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2話 実施試験という名の冒険

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2話 実施試験という名の冒険


 道は――来た時よりも随分と幅が細くなり、並んで歩くとお互いの肩がぶつかるほどだった。

「もう道が無いんじゃないのか?」

 人ひとり分くらいの幅になってしまったため先立って歩くロウファが後ろにいるジャスティスを振り返る。

「…そうだね」
 頷いてジャスティスは一旦歩みを止めるとロウファもまた歩みを止めた。
「道、合ってるのかな?」
 腰の皮袋をまさぐり案内地図が記された羊皮紙を取り出す。

「…間違って、ないよな?」

 言いつつロウファも地図を覗き込んでくる。

「うん…一本道だったから合ってると思うけど…」

「…だよなぁ……」
 呟いて来た道を振り返るロウファ。次に進むべき道を見て歩き出した。
「…もうちょっと進んでみるか」

「…うん……」
 ジャスティスも小さく頷いてロウファの後をついていく。


 数メートル進むと、完全に道が途切れ辺りは草が茂るばかりになっていた。
「…おい、本当に合ってるのか?」

「分からない…迷ったかな……」

「おいおいおい、嘘だろ? マジかよ?」
 ジャスティスの呟きに再び足を止めるロウファ。

「分からない、けど…。……戻ったほうがいいの、かな…」

「……」
 少し不安そうになるジャスティスにロウファは一瞬黙り込む。同じ事を考えていたようだ。

「……戻って、みるか?」

「…うーん」
『戻る』とは言ってみたものの、ここまで来て引き返すのは正直面倒だった。それはロウファも同じらしく、
「もうちょっと―……」

「待て…」

『進んでみよう』というジャスティスの言葉を端的に遮るロウファ。何だろうと思い、ジャスティスが彼を見れば――前方を真剣な顔で見つめている。

 ジャスティスも無言でロウファの視線の先に目を向ける。


 草むらの影がユラユラ動いている。風で揺れているのだろう、最初はそう思った。

 だが揺れ方が不自然で、風など微塵も感じない。

 ――何かいる?!

 ジャスティスが腰から双剣を抜くより早く『それ』は飛び出して来た。


 ギギャギャギャ………ッ!


 耳障りな鳴き声を発し、蝙蝠のような『魔物』が数体行く道を塞ぐように飛びかっている。


「……ッ、ディーバットか……!」

 ロウファは口中で軽く舌打ちをし背中に備え付けていた『槍』を正眼に構える。

「気をつけてロウファッ、ヤツの牙には――」

「毒がある! 分かってるよッ」

 ジャスティスも既に双剣を構え迎撃体制に入っている。


 自分達の位置から二メートルほどの距離を開けて群がるディーバットの一匹が牙を剥き出しにしてロウファを目掛けて突進してきた。

「…ッ!」

 スレスレのタイミングで横に避けて、
「そこだ!」

 ディーバットの背後に回って槍を突き出した。槍の先端の刃がディーバットの右翼を引き裂きバランスを崩したまま地に落ちた。

 
 ギャギャギャギャ………ッ!


 その光景を目にした(?)のか残りのディーバットらが威嚇するように『鳴いた』。


「…チッ、うるせぇ……」

 あまりにも耳障りな鳴き声にロウファは嫌悪の表情を魔物等に向けた。

「あーもう。仕方ねぇな!」

 槍を元に戻し、

「ジャスティス、援護しろ」

「…ッ、分かった!」

 ジャスティスはロウファが呪文の詠唱に入るのを理解したのだろう、ディーバットからロウファを庇うべく間に入る。
それを目視したロウファは意識を集中させる。

「緑と風に連なる四神、朱雀(スザク)!」
 
 右手の二本指の先に『緑色』の光球が産まれる。それをジャスティスと同じように菱形の四角形を描いた。

「永久なる炎の依り代を具現化せよっ!」

 緑色に輝いた八芒星を完成させ――
「ヒューラル!」


 ――シュ…ッ! パ、パパパ………ッ!


 緑色の八芒星から無数の緑の刃が具現化してディーバット等を全てかまいたちのように切り裂いた。


「…やったか……?」

 四肢を切り裂かれ地に落ちたディーバットの残骸を目にロウファはふっと溜息をついた。

「うん。ロウファありがとう」

 ジャスティスもまた絶滅したディーバットを見て短剣を元に戻す。

「…魔物の退治ってコレかな…?」

「違うだろ、簡単すぎだぜ」

 ジャスティスの言葉を否定するロウファ。


「とりあえず、進もうぜ」

 ロウファの一言で二人はまた進み始めた。



 ――道があるようで無い『道』を、ロウファが草を掻き分けて先立って進み、ジャスティスはその後をついていくようにする。

 少し進んでからジャスティスの鼻腔がほのかに甘い匂いを感じ取り歩みを止めた。


「…ロウファ、ちょっと待ってッ」


 ジャスティスの少し焦ったような静止の声にロウファは立ち止まり、「何だよ?」振り返り怪訝な表情でジャスティスを見る。


「ちょっと、待ってて」

 ジャスティスは行く道の数メートル先を見据え、双剣を抜きつつロウファを押し除けて先立って進んでいく。

「おい、ジャスティス――」

 ロウファが横を通り過ぎるジャスティスを目で追い声をかけたその間際――


 ――ザシュッ!


 何かの切れる音。

 それはジャスティスの双剣が放った音だった。


 ロウファの視線が捉えたのは、数枚の大きな『葉』を、ジャスティスが切ったのだと思った。

 ジャスティスは足を進めると同時に双剣を水平に構えクルリと身を翻すように回転し『遠心力』を利用して葉を薙いだのだ。


「ー…何か、いるのか?」

 ロウファも槍を構えジャスティスに近付く。


「うん、多分…」

 ロウファの問いに頷くジャスティス。

 
 ジャスティスは目だけを動かし辺りを窺うように視線を彷徨わせた。
 それに倣い、ロウファも何気なく辺りを見回してみるが何もないように感じる。草木や茂み、低木などが所々に生えているだけだった。


「やっぱり、何かいる…」
 ジャスティスがまた辺りの『匂い』を嗅ぐように鼻をひくつかせた。

「そんな変な匂いするか?」

 ロウファもまたジャスティスと同じように辺りの匂いを嗅いでみるが、ほのかに花の良い香りしかしない。


「なんか、こうーー甘ったるい匂いならするけどな」

「…それがおかしいんだよ」少し首を傾げるロウファのほうへ寄り添うように近づくジャスティス。「ーー気をつけて。『植物系』の魔物は厄介だから」

 ジャスティスがそう言ったのを見計らったように周りの草が揺れたように思える。

 ロウファは最初、風で揺れているのだろうと思ったのだが――よく見ると草は『不規則』な動きをしていた。


「ー…ッ! 草じゃないッ?!」

 ロウファは瞬時に槍を、腰より少し上の高さで平行に構えた。切っ先は、一つの草に向いている。



 ――ザザザザァァ…ッ!



 それをキッカケにしたのか、周りの草花が二対の双葉(そうよう)を波打つように揺らした。



「ー…ッ、ファントムフラワーッ?!」

 ジャスティスもまた双剣を攻撃態勢で構えながら驚きの声をあげる。


「何だよッ?! 『ファントムフラワー』って!」

 ジャスティスの背に自身の背を預けるようにしてロウファは辺りを警戒するように視線を彷徨わせる。


「そのままの意味だよ」と、ジャスティスは静かな口調で言う。「別の呼び名では、『幻影花(げんえいか)』。または幻の花とも呼ばれる……」


「…『ファントムフラワー』……」

 自分の少し前をウネウネと動く数体のファントムフラワーを見るロウファ。目の前のファントムフラワーに気を取られていたのか、気づいた時には四方を囲まれていた。

 見た目は、膝くらいまでの背丈をしているが、上部の大きめな5枚に列なる橙色の花弁――その中央、本来なら花粉を形成するであろうその場所は、剥き出しになった赤い茎片が円状になっており内側の襞(ひだ)らしきものからは無数の棘で埋め尽くされておりまるで異色な『口』そのものだった。



「…そして厄介なのがーー…」

 ジャスティスがそう言った次の瞬間――


 ――プポポポポ……ッ!


 四方にいたファントムフラワーは口を窄(すぼ)めて中から直径1センチほどの『種』を無数に吐き飛ばしてきた。


「ー…ッ!」

 ロウファはそれと同じくして槍を垂直に構え両手首を巧みに動かしながら回転させる。
 回転の遠心力で風圧による壁が出来て、ロウファとジャスティスは種が当たるのを避けられた。

「…ロウファ、ありがとう!」

 ロウファと背中合わせのジャスティスもまた双剣の刃にて種攻撃から身を守っている。


「確かに厄介だな」

 槍を動かしつつロウファは静かに呟く。

「…そうだね」

 ジャスティスは双剣にてファントムフラワーからの攻撃を防ぎつつ、自身の中にある『魔力』と『信仰心』の威力を高めた。
 全身に活力を漲らせ――

「ウォールバリア!!」

 突如、『術』を発した。

「―…ッ!!」

 ロウファが驚く間もなく、二人の身体中が淡い黄色の光に包まれたかと思うとその光は粒子のように小さくなって、ロウファとジャスティスの身体に染み込むように消えていった。


「……ッ、お前それ使えたのか?」

 術を唱えたジャスティスに驚くロウファ。

「うん。一応はね」ジャスティスは軽く答えて、「教本読んでたから」照れたように笑った。



 ――ジャスティスが先程唱えた『術』は『晶星術(しょうせいじゅつ)』と言う。この『晶星術』とは、世界における術の一つである。

 星の礎となるエレメントを介して黄道十二星の力を具現化し術と術を融合して発動させる。『人』が産まれながらにして持つ基礎魔力と基礎信仰心があれば誰でも使えるポピュラーな術であるが、デメリットは発動者の魔力と信仰心の度合によって持続性が左右する。なので日常生活ではあまり使用されないが、主に闘いに身を置く冒険者たちの方が使用頻度が高い。また晶星術は技能に近く武器や防具に付与(属性の力を付ける)事もでき、個人的な『技』として身につける者も多い。



「…とりあえずは防げたか」

 槍による防御を解いたロウファは、自分の腕を軽く見やる。

 ジャスティスの『光』の属性を持つ防御術のお陰なのだろう、身体に直接無数の『種』が当たっても痛いとも感じない。


「でも…僕の魔力と信仰心じゃあ、あまり長くは持たないかも……」

 ちょっと困り顔で言うジャスティス。チラリと辺りを見回せば――

 ――ファントムフラワー等の『種』による猛攻は止まることはない。一体どこにそんな『種』が量産されているのか謎なくらいに吐き飛ばしてきている。

 

「仕方ねぇな…」
 ロウファは小さく呟いて槍を垂直にして刃先を自身の足元に突き刺した。
「ジャスティス、援護しろ」
 
 背中合わせのジャスティスにそう言うと、

「うん、分かった!」

 何かの術を発動させるのだろうと直感したジャスティスは力強く頷いて、ファントムフラワー等の動きを見落とさないように注意した。


 ロウファは意識を集中させて垂直に突き立てた槍の柄を両手で握りしめる。そして一呼吸吐いたのち、


「ヴォルネス!!」


 その言葉と共に『術』を発動させた。瞬間――


 ――ビッ! バリバリバリ……ッ!


 槍を中心にして放射状に地面に振動が疾った。

 黒い『稲妻』が槍から発せられて地面を伝い周りにいたファントムフラワーに直撃する。


 ――ビリビリビリィィ…ッ!!


 耳を劈(つんざ)く激しい帯電の音。

 ロウファとジャスティスを取り囲んでいたファントムフラワー等は、その殆どが茎であろう身体を小刻みに震わしながら雷による『感電』を引き起こしていた。
 その震えは次第に弱くなり、最後の一体が子葉をピクピクと痙攣させたあとパタリと動かなくなった。


「これで、片付いたな」

 軽い溜息をついてロウファは槍を引き抜き懐に収める。


「ロウファ今のってーー」

 ジャスティスも同じように双剣を収めロウファを見る。

 それに気づいたロウファは照れたのか視線を逸らし唇を少し尖らせて、
「…俺だって、『晶星術(しょうせいじゅつ)』は勉強してたんだよ…」

「…ふふ」

 拗ねたように言うロウファがおかしかったのか、ジャスティスが小さく笑えば、

「ー…ッ! 笑ってないで行くぞッ」

 膨れたロウファは先立って進んでいってしまった。

 

 しばらく二人とも無言で歩き一時間あまり経過しただろうか――前方を見れば少し明るく開けている。

「あそこ、行ってみようぜ!」

「うん」

 少し足速になって二人歩みを進める。


 二人が着いた先は入り口と同じくらい拓けた場所。

「ここで終わりかな?」

「いや。…見ろよ、洞窟だ」

 ロウファはクイッと洞窟の入り口を顎で指した。

「もしかして、入る…の……?」

「入らねぇの?」

「……」

『ここまで来て何言ってんだ?』と言わんばかりのロウファにジャスティスは口を噤んだ。



 洞窟の中はほのかに明るく松明がなくても中がよく見えるくらいだった。数歩進んでロウファはジャスティスを見る。

「…なぁ」

「なに?」

 ロウファはジャスティスの手を徐に自分の方へ引き寄せ――

「ここなら、いいだろ?」

 互いの鼻の頭がくっつく程顔を寄せる。

「……」

 一瞬黙ったジャスティスは次に重い溜め息をついた。


「…仕方ないなぁ」

 言うジャスティスも満更ではなさそうで――眼前にあるロウファの唇に少し乱暴に吸い付いた。

「……ん…」

 ジャスティスの性急な口付けを受け止めたロウファは、唇の隙間から舌を入れ込むと、

「ん、ロウファ…」

 吐息混じりにジャスティスも己れの舌でロウファを迎え入れたのだった――
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