オネエさんとOL

有坂有花子

文字の大きさ
上 下
4 / 5

森鴎外の本名と同じ

しおりを挟む
「かけ直すって言ってもすぐかけてきそうだし、結が来たって言ったらまたややこしくなりそうだし。とにかく、ごめんなさいね」

「ううん。大丈夫」

 親しい女の人との電話でなくてよかった、ともやもやしていた自分に、結は自分で驚く。

「もしかして心配してた? 付き合って一か月でほかの女と仲良く電話してる奴はドブに放りこんでやればいいわ」

「だ、大丈夫。林ちゃんはそんな人じゃないと思ってるから」

 意地悪く微笑む林太郎に、結は思いきり手を振った。

 林太郎が穏やかな目で見つめてきて、結の言葉を待っているのだと気付く。

「えっと、今日、会社ですごい怒られちゃって。結果的に間違えたのはあたしだから、もちろんあたしが悪いんだけど、指示がものすごく遠くて聞こえなかったり、怒るのももう少し柔らかく怒ってくれればなあって思って。ものすごく凹んじゃったから、聞いてほしかったんだ」

 たいしたことじゃなくてごめんね。そう笑おうとしたら、林太郎が立ち上がって、結の隣へ座った。風が動いて、抱きしめられた。甘い匂いがいっぱいに広がる。

「いい子ね。よく頑張ったわ。偉い偉い」

 そうして、頭を撫でてくれる。

 結が悪かったら、林太郎はちゃんと叱ってくれる。そういう人だ。けれど今は結もちゃんと分かっているから、ちゃんと受け止めてくれるのだ。

 今一番ほしい言葉と、温もりを添えて。

「泣いてるの? 泣くのはストレス発散にいいから、たくさん泣きなさい。化粧崩れも心配しなくていいわよ」

「な、泣いて、ないよ!」

 林太郎の言葉が追いうちで、瞳いっぱいにもり上がっていた涙がこぼれた。あとからあとから、あふれてきて止まらない。なぐさめて頭を撫でてほしいと思っていたのは結自身だけれど、本当にされると破壊力が強すぎて卑怯だ。

 泣き声をかんで、涙がおさまるまで泣いて、『今ブサイクになってるだろうから嫌だなあ』と思いながら、顔を上げた。

「ありがとう。林ちゃん」

 林太郎は微笑んで、抱きしめていた両腕を解いた。

 そして両手で結の頬を思いきり挟んだ。

「あのねえ。ずっと思ってたんだけど、付き合ったんだから呼び捨てにしなさいって言ったでしょ。林ちゃんじゃなくて、り・ん・た・ろ・う!」

「え? そ?」

 頬を挟まれているので、うまく発音できない。

 たしかに付き合うときに、『これから林太郎って呼んでちょうだいね』と言われたが、ずっと『林ちゃん』と呼んでいたし、林ちゃんは林ちゃんで、恥ずかしいので呼べていなかった。

「ほ、本名嫌いったらどうしようかなと思っ

「何しらじらしいうそついてるのよ。呼ばせたくない奴には『リン』って呼べって言うし、林太郎って男感満載だけど、『森鴎外の本名と同じです』って説明するの楽だから、そこまで嫌いじゃないわよ。何より!」

 結の頬から林太郎の手が離れる。

「あたしが呼んでって言ってるのよ。結は特別なの」

 そう言って、林太郎はとても恥ずかしそうに目をそらした。珍しい様子に、『可愛い!』と思ったのと同時に、頬に熱が駆け上る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

パパのお嫁さん

詩織
恋愛
幼い時に両親は離婚し、新しいお父さんは私の13歳上。 決して嫌いではないが、父として思えなくって。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...