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I 宰相始動
6節 魔王城での暮らし ①
しおりを挟む「教えるべきことは、もう多くない。だが……そうだな、何かやりたいことの要望はあるか? 勉強ばかりでは疲れるだろう?」
講義、といっても、初歩的な知識はほぼ全て覚えてしまっていた。他にも色々と学ばせるべきことはあるが、連日頭を使わせ、プレッシャーを与え、疲れを感じさせてしまっているであろうエイジに、ベリアルは譲歩。実質、お休みにしようという提案だが。
「ふむ……でしたら、城の中を案内していただけますか? 少し踏み込んだ知識が欲しいのです」
暫く顎に指を当てて考えたエイジは、またしても知識を望むのだという。その意欲にはベリアルも驚嘆と尊敬を抱くが、同時に不安も覚える。
「分かった。だったら研究室や図書室でも見てくるといい。モルガンとメディア、フォラス、頼むぞ。そちらは彼女らの方が詳しいからな」
「……いやです」
主君の命令だろうに、魔女は素っ気なく断ってしまった。そんなんで大丈夫なのだろうか。
「メディア……そうか、仕方ない。では二人、頼むぞ」
「はい、お任せ下さい」
「さあ、行きましょう?」
対して、フォラスは自身の研究結果を見せられるのが楽しみなのか興奮気味で、モルガンもエイジが気になるのか、然りげ無く手を取って引っ張っていった。
二人に連れられてまず向かった先は、フォラスの研究室だ。彼の研究室では、多様な魔族がいろんな器具を手に、忙しなく右へ左へと動いている。
「ここが魔導研究室です。そして私が、ここの最高責任者なのですよ」
分厚い鋼鉄の扉を抜けた先は、真っ白な壁に、煌々と灯りが点いている眩しい部屋だった。
複雑な設備に様々な器具が備えてあり、さらには高級品であるはずの紙を惜しげも無く使っている。まるで、ここだけ時代や文明が異なるようだ。そんな中、ふとエイジは疑問を持つ。
「フォラスさん、『魔導』とはなんでしょうか? 魔術とどう違うのですか?」
「簡単にいえば、魔導とは魔術の研究をする学問分野のことですねえ。『魔導士』は、魔術の研究をして新たな魔術を開発したり、より簡略化して便利にしたり、魔術の技術を応用して道具を作ったりするのですよ。あとは、魔術を教え広めるのも使命ですね」
謂わば教授のようなものか、そうエイジは考える。そして、また或るモノが目に留まる。
「フォラスさん、これは何でできているのですか?」
「それは試験菅というもので、ガラスという素材でできているんです。しかし意外ですね、あなたの世界にもあるものかと」
「いや……ガラスも試験管も無いわけじゃないんです。こちらの世界で見かけるとは思わなかったから、確認をですね……」
目盛りや大きさの画一化などはなかったが、見た目も質感も試験管そのものだ。他にも、ピンセットなどのような道具の存在が確認できる。
「そうだ! 色々見て回ってもいいですか⁉︎」
「構いませんが、ヘタに触れないでくださいよ? 知識の無い者が触れると危険ですからね!」
彼にしては珍しく、鋭い声を出す。それほど、扱いには注意が必要なのだろう。
エイジは研究室の探索を始める。研究員達の邪魔にならないように注意しながら、いろんな設備や道具を珍しげに見て回り、たまにレポートなどを読んだりする。レポートは大半が彼にとって意味不明であったが、一部は今の知識の中でも解る。また、首を捻っていると、フォラスが解説を挟んだりしてくれる。
その上で、それが如何に高度なことかにも理解が及ぶ。更には現代程ではないにしても、自然科学の応用も見られる。寿命が長く知能の高い魔族は、研究者に極めて向いているのだろう。そんなことを、元大学生という研究者の端くれとしては思わずにはいられない。
半刻(一時間)ほど研究室の中を探索した彼は__
「うん、解らないということが分かった。少なくとも、今の知識量では、ね。さてと、次は図書室に行きたいです!」
次に彼らが訪れたのは図書室。壁一面に整然と書架が立ち並び、それでいて上品で、清潔である。管理人らしき魔族達も品があるように見える。因みに、図書室の案内はモルガンだけで十分ということで、フォラスはまた研究室に引き篭もるらしい。とある研究が佳境なのだそう。
「ここが図書室よォ。ここの管理人はメディアちゃんなんだけどォ、彼女、基本屋上の天文観測室に引き籠ってて、なかなか出てこないのよォ。だから、幹部の中で一番会わないわねェ。え、その間は誰が管理してるかって? それは、ワ・タ・シよ。ふふっ、意外そうなカオ、してるわねェ。うふふっ、怒らないわよ。案内したげる。ついてきて?」
エイジは未だ驚きを隠せないながらも、モルガンの案内についていく。
「ここが『魔導書』の類、ここが魔族の種類についてで、この辺りがニンゲンの文明について。ここに自然科学、ここが特に地理でェ、この棚が星について…………そんなに驚かれると、ワタシ悲しいわァ」
「モルガンさん……アンタ、意外と勤勉なんだな」
「えっ………ふ、ふふっ、あはははは! そんなこと言われたのは初めてよ! どう? ミリョク、感じちゃった?」
エイジはモルガンが突然笑い出した時、地雷踏んだかと身構えたが、その後モルガンが女の顔をしながら腕に巻きついてきたことで、別の意味で身構えることになった。
「モルガンさん、その……」
色々当たってるし、温かいし柔らかいし良い匂いするし。理性がどんどんと溶けていくのを感じる。
「やぁねぇ、さんなんてつけなくていいわよォ。……いいえ、つけないで。そっちの方がいいわ」
声音から今までの軽薄さが消えて、突然真面目なトーンになり、抱きつき方も媚びるようなものから、愛しそうになったことでドキリとしてしまう。これがサキュバスの手管なのか⁉︎
「…………ふふっ、どうしたのよ、固まっちゃって。あ、もしかして女性経験ないのかしらァ?」
「ああ、無いよ。何せ、今まで全くモテなかったもので」
「あらァ? そんなふうには見えないケド」
「今のオレと今までのオレとでは違うんです! 何より……貴女ほどに魅力的な女性なんて出会ったことないですから」
「えっ……」
エイジの言葉を聞くと、今度はモルガンが固まる。そして、なんと顔を赤らめて、そっとエイジの腕を離す。
「そ、そお? ワタシって、その……そんなに、魅力的、なのかしら……?」
「えっ……」
髪を指に巻きつけて、目線を逸らしてはにかんだ。その予想外すぎる反応に、エイジも固まる。
「もしかして……モルガンって、褒められ慣れてない、とか?」
「……ええ……ええそうよ! そんなこと言われたのなんて、ハジメテよぉ‼︎」
真っ赤になってムキになって捲し立てる。
「だって……だってだって! 魔族のみんなって性欲ないの! 女として、見られるなんて……いつ以来だったか……!」
さっきまではモジモジしていたが、いよいよ興奮が抑えきれなくなったのか、地団駄を踏むような動きになっていく。もう少しでも近づいたら、照れ隠しにバシバシ叩かれそうな程だ。
確かに、魔族は生物として上位であり、一個体の寿命が長いため、世代交代つまり生殖の必要性は薄い。よって、性欲が弱いのだろう。
ということは、先ほどの距離感はその気があっての誘惑とかではなくって素なのでは。そんなことを頭の片隅で考えられるくらいには、エイジも理性を取り戻した。
「……おほん。ごめんなさい、取り乱したわ……あ、でぇもぉ、ワタシが魅力的ってことはァ……エイジクンは、もうワタシのト・リ・コってわけかしらァ?」
微妙になった空気を壊すかのように、エイジを冷やかしながら、再び密着するモルガン。その体温は先ほどよりも高く、胸の鼓動もしっかりと伝わってくる。
そして彼の手を取り、指を絡める。
「興味のある本はあるかしら? 知りたい知識はあるの? ワタシが教えてア・ゲ・ル。アナタのことだもの、解説、必要でしょう?」
その手を軽く引き、本棚に連れて行く。そして、二人は書物を何冊か取っては、お互いの魅力に耐えながら、一緒に読み始めた。
「これは、~~で、~~……」
「へえ。あ、ここは?」
「それはね、~~で…………そういえばエイジクン、時間は大丈夫かしら?」
「えっ? ……あっ‼︎ やっべえ⁉︎ 午後練遅刻する‼︎」
そしてエイジは貴重な昼食を食べ損ねたのだった。
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