オネエさんとOL

有坂有花子

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しがないOL

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「ああもう何恥ずかしいこと言わせてるのよ! ちゃんと呼びなさいよ。呼ぶまで離さないから」

 林太郎の手の平が再び結の両頬を挟む。

「と、特別って、しがないOLだけど」

「何ボケてるのよ。ちゃんと呼びなさい。ほら。『林太郎』」

 林太郎の目に容赦がない。

「り、林ちゃ」

「林太郎って呼ばないとキスするわよ。いいの?」

 結は出そうになった変な声を飲みこんだ。恋人同士なのだからおかしなことではないが、今はまだ早い。心の準備がまったくできていない。

「あたしはどっちでもいいわよ」

 意地悪そうに笑う林太郎に、結は歯がみする。

(というかどっちも林ちゃんに有利な条件じゃん!)

『いやでもキスは林太郎にとって得なのだろうか?』とよく分からなくなったところで、我に返る。

 とりあえず、呼ばなければ両頬を包んでいる手を解いてもらえそうにない。

「り、りりり……りん、りんりんりん」

「吹き出さないようにこらえるのに必死よ」

「だって!」

 口元を震わせている林太郎の胸を思わず叩く。

 恥ずかしいに決まっている。『林ちゃん』はずっと『林ちゃん』だったのだから。

「り、り、りん」

「聞こえなーい。もっと大声で。はっきり」

 意地悪だ。

 別に、呼び方ひとつで関係性が変わるとか、彼氏彼女が確立するとかではないけれど。

 恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

「り、りん、りん……りん、たろう」

 見つめていられなくて、目をそらしてしまう。頬が燃えるように熱い。きっと林太郎の手の平にも伝わってしまっている。言ったのだから早く離してくれないかと恐る恐るうかがう。

 驚いたように目を開いた林太郎と目が合って、吹き出された。

「何で笑うの!」

「違うわよ」

 そうして、とても柔らかく、照れくさそうに微笑まれた。

「よくできました。いい子……可愛い」

 頬の手を解かれて、抱きしめられた。甘い林太郎の香りがして、頬ごと体まで燃えるように熱くなった。

「照れてる結も可愛いけど、ちゃんとこれからは名前で呼びなさいよね。恋人同士って感じで、呼ばれるとどきどきするわ」

 とても弾んだ声で言われるものだから、結のほうが叫び出しそうになった。

(可愛い! 林ちゃんのほうが可愛いよ! やっぱり恥ずかしいから林ちゃんって言っちゃうけど)

 正直、生身の人間はもういいやと思っていた。生身の男性は雑だし、ごついし、くさいし。でも今、抱きしめてくれている恋人は、結よりはるかに女子力が高いし、気遣いが細やかだし、いい匂いがする。

「り、林ちゃんのほうが可愛いよ!」

「あらありがとう。いい子ね……ってまた林太郎って言ってない。言うまで離さないわよ」

「痛、痛い林ちゃん!」

 思いきり抱きしめられた。おかしくなって、胸が締めつけられて、『ああ、好きだなあ』と心が温かくなった。
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