オネエさんとOL

有坂有花子

文字の大きさ
上 下
3 / 5

ブリ鍋

しおりを挟む
「ありがとう! いただきます」

 テーブルの上には鍋と、いつの間にかお茶碗も置かれていた。しかも玄米だ。女子力が高すぎる。

「自慢だけど美味しいわよ。お腹いっぱい食べなさい」

 林太郎が得意げに微笑んで、林ちゃんらしいなあ、とつられて笑ってしまった。

 鍋を取り皿にすくう。白菜、春菊、シイタケ、エリンギ、豆腐、そしてブリ。しっとりブリと白菜を口に入れる。

「すごくおいしい……何これ? 泣きそうなくらいおいしい」

「うーん我ながらおいしいわねえ。今さらだけど最近塩糀にはまってて、ブリ漬けといたのよね。ダシ入れてないんだけど、いらないわね」

「えっダシ入れてないの?」

 鍋は塩味で、テーブルにはポン酢なども用意されていたが、そのままでおいしい。むしろそのままがいい。ただの塩味ではなくて、ものすごくコクがある。

「ブリが動物性のうまみで、白菜とかキノコが植物性のうまみで、合わさるとおいしいんじゃなかったかしら。あとは塩だけど、スーパーで一番高い塩買ったら、二番目に高い塩よりおいしかったのよね」

 高い女子力にくらくらしながらも、空腹も手伝って、ふわふわブリと野菜とキノコと豆腐をかみしめる。白菜は甘いし、ブリは柔らかで、塩糀のおかげなのかうまみがじゅわっとあふれる。そこに玄米を一口入れたら、電気が走ったように体が痺れた。

「何これおいしい! 玄米だよね? もちもち!」

「ご飯は冷凍してあったやつだけど、ミルキークイーンっていってもち米みたいな品種なのよ。冷めてももちもちだし。有名銘柄より好きなのよね。あと玄米のほうが食感がぷちぷちしてるから好きなの。たまにもみ殻入ってるけど」

 世の中にはそんな品種のお米があるのか、と打ちひしがれつつも、ブリ鍋のうまみともちもち玄米の甘さで、『これ以上おいしい夕食はこの世にはないのでは?』と思えるほどだった。

「おいしい。林ちゃん天才!」

「もっとほめてもいいのよ。何も出ないけど」

 林太郎の不敵な微笑みが可愛くて、おいしいご飯をお腹いっぱい食べて、とても温かくなった。



 腕時計を見たら、二十一時を回っていた。ご飯を食べて、話をしていたらあっという間だった。

「林ちゃん、もうそろそろ帰るね。ごちそうさまでした」

 本当はもっと話していたいし、外は寒いし、『泊まらせてもらえないかな』と勇気を出して言えればいいのだが、まだそこまでの勇気はない。むしろ友達だったときのほうが言えたかもしれないが、付き合ってまだ一か月、妙な意味にとられたらどうしよう、と逆に言い出しづらい。

「あらもうこんな時間? 泊まっていきなさいよ。遅いし寒いんだから」

 林太郎のほうにさらっと言われてしまった。

「ええ? でも林ちゃん明日仕事でしょ? あたしがいたらゆっくりできないでしょ?」

 林太郎はメンズ服の販売店で店長をやっていたはずで、今日休みだったということは明日出勤ではないだろうか。土日はかき入れどきだろうし。

「人のことはいいのよ。自分の心配をしなさいよ」

 そうして、林太郎はローテーブルの向かいで、表情をあらためた。

「来たとき電話しててごめんなさいね。何か言いたいことあったんでしょ? 結が自分から言うの待ってたんだけど……泣きそうだったし」

 心臓が、跳ねた。驚きと、気恥ずかしさと、どうしてそうやって気付いてくれるんだろうという切なさで、胸が締めつけられる。

「電話、誰だったか聞いてもいい?」

「母よ。言えばよかったわね。このあいだあたしが風邪ひいたって送ったら、心配して毎日電話してくるようになっちゃって。もう三十だし若くないんだから気を付けなさいって」

「おばさんらしいね」

 笑みがこぼれていた。林太郎の母親は結もよく知っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

パパのお嫁さん

詩織
恋愛
幼い時に両親は離婚し、新しいお父さんは私の13歳上。 決して嫌いではないが、父として思えなくって。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...