プロクラトル

たくち

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氷の世界

アイナ・ルーベンス

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「ちっちょっと!離しなさいよ!」

「むっ、すまん」

 アイナに引き摺られ、どこかの部屋に連れ込まれたシンとユナは床に腰をつけながらアイナに解放された。
 必死に抵抗したもののアイナに敵わず連れ込まれたシン達は、疲労から床にそのまま座り込みため息を吐いている。

 シン達を連れ込んだアイナはと言うと、何事もなかったかのように椅子に座り、一緒に持ち込んだ料理を食べ始めていた。
 シンとユナという序列者2人が本気ではないとはいえ、完全に抑え込んでおきながら息一つ乱れていないアイナは相当の実力者であると伺える。
 Sランク冒険者”双蒼の列刃”の中心と言うのは間違いでないのだろう、セレス達からよりも強者の気配を感じられる。

「食べ終わるまで待っててくれ、我は食べながら話せるほど器用ではないからな」

 シン達に有無を言わせぬ態度でアイナは食事を続ける。
 突然の事に理解の追い付かないシン達は唖然としたままアイナを見つめていた。

 アイナの姿からセレスが語っていたような危機感は感じられず、むしろ森の世界で会った時のように平然として異変などあるように思えない。

「待たせたな、導かれし者達よ」

 食事を終え、先ほどの部屋の前に食器を置いてきたアイナが部屋に戻ってくる。
 アイナの右眼に眼帯はなく、左腕に刻まれた刻印は前に会った時と違い、隠される事なくその存在を主張している。

 アイナの魔眼の効力を知らないシン達はその眼を直接見る事が出来ず、左腕の刻印も直視する事はためらわれた。

「むっ、そうか忘れていた」

 シンとユナの挙動を見てアイナは近くにあった眼帯と腕の拘束具を取り付ける。
 着用している拘束具を1人で着けるのは困難だと思われたが、何度も繰り返し着用している拘束具をアイナは簡単に取り付けた。

「体調は大丈夫なのか?」

「体調?何の事だ?」

 シンとしてはセレスから聞いていた呪いの暴走を危惧しているのだが、当のアイナとどうも話が噛み合わない。
 ユナに確認するが彼女もアイナの様子を疑問に思っていた。
 平然とした態度はとても危機的状況に陥っていると思えないのだ。

「あなた、呪いが暴走してるんじゃないの?」

「呪い?はっ!そういう設定か!」

「設定?」

「がっぐぁ!」

「ちょっと!大丈夫なの⁉︎」

「わっ我に近付くな!奴が貴様らに災いをもたらすぞ!」

「でっでも、さっきまで普通だったじゃない」

 ユナの言葉にアイナが突然苦しみだす。
 アイナは何かに気が付いたような反応の後、突如苦しんだように顔を歪めさせ、心配して近付くユナを手で押し止める。

 先ほどまで何事もなく過ごしていたアイナの豹変にユナは戸惑い、シンとアイナを交互に見る。
 自分で判断が出来ないと考えたユナはシンに助けを求めるような視線を送るが、シンはアイナから眼を離さずジッと見つめていた。
 そのシンの視線をまるでアイナの本心を見透かすかのようにユナは感じていた。

「設定、アイナはそう言ったな?」

「ええ、確かに聞いたわ、どういう事?」

 うずくまり苦しみ続けるアイナに気付かれぬよう、シンとユナは会話をする。
 シンからは先ほどのアイナの言葉を確認するようにユナに問いかけられる。
 直接やり取りしていたユナは正確にアイナの言動を覚えている。

「ねえ、この本は何?」

「やっやめろ!」

 ユナが部屋の机の上に置いてあった黒い冊子のような物を拾い上げる。
 その行動に先ほどまで苦しんでいたアイナがユナを制止をする為に立ち上がるがシンに邪魔をされる。

「何て書いてある?」

「やめてくれ!それを見れば貴様もただでは済まないぞ!」

「えっ!そうなの?」

「ユナ、関係ない。読むんだ」

 アイナの言葉にユナは黒い冊子を手放そうとするが、シンは中身を確認しろとユナに呼びかける。
 アイナはシンの制止を押しのけようとするが覚悟を決めたシンは退くことをしない。
 彼はもう確信を持って行動している。

「えっと、これは何て読むのかな?」

 アイナの持つ冊子の内容にユナは戸惑っていた。
 文字が読めない訳ではなく、その内容をどう表現したら良いのかわからないのだ。

「俺にも見えるようにしてくれ」

 アイナはさらに抵抗を強めるがシンは動じずにユナが開いた冊子を読む。
 そこにはアイナ・ルーベンスと言う女性の情報が事細かに説明されている。

 ユナが戸惑いを浮かべる訳がすぐに理解出来る。
 黒い冊子の1ページには、そのまま読む事の出来ない当て字でアイナの使用すると思われる技名や彼女の装備、性格や呪いの原因と思われる事まで事細かに記載されていた。

 次々と書き足されていたのだろう、そのページは冊子からはみ出すのではないかと言うほど、バラバラに記載がされている。

「うっがぁ!」

 シンを振りほどく事が出来ないと判断したのだろう。
 アイナは左腕を抑え、息を荒くしている。

「わっ我の腕が暴走する!早くそれをしまうんだ!」

 必死にユナを説得するアイナだが、もうそんな演技に騙されるユナとシンではない。

「うわっ何か色々書いてある、これ日記なの?」

 黒い冊子を読むユナは先を進めるほどアイナに対しひいている事が伺える。
 顔を引きつらせながらシンと共にアイナのこれまでの行動と思われる冊子の中身を読み続けた。

「ねえ、魔眼とか呪いとかって嘘じゃないの?」

「なっ何を言う!我の体は蒼紅蓮に蝕まれている!」

 蒼紅蓮と言うのはアイナの装備として記載されている透けて見えるほどの青い双剣の事だろう。
 黒い冊子の1ページ目にアイナの言葉と同じような事が記載されている。

「さっき言ってた設定ってのはこの冊子の内容の事だろうな」

「やめろ!我は本当に」

「じゃあ、この冊子は何なんだ?」

「そっそれはだな」

 狼狽えるアイナにSランク冒険者の威厳は欠片もない。
 シンとユナの厳しい視線に耐えられず、眼を泳がせている。

「拘束具を外すぞ」

「ふざけるな!そんな事をしたら世界が滅ぶぞ!」

「さっきまで外してたじゃない」

 抵抗するアイナだが、シンとユナの2人がかりであっさりと左腕の拘束具を外されてしまう。
 リストバンドのみを残されたアイナの左腕には刻印が黒く刻まれている。

「触ってみる?」

 刻印をユナが恐る恐る触れる。
 だがアイナの言うような暴走のような事は起きず、ユナが指でつついても何も変化は起きない。

「何も起きないわね」

「削ってみるか?」

「やめろ!やめろぉ!」

 ジタバタと抵抗するアイナを無視して左腕の刻印をユナは爪で擦るようにする。

「ちょっと!これ取れるじゃない!」

 ユナが爪で擦ったあと、黒々とした刻印が薄くなっている。
 試しに強めに擦るとアイナの刻印は黒い削りカスとなり徐々に取れ始めていた。

「やめてくれ…」

 ユナが左腕の刻印を削る姿を涙を浮かべながら見つめているアイナは体の言う事が効かないのか、力が抜け床に座り込む。
 ここまでくればアイナの正体を確実にシンは突き止めていた。

「おい、前に俺達に言った導かれし者達ってのはどういう意味だったんだ?」

「そっそんなの、我は知らん!」

「まさか、適当に俺達の設定とやらを作ったのか?」

 アイナはまともに答える気がないのか、そっぽを向きシンから眼を逸らす。
 だがもうアイナに言い逃れをさせるつもりはない。

「あの時言ってた獣王の事も、その右眼の魔眼も、全部お前の頭の中の話なんだな?」

 獣王についてアイナが何かを知っていると考えここまで来たシンは、アイナの正体がこんな奴だと思ってもおらず頭痛を感じこめかみの辺りを抑えていた。
 唯一の手がかりが無くなった事を頭では理解していても信じたくないのだ。

「ちっ違う!それは本当だ!」

「それはって事は呪いやら暴走やらは嘘なんだな?」

「それも本当だ!」

 シンとユナはアイナの言葉を何一つとして信用出来ない。
 今のアイナから人類の最終兵器と呼ばれるような威厳は欠片もない。

「ユナ、封印とかいう部屋に行ってみるか、どうせ何も意味ないんだろうけど」

「頼む、もうやめてくれ」

「ちょっと、何かかわいそうになってきたわよ」

 部屋を出て行こうとするシンを涙目で引き止めようとするアイナの姿にユナが同情し始めた。
 だんだんと小さくなるように感じるアイナは力なくシンの袖を指で摘む事しか出来ない。

 そんな姿を見たユナはアイナを味方するようにシンを止めようとするが、シンの怒りはまだ収まらない。

「ユナ、ここまで来たんだ。あの部屋の確認もしないとリリアナ達に顔向け出来ない」

 もうこのアイナを訪ねてきた事は無駄足の可能性が高い。
 だがまだ僅かな可能性は残っている。
 アイナの言葉はもう信用出来ない、事実を確認するには自分で調べるしかない。

「もう、やだよぉ」

 部屋を立ち去ろうとするシンにアイナの小さな呟きが聞こえた。
 今まで威厳のある声を発していたアイナの弱々しい声にシンは思わず立ち止まってしまう。
 振り返ると床に座り込んだアイナが泣きながらシンを弱々しく睨みつけている。

「どうしたの?」

 異変を察したユナがアイナに近付こうとするが、アイナの行動の方が早かった。

「お兄ちゃん達のばかぁ~!アイナは悪くないもん!うわぁぁぁ」

 シンの行動に耐えられなくなったアイナはその場で大声で泣き出してしまう。
 子供のように泣きじゃくるアイナにシン達はなす術もなくその場に立ちすくんでしまう。
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