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I 宰相始動
5節 転移者、国家を説く ①
しおりを挟むそして、三日目の講義。なのだが__
「お前の理解が速すぎるせいで、もうほとんど教えることがない……。教えようにも、既にお前は知っていそうなことばかりだ」
「もう終わりなのですか⁉︎ そうなのか……」
「む、不満か。すまない……私の力不足だ」
エイジの落胆ぶりに、それ以上に落ち込んだ様子のベリアル。
「い、いえ。見知らぬ世界だからと身構えていたら、案外それほどでもなかっただけで……少々拍子抜けしただけです」
その言い分は、却ってベリアルの傷を拡げた。
「いや、誠に申し訳ない。我々にも分かっていないことが多いものだから……」
「いえ、魔王様が謝罪することでは__」
「むっ!」
「ッ⁉︎ 何でしょう?」
「私から教えることがないのなら、私が教われば良いのだ! そうだ!」
手をポンと打つと、実際に鳴ったのは金属のぶつかる重厚音であったが、椅子を取り出すと座り、エイジと向かい合う。
「私は、国を興したはいいものの、国家のシステムについては、実はよく理解しているとは言えない。なのでな、お前の世界の国家について訊きたい」
「……なるほど。承知しました。とはいえ、私は一般レベルの教養しかございませんので、その辺り過信なさらないようお願いします。では、国家の三要素について__」
「あっ、待て! もしかして、長くなるか?」
「場合によりますが……今までの話を聞いている限り、相当な長さになるかと……」
「……待っていてくれ。すぐ揃える」
そう言うとベリアルは、その躯体をガチャガチャと鳴らしながら、大急ぎで部屋を出ていった。
その凡そ十分後。幹部が勢揃いしていた。
「あの、その方々は?」
更に幹部だけでなく、ベリアルの近くには数名の魔族が侍っていた。
「彼らは書記官だ。重要な話が多いだろうからな。後学のために記録しておこうかと」
「了解しました。では国家の__」
「ほう。早くも宰相ヅラか、エイジさんよ」
またもや話を遮られる。レイヴンだ。その鋭い眼光と威圧感に、エイジはやや尻込みしてしまう。
「ベリアル様が認めたのならば、俺も仕方なくだが認めよう。だが、貴様の失策でこの国が傾いたらどうするつもりだ?」
「そもそも傾けるほどのしっかりした基盤が__」
「やかましい! どうするのかと訊いている‼︎」
この威圧的な態度に、エイジはすっかり怯えてしまう。周りの幹部たちからも、レイヴンにやりすぎだと非難の目を向ける者もいる。だが、きちんと或いは強気に非難する。この態度を取れる者がいなければならないのは、エイジ含め皆が心の底では分かっていた。そして__
「……もしそうなったのなら、全ての責任を取る!」
エイジは脅しに堪え、物怖じせず、毅然と言い放つ。
「ほーう? では、具体的にはどうするのだ?」
「それは……その……。ああ、そうだな。もし私が失態を演じた場合には、その全ての責を負い、辞職する。そのうえで! 私が得た名声、および魔王国由来の全ての財を還元し、補填に充てる。加えて、知的財産権を放棄。知りうる限りの知識を教授する。それでもなお足りぬというなら、立て直すに足るあらゆる策と労力を提供し果てるまで尽くすのみ‼︎」
そのあまりの内容に、一同は硬直する。
「そ、それは、全てを捨てるということ、か……?」
問うたはずのレイヴンさえ、その気迫に圧される。
「ああ。魔王様の恩赦なくば、既に生亡き身であるならば。そして、この若造如きが国を率いるとなれば、全てを賭ける覚悟なくして、如何にこの役を務められようか!!!」
この言葉で以って、この場の者達は痛烈に感じた。この男は、本気だ。
パチパチと、音が鳴る。数名が感銘を受け、自然と手を動かした。
「拍手など無用! 私はまだ、何も成していないのですから」
一喝。すぐに音は鳴り止む。
「では、国家について。僭越ながら、ご教授いたします」
張り詰めた空気を少しでも弛緩させるべく、暫く黙り。考えも纏まり、落ち着いたところで口を開く。
「まず、国家の三要素について」
エイジは一人立ち、話し始める。その瞬間に、書記官達は羽ペンを走らせた。
「国家とは、『人民』『主権』『領域』の三つによって成り立っています。まず、人民こと国民ですが、まずこれがないと始まりませんよね。一人だけで国などと、片腹痛い。それで、魔王様、戸籍なんてないですよね?」
「戸籍……?」
「だと思った。じゃあいいです」
「何だその口の利き方は!」
「オレが教えている立場ですが何か?」
「……なんでもない」
早くも先ほどと立場逆転である。
「では、魔王国の国民は、魔王様の国の市民であるという確固とした意識がありますか?」
「いや、それは……どうであろうか。この城の者達ならともかく、少し離れた集落の者は……」
「はい、この時点で国家として成り立ってませんね」
「う、うぐぅ………」
ズバズバと痛烈に批判するエイジ。その口撃に遭った魔王は、あの威厳は何処へやら、早々に頭を抱え出した。
「王国などという名は冠しているものの、その本質は、魔王様の下で庇護を受けている魔族のコミュニティにすぎませんね。これではただの烏合の衆」
「みみがいたい……」
「魔王様。少々憐れみを感じましたが、手は抜きません。魔王様のお話から推察するに、他の人間の国々も、この程度は成り立ち始めているでしょう。貴方が勉強不足なのだと思います」
「うわぁぁ‼︎」
ベリアルは突っ伏し、暫し沈黙。
「続けてくれ」
そして何事もなかったように、続きを促す。
「………アッハイ。ええと次。主権。すなわち権力ですが、国内の統治をその国に属する者が行えなければなりません。これに関しては、魔王様と幹部、そして予定ですが私が、持っていますね。強制力は弱そうですが、まあ、あるだけマシでしょう」
先程から強烈な批判を受け、魔王の精神が削れていく。そして、それを補佐する立場であるはずの幹部達にも、グサグサと突き刺さる。
「……なるほどな。よくよく考えれば当然のことだ」
「それが分かっていただけるだけ、相当やり易いです。実際、幹部の皆さん頭が良いんでしょうね。理解を示していただき、ありがたいです」
「お前の教え方も……だいぶ……上手いぞ」
結構無理をしているらしきベリアルが、何とか答える。口があれば、血反吐ぐらい吐いていそうな程ぐったりしていた。レイヴンも批判の嵐に反感があるが、実際全部正しいと分かってしまうので、ぐうの音も出ない。
「そして領土。すなわち国土。地上の領土、海上の領海、空中の領空ですね。領海には排他的経済水域とかもあるけど……これはまだ早いですね、忘れてください。そして魔王様のお話によると、未開拓区や戦線で国境が定まっていないなど、これもまた国家の要素として成り立っていませんねえ。これらから導き出される結論は、魔王国は到底国家などとは呼べないということです。国を名乗る、ただの魔族の集まりでしかない」
「グハァ!」
自らの国を否定され、酷く苦い顔で呻く幹部達であった。
「では暫く休憩としましょう。書記官の方々、しっかり記録は取れているでしょうか?」
羊皮紙を覗き込む。やはり最初は読めなかったが、暫くすると魔族語が読めるようになる。
「ふむん? なるほど。良い感じに近い概念の単語に、きちんと置き換わっているか。もちろん日本語そのままではないけど……その概念があるってことなら楽だな。ただ、概念のできていない、あまりに高度な専門用語だと、日本語のまま固有名詞として聞き取られる可能性も無きにしも非ず。日本語を教えるか、それとも言い換えるか……あの、私が他言語を話しているように聞こえたことはありますか?」
「あ、はい。それなりに……。それと、言い換えている風の口調なのに、全く同じ単語を口にしたり……」
「……てことは、魔族語は語彙がそんなになかったりするのか。こりゃ、神経使うな。チートも万能じゃねえわ」
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