魔王国の宰相

佐伯アルト

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I 宰相始動

1節 宰相になった理由 ②

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 ふと目が覚める。すっかり寝坊したかな、と起きて辺りを見渡すと、その全てが真っ白。何も無いし地面も定かでない。

「これって、明晰夢ってやつかな?」

 ゲームのイベントシーンとかで、こういう演出を彼も何度か見たことがある。

「こういう時は、取り敢えず行動してみればいいんだっけか……?」

 アテもないが歩き出す。足元が見えない不安の中、数分間歩いていると、突然目の前に石造の建築物が出現した。その建物はまるでパルテノン神殿のような、ギリシャ系の神殿であるように見えた。

 エイジは予感が当たったことに喜びつつ、目の前の階段を駆け登った。


 上がった先、神殿の広間の中心にモヤのようなものが蠢いている。不思議に思い近づくと、突然__

「パンパカパーン!」

 そのモヤはヒトの女性のような形をとった。といっても、全身にモザイクのようなものがかかっていて、機械音声のような声がしたが。

「あなたは神に選ばれました」

 女性型モザイクは突然、訳も分からぬことを話し出す。

「………は? な、なんのことだ⁉︎」

 状況の飲み込めぬ彼は、当然の如く困惑する。といっても、困惑しない人間はそう多くはないだろうが。そんな彼に構わず、モザイクは続ける。

「あなたには、異世界に行く権利が与えられました」
「……異世界転生ってやつか。てことはオレは、遂に過労で死んだのか?」

 そんな考えができる分、彼はまだマシな部類だろう。

「いえ、あなたは生きています。というより、今ここにいるあなたが本体です」
「……じゃあ、転生じゃなくて転移か。そしてこれは、夢ではなく現実と」

 早くも彼は理解が追いついたようだ。それでも未だに疑っている様子ではあるが。

「そんで、アンタは何者なんだ?」
「そうですね……取り敢えず、天使とでもお呼びください。神の遣いのような存在ですから」

 羽や輪っかなど、天使らしさは全くないが。

「ハッ、天使様ねぇ……んで、異世界ってのは何なんだ?」
「言葉通り、きっとあなたの想像通りの意味です」

「で、オレはその異世界に行けるってのか」
「そうだと言っています。では、異世界に行きますか?」

「その前に幾らか質問させてくれ。まずは、その世界についての事前情報が欲しい。答えてくれたら前向きに検討しよう」
「……偉そうだなあ」

「聞こえてるぞ。アンタのような得体の知れない存在を信じられると思うか」

 そこまで言われたら仕方ない、とばかりに天使を名乗るモザイクは語り出す。

 そのモザイクが言うには、舞台は近世ヨーロッパに類似し、創作物などでよくある魔法などの存在するファンタジー系といった感じの世界観であるとのこと。加えて、魔王と人間が対立しているとかいう、よくあるテンプレだ。

「なるほどねぇ」

 それについても、もう飲み込んでしまったエイジは、新たな質問を繰り出す。

「オレがいなくなったとして……その処理はどうするつもりだ。失踪扱いか? 遺留品は」
「そこに考えが及びますか……なかなか鋭いですね。それに事前情報を求める……ボk__いや、私の予想より、適性は高いのかな」

 感嘆したような様子が、隠蔽処置越しにも感じられる。

「地球にも、我々の仲間であるエージェントが何人も存在していますから。戸籍など、あなたが存在したという記録の大半が抹消されることになります」
「魔法やらなんやら使って、記憶を消しでもするか?」

「そこまでは……いえ、場合によります。可能ではありますから。実家にある写真なども、葬るのは難しいですが、接収も不可能ではないかと。っていうかこんなこと言っちゃって良いのかな……話せるってことはいいんだろう、うん」
「そうかい……記憶が無くならないってことは嬉しくもあるが……心配はかけさせちまうな。行方不明扱いか」

 といっても、会社の奴等などどうでもいい。彼の頭にあったのは、母親ただ一人だけ。あとは、懐いていた実家の猫くらいのものである。

「そういえば。貴方のマンションから、私物も接収させていただきますが」
「いいさ、どうせなら、有効活用してやってくれ。量も額も多くはないがな。いざって時のためにとっといてくれてもいいんだが……まあ、それは強欲か」
「こんなところで遠慮……お、おほん。では、他に質問はありますか?」

 顎に手を当て、考える。そして直前の妄想を思い起こして、この状況になれば誰もが抱きそうな質問を繰り出す。その時の彼の表情は、生き生きとしていた。

「ところで、チートっていうか、異世界に行く前に授かれる超能力とかあるのか? やっぱ異世界といえば、それだろ」
「ありますよ。さて、あなたはどんな能力を欲しますか?」

 モザイクも、固唾を飲んで待つ。この選択は本人だけでなく、彼ら神の遣いにとっても重要な案件である。なぜならば……転生転移者が何を欲するかこそ、その者の異世界適性を見極められる最大の要素なのだから。

「その世界、スキルとかそういうものはあるのか?」
「残念ながら、そのようなものはありません」

「じゃあ、スキルポイント無限の全能人間ってのは無理なわけね。器用にはなりたかったが、さて……」

 エイジは顎に手を当てると、モザイクから顔を逸らし熟考を始める。そして、ぽつりぽつりと、思い浮かんだ能力を話していく。

 最初の方は、天使も興味深げに聞いていた。しかし、徐々に雲行きが怪しくなり、最後にはアワアワしていた。なにぶん__

「__の、合計十個だ!」

 数が、多すぎるのである。

「は、はぁ⁉︎ ……っと、失礼。上に相談してみます……」

 機械音声のようでも、困惑している様子はありありと伝わって来る。今まで様々な創作に触れた中で、彼が厳選した強力な能力だが。

 __まあ無理だろうな。さすがに強欲すぎたか……__

 と、呆れたような、神妙な面持ちで待っていると。

「あ、あの、すべてに許可が下りました……」
「は? マジで⁉︎ 嘘だろ⁉︎ なんで⁉︎」

 その結果に、彼自身が一番驚いていた。

「そ、そうか。それは何よりだ……その神様とやらは随分懐が深いんだな」
「いえ多分、あの方は享楽的だから……」

 そんな風に二名は驚愕していたが、一足早く我に返ったモザイクが人差し指を立てる。するとそこに光が凝縮していく。

「では付与しますよ、それっ!」
「まっ、待て! 段階的に…な……う、ぐ、ウオオオォォォ、制御が…できな…ァァァ……」

 強力な能力が、普通の人の身である彼に一気に注がれる。その負荷にしばらく悶えていたが__

「はあ、はあ、はぁァ……」

 付与と同時に頭に流れ込んできた能力の使い方。その感覚を頼りに必死にコントロールし、なんとか暴走せずに抑え込めたようだ。彼の要求した、とある能力のおかげであろう。

 しかし、本来の一割も出せない様子である。行ってから鍛錬するしかないな、と彼は心に決めた。

「では、行きますか?」
「ちょ、ちょっと少し待ってくれ、うぐっ……なんだ、この違和感は……?」

 人智を超えた力を得たおかげか、体が変化していく。身長は伸び、筋肉がやや増大。大まかではあるが、身長は前より10cm強伸びて、175cm程に変わる。そして髪色も変化する。黒髪が白くなっていき、変化が収まる頃には灰色のようになった。

「か、鏡はあるか……」
「はい」

「……どうしよう、オレすげえイケメンになっちゃった」

 顔立ちがシュッとして彫りが深く、コンプレックスだった低身長も克服。先程まで纏っていたゆとりあるはずのスウェットがキツい。声帯だけは変わっていないようだが。

 でも、何故か違和感がなかった。まるで、あるべき姿に戻ったかのような。

「もうよろしいですか?」
「まったく、せっかちだな……ああ、そうだ! あと、こういう性能の服も欲しいんだが」

 まさか、今の寝巻きのまま転移するわけにもいかない。しかし、これにもかなり注文を詰め込んだのに、何故かあっさり申請が通ってしまった。もし本当にオーダー通りならば、コレも超高性能なものなのである。

 モザイクに背を向けると、寝巻きと下着を全て脱ぎ、放り投げる。そして、きれいに畳まれた状態で出てきた装備に手を伸ばす。

 まずはボクサーパンツを履き、上下黒のインナーを身に纏う。薄い灰とも紫ともとれるワイシャツを着て、紺色のスラックスを履く。オーダーメイドだからか、彼の体にピッタリとフィットし、ベルトが要らないほどだった。

 次にオリーブ色のベストを着ると、体育座りして靴下と靴を履く。靴、といってもコンバットブーツのようで、全体は黒を基調としているが、ワンポイントで底だけ赤紫だ。

 そして黒皮の指抜きグローブを嵌めると、最後に黒い外套に袖を通す。裾は彼の膝下ほどの長さで、臀部のあたりから二股に分かれていた。

 彼が装備の全てを装着し終わると、女性型モザイクが問う。

「今度こそよろしいですか?」
「ああ、よろしく頼む。これで準備は万端! まあ、強過ぎる能力貰っちゃったし、いきなり魔王城に飛んでもいいくらいだけどな」

「ふむ、なるほど……それはそれで、こちらにとっても好都合……ではそのように!」
「え、ちょっと待って⁉︎ 冗談のつもりだったんだけど__うわぁぁぁ‼︎」

 瞬間、視界が真っ白な光に包まれ、不思議な浮遊感を感じたのだった。
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