魔王国の宰相

佐伯アルト

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I 宰相始動

3節 異世界での初日 ④

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 その後は、そのままノクトに地下の修練場まで案内された。魔王様の話なら、幹部が四人もついてくれるらしいが。

「やあエイジ、この城の食事はどうだったかな?」
「食事は……あの……」

 返答に困ることを言ってくる。

__意地悪な!__

 答えに窮してしまった。

「それより、なぜ魔王様が⁉︎」
「はは、その反応を見るに不味かったろう。すまないな、魔族にはあまり料理の習慣がないから、あまり発展していないんだ。さて、なぜいるかというと、初日だからお前の様子を見に来たのだよ。残念なことに、明日からは午後に仕事が入っていて見に来れないが」

 声音が途中から沈んだ。どうやら本当に残念そうだ。

「戦闘を教えることに関しては、私より適任がいる。エリゴス、レイヴン、ノクト、エレン、任せたぞ」
「任されましたぞ。では異世界の者よ、早速始めよう。では剣を取れ!」

 エリゴスに言われるがままに、エイジは両手剣を取る。どうやら訓練用のようだ、刃が無い。

「では、思うように振ってみせよ」

 両手で正眼に構え。真っ直ぐ素振りをする。短い期間だが、剣道をやったことがあるから、腕に覚えはある。しかし魔力を得たことで体が強化されたのか、竹刀より重いはずの金属製の剣が軽く感じる。

「ふむふむ、剣筋はいいな。剣を振ったことがあるのか?」
「私のいた国はとても平和でしたからね、戦闘とはまるで縁がありませんでした。ですが、数年だけとはいえ武術を習っていたので、徒手空拳と剣だけなら扱えます。まあ、実際に戦っている皆様からすれば、非常に拙いものですが。なので、全くの初心者を相手にしていると思っていただきたい」

 アクションゲームだとか、そういったシミュレーションでの立ち回りなら腕に覚えはあるけれど。そんなことを言ったって通じるわけもないので、口を噤む。実際に体を動かしたわけでもないし。とはいえ、人外じみた動きや特殊能力を使った派手な技などは参考になりそうな気もするが。

「承知した。では基礎から始めよう。学びたい武器はあるかの?」

 飽くまで彼らは、エイジの意思や意見を尊重してくれるスタンスのようだ。

「いえ、特には。というより、できる限り多くの武器を浅く広く学びたいです」
「そうか。今日は初日だ、まずは基本の武器を教えようぞ。片手剣と両手剣、槍や弓などだ。今、手本を見せよう」

 今携えている得物から見て取るに、レイヴンがサーベル、エリゴスが大剣と盾、エレンがランスの使い手だ。だがそれらは、エリゴスが提示した武器と類似しているとはいえ、別物である。依って彼らは、一度取り出した自らの得物を仕舞い、練習用の武器を取り出して振るったのだった。 

「これらの技は皆、戦闘の中で彼らが自分で編み出した我流であり、決まった型を持たない。だが、こ奴らの戦闘経験は、そこいらの人間とは比べ物にならぬ。実戦での有用性は証明されているから安心しろ。ではお前たち、模擬戦でもして見せてやれ」
「「「はっ‼︎」」」

 ベリアルの指示を受けると、幹部らは敬礼し、修練場中央のコートにて三角形に陣取る。

「ノクトはどうする」
「ははは、パスします~」

「なぜだ」
「面倒……というよりは、エイジクンにカッコイイとこ見せたくて、張り切りすぎちゃうかもしれませんから」

 貼り付けたような笑顔で、嘘だか本気だかよく分からないようなことを言う。それを一瞥したベリアルは、諦めたように溜息を吐く。

「準備は、できたようだな」

 その視線を中央に戻し、問いかける。それに答えるように、幹部らは首を縦に振る。

「では、始めぃ!」

 開始の合図が下される。だが、すぐには動かない。ジリジリと、間合いや相手の動きを伺って……突如激しくぶつかり合う。

「ぅわっ!」

 その衝撃、迫力に圧され、エイジは小さく仰け反る。

「見えているか?」
「ええ、なんとか……しかし、よくあんな動きが」

 ゲームやアニメの画面越しと、実際目の前でぶつかり合っているのとでは、迫力も臨場感も段違いだ。軽く三メートル程跳び上がったり、一息で十メートルの距離を詰めたり、演出ではよく見るものでも、小細工なしでやっているのだから人外感も凄まじい。

「オレも、この次元の戦闘をすることになんのか」
「さあ、それはどうかな?」

「……っあ。幹部ともなれば、魔王国でも最上位の戦士ですよね……失礼いたしました」
「いやいや、そんなつもりではないぞ。……おっと、今のは良いのが入った」

 べリアルが横に立ち、解説を入れていく。その言葉と、幹部たちの力強い振りを、エイジは脳裏に深く刻んでいく。

「いやしかし、あんなガキンガキン打ち合ってんのに、よく武器折れないなあ。ていうか、いくら魔族といえど、あんな生物から逸脱したような動きができるもんなのか⁉︎」
「そこで、魔力だぞ、エイジよ。魔力を込めて肉体や武器を強化すれば、あのようなことができる。魔力があればあるほど、際限なく強くなるものだ。もちろん、量や質に見合ったコントロール技術は必須となるが……お前たち、次は魔術を織り交ぜてみせよ」

 その指示が出た瞬間、バリバリッという激しい音が鳴り響き、エイジは身を竦める。かと思えば、突風に身を煽られる。激しさを増した戦いに、なんとか様子を伺うのが精一杯だが、どうやらレイヴンが雷撃を、エレンが竜巻を、エリゴスが闇属性の魔弾を放っているようだ。

「お前たち! 流れ弾に気を配れ! 期待の要人が巻き込まれたらどうする!」
「大丈夫ですよ、エイジクンは僕が守るから。さて、これで少しは見やすくなったかな?」

 気付けば、エイジを庇うようにノクトが眼前に立ち、防御魔術まで展開してくれていた。その肩越しに、やや恐る恐る観戦を続ける。

「……うむ、もう十分であろう。止め!」

 号令がかかると、ぴたりと戦いを止めて武器を収める。これでもまだ本気ではないのか、彼らは息一つ乱していない。

「では、稽古を始めよう」

 彼らの見本が終わると、次はエイジの番だ。

「あれ見た後だと気が引けるんですが……」
「気に病むでない。最初は誰しもが初心者だ。初めから完成された存在などおるまいて。それこそ、神くらいのものであろうよ」

 引き気味のエイジにも気さくに話しつつ、エリゴスは剣を差し出す。

「まずは武器の握り方の確認、それから素振り。その繰り返しだ。初日だからな、するのはこれだけだ」

 渡された片手剣を受け取り、エリゴスの動きを見よう見まねでやってみる。が、やはりどうにも不恰好。

「ああぁ、違うよ。ここは、こう持つんだ」

 さっきの幹部たちの素振りの際は、ちょっと離れたところでニコニコしているだけだったノクトが、今度は積極的に教えに入る。手を添え、優しく丁寧に教え込んでいく。

 少し教えられ少し振り、また少し指導されて少し振る。親身に、根気よく。それを繰り返していくことで、徐々に上達していく。

「おおっ、良くなったよ! この調子この調子!」

 その言葉に少し自信がつき、調子付いて剣を振る。が__

「バカめ、意識が手に向き過ぎだ。姿勢が崩れている」

 レイヴンの、トゲットゲの言葉が突き刺さる。それでも、目の前で手本を見せ、重心の乱れや力みを的確に指摘してくれる。厳しいが、嘲笑したり無視したりはしない。キツいんだか、優しいんだか。

「ふむ、どんどん良くなっていっているな。あとはそうだ、左腕の位置と刃の傾きに気をつけてみろ。そうだな、吾に打ち込んでみよ」

 大剣を構え、打ってくるよう指示するエリゴス。そんな彼目掛けて、目一杯に剣を振るエイジ。

「対象があるからといって気張りすぎるな。………肩が力み過ぎているぞ。……そこが後隙だ、気をつけろ。……また姿勢が乱れている。…………よし、そうだ。その感覚を忘れることなかれ」

 打ち込む度、一手一手アドバイスを授けるエリゴス。しかも力んでいるところを指でつついたり、隙に剣の腹を軽く当てたり、重心が乱れているときは足を踏むように押さえて転ばせたりと、実戦に即したものばかりだ。

 このような調子で二時間ほど、片手剣と両手剣の練習をした。そんな鍛錬をしたエイジはというと__

「はあっ、はあっ、はあっ……」

 かなり息が上がっていた。気合を入れ、殆ど休んでいなかったからだろう。

「ふむ、一度休め。その状態では、鍛錬をしても効果が薄い。これは追い込んで体力をつけるものではなく、基本の型を正しく覚えるものであるからな」

 エリゴスの指示を受けると、その場に剣を置いてへたりこむ。

「大丈夫かい? 相当疲れてるようだけど……」

 ノクトが心配そうに声をかける。今その細目は開かれていて、暗く紅い瞳を覗かせていた。

「大丈夫だけど……いや、喉渇いたなぁ」
「魔術は……まだ使えないよね?」

「ああ、できない」
「うん、じゃあちょっと待っててね」

 そう言うと、ノクトは物凄い速さで部屋を出ていく。そして一分もかからない内に、木製のコップを持ってきた。

「はいこれ」
「これって……中身入ってないけど」

 訝しげに見るエイジに対して、ノクトは何時いつもの笑みを浮かべながらコップの上に手を翳す。

 すると、彼の掌に小さな魔術陣が展開されたかと思えば、そこから水が注がれた。

「はい、水だよ~」

 木製のコップはちょっと汚かったが、それより渇きの方が勝ったので、気にせずゴクゴクと飲み干した。

「お代わりいるかい?」
「……頼む」

 もう一杯飲み干して、漸く落ち着く。すると別のことが気になる。

「あぁ、クソッ……! 汗で服がベタベタだ。一張羅だってのに」
「ん~。じゃっ、この上に乗って?」

 ノクトが床に手をつくと、魔術陣を広げる。その上に乗ると、陣がエイジの体をスキャンするように上がってきて__

「……すげえ、ベタベタがなくなった。洗浄されたのか? 魔術って便利だなぁ」

 スッキリした。が、また別のことが気になる。

「な、なあ、お手洗いはどこだ?」
「トイレ? あるよ。案内しようか?」

「いや、待て! それ水洗か?」
「水なんて流れないよ。あ、もしかしてエイジクンって綺麗好き? だったら、全くオススメできないなあ」

 焦る。意外と耐えられそうにない。

「ち、近くに川とか……」
「あるけど、歩くと十分はかかるね」

 絶望の表情になるエイジ。

「んー、僕って甘いのかな? ま、いいや。ちょいと失礼」

 見かねたノクトは、エイジをお姫様のようにひょいと抱えると、またもや凄い速度で走り出した。市民会館ほどの広さを誇る部屋の、中央から端までものの数秒で駆け抜けると、廊下を突っ走る。一階分の15段×2+踊り場を11歩で駆け上がると、正門から外に出る。

 魔王城はやや小高い丘の上にあったようだ。そこから辺りを見渡すと、夕陽に照らされたステップのような雄大な景色が広がっていた。

 が、ゆっくりと眺めている暇はなかった。視界奥の方で、水面がきらりと光る。それをエイジが視認できた頃には、ノクトは既に走り出していた。城から川までの距離、実に600m。だが、魔王国幹部にとって、そんなもの大したことはない。僅か三十秒、もう辿り着いていた。そんでもって息一つ乱していなかった。

 これが、魔族。異世界の住人の力。早くもエイジは、要件は下らないこととはいえど、体感することとなった。

「じゃあ僕は離れておくから、ごゆっくり~。用足し終わったら呼んでね」
「何から何まですまない」
「どういたしまして~」

 小だから、そこまでする必要はなかったのだが。それでも一応済ませ、また呼ぶ。そして同速でさっきの場所まで戻った。

「なるほど。いつでも飲める真水が作れて、入浴も必要なければ排泄もあまりしない……水道が引かれないわけだ」


 もう暫く休憩すると、鍛錬が再開された。

 再開後は、槍と弓の使い方を教わる。槍をエレンに、弓をエリゴスに、そして両方をノクトから教えてもらうのだった。

「モット腰ヲ落トス! ……ソコ、手ガ逆ダ」

 直感的になんとなくわかる剣と異なり、まだ慣れない長物。槍は扱いやすい武器として有名ではあるものの、頭で小難しく考えてしまうエイジには、なかなか習得が難しく感じた。

「慣レレバ、簡単ダ」

 そうは言っても……とエイジは言いたげなのであった。

 だが難しく感じたのも当然である。彼が会得しようとしているのは、槍を使うだけではなく、槍術だからだ。ただ使うだけであるのと、武術とでは習得難度は比較にならない。加えて、どっしりと構えて使うのではなく、機動力を重視しているのだから尚更であるのだった。

 槍だけで二時間も練習してしまったため、弓の練習時間は一時間だけとなってしまった。それでも他の武具と比べると、圧倒的に簡単であった。勿論、武具の性能が低いため、アーチェリーに比べると難しい。だが、引く力や体幹に視力など、上昇した身体能力でカバーできた。だが調子に乗って__

「あっ、いって……」

 弦で指を浅く切ってしまった。グローブはしていたが、指までは保護されていないのだ。

「ちょっと見せてね~」

 見せてねと言った割に、手を両手で包んでしまった。だがそこから柔らかな光と温かさを感じたかと思うと、痛みが引いた。

「ケガには気をつけるんだよ~」

 またまた、ノクトに手助けされてしまうのだった。

 そして、最後の仕上げに、今日素振った武器を一通り振るい。

「よし、では今日はここまでだ。明日に備えてしっかり体を休めよ」

 魔力によって身体機能が上がっているとはいえ、体をよく動かし、しかも慣れない動きのため、日が完全に沈んだ頃にはエイジはクッタクタになってしまった。体が重く感じ、肩で息をしている。

「オレの、武術の才は……どうですか?」
「そうだな、初日で判断できるものではないが、まあまあと言ったところか。筋はそこまで悪くない。これから次第だな」
「そうですか……今日は、ありがとう……ございました……」

 ややふらつきながら修練場を出て、食堂であの不味いメシを無理やり胃に流し込み、エイジは自室で泥のように眠った。明日こそは魔王様に寝巻きを頼もう、とか思いながら。
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