジ様が国を破壊し、内政を傾け、破滅に導く疫病神だと揶揄する者達もいました。その他にも、宰相の立場を利用して我々を虐げようとしているだとか、職権濫用で贅沢三昧しているだとか、根も葉もないデマが蔓延しています」
「下らないですわね。エイジ様と共に過ごせば、彼がどれほどの熱意を持ち、国のために尽くしているか……他に無いほど高潔であるということがわかるでしょうに」
ダッキは見下げ果てたように厭そうな顔をしていたが、他二人は真面目な面持ちだ。
「エイジ様、この件に関しては、流石に私も説明を求めます」
「私が指示した箇所で、怪しい動きはなかったか?」
「ッ、エイジ様! 今は私が質問を__」
「怪しい動きは、なかったか」
普段はしない、低く重い声でシルヴァを遮る。その唯ならぬ圧に僅か気圧され、観念したように追及をやめた。
「……食堂においてはありませんでしたが、焼却炉や二階端の廊下で不審な動きをする者がいたと報告が」
「そうか……ならいいんだ。それと、その質問には後で答えよう。……シルヴァ。君は、私を信じられるか?」
エイジはシルヴァを見つめ、やや震える声で訊く。その問いにシルヴァは、ほんの少しだけ逡巡すると__
「はい。信じます」
毅然とした声で、芯を感じさせる目でエイジを真っ直ぐ見つめ返し、答えた。
「……そう。なら、必ず全て明かすと約束しよう」
シルヴァの強い返答に決心が固まったのか、エイジも覚悟した様子だった。
その号令で、職員達の肩の力が抜ける。そしてそのまま突っ伏して寝る者、部屋を出て気分転換に行く者など様々である。といっても、元から力も入っていなければ、溜息してのそのそと移動するなど、全く覇気がない。そんな様子を見て、エイジは危機感を募らせる。城の従業員たちの疲労とストレスの限界が近づいているのを感じたからだ。
「シルヴァ、道具の片付けはオレがやるから、紅茶を淹れてきてくれないか?」
注文を聞いたシルヴァは目を閉じて軽く会釈すると、テールを靡かせて退室する。と同時に、ダッキがそっと傍に寄って耳打ちしてくる。
「このままで大丈夫ですの? 空気がどんどん険悪になっておりますわ」
「んなこた分かってる。それより、お前はシルヴァが苦手なのか? それとも、信用できないと?」
彼女の目が無くなってから行動を起こすダッキを、エイジは嗜める。
「い……いえいえ! そんなことはありませんわ。彼女以上にエイジ様に忠実な方はおりませんもの。ただ__」
「うしろめたい、か?」
「……そうですわね。そうかもしません」
なんやかんやで、エイジの右腕となりうる者は彼女以外にいないと認めている。しかし、気に入っているらしき秘書の座を唯一のものとせず、エイジに忠言せざるを得ない。故に気を遣っている。……のかもしれない。
「おおっと、話題はそっちではありませんわ! この雰囲気、アナタはどうなさるおつもりですの?」
「そうだな……それに関しては、そろそろ尻尾が掴めそうだ。そう長くはない、と思う。あとはオレへの信用だが……ここの部署の人には、この目のことを話しておくか」
「この、目?」
とダッキが訊いたところでノックが鳴り__
「エイジ様、お持ちいたしました」
トレイにカップとポットを載せたシルヴァが戻ってくる。その音にピクリと体を震わせ咄嗟に離れようとしたダッキだったが、エイジが裾を掴み引き寄せ耳打ちする。
「オレの眼の秘密、この国の幹部しか知らない最重要機密事項だ。後で話してやる。それと、オレは、この部に裏切り者はいないと確信している。オレの勘は外れる方だが、人を見る目だけはあるらしいからな」
そう告げると手を離し、シルヴァに向く。
「厨房の様子はどうだった?」
エイジは自分の席に座り紅茶が注がれるのを待つ。シルヴァはその正面に立って、ダッキの方をチラチラ見ながら、お茶を淹れる。その紅茶に氷を少し入れて冷ますのも忘れずに。
「空気が張り詰めていました。互いに目を光らせていましたし、私が紅茶を入れる一挙手一投足に至るまで見張られていました。それに、この命令に対する不信感もあるようでして」
「……ふ~ん」
水面を見つめながら話を聞き、相槌を打つと紅茶を口に運ぶ。ちょうど良い温度だった。
「また、こんな噂が。この事故はエイジ様が自ら引き起こしたものであり、率先して対応することで評判を上げようとするものだとか」
「馬鹿馬鹿しいですわね。アリバイがありますし、被害は甚大で収支が釣り合っておりませんわ」
「私も当初は眉唾でした。しかし__」
「ああ、どれも直前にオレがいた場所だ」
ダッキは驚いたようにエイジを見つめる。
「取材、資料受け取り、点検……オレが出向いてしばらく経った時、しかも幹部がいない時に起こっている」
「それから派生して、エイジ様が国を破壊し、内政を傾け、破滅に導く疫病神だと揶揄する者達もいました。その他にも、宰相の立場を利用して我々を虐げようとしているだとか、職権濫用で贅沢三昧しているだとか、根も葉もないデマが蔓延しています」
「下らないですわね。エイジ様と共に過ごせば、彼がどれほどの熱意を持ち、国のために尽くしているか……他に無いほど高潔であるということがわかるでしょうに」
ダッキは見下げ果てたように厭そうな顔をしていたが、他二人は真面目な面持ちだ。
「エイジ様、この件に関しては、流石に私も説明を求めます」
「私が指示した箇所で、怪しい動きはなかったか?」
「ッ、エイジ様! 今は私が質問を__」
「怪しい動きは、なかったか」
普段はしない、低く重い声でシルヴァを遮る。その唯ならぬ圧に僅か気圧され、観念したように追及をやめた。
「……食堂においてはありませんでしたが、焼却炉や二階端の廊下で不審な動きをする者がいたと報告が」
「そうか……ならいいんだ。それと、その質問には後で答えよう。……シルヴァ。君は、私を信じられるか?」
エイジはシルヴァを見つめ、やや震える声で訊く。その問いにシルヴァは、ほんの少しだけ逡巡すると__
「はい。信じます」
毅然とした声で、芯を感じさせる目でエイジを真っ直ぐ見つめ返し、答えた。
「……そう。なら、必ず全て明かすと約束しよう」
シルヴァの強い返答に決心が固まったのか、エイジも覚悟した様子だった。
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