魔王国の宰相

佐伯アルト

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I 宰相始動

5節 転移者、国家を説く ②

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「では、再開させていただきます。次は三権分立について」

 魔王国を否定されたショックから、辛うじて立ち直った幹部らが席につく。エイジが宰相となれば、この国が成るというなら……ということで、エイジ宰相は彼らの中で確定事項となっていた。彼がいなければ、手続きの進行や概念の確立なんてできないから。

「三権。『行政』『立法(議会)』『司法』の三つです。この概念あるかな」

 確認してみると、行政や立法はともかく、司法の概念はないらしい。

「まあいい。その言葉がなくとも、解説で概念が理解ができるなら。まず三権分立の意義は、主権が力を持ち過ぎないよう、権力を分散させるところにあります。今の魔王国は、ベリアル様一人による専制君主制、要は独裁ですからね。まあ、しばらくは変わらないとは思いますけど。では一気に話しますね、ご覚悟を」

 口に水を含み、一呼吸置くと、怒涛の勢いで話し出す。

「まず行政とは、政治を行う機関です。以上。構成はまあ色々ありますが、私の元いた国を参考にすると、総理大臣もとい宰相をトップに据えた大臣の集まり。大臣は幹部に言い換えられるな。ま、彼らが協議して国政を決め、執り行います。王様もしくは皇帝は国のシンボルとしてだけの存在であり、施行の宣言等はするが政治には関わらない、という立ち位置です。ですが、一応この国のトップは魔王様として、取り決められた政策の公布を行なっていただくことになるかと。それと、実際に政治を行うのは私や幹部らだとしても、それを一言で覆せる権力を持つことにでもしましょうかね、安定するまでは」

 もう一度水を含んで__

「ま、待ってくれ! 書記が追いついていない」
「わかりました。ではもう一度同じ内容話します」

 今度はゆっくり、無駄を省いた内容を話す。

「次。立法権、議会。権力の中では最も力を持つことが多いとされます。議会の役割は法律を作ることと、行政の監視。法律とは、国民に守ってもらうルールのことです。破れば、当然それに応じた罰が与えられます。当然国民である幹部の方々も。次が行政の監視。行政と議会はそれぞれに責任を持っています。というのも、本来行政は議会の中で選ばれた者が行うため、議会は行政をする者を選んだという責任がある。他にも予算などの縛りを加えることや、行政を解散させることもできます。ゆえに、議会が承認した行政の政策が失敗すれば、その責任を連帯して負うことになります。当然、これほどの権力を少人数に委ねることはできません。ある思想のもとに集まったグループ、政党って言うんですが、このグループから決まった数ずつ議席に入れ、数百人規模で採決をしていくんです。当然なかなか決定が進まなくなるので、実装もこれまた暫く後になりそうです。幹部や私の独裁で国がまとまってからにしましょう」

 解説からの提案もセットで話し切る。一部ノリで喋ったためか、今回は再現できなかった。後で記録を基に、内容の確認をしようと思うのだった。

「はい最後。司法。司法とは、議会や行政が憲法に反していないか、そして国民が法律に反していないかを審査する機関です。法律は先ほど軽く話したからいいとして、憲法。憲法とは、国民が作り、行政などの公的機関の権力を縛るために存在します。要は、国が守らなければいけないルールです。憲法で規定されていること、例えば人の命を蔑ろに扱うことの禁止、などを規定します。細かく話すと人権とかすごーく長くなるので、今は割愛します。作るとなった時に教えますんで。で、この憲法に反しない範囲で、法律を作ったり行政をしているかを審査するために、司法が存在するのです。憲法を国民が守る必要はないんですが、憲法に反しない範囲で作られた法律には違反したら罰せられます。お分かりで?」

 書記官、必死の形相で書きまくっている。しもの幹部たちも、これらの内容を一息に理解するのは厳しかったようだ、口から魂が抜けている。

「実際はもっと細かいですが……まあ、大きく間違えてはいないでしょう。ちなみにこの知識、十五歳でもわかります。常識なんですね」

 続けて投下された爆弾に、度肝を抜かれた幹部たちであった。

「休憩したら、次は貨幣についてでも話しましょうか。私の鍛錬の時間が少しくらい減ろうと、かまいませんから」


「休憩はできましたね? それでは貨幣について」
「貨幣くらい知ってるが」

「じゃあ、なんで魔王国にはないの?」
「………」

 レイヴンは閉口してしまった。

「貨幣とは。価値を媒介するために存在しています。では皆さん、欲しい物があった時どうしますか?」
「それは__」

「物々交換でしょうね。こちらはリンゴを持っていて、魚が欲しい。であれば、リンゴを欲して魚を持っている人と交換すればいい。では、こちらは野菜を持っているが、髪を切って欲しい。すると野菜を欲しがる床屋を探さなければならない」
「僕らは髪の毛の長さ自由に変えられ__」

「そういうのいいから。仮定だから」
「ご、ごめんよ……」

 エイジとしては、早く話したくて堪らないのである。だから、幹部の扱いがやや雑に。

「で、いちいちそんなことをしていたらめんどくさい。だから、それぞれのものに数値をつけて、それを価値とする。それが貨幣だ。ちなみに、魚や野菜などの食べ物や、武器に家具など形を持つものを『財』といい、荷物を運んだりマッサージしたり髪を切ったりなど、無形であるが何かしら利益をもたらしてくれるものを『サービス』と呼び分ける。貨幣に置き換えれば、物々交換として成立しにくい財とサービスを数字で媒介できる。ちなみに価値は、そのものの貴重さによって決まる。生産される数が少なかったり、高品質で手がかかっているなら、それは値が上がるさ」

 割と当然のことだから、魔王様がわからないはずがないよなぁ、などと途中で思いながらも話し切った。でも、財やサービスまでは知らんだろ、と思ったから話す。幹部の全員が理解しているとも限らないのであるし……などと、幹部への対応を雑にしてしまったことを悔やみつつ言い訳しているエイジであった。

「ふむふむ。なんとなく理解していたが、こう具体的に言語化されると、分かりやすくていいものだな。……いやしかし、これならあの子を行かせるまでもなかったか? 彼女が持ち帰る情報量より、エイジの方がよほど有益な情報を膨大に………」
「魔王様、どうかなされました?」

 後半ブツブツと言っていた内容が、エイジはかなり気になる様子。

「い、いや。ところで、貨幣はどう作っていたのだ?」
「そうですね。金属を加工し円形にした硬貨ことコインと、紙に色々と書かれた紙幣がありますね。金属の加工技術、いや、そもそも金属自体がないのかな?」

「いいや。溶かして型に入れたり、錬金術で加工可能であり、鉱山も見つかっている。だが、量産法と価値の決め方が……あとは偽物を作られるやも」
「偽物を見分ける方法は、非常に細かな装飾を彫ったり、あとは魔術があるならその刻印や魔力などがあるのでは?」

「そ、そうか! では……いや、これはお前に任せた方が確実か。そうだ、試用期間として、少し政治をやってみないかエイジよ!」

「いえ、謹んでお断りします」
「「なっ…!」」

 この返答、全員受けると思っていただけに、極めて意外であった。

「な、何故だ⁉︎」

「まだ私はこの世界に慣れておりません。常識、特に魔力魔術については。さらに、この国の実情にも明るくありませんので。案こそ提供しますが、実際の施政はしばし勉強してからにしたいと思います。宰相に就任するのは、早くても三週間後に。加えて、レイヴン氏のように、何処の馬の骨ともわからない私が政治の実権を握ることに、難色を示す方も多いでしょう。急な改革であればあるほど反発も大きい。例え、あなた方幹部から全面的に支持していただくとしても、反対を押し切ることはできないでしょう。ですから、ここは分かりやすく武勲でも立ててから政治を執り行いたいと存じます」

「…………そうか」

 具体例を交えつつ、納得しうる理由をいくつも言われては、無理にとは言えない。

「それに、すぐさま政策を立てねばならぬほど、この国は追い詰められているのでしょうか?」
「……お前の言いたいことはわかった。ではその通りにしよう。だがせめて、この後……昼食後でよいか、に語るこの国の実情については頭に入れてほしい」
「はっ。承知しました」
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