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骨時計
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五歳上の兄とは、よくけんかをした。
力の差があるので、自分から仕掛けることはない。いつも兄が悪いのだ。こないだも僕の遊んでいたゲームをいきなり奪われそうになって、取り合いになった。
「いま、僕の手から『ボキッ』と音がしたよ。お兄ちゃん、離してよ」
「お前の手なら、ボキッと音がする訳ないだろ? 貧弱で骨が細いから『ポキッ』だろ? だから、痛いのは気のせいだ」
いつも訳の分からない理屈を言われ、反論する気が無くなる。しかし、腹は立つ。だから、母に相談して、一計を案じることにした。
次の日、手を包帯でぐるぐる巻きにして、学校から帰宅した。母は事情を知っているから驚かない。兄は包帯に気付き、目を丸くして僕に尋ねた。
「おい、どうした? その手は?」
「骨が折れてた。帰りにお母さんと病院に行って来た」
兄は、上を向いて、何かを思い出すような仕草をしたあと、ハッとしたように言った。
「昨日の俺のせいか! すまない。悪かった。大丈夫か? 今は痛くないか? そんな大怪我をさせるつもりはなかったんだ。ごめんよ」
兄が素直に謝るとは思っていなかったので、驚いた。本当に悪かったと思っているらしい。気の毒なので、包帯を外して、本当のことを白状した。兄は、一瞬ゆるんだ表情をして、その後、歪んだ顔付きになって言った。
「俺を騙したのか? まあ、ポキッと音がしなかったから変だとは思ったんだ」
いつもの兄に戻ってしまった。
その数日後、学校の工作で置き時計を作ることになった。長針と短針を好きな形にして良いと言われた。鉛筆の形にしている奴もいたし、刀の形にしている子もいた。僕は、少し前のことがあったので、骨を思い付いて、それにした。漫画で出てくるような、両端にハートの上半分が付いたような形だ。
出来上がると、持ち帰ることができた。母と相談して、テレビ横の棚に置くことにした。兄はそれを見て、少し顔をしかめ、僕のほうを恨めしそうに見た。こないだのことを根に持っていて、兄への当て付けで、骨をいつも見えるところに置いたとでも、思ったのだろうか。
最初のうちは、普通の時計と同じように、正確に時を刻んでいた。しかし、あるときから、この骨時計は、奇妙な動きをすると感じるようになった。
例えば、朝の起床後、カーテンを開けて、牛乳を飲んでいると、八時に八回音を出す。ボーン、ボーンと、まるで柱時計のように鳴る。この時以外、つまり九時や十時には、特に音はならないから、不思議でたまらない。また、父が、閉め切った部屋で煙草を吸っていると、時計が止まってしまう。電池を替えても動かない。最初は壊れたのかと思ったが、父が部屋からいなくなり、窓を開けて換気をすると、また時計の針は動き出す
観察していると、どうやらまるで、骨にやさしいことをしていると、機嫌よく音を出し、骨に悪いことをしていると、動きが悪くなるようだった。
まるで生きているようで、普通は怖いと思うかも知れないが、僕はとても愛しいと思った。父も母も、兄も、この骨時計をかわいがってくれた。骨時計は、家族の一員になった。
ある日、兄が出かけようとすると、骨時計は、突然大きな音を出した。
時刻は、午後二時十分。ゼロ分や三十分のように、知らせる時刻でもない。兄は「うるさい」と言って、音を止めようとするが止まらない。ボーンボーンと、近所迷惑になりそうな音量で、鳴り続ける。電池を抜いても止まらない。結局十五分ほどして、鳴り止んだ。兄は出かけるのが遅くなったと、ぶつぶつ言いながら、出ていった。
骨時計の長針と短針は、二本ともダランと真下の六の数字を差した。指で横にずらしても、すぐ元に戻る。完全に力が抜けてしまったようだ。
それから、再び骨時計が動くことはなかった。
あとから知ったことだが、その日の二時十分頃、ちょうど拳銃を持った殺人犯が、僕の家の前を逃亡中だったらしい。兄が予定通りに家を出ていたら、撃ち殺されていた可能性がある。骨時計は、家族を守ってくれたのだろうか。
壊れた骨時計は、庭の土に埋葬することにした。長針と短針の骨は、脆くなっていて、自然に折れた。そのとき、ポキッと音がした。
(了)
力の差があるので、自分から仕掛けることはない。いつも兄が悪いのだ。こないだも僕の遊んでいたゲームをいきなり奪われそうになって、取り合いになった。
「いま、僕の手から『ボキッ』と音がしたよ。お兄ちゃん、離してよ」
「お前の手なら、ボキッと音がする訳ないだろ? 貧弱で骨が細いから『ポキッ』だろ? だから、痛いのは気のせいだ」
いつも訳の分からない理屈を言われ、反論する気が無くなる。しかし、腹は立つ。だから、母に相談して、一計を案じることにした。
次の日、手を包帯でぐるぐる巻きにして、学校から帰宅した。母は事情を知っているから驚かない。兄は包帯に気付き、目を丸くして僕に尋ねた。
「おい、どうした? その手は?」
「骨が折れてた。帰りにお母さんと病院に行って来た」
兄は、上を向いて、何かを思い出すような仕草をしたあと、ハッとしたように言った。
「昨日の俺のせいか! すまない。悪かった。大丈夫か? 今は痛くないか? そんな大怪我をさせるつもりはなかったんだ。ごめんよ」
兄が素直に謝るとは思っていなかったので、驚いた。本当に悪かったと思っているらしい。気の毒なので、包帯を外して、本当のことを白状した。兄は、一瞬ゆるんだ表情をして、その後、歪んだ顔付きになって言った。
「俺を騙したのか? まあ、ポキッと音がしなかったから変だとは思ったんだ」
いつもの兄に戻ってしまった。
その数日後、学校の工作で置き時計を作ることになった。長針と短針を好きな形にして良いと言われた。鉛筆の形にしている奴もいたし、刀の形にしている子もいた。僕は、少し前のことがあったので、骨を思い付いて、それにした。漫画で出てくるような、両端にハートの上半分が付いたような形だ。
出来上がると、持ち帰ることができた。母と相談して、テレビ横の棚に置くことにした。兄はそれを見て、少し顔をしかめ、僕のほうを恨めしそうに見た。こないだのことを根に持っていて、兄への当て付けで、骨をいつも見えるところに置いたとでも、思ったのだろうか。
最初のうちは、普通の時計と同じように、正確に時を刻んでいた。しかし、あるときから、この骨時計は、奇妙な動きをすると感じるようになった。
例えば、朝の起床後、カーテンを開けて、牛乳を飲んでいると、八時に八回音を出す。ボーン、ボーンと、まるで柱時計のように鳴る。この時以外、つまり九時や十時には、特に音はならないから、不思議でたまらない。また、父が、閉め切った部屋で煙草を吸っていると、時計が止まってしまう。電池を替えても動かない。最初は壊れたのかと思ったが、父が部屋からいなくなり、窓を開けて換気をすると、また時計の針は動き出す
観察していると、どうやらまるで、骨にやさしいことをしていると、機嫌よく音を出し、骨に悪いことをしていると、動きが悪くなるようだった。
まるで生きているようで、普通は怖いと思うかも知れないが、僕はとても愛しいと思った。父も母も、兄も、この骨時計をかわいがってくれた。骨時計は、家族の一員になった。
ある日、兄が出かけようとすると、骨時計は、突然大きな音を出した。
時刻は、午後二時十分。ゼロ分や三十分のように、知らせる時刻でもない。兄は「うるさい」と言って、音を止めようとするが止まらない。ボーンボーンと、近所迷惑になりそうな音量で、鳴り続ける。電池を抜いても止まらない。結局十五分ほどして、鳴り止んだ。兄は出かけるのが遅くなったと、ぶつぶつ言いながら、出ていった。
骨時計の長針と短針は、二本ともダランと真下の六の数字を差した。指で横にずらしても、すぐ元に戻る。完全に力が抜けてしまったようだ。
それから、再び骨時計が動くことはなかった。
あとから知ったことだが、その日の二時十分頃、ちょうど拳銃を持った殺人犯が、僕の家の前を逃亡中だったらしい。兄が予定通りに家を出ていたら、撃ち殺されていた可能性がある。骨時計は、家族を守ってくれたのだろうか。
壊れた骨時計は、庭の土に埋葬することにした。長針と短針の骨は、脆くなっていて、自然に折れた。そのとき、ポキッと音がした。
(了)
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