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森の世界
仲間の死
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(もう、戦争か?)
ここ暫くシンは寝込み続けていた。
何もする気が起きずただただ空き家に居座り続けていた。
兵士達が一斉に王都を並んで行軍する音に気が付き、シンは皇国との戦争が始まると確信した。
(着いて、行ってみるか)
重い体を無理矢理動かし王国軍の何かの車両に乗る込んだ。
それは物資を輸送する車両なのだろう。
荷台には武器などが大量に乗せられていた。
「リリアナ様も変な男を担ぎこんだな」
「やめろ、誰かに聞かれたら不敬と言われるぞ」
運転席から兵士達の会話がシンの耳に入った。
シンの知らないあの男はリリアナを利用し、軍の指揮を取らせるようにしたらしい。
赤姫からも特に異論は無く王国軍も素直にあの男に従っているようだ。
(そりゃ、ユナとリリアナを押さえてるからな。誰も反論しないだろ)
王国の最大戦力と次期国王を取り込んでいるあの男に反論など出来る者はいなかった。
シンの知らない間にあの男はこの王国を掌握したようだ。
共和国との同盟でリリアナを見捨てたはずが、同盟が結ばれたその後すぐに男はリリアナに自分が働きかけ同盟を結ぶようにしたとリリアナに吹き込んだらしい。
リリアナを助けるつもりがあの男の良いように利用されてしまった。
(もう、どうでも良いか)
兵士達の会話を聞いても何もする気は起きなかった。
力の入らないまま、車両が戦場に着くまでシンは眠り続けた。
**
「ニグルはまだ来ないのか?」
「ええ、まだ現れていません」
戦争が始まり本陣の中にシンは居座っていた。
知らない男とリリアナは未だ姿を現さないニグルに苛立っているようだ。
「赤姫を展開させてニグルを釣り出す」
「わかりました、ではユナさん達に中央の戦場に出てもらいます」
「そうしてくれ、俺も少しここを離れる」
リリアナを残し男は本陣から立ち去った。
男を追わなければならないとシンは直感し急いで後を追う。
幸い、男は徒歩での移動をしていたのですぐに追いつく事が出来た。
暫く移動するとそこは見晴らしの良い岩山の頂上だった。
眼下に広がるのは先ほどリリアナが言っていた中央の戦場だろう。
王国軍と共和国軍の連合軍と皇国軍がそこで激突していた。
大軍同士の激突は轟音を響かせシンのいる所にも怒号や武器の撃ち合う音が聞こえてくる。
(あれはユナ達か!)
暫くすると赤い長衣を纏った集団が戦場へと現れた。
戦場に現れた赤姫達は皇国軍を瞬く間に殲滅していく。
「やはり赤姫を取り込んだのは正解だな。これならばニグルも黙ってはいられないだろう」
赤姫の活躍に知らない男も独り言を言っていた。
この男はニグルを仕留めるために赤姫を餌にしたいたのだ。
「来たか」
男の呟きにシンは戦場へと目を向ける。
すると皇国軍側からも風帝隊が戦場へと参加し猛威を振るっていた。
その先頭には灰色のローブを纏った”風帝”ニグルの姿もある。
風の魔法を駆使し連合軍に襲いかかっている。
(こいつは行かないのか?)
ニグルが現れた、当然ニグルの抹殺が目的であるならばこの男も戦場へと向かうべきだ。
シンはそう考えていたが男は動くそぶりを見せない。
戦場では現れた風帝隊に気付いたのだろう。
ユナを始めとした赤姫達が風帝隊の下へと向かっている。
(”契”の無いユナではニグルに勝てない!助けに行かないのか⁉︎)
昔から使用していた赤い剣ではユナがニグルに負けた事を知っているシンはこの激突の結果をわかっている。
だがシンはこの世界に来てからわかっていたはずの事を忘れていたのを思い出した。
(そうか、この世界ではユナとニグルは戦っていない!ユナが勝てない事を知らないんだ!)
どうする、とシンは自身の行動を考える。
だがシンの事が認識出来ない世界では出来る事は無い。
シンが思考する間にユナ達はニグルのいる風帝隊と戦闘を開始していた。
ユナやクレアの活躍は凄まじく、風帝隊の隊員達を撃破していった。
それを許すニグルではなく、すぐさまユナとクレアの下に辿り着き戦闘が始まった。
クレアを下がらせニグルとの一騎打ちをユナはするつもりのようだ。
疾風のような素早い動きでニグルを攻撃する。
だがその赤い剣はニグルに届く事なく舞うように回避するニグルに攻撃が当たる事は無かった。
剣での攻撃が効かないと判断したユナは打撃での攻撃を開始した。
だがその拳がニグルに届く前に鮮血を撒き散らす。
不可視の風の鎧によりユナの左手は斬り刻まれる。
「風で鎧を作っているのか?なら近接戦闘は危険だな」
冷たくシンの知らない男はニグルの戦闘を分析する。
この男は力のわからないニグルの戦いを分析する為にユナをニグルにぶつけたとシンはすぐに理解出来た。
(なんでユナを助けに行かない!)
声が出ないのはわかっているがシンは男に叫んでいる。
だがその言葉は届く事は無い。
(俺がユナを助けに行く!)
シンが干渉する事でどうなるのかはわからない、試練は不合格になるかもしれない。
だが偽物の世界でも守ると決めたユナを見捨てる事はシンには出来ない。
だがもう遅かった。
岩山を飛び降りようとした瞬間、ユナの体にニグルの持つ剣が突き刺さった。
ユナの腹部からニグルの持つ剣が突き刺さり背中へと貫通する。
彼女の自慢のその髪と同じ赤が彼女の口、そして腹部から舞い散った。
(ユナ!)
必死に名を叫ぶ、だがその口から音が発せられる事はない。
ユナの首に不可視の斬撃が繰り出される。
抗う事が出来ずユナのその可愛らしい顔は苦痛を浮かべ宙に舞う。
首から上の無くなった小柄な体は切断部から大量の血液を撒き散らせ、力なく大地に倒れ込む。
ユナの死にシンの体から力が抜け膝を地面につく。
シンの脳はその活動を停止し頭が真っ白になった。
ユナの死に飛び出したのは茶髪の少女と銀髪の女性だった。
赤姫のナンバー3であるクレアはユナが敗れるとすぐさまニグルへと巨大な斧で襲いかかり茶髪の少女は片刃の大剣を作り出し斬りかかる。
だが巨大な斧は風の鎧を貫く事が出来ず弾かれ開いた腹部に風を纏った蹴りが放たれ風穴を開けられる。
風穴の空いた腹部から不可視の斬撃を体内に送られクレアは無数の肉塊へと姿を変える。
”国滅”の少女はその力を解放しニグルの周囲に無数の武器を作り出し射出する。
だがニグルの作り出した竜巻により無数の武器は吹き飛ばされ、ナナに詰め寄ったニグルは風を纏った拳でその頭部を弾き飛ばす。
仲間の死にゆく光景をシンは力なく見つめる事しか出来なかった。
動かない体は崩れ落ちその場から動く事が許されない。
シンの知らない男はただその場に立ち小さく呟いた。
「序列5位と8位もニグルには勝てなかったか、この国でも最強と言われていたが使えない女だったな」
男の言葉にシンは自分の体に激情が溢れ出すのを感じていた。
(ユナとナナを、捨て駒にしたのか!)
怒りでシンの体に力が取り戻される。
漆黒の大鎌を出現させ倒れた体を起こす。
だが男は既にその場にいなかった。
(次はリリアナの所か!)
男の居場所をシンは予想し動き出す。
もう試練の事など頭には無くなっていた。
(あいつは殺す)
ただそれだけを目指しシンは走り続ける。
あの男が向かう場所はもうリリアナとエルリックの待つ本陣しか予想出来なかった。
だが本陣に辿り着いたシンの前にあの男はいなかった。
先ほどまで多くの兵士達が慌しく動き回っていた本陣はもう無くなっていた。
周囲を囲っている防壁は崩れ去り至る所に弓矢が突き刺さり本陣を守護する兵士達は地面へと倒れ込んでいた。
逃げ出そうとしていたのだろう。
多くの兵士は武器を持たず背中を攻撃されていた。
(そんな、嘘だろ…リリアナとエルリックは?)
何が起きたのかはその光景から予想出来ていた。
だが嘘だと信じたかった。
(何で、何でだよ!)
力無く覚束ない足取りで進み出す。
防壁の内側には敵の兵士が多数歩いていた。
連合軍の死体を運び積み重ねている。
地面は兵士達の血が散乱し歩く音がベチャベチャと音を立てていた。
一際大きな天幕へとシンは向かっていく。
どこにリリアナがいるのかわかっているからだ。
天幕に近付くと声が聞こえてくる。
「もう、諦めろ。お前達の負けだ」
低い声は男の声だ、だが若さは感じない。
「リ、リリアナ様をお守りするのが私の使命だ」
今度は力無く小さな掠れた声が聞こえてくる。
その声は知っている、自分の親友の声だ。
聞き間違えるはずがない、だがその声は聞いた事がないほど衰弱していた。
「まだ若いのに立派な心構えだ」
シンが天幕に辿り着くのと男の声が聞こえたのは同時だった。
直後に肉体が斬り裂かれる音が響き渡る。
辿り着いた天幕でシンが見たのはリリアナをその背中に隠しながら少し年老いた男の槍に首を斬り裂かれたエルリックの姿だった。
「エルリック、エルリック!」
エルリックの亡骸がリリアナに倒れ込む。
おびただしく流れ出る血液がリリアナを赤く染めていく。
リリアナの、王女の盾となる為、エルリックは最後まで逃げ出さず最後の1人になるまで戦い続けていたのだ。
天幕の中には敵の兵士を除くとリリアナとエルリックしかいなかった。
「こいつが王国の美ですか、へへっ楽しみだ」
天幕の入り口に立ち尽くすシンの隣で下卑た笑みを浮かべた兵士の1人が奥にいるリリアナに近付いた。
そんな行為を許すシンでは無い。
誰にも認識されず漆黒の大鎌を取り出しリリアナに近付く兵士を斬りつける。
「ゔっがぁ!」
「何だ?」
突如として倒れ込んだ兵士に天幕の中にいた数名の兵士達が向き直る。
1人、また1人と倒れ込む兵士達を見た老齢な兵士の行動は早かった。
「誰だかわからんが来るのが遅かったな」
ブスリとリリアナの体に兵士の槍が突き刺さる。
心臓を貫かれたリリアナは目を見開き口から血液が流れ出す。
リリアナを殺した男に漆黒の大鎌が振るわれる。
音もなくその体を2つに割かれた男は静かに地面へと身を沈める。
「なっ何が…?」
まだ息のあるリリアナが横たわる頭を動かし半分ほど閉じられた瞳で周囲を見渡す。
だがそこには誰もいない。
そしてリリアナから魂が抜ける。
僅かに持ち上げられた頭部は音を立てて地面にぶつかり2度と動き出す事はなかった。
開かれたリリアナの瞳を閉じ、シンは立ち上がる。
(そうか、俺は何をしていたんだ?触れるなら殺す事も出来るじゃないか。そうだ、最初から全部ぶっ壊せば良かったんだ)
誰もいなくなった天幕で静かにシンは立ち上がる。
その手に漆黒の大鎌を持ち外に出る。
「なっ何だ⁉︎何が起きてる!」
1人ずつ連合軍の本陣を歩き回る兵士の首を刈り取る。
異常を感じた兵士達が慌てて逃げ出すが1人も逃しはしない。
仲間の死を誰にも認識されずに目撃した男は止まる事をしなかった。
(もういい、全員殺してやる)
一方的な殺戮が砂の世界の住人に襲いかかる。
ここ暫くシンは寝込み続けていた。
何もする気が起きずただただ空き家に居座り続けていた。
兵士達が一斉に王都を並んで行軍する音に気が付き、シンは皇国との戦争が始まると確信した。
(着いて、行ってみるか)
重い体を無理矢理動かし王国軍の何かの車両に乗る込んだ。
それは物資を輸送する車両なのだろう。
荷台には武器などが大量に乗せられていた。
「リリアナ様も変な男を担ぎこんだな」
「やめろ、誰かに聞かれたら不敬と言われるぞ」
運転席から兵士達の会話がシンの耳に入った。
シンの知らないあの男はリリアナを利用し、軍の指揮を取らせるようにしたらしい。
赤姫からも特に異論は無く王国軍も素直にあの男に従っているようだ。
(そりゃ、ユナとリリアナを押さえてるからな。誰も反論しないだろ)
王国の最大戦力と次期国王を取り込んでいるあの男に反論など出来る者はいなかった。
シンの知らない間にあの男はこの王国を掌握したようだ。
共和国との同盟でリリアナを見捨てたはずが、同盟が結ばれたその後すぐに男はリリアナに自分が働きかけ同盟を結ぶようにしたとリリアナに吹き込んだらしい。
リリアナを助けるつもりがあの男の良いように利用されてしまった。
(もう、どうでも良いか)
兵士達の会話を聞いても何もする気は起きなかった。
力の入らないまま、車両が戦場に着くまでシンは眠り続けた。
**
「ニグルはまだ来ないのか?」
「ええ、まだ現れていません」
戦争が始まり本陣の中にシンは居座っていた。
知らない男とリリアナは未だ姿を現さないニグルに苛立っているようだ。
「赤姫を展開させてニグルを釣り出す」
「わかりました、ではユナさん達に中央の戦場に出てもらいます」
「そうしてくれ、俺も少しここを離れる」
リリアナを残し男は本陣から立ち去った。
男を追わなければならないとシンは直感し急いで後を追う。
幸い、男は徒歩での移動をしていたのですぐに追いつく事が出来た。
暫く移動するとそこは見晴らしの良い岩山の頂上だった。
眼下に広がるのは先ほどリリアナが言っていた中央の戦場だろう。
王国軍と共和国軍の連合軍と皇国軍がそこで激突していた。
大軍同士の激突は轟音を響かせシンのいる所にも怒号や武器の撃ち合う音が聞こえてくる。
(あれはユナ達か!)
暫くすると赤い長衣を纏った集団が戦場へと現れた。
戦場に現れた赤姫達は皇国軍を瞬く間に殲滅していく。
「やはり赤姫を取り込んだのは正解だな。これならばニグルも黙ってはいられないだろう」
赤姫の活躍に知らない男も独り言を言っていた。
この男はニグルを仕留めるために赤姫を餌にしたいたのだ。
「来たか」
男の呟きにシンは戦場へと目を向ける。
すると皇国軍側からも風帝隊が戦場へと参加し猛威を振るっていた。
その先頭には灰色のローブを纏った”風帝”ニグルの姿もある。
風の魔法を駆使し連合軍に襲いかかっている。
(こいつは行かないのか?)
ニグルが現れた、当然ニグルの抹殺が目的であるならばこの男も戦場へと向かうべきだ。
シンはそう考えていたが男は動くそぶりを見せない。
戦場では現れた風帝隊に気付いたのだろう。
ユナを始めとした赤姫達が風帝隊の下へと向かっている。
(”契”の無いユナではニグルに勝てない!助けに行かないのか⁉︎)
昔から使用していた赤い剣ではユナがニグルに負けた事を知っているシンはこの激突の結果をわかっている。
だがシンはこの世界に来てからわかっていたはずの事を忘れていたのを思い出した。
(そうか、この世界ではユナとニグルは戦っていない!ユナが勝てない事を知らないんだ!)
どうする、とシンは自身の行動を考える。
だがシンの事が認識出来ない世界では出来る事は無い。
シンが思考する間にユナ達はニグルのいる風帝隊と戦闘を開始していた。
ユナやクレアの活躍は凄まじく、風帝隊の隊員達を撃破していった。
それを許すニグルではなく、すぐさまユナとクレアの下に辿り着き戦闘が始まった。
クレアを下がらせニグルとの一騎打ちをユナはするつもりのようだ。
疾風のような素早い動きでニグルを攻撃する。
だがその赤い剣はニグルに届く事なく舞うように回避するニグルに攻撃が当たる事は無かった。
剣での攻撃が効かないと判断したユナは打撃での攻撃を開始した。
だがその拳がニグルに届く前に鮮血を撒き散らす。
不可視の風の鎧によりユナの左手は斬り刻まれる。
「風で鎧を作っているのか?なら近接戦闘は危険だな」
冷たくシンの知らない男はニグルの戦闘を分析する。
この男は力のわからないニグルの戦いを分析する為にユナをニグルにぶつけたとシンはすぐに理解出来た。
(なんでユナを助けに行かない!)
声が出ないのはわかっているがシンは男に叫んでいる。
だがその言葉は届く事は無い。
(俺がユナを助けに行く!)
シンが干渉する事でどうなるのかはわからない、試練は不合格になるかもしれない。
だが偽物の世界でも守ると決めたユナを見捨てる事はシンには出来ない。
だがもう遅かった。
岩山を飛び降りようとした瞬間、ユナの体にニグルの持つ剣が突き刺さった。
ユナの腹部からニグルの持つ剣が突き刺さり背中へと貫通する。
彼女の自慢のその髪と同じ赤が彼女の口、そして腹部から舞い散った。
(ユナ!)
必死に名を叫ぶ、だがその口から音が発せられる事はない。
ユナの首に不可視の斬撃が繰り出される。
抗う事が出来ずユナのその可愛らしい顔は苦痛を浮かべ宙に舞う。
首から上の無くなった小柄な体は切断部から大量の血液を撒き散らせ、力なく大地に倒れ込む。
ユナの死にシンの体から力が抜け膝を地面につく。
シンの脳はその活動を停止し頭が真っ白になった。
ユナの死に飛び出したのは茶髪の少女と銀髪の女性だった。
赤姫のナンバー3であるクレアはユナが敗れるとすぐさまニグルへと巨大な斧で襲いかかり茶髪の少女は片刃の大剣を作り出し斬りかかる。
だが巨大な斧は風の鎧を貫く事が出来ず弾かれ開いた腹部に風を纏った蹴りが放たれ風穴を開けられる。
風穴の空いた腹部から不可視の斬撃を体内に送られクレアは無数の肉塊へと姿を変える。
”国滅”の少女はその力を解放しニグルの周囲に無数の武器を作り出し射出する。
だがニグルの作り出した竜巻により無数の武器は吹き飛ばされ、ナナに詰め寄ったニグルは風を纏った拳でその頭部を弾き飛ばす。
仲間の死にゆく光景をシンは力なく見つめる事しか出来なかった。
動かない体は崩れ落ちその場から動く事が許されない。
シンの知らない男はただその場に立ち小さく呟いた。
「序列5位と8位もニグルには勝てなかったか、この国でも最強と言われていたが使えない女だったな」
男の言葉にシンは自分の体に激情が溢れ出すのを感じていた。
(ユナとナナを、捨て駒にしたのか!)
怒りでシンの体に力が取り戻される。
漆黒の大鎌を出現させ倒れた体を起こす。
だが男は既にその場にいなかった。
(次はリリアナの所か!)
男の居場所をシンは予想し動き出す。
もう試練の事など頭には無くなっていた。
(あいつは殺す)
ただそれだけを目指しシンは走り続ける。
あの男が向かう場所はもうリリアナとエルリックの待つ本陣しか予想出来なかった。
だが本陣に辿り着いたシンの前にあの男はいなかった。
先ほどまで多くの兵士達が慌しく動き回っていた本陣はもう無くなっていた。
周囲を囲っている防壁は崩れ去り至る所に弓矢が突き刺さり本陣を守護する兵士達は地面へと倒れ込んでいた。
逃げ出そうとしていたのだろう。
多くの兵士は武器を持たず背中を攻撃されていた。
(そんな、嘘だろ…リリアナとエルリックは?)
何が起きたのかはその光景から予想出来ていた。
だが嘘だと信じたかった。
(何で、何でだよ!)
力無く覚束ない足取りで進み出す。
防壁の内側には敵の兵士が多数歩いていた。
連合軍の死体を運び積み重ねている。
地面は兵士達の血が散乱し歩く音がベチャベチャと音を立てていた。
一際大きな天幕へとシンは向かっていく。
どこにリリアナがいるのかわかっているからだ。
天幕に近付くと声が聞こえてくる。
「もう、諦めろ。お前達の負けだ」
低い声は男の声だ、だが若さは感じない。
「リ、リリアナ様をお守りするのが私の使命だ」
今度は力無く小さな掠れた声が聞こえてくる。
その声は知っている、自分の親友の声だ。
聞き間違えるはずがない、だがその声は聞いた事がないほど衰弱していた。
「まだ若いのに立派な心構えだ」
シンが天幕に辿り着くのと男の声が聞こえたのは同時だった。
直後に肉体が斬り裂かれる音が響き渡る。
辿り着いた天幕でシンが見たのはリリアナをその背中に隠しながら少し年老いた男の槍に首を斬り裂かれたエルリックの姿だった。
「エルリック、エルリック!」
エルリックの亡骸がリリアナに倒れ込む。
おびただしく流れ出る血液がリリアナを赤く染めていく。
リリアナの、王女の盾となる為、エルリックは最後まで逃げ出さず最後の1人になるまで戦い続けていたのだ。
天幕の中には敵の兵士を除くとリリアナとエルリックしかいなかった。
「こいつが王国の美ですか、へへっ楽しみだ」
天幕の入り口に立ち尽くすシンの隣で下卑た笑みを浮かべた兵士の1人が奥にいるリリアナに近付いた。
そんな行為を許すシンでは無い。
誰にも認識されず漆黒の大鎌を取り出しリリアナに近付く兵士を斬りつける。
「ゔっがぁ!」
「何だ?」
突如として倒れ込んだ兵士に天幕の中にいた数名の兵士達が向き直る。
1人、また1人と倒れ込む兵士達を見た老齢な兵士の行動は早かった。
「誰だかわからんが来るのが遅かったな」
ブスリとリリアナの体に兵士の槍が突き刺さる。
心臓を貫かれたリリアナは目を見開き口から血液が流れ出す。
リリアナを殺した男に漆黒の大鎌が振るわれる。
音もなくその体を2つに割かれた男は静かに地面へと身を沈める。
「なっ何が…?」
まだ息のあるリリアナが横たわる頭を動かし半分ほど閉じられた瞳で周囲を見渡す。
だがそこには誰もいない。
そしてリリアナから魂が抜ける。
僅かに持ち上げられた頭部は音を立てて地面にぶつかり2度と動き出す事はなかった。
開かれたリリアナの瞳を閉じ、シンは立ち上がる。
(そうか、俺は何をしていたんだ?触れるなら殺す事も出来るじゃないか。そうだ、最初から全部ぶっ壊せば良かったんだ)
誰もいなくなった天幕で静かにシンは立ち上がる。
その手に漆黒の大鎌を持ち外に出る。
「なっ何だ⁉︎何が起きてる!」
1人ずつ連合軍の本陣を歩き回る兵士の首を刈り取る。
異常を感じた兵士達が慌てて逃げ出すが1人も逃しはしない。
仲間の死を誰にも認識されずに目撃した男は止まる事をしなかった。
(もういい、全員殺してやる)
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