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I 宰相始動
7節 訓練の日常 ②
しおりを挟むエイジがそんな鍛錬を熟していた、或る日の昼のことである。
ある部屋から、ドンガラガシャーン! という破壊的な音が鳴り、城中へ響き渡った。
「大丈夫ですか、エイジ様⁉︎」
その部屋とは、やはりというか何というか、エイジの部屋である。当然、仕える主人に何かあっては大変ということで、使用人達は彼の部屋へ急行し、フィリシアはノックもせずに扉を開く。すると、そこには__
「いっ、てて……」
ひっくり返ったエイジと、散乱した家具があった。どうやらあの酷い音は、建て付けの悪い箪笥が倒れた音だったようだ。
「ど、どうなさったのですか⁉︎」
「いや、あのね……最近、魔力のコントロール技術を勉強してて。それで、結構上手くなって、身体能力が向上したもんだからさ。バク宙とか側転とか、スタイリッシュな動きをしてみようと思ったら……このザマだ」
頭やら腰やらを摩りながら起き上がる。とてもバツの悪そうな表情で。
「怖ぇからさ、ちょっと力込め過ぎちゃって……天井やら壁やらにぶつかりまくったの。部屋散らかして、悪ぃ」
「いえ、エイジ様がご無事なようで、よかったです」
フェルトは息を吐き、安堵の表情を浮かべる。
「……っあー、次からは鍛錬場でやるわ」
この程度ならここで大丈夫だろうと考えた先ほどの浅慮を悔やみ、後頭部を掻いて申し訳なさそうにするエイジ。しかし、彼のその態度に、メイドたちは却ってオロオロと戸惑うばかり。どうにかしてフォローしようと考えているようだ。
「気にしないでくれ、オレが悪いんだ」
倒れた家具に手を掛けると、自力で起こす。とはいえ、メイドたちは引け目を感じているのだ。ただでさえエイジは身の回りのことを全て自力でやってしまうばかりか、やり方を教えてくれる程。目覚まし役くらいしか役に立てていないのだ。
「あ、あの! エイジ様、今日はなんでお部屋にいるんですか?」
「ん、ああ。今日は休暇をもらったんだ。ずっと鍛錬やら勉強やらしてたもんだから、そろそろ少しは休んだ方がいいってな。……でも、やりたいこと多過ぎて時間が足りないから。フリーのうちにやっておきたいことをしてたんだ」
エイジはベッドに腰掛ける。鍛錬場では人目につく可能性が十二分にあるため、自室で能力の特訓をしていた。そこでふと、人外の動きをしてみたいなという衝動に駆られて動いたら事故って。その音でメイドたちが来てしまい、それどころではなくなってしまった。
「……そういえば君たちは、アクロバティックな動きとかできる?」
エイジの問いに、双子は目を見合わせると。それぞれ、その場でふわりと宙返りしてみせた。
「こんな感じですか?」
彼は、ポカンとしていた。まさかできるとは思いも寄らなかったようだ。
「君たちって、魔族の中では強い方?」
「い、いえいえ全然です‼︎」
「とても、弱いです……下から数えた方が早いですよう」
この身体能力で最弱級。普段の身のこなしから、戦闘訓練など全く受けていないことはわかる。しかし、それでも人間の兵士の一人や二人は軽く倒せるだろう。もしかしたら、この世界の人間は地球人よりよっぽど強いかもしれないけれど、聞いている限り魔族の方が絶対的に優位。
やはり魔族は、人間とは根本から次元が異なるようだ。魔力の有無とは、それほどに残酷な差を生み出すのか。
「中級魔術は使える?」
「は、はい。いくつかは」
するとエイジは、顎に手を当てて何事か考え始める。
「魔術の勉強って、どのくらい前からしてるの?」
「えっとぉ……二十年くらい? 前だと思います」
またしても、呆然として黙る。同い年どころか全然年上な可能性があった。逆に、彼女達もエイジが年下だなんて想像もつかないだろうが。
「ふ~ん、そうなんだ……」
そして、その程度の力である彼女らでさえ、中級魔術を扱えるという事実。このことが示すのは、少なくとも人間相手ならば、魔王国民のほぼ全てが戦闘員として機能するということだ。
これにより、人間が魔族を、魔王国を警戒し恐れる理由が明白となった。単体でさえ強大な力を持つ魔族達が結託し、徒党を組んで連携してくるのだから。人間の強み、即ち数の優位が機能しなくなる。
それ故に気に掛かるのは、あれ程の力を持っていながら、何故人間の国、帝国に勝利できていないのかということ。思い当たるのは、規模だ。そういえば、エイジは魔王国の人口を、その構成を把握できていない。まさか、城に暮らしている者が魔王国の全国民などということはあるまい。
「……エイジ様?」
そんな彼の思考を遮ったのは、メイド達の不安げな声。エイジが急に黙り込んでしまったから、自分達に何か非があったのでは。そう思い込んでいるような様子だ。
「ああ、いや。大したことじゃない、ちょっと気になったことがあっただけ……あ、そうだ、頼みがあるんだけど」
主人からの依頼。漸く役に立つことが出来るのかと、双子は途端に目を輝かせ、生き生きとし始める。
「「な、なんでしょうか⁉︎」」
「バク宙や側転のやり方と、中級魔術を教えて欲しいな」
「え……」
「そんなことで、いいんですか?」
「そんなこと? オレにはできないことなんだけどなぁ」
すると、自分たちの不用意な発言が主人の気に障ってしまったのかと、またもオドオドし始める。
「ご、ごめんなさい!」
「エイジ様は、その……私たちよりも、ずっと大きな魔力を持っていますから……」
「ふぅん、魔力の察知もできるんだ。…………はぁ、そんなに怖がらなくていいのに。萎縮されると、オレもやりにくいんだ。もっとフランクに接してくれ」
「エイジ様は、私たちに優しすぎます。怒ったり、叱ったり、全然しないですし」
「はい……ダメに、なっちゃいます」
「少なくとも君たちは、叱るほどの失敗はしてないし。オレだって、今はそんなに偉くもない。……ああ、もしかして、好きになっちゃう?」
「す、好きだなんてそんな!」
「お、畏れ多いですぅ!」
真っ赤になって、パタパタとし出す。その初々しい反応に、エイジもまた微笑ましく感じる。
「で、頼めるかな?」
「は、はい!」
「喜んで!」
やや不安げに、しかしそれ以上にやる気ある返事をしてくれた。
「ああ、そうだ。今度また休みがあったら、魔王城の城下町に行ってみたいんだ。その時は、案内を頼めるかな?」
再びキラキラした目で、こくこくと頷く。表情がコロコロと豊かに変わる様は、例え実年齢がどうであろうと子供なのだと実感させられる。
さて、特殊能力の特訓どころではなくなってしまったが、これも交流を深める良い機会だと考えることにして。辿々しくも真剣に教えようとしてくれている二人の言葉に耳を傾けた。
ところで、彼女たちは、エイジが自分達に優しすぎると言っていた。しかし、彼の感じ方は逆だ。この世界こそ自分に優しい、否、甘いのではないかと。
まず、この異世界を過ごす上で、必須となる知識が与えられた。生き抜くため、そして物事を優位に進めるための武力を与えられ、また鍛えることができる。それどころか、唯一至高でこそないが、一国を牛耳ることのできる立場さえも確約された。環境が整いすぎているのだ。
まあ、世界を救うという大役を押し付けられた事を考えると、トントンどころかまだ足りない気もするけれど。
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