プロクラトル

たくち

文字の大きさ
上 下
146 / 174
獣王との戦い

決着

しおりを挟む
 サリスを追い詰め、首筋に大鎌の刃を添えているシンだが、その後サリスが見せている姿に困惑していた。

 あれだけ馬耳雑言を言い続けていたにも関わらず、一点だけを見つめ沈黙し続けているのだから当然だろう。

 この反応は、シンには予測出来なかった事であった。
 山の証を渡せと言ったものの、サリスは未だに何も反応を見せない。

 サリスの虚ろな瞳が捉える先を、シンは確認する。
 サリスの定まった視線の先、そこにはノアの姿があった。

 決着の行方に満足している様子のノアは、サリスを見つめるように視線を合わせており、互いに静寂を貫いていた。

 神と神が何を考えているのかシンにはわからない。
 しかし、何かが2人の間で交わされている事は間違いない。

「シン、どうするの?」

 シンのようにサリスへと刃を添えているユナも、反応のないサリスをどうするのか戸惑っているようである。
 戦闘を始めた当初、サリスの肉体に絡め取られた真紅の刀を取り戻しているユナも、いつでもトドメを刺せる状態であるが、この状況で何をするべきか判断に迷っているのだ。

「このまま待って見るしかないよな。俺もどうしたらいいか、わからない」

 ここからどのような展開になるのか、予想するのは難しい。
 シンとユナと同じく、サリスに詰め寄っているエルリックも、成り行きを静観している。

「山の証、そうか私は敗れたのだな」

 静観が続いていた戦場で、小さな呟きがささやかれた。
 その声はどこか力なく、そして何故か清々しさを感じられた。

「そう、君は負けたんだ。ボクの代行者とその仲間にね」

 我を取り戻したサリスの言葉に、ノアが反応する。

「またしても、ノアに負けたと言うのか」

 現実を突きつけられたサリスは、悠久の時を経て再度ノアに敗れた事を悔やむ。
 幾度となくサリスの前に立ちはだかるノアを超える事はかなわなかった。

「前回は、ボクの負けだよ。これは、その仕返しさ」

 世界分断で無の世界に閉じ込められた事は、ノアにとって屈辱的な敗北として捉えられている。
 その敗北を糧に、ノアは成長しこうしてサリスに勝利したのだ。

「サリス、君は1人だ。けれどボクは違う」

 敗北に打ちひしがれるサリスに、ノアは勝敗を分けた原因を言う。
 神は全ての頂点に立つ存在であるが、自らを慕う者がいなければ、その力を全て引き出す事は出来ない。

 代行者の存在、そして神を慕う者がいるかいないか、それがこの戦いを左右したのだ。
 ノアにあってサリスにないもの、それは明確なものだった。

「私を、慕う仲間などいない」

「かつての君には、いたはずだ」

 ノアの言葉を受けたサリスは、反論を言おうとするが、その答えはとうの昔に出ている。
 サリスは、自ら仲間となる者達を遠ざけたのだ。

「しかし今はいない」

 今のサリスは、1人の信徒もいない。
 それは後悔しても変わらない。

「何故だかわからないのかい?」

 後悔するサリスに、ノアは諭すように問いかける。
 何故、それは今のサリスならわかる事だった。

「理由ならわかる。だが、気付いた所でもう遅い、遅すぎるのだ」

 ノア、そして代行者であるシンに敗れたサリスは、それに気付いた事が遅すぎた。

「山の神サリス、お前は無の神ノアに憧れていたのだな」

 ノアとサリスの会話に、アイナが入り込む。
 その言葉を聞いたサリスは、虚を突かれたように呆気にとられていた。

「憧れ? 何を言っているのだ」

 アイナが話す内容を、サリスは否定する。
 ノアを恨みこそすれ、憧れる理由など一つもない。
 サリスはそう考えている。

「むっ、そうではないのか? 異常なほどの執着は、憧れからきているのだと思ったのだがな」

 サリスのノアへの執着は、相当なものだった。
 過去に何があったか、シン達は深く知らないがノアへの執着心は対峙した事で知っている。
 アイナは、その執着心の原因を憧れだと考えたのだ。

「なるほど、君はボクに憧れていたのか。ならもっと早く言って欲しいものだね。世界分断前に仲良くなれたかもしれないのに」

 アイナの言葉を聞いたノアは、納得したように笑みを浮かべる。
 しかし、サリス本人は納得がいかない。

「そんなはずはない、私は…」

 サリスが言葉を途中で止め、再び静寂が訪れる。
 神が神に憧れるなどあってはならない、サリスはそう思っている。

「嫉妬は他者への憧れからくるものだと思っていたのだがな」

 沈黙を破るのは、アイナであった。
 サリスがノアに抱いていた感情を、アイナは読み取っていた。

 アイナがサリスから感じられたものは、妬みや僻み、そして羨ましいと言う感情がほとんどであった。
 それら全ては、ノアと自身を比較しての劣等感であり、ノアへの憧れが、負の方向へと作用したものであるのだ。

「サリスは、ノア様のようになりたかったのではないですか?」

 これまで静観していたシーナが自身の考えを話し始めた。

「私も使命を果たしていた人達に憧れていました。いつか、私もそうなりたいと。でもなれなかった。その感情は、次第に変わっていきます。自分を卑下し、他者を羨む気持ちはだんだんと妬み嫉みに変わりました。こんな奴らに、どうして罵られなければならないのかと」

 シーナは、混じり者として蔑まされてきた過去の経験をサリスと重ねていた。
 そして、それは答えとなっていた。

「私は、何も持って生まれなかった」

 サリスには、ノアのように唯一神と言う血縁者はおらず、世界創造の時も1人だった。

「それは私も同じよ」

 サリスの言葉にミアリスが反応する。
 始めは1人だったのは、ミアリス達も同じ事である。

「せっかく集めた者達も私のもとを去って行った」

「それは君が怠慢だっただけじゃないか、それは今ならわかるだろう?」

 サリスは自ら努力する事を放棄した。
 それが悠久の時を経て、今の状況に繋がっている。

「やり直す事は、出来るのか?」

 首筋に添えられた大鎌の刃を見つめ、サリスは問う。
 独り言のように発せられた言葉の答えは、誰にもわからない。

「それは君次第だね。こうしてボクに負けた以上、ミアリスのように神の座からは降りてもらうけどね」

 神である事に誇りを持つサリスに、その事実は重くのしかかる。
 唯一、他者に勝る事を手離す事は難しい、そうシン達は感じていた。

「まあ、ボクのもとで働くと言うのなら、命は奪わないであげるけどね」

 ノアはサリスが神であり続ける事を許すつもりはない。
 しかし、ミアリスと同じく従うならば、拒絶するつもりはないようであった。

「私に、出来る事は少ないぞ」

「出来る出来ないじゃないよ、やって貰うしかないからね。ボクの下で働くのは、厳しいんだ」

 ノアの言葉にミアリスが小さく反応をする。
 何をされたのかシン達は知らない事だが、ノアは相当な事をミアリスにしていたのだろう。

「私を、貴方の僕にして頂けますか?」

 それでも、サリスはノアへの服従を希望する。
 何かを変える為、そしてノアを全ての世界の支配者にする為、力になる事を違うのだ。

「良いよ、けどまずはそのだらしない体をどうにかして貰わないとかね。シン達のおかげで肉は落ちたけど、まだだいぶ残ってる」

 ノアの発言にシン達は苦笑いを浮かべる。
 初めて目にした時より、無駄な肉は削がれていたが、まだ通常の者よりも太い。

 予期せぬノアの指摘にサリス自身も困惑する。
 ノアの為に初めて行う事が、無駄な肉を落とす事とは考えてもいなかった事だ。

「それが出来たら、君をボクの僕と認めよう」

 サリスをこれまでの生涯で最大の苦難が待ち受ける事になる。
 減量だけでなく、これからの他の神との争いで、サリスは難題をこなさなくてはならない。
 だが、それを乗り越えなければノアは容赦なくサリスを始末するだろう。

 サリスの服従により森の世界の戦いは、ノアの勝利に終わる。
 世界樹の攻略に、山の神サリスと連戦を続けてきたシン達は、ようやく長い戦いに終止符を打つ事となった。

 森の世界で出会ったシーナを救い出し、氷の世界で協力を仰いだアイナ、そして山の神であったサリスを新たな仲間に加え、シン達は次なる目的地である空の世界へと向かう事になる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する

くみたろう
ファンタジー
いつもと変わらない日常が一変するのをただの会社員である芽依はその身をもって知った。 世界が違った、価値観が違った、常識が違った、何もかもが違った。 意味がわからなかったが悲観はしなかった。 花嫁だと言われ、その甘い香りが人外者を狂わすと言われても、芽依の周りは優しさに包まれている。 そばに居るのは巨大な蟻で、いつも優しく格好良く守ってくれる。 奴隷となった大好きな二人は本心から芽依を愛して側にいてくれる。 麗しい領主やその周りの人外者達も、話を聞いてくれる。 周りは酷く残酷な世界だけれども、芽依はたまにセクハラをして齧りつきながら穏やかに心を育み生きていく。 それはこの美しく清廉で、残酷でいておぞましい御伽噺の世界の中でも慈しみ育む人外者達や異世界の人間が芽依を育て守ってくれる。 お互いの常識や考えを擦り合わせ歩み寄り、等価交換を基盤とした世界の中で、優しさを育てて自分の居場所作りに励む。 全ては幸せな気持ちで大好きなお酒を飲む為であり、素敵な酒のつまみを開発する日々を送るためだ。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

なんだって? 俺を追放したSS級パーティーが落ちぶれたと思ったら、拾ってくれたパーティーが超有名になったって?

名無し
ファンタジー
「ラウル、追放だ。今すぐ出ていけ!」 「えっ? ちょっと待ってくれ。理由を教えてくれないか?」 「それは貴様が無能だからだ!」 「そ、そんな。俺が無能だなんて。こんなに頑張ってるのに」 「黙れ、とっととここから消えるがいい!」  それは突然の出来事だった。  SSパーティーから総スカンに遭い、追放されてしまった治癒使いのラウル。  そんな彼だったが、とあるパーティーに拾われ、そこで認められることになる。 「治癒魔法でモンスターの群れを殲滅だと!?」 「え、嘘!? こんなものまで回復できるの!?」 「この男を追放したパーティー、いくらなんでも見る目がなさすぎだろう!」  ラウルの神がかった治癒力に驚愕するパーティーの面々。  その凄さに気が付かないのは本人のみなのであった。 「えっ? 俺の治癒魔法が凄いって? おいおい、冗談だろ。こんなの普段から当たり前にやってることなのに……」

田舎の雑貨店~姪っ子とのスローライフ~

なつめ猫
ファンタジー
唯一の血縁者である姪っ子を引き取った月山(つきやま) 五郎(ごろう) 41歳は、住む場所を求めて空き家となっていた田舎の実家に引っ越すことになる。 そこで生活の糧を得るために父親が経営していた雑貨店を再開することになるが、その店はバックヤード側から店を開けると異世界に繋がるという謎多き店舗であった。 少ない資金で仕入れた日本製品を、異世界で販売して得た金貨・銀貨・銅貨を売り資金を増やして設備を購入し雑貨店を成長させていくために奮闘する。 この物語は、日本製品を異世界の冒険者に販売し、引き取った姪っ子と田舎で暮らすほのぼのスローライフである。 小説家になろう 日間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 週間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 月間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 四半期ジャンル別  1位獲得! 小説家になろう 年間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 総合日間 6位獲得! 小説家になろう 総合週間 7位獲得!

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

金貨三枚で買った性奴隷が俺を溺愛している ~平凡冒険者の迷宮スローライフ~

結城絡繰
ファンタジー
平凡な冒険者である俺は、手頃に抱きたい女が欲しいので獣人奴隷を買った。 ただ性欲が解消できればよかったのに、俺はその奴隷に溺愛されてしまう。 爛れた日々を送りながら俺達は迷宮に潜る。 二人で協力できるようになったことで、冒険者としての稼ぎは抜群に良くなった。 その金で贅沢をしつつ、やはり俺達は愛し合う。 大きな冒険はせず、楽な仕事と美味い酒と食事を満喫する。 主従ではなく恋人関係に近い俺達は毎日を楽しむ。 これは何の取り柄もない俺が、奴隷との出会いをきっかけに幸せを掴み取る物語である。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

処理中です...