魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅱ 魔王国の改革

5節 エイジの肉体改造計画 ④

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「よう、レイヴン。時間あるか?」

 彼が向かったのは、レイヴンの執務室。司令室は五階にあり、部屋はやや横に広く、正面だけでなく左右にも出入り口がある。そして正面奥に、宰相の机に勝るとも劣らない机が鎮座している。が、その主人は今机に着いていない。その前に立ち、数人の魔族と話をしていた。

 エイジの呼び掛けに気付いた将軍もとい総司令は、軽く目配せをして気づいたことをアピールしたのち、部下に向き合い二言三言告げるとエイジの方へ向かった。

「エイジ、何の用だ? 仕事か? 今お前は休暇のはずだが」
「ふっ、みんなそれ言うなあ、まったく……いや、私用だよ。オレの鍛錬に付き合って欲しいの」

「それだったらエレン……いや、奴は俺と同じくらい忙しいか。ベリアル様やノクトでもいいんじゃないか?」
「いや、お前にしか訊けないことがあるんだ」

「……明後日。明後日ならいくらか余裕がある。そこでもいいか?」
「ああ。助かるよ、ありがとう」

 感謝を告げると退室し、再び鍛錬場へと向かうのだった。


「さて……じゃ、何をしようか」

 鍛錬場に戻ってきたエイジ。レイヴンの手が空くまで、何をしようか悩んでいる。当然、直ぐに手が空くことはないだろうと予想していたが、残り二日になろうとは。少し困った。

「よし、まぐれかもしれんし、もう一回制御訓練だ」

 再び切り替えていく。三十分ほどやって、成功率は8~9割くらいに、つまり仮眠前の倍ほどになっていた。

「うん、まずまず。及第点だな。んじゃ次は__」

 体に変化を顕さないまま性質を帯びることと、半端な解放率での維持である。

「…………うん、無理だ」

 中途半端な割合での解放はできた。だが解放率が六割を超えると、どうしても体に変化が出てしまう。これは、ちょっとの訓練でどうにかなるものではなさそうだ。

「こればかりは仕方ないか……よし、次のを始めよう」

 そう呟くと、エイジは尻尾を生やす。それはサルや猫のように細くしなやかで、彼の頭髪と同じ灰色の毛がフサフサと生えていた。長さは先端が地面につくかつかないか、およそ1m程だろう。そして同時に耳も生える。何をするかというと__

「よし、ではコイツから使えるようにしよう」

 尻尾をブンブンと振る。尻尾は本来人間の体には付いていないものである。慣れるまでは、その感覚に酷い違和感を感じることに違いない。はずだが__

「ふむ、これはいい。第五の手足みたいなもんだな」

 動かす方にはもう慣れてしまっているようだ。そしてその尻尾を自分で触ってみると__

「うん……くすぐったいな。慣れてないからか結構敏感な……自分以外には触られたくないな」

 地面に軽く触れたり、自分で振った時はいいが、それ以外は風がほんの少し吹き付けるだけでゾワゾワとする。予想だにしない感触がしたら、きっと酷く驚くことになりそうだ。しかし、変わったのは尻尾だけではない。

「……感覚自体が鋭敏になってるのか」

 聴覚、嗅覚、触覚といった五感が研ぎ澄まされた感触。目を瞑ると、最初は匂いがしないと思っていたが、武器の金属や木材、更には先程まで居たと思われる者の匂いまでまで微かにする。それに同じフロア、更には上の一階まで足音が聞こえる。頭にある耳に鼓膜はないから判別はできないが、振動を細かく感じ取り、本来の耳もまた澄んでいる。

「ちょっとこれで城の中歩いてみるか……」

 尻尾を腰にベルトのように巻き付け、外套に袖を通し鍛錬場を出ていく。とその時、あることを思いつく。それは、誰にも見つからないように城の中を移動できるのか、というもの。そろそろいい時間なので、部屋に戻るついでに色々試してみようという魂胆だ。

 部屋を出て、直ぐ耳を澄ます。

「周囲に気配なし……」

 確認すると、足音を殺しながらサッと移動する。次の通路の角に身を潜めると、また耳を澄まし。

「あっちに三人……こっちは__」

 目を瞑り耳を研ぎ澄ます。目を瞑れば、このフロアの約三分の一の範囲の音が聞こえる。

「こっちか」

 別の通路に迂回。その後も何度か確認をして、階段まで辿り着く。しかし、本番はこれから。元より地下に来る者は少ない。

 魔王城の階段は一気に上まで上がれないよう、一階を除いてフロアの端から端になるようになっている。つまり、フロアを横切ることになる。不便ではあるが、防衛目的であるので仕方ない。因みに空を飛べる者は、城の外から窓経由でフロアを一気に移動することがある。そして、見つかっては怒られている。

 階段とその周辺に人影がないことを確認すると、一息に階段を上り切る。何度も確認したのち、一気に階段まで移動して二階へ移動した。

 二階は下級、中級魔族の仮眠室などが中心である。その為か、今までの階より匂いが強くなり、獣人化前までは感じなかった分も嗅ぎ取れるので、少し気分が悪くなってしまう。

 仕事部屋は三階以上に集中しているので、今は人気は少ない。そのため、少し迂回するだけで三階までの階段に到達してしまった。宰相としては、見つかって欲しいものであるが。

 そして三階、最後の鬼門である。この時間は、最も人員が集中する階。上がって直ぐに魔族がいたので、階段の影に身を潜める。そこから通り過ぎても二分ほど待ち、隙ができたところを狙って素早く通り抜ける。

 遂に、三階の真ん中あたりにまで到達。次に曲がれば階段までもう少し。通路の角に隠れながら目で見て、様子を窺っていると__

「やあ、何してるんだい?」
「うわああ⁉︎」

 後ろからノクトが声を掛け、それに驚いたエイジは尻餅をついてしまう。鼻と耳を澄ませていたつもりなのに、ノクトの接近する気配を察知できなかったのだ。

「そんなに驚かなくても~……お、何それ? かわいいねぇ」

 尻餅をついたエイジに、ノクトがニコニコしながら、しかし手をワキワキさせながら近づいてくる。そしてノクトの手が頭に触れようとした時__エイジは飛び退くと同時に制御して、耳と尻尾を消す。

「フンッ」
「おっと、残念」

 そのままエイジは踵を返して、部屋に戻っていった。その顔は、羞恥でやや赤くなっていた。
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