上 下
13 / 41

11話 その村の名は

しおりを挟む
11話 その村の名は


 ――ジャスティスはまたファルフォム丘道を東に進む。朝日が目の前にあり少し眩しいくらいだ。

「…いつになったら港に着くんだろ」
 ある程度の舗装された道を眺めつつひたすら歩く。太陽が頭上に来る頃ジャスティスはその村に到着した。

 丘道を登りきったあたりの丘の中腹にシエンタ村はある。

「こんな所にも村があったんだ…」
 村の簡素な木の門をくぐるジャスティス。辺りを物珍しそうにキョロキョロと物色していると、

「これは珍しいな、こんな所に何か用か?」

 畑を耕していたであろう、鍬を担いだ男性が声をかけてきた。

「えっと…あの港に行きたくて…」
「『港』に?」
 ジャスティスが当たり障りなく言えば、男性は農作業を止め鍬を置くと意外そうにジャスティスを見回してきた。


「坊主…、どっからきたんだ?」

「あ、ディズドからですけど…人と港で待ち合わせしてて」

 ジャスティスがそこまで言うと男性は何かを察したのか、すっとジャスティスに近寄り、
「…お前、ハンター資格あるか?」
 小声で呟くようにジャスティスに聞いてきた。

「……」
 ジャスティスもそんな男性に倣うよう声を出さずに首を縦に振る。

「…そうか」
 男性は顎に手を充て思案顔で俯き暫し考え事をする。

「あの…でも。学校で自動的に資格得ただけなので実践経験はないですけど……」

 何かハンターとしての仕事を頼みたいのだろうと思ったジャスティスは、自分にはハンターとしての実践経験がない事を慌てて告げた。

「…いや。そうじゃないんだ」

「どういう事ですか?」

 小さく頭を振るう男性にジャスティスは首を傾げる。

「……」
 男性は言おうか言わないか迷っている風だったが、意を決して『よし』と一つ頷くと、
「お前、他の奴に頼まれ事されても絶対に引き受けるなよ」

「え? あ、はい。…分かりました」

 男性のあまりにも真剣な面持ちにジャスティスは戸惑いながらも小さく頷いた。


『じゃあな、坊主』男性は短くそう言うと逃げるようにその場を後にして畑に戻り顔を隠すように俯きがちで作業を再開した。


 そんな男性にジャスティスは少し不思議に思いながらも、村の半ばまで足を進める。
 二日ほど日を越したので早めに港には行きたかったが、太陽の位置を考えると今日あたりはこの村で一夜を過ごした方が良さそうだった。
 
 再び辺りを見回していると、かなり歳の老いた男性がこちらへとやってきた。身なりからして農民のようで、革のズボンやチュニック、ウールの外套(マント)を羽織っている。

「おや? 旅人さんかの?」
 老人はジャスティスを見るなりにっこりと笑いかける。それに対しジャスティスは無言で頷いた。

「坊やは、これからどこまで行くんだい?」

「……」
 優しく問いかけるように老人に言われ少し考えるジャスティス。
「…えっと。港まで…人と、待ち合わせしてて……」

「港に?」
 老人は目を丸くして、
「…今からだと途中で日が暮れてしまうよ?」
 少し言い聞かせるような素振りを見せる。

 その事はジャスティス自身も分かってはいたが、最初に会った男性の言葉を思うと一刻も早くこの村から出たかったが、


 キュルルル……


 それを阻むようにジャスティスのお腹が情けない悲鳴をあげる。

「おやおや」
 老人が再び目を丸くすると、

「…す…すみません」
 ジャスティスは恥ずかしくなって俯いてしまった。


「…坊や。もしこの村で一夜明かすなら、迷惑でなければ儂(わし)んとこ来るか?」

「…ぇ…で、でも……」
 老人にそう言われジャスティスは少しだけ躊躇する。最初に会った男性に言われた事が、心に引っ掛かっていたからだ。

「…無理に、とは言わないが……」

「…あ、いえ。そうじゃなくて」
 ジャスティスは慌てて首を横に振り、
「…ご、ご迷惑じゃないかって……」
 小さく呟いて俯いてしまう。

「なんのなんの」

 老人もまたジャスティスと同じように首を横に振った。

「儂には坊やくらいの孫がいての」
 戸惑っているジャスティスの外套の裾を後手に掴んだ老人はそのまま自宅へと足を進める。

「…は、はい……」

 老人に裾を掴まれ断るに断りきれなかったジャスティスは、情けなくも老人に連れていかれる状態となり仕方なく老人の歩調に合わせて後をついていく。


 ――老人の家は小さく粗末な作りだったが、中に入るとおしゃれなテーブルや椅子、食器類が整頓された台所など、老人の見た目からは思いもよらない雰囲気の内装だった。奥の部屋は、何かを作業するようなスペースがあり作業台のような物が目に入る。


「…素敵なお家ですね」
 ジャスティスは直感的に感想を漏らした。


 自分も家庭を持つようになったらこんな感じの家に住みたいなぁ、なんて呑気な事を思ってしまう。(…そんな相手、今はまだ居ないけど……。)心中で唇を少し尖らせるジャスティス。確かに今、自分が置かれている状況では色恋沙汰どころではない。そんな憂鬱な気分を払拭するように小さく溜め息を吐く。


「…粗末なモンだけんど、おあがりなさい」
 老人は、木のボウルに入ったチーズを乗せたパンをテーブルに置き椅子を引くとジャスティスに座るよう促す。

「…すみません」
 ジャスティスは外套や荷物を傍らに置くと遠慮がちに椅子に腰掛けた。

 ご迷惑だろう。そうは思ったものの背に腹はかえられない。先程からお腹が空腹を訴え続けていたのだから。因みに――明け方ドワーフのラオに貰った干し肉はここに来るまでの道中で平らげてしまっていた。


「頂きます」
 老人が向かいの席に座ったのを見計らってジャスティスはパンに手をつけた。
 
 パンに乗せてあるチーズは、少し炙ってあるのか程よい蕩け具合になっておりパンとよく合う味で、ジャスティスは初めて食べたようでとても美味しそうに食べている。



 向かいの少年は余程お腹を空かせていたのか、ほんのニ、三口で食べ終えてしまったので老人は呆気に取られつつも、
「ははは。良い食べっぷりだ」
 目を細めて笑い、自分用のパンを器ごとジャスティスに差し出す。

「…こ、これ…」
 ジャスティスが再び困惑して向かいの老人を見ると、
「儂(わし)はいい。坊やが食べなさい」

「…す…すみません…」
 ジャスティスは恥ずかしくなって俯いてしまったが好意を無碍(むげ)にする訳にもいかずおずおずと差し出されたパンを食べ始めた。


「はぁ、美味しかった」

 差し出されたミルクを一気に飲み干してジャスティスは満足したように笑みを浮かべる。

「坊やは本当によく食べるねぇ」
 老人は少し呆れたようだが、嫌味ではなく感心しているようだった。


「…す、すみません。美味しかったので…」

 ジャスティスは、はしたない姿を見られたと思い、恥ずかしくなって俯いてしまう。


「いやいや」老人は優しく首を横に振り、「よう食べるのはいい事だ」言って、ウンウンと頷いている。


 ――窓から見える景色は既に真っ暗で、老人は立ち上がるとジャスティスを【客間】に連れて行き、
「…些末な寝床だが、もう休みなさい」
 サイドテーブルに持ってきた角灯(ランタン)を置く。


「あ、ありがとうございます」

 ジャスティスは荷物を置くと老人に頭を下げた。


『なんの、なんの』
 老人は柔和な顔で首を横に振るう。


「…明日は、早くに旅立ちなさい」
 
 ――客間から出て行く際、老人は背中越しにジャスティスにそう呟いた。


「…どうして、ですか?」
 ジャスティスが首を傾げ静かに問いかけると、


「……」
 老人は小さな溜息を吐いてジャスティスの方に向き直る。
「…この村は…長居しない方がいい……」
 低く囁くように呟いた。


「…はい」
 ジャスティスは素直に頷いて眠るために目を瞑った。


 老人が部屋から出ていったのを気配で確認したジャスティスは目を開ける。



 ――あんな風に言われたら、気になって眠れないよ…。
 初めに会ったおじさんも何か変な感じだったし……ここのおじいさんだって『村には長くいない方がいい』なんて言うし。

 この村に一体何があるんだろう――?


「……」

 ジャスティスは自然と小さな溜息を吐いた。

 彼は少しでも気になる事があると首を突っ込みたくなる性分で、後先考えずに先走る事も多々ある。そんな彼の天真爛漫とも言える性格をよく知る者は、半ば諦めにも似た感情で心優しく見守ってくれていたらしい。


 明日になったらもう一度おじいさんに聞いてみようかな。


 そんな事を頭の片隅で考え、ジャスティスの思考は睡魔によって遮断されたのだった――





 ――東の空から太陽が顔を覗かせる頃、ジャスティスは目を覚ました。
 一晩泊めて貰ったお礼ついでに、昨夜のおじいさんの言葉がどうしても気になっていて――ジャスティスは身支度を早々に済ませて部屋の扉を開ける。


「おじいさん、おはようございます」

 奥の作業場にいるんだろうな。

 と、勝手に思い込み少し大きな声を掛けてはみたが返事はなかった。


「―…おじいさん?」

 不思議に思ったジャスティスは、少々失礼だが台所の方まで見に行ったが老人の姿はなかった。

 部屋の辺りを伺いつつ、何度も老人を呼んでみるが返事はなく姿も見えない。


(…外に、行ったのかなぁ……)


 そう思い、ジャスティスは荷物を持って老人宅を後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

処理中です...