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神様サンダルウッド

幸せにしてみせる

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 子槻は力なさを振りきるように、目をひらく。そこにはいつもの自信とは少し違う、けれど切実で強い意思が灯っていた。

「知っている。異なるものが結ばれないかもしれないなど、人になると決めたときから承知している。けれど春子は違う。排したりなどしない。うとまれていたねずみのわたしを慈しんでくれたのだから。だから人となったわたしは春子を幸せにしてみせる。絶対に」

 子槻の熱のこもった口調に、令嬢はどこか傷付いたように顔をそらした。

「そこまで言うのならせいぜい努力するがよい。話はそれだけだ。帰る」

「ああ、では見送ろう」

「必要ない」

 立ち上がろうとした子槻を切り捨てて、令嬢はまた不機嫌な表情を貼りつけて去っていった。少し離れたところに立っていたこのりが、机の皿をお盆に乗せていく。子槻は心なしか沈んだ様子で腕組みしていたが、このりに一声かけて母屋のほうへ去っていった。

 ふと、皿を片付けていたこのりが春子のほうを見た。はっきりと、目が合ってしまった。とっさに隠れようとしても時すでに遅し。

 このりは見開いた目をまたたいて、ひとつ頷いてお盆を持って戻っていった。どうやら最初から気付かれていたわけではなく、多分見なかったことにしてくれるのだろう。そう信じたい。

 誰もいなくなった庭を見届けて、春子は立ち上がった。長くしゃがんでいたので脚が痺れてしまった。痛みをやりすごして、木々に囲まれた小道を戻っていく。

(そういえば、お釣り渡すの忘れてしまった)

 けれど肝心なことを忘れてしまうくらい、聞いてしまった話が頭の中を回っていた。

 ずっと、最初から、子槻は自分が神様だと言っていた。ほらだと思っていた。けれど、令嬢との会話はほらでは片付けられない。令嬢まで一緒になって春子をたばかる理由などないからだ。

 春子が生まれたところにあった、山中の小さな神社。まつられた四柱の神。たぬき、うさぎ、きつね、そして、ねずみ。

『人となって、お前を妻として迎えに行く。そうすればもうひとりではない。ずっと共にいられる。だからもう二度とそんな悲しいことを口にしてはならない。生きてわたしを待っていておくれ。絶対に、迎えに行くから』

 薄紫のもや、しゃがみこんだ影、きなこ色の髪、赤い瞳、沈丁花によく似た、とがった甘酸っぱい香り。

 涙の、死の、香り。

 脚に力が入らなくなって、かたわらの木の幹に手をついた。そのまま体まで預けてしまう。

 分からない。知っているのに、分からない。



 いつも、春子は食事を自室でとっている。人恋しいときもあるが、知り合いもいないし、子槻は時間が合っても両親との席を優先しなければならないので、春子はひとりで食べる。

 その日、夕食を下げに来たこのりが、手紙を渡してくれた。宛名を見ると義父からで、春子は心を弾ませて早速封を開けた。

 一度読んで、理解できたつもりだった。けれど何度も文字を目で追ってしまって、言葉が頭の中を上滑りしていく。

 気付けば指先が冷たくなっていた。背筋も冷たい。何度読んでも、文面は変わらない。

 春子は立ち尽くしたまま、頭に入らない文字だけを、追い続けていた。



 手が止まっていたことに気付いて、春子は重く息を吐き出した。畳の部屋はうっすらとかげり始めている。用意したものの開けることのなかった精油の瓶が、机の上で何本も影に沈んでいる。

 昨夜、手紙を読んでから、あまり眠れなかった。当然仕事も手につかなかった。幸か不幸かお客さんは来なかったけれど。
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