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ブリ鍋
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「ありがとう! いただきます」
テーブルの上には鍋と、いつの間にかお茶碗も置かれていた。しかも玄米だ。女子力が高すぎる。
「自慢だけど美味しいわよ。お腹いっぱい食べなさい」
林太郎が得意げに微笑んで、林ちゃんらしいなあ、とつられて笑ってしまった。
鍋を取り皿にすくう。白菜、春菊、シイタケ、エリンギ、豆腐、そしてブリ。しっとりブリと白菜を口に入れる。
「すごくおいしい……何これ? 泣きそうなくらいおいしい」
「うーん我ながらおいしいわねえ。今さらだけど最近塩糀にはまってて、ブリ漬けといたのよね。ダシ入れてないんだけど、いらないわね」
「えっダシ入れてないの?」
鍋は塩味で、テーブルにはポン酢なども用意されていたが、そのままでおいしい。むしろそのままがいい。ただの塩味ではなくて、ものすごくコクがある。
「ブリが動物性のうまみで、白菜とかキノコが植物性のうまみで、合わさるとおいしいんじゃなかったかしら。あとは塩だけど、スーパーで一番高い塩買ったら、二番目に高い塩よりおいしかったのよね」
高い女子力にくらくらしながらも、空腹も手伝って、ふわふわブリと野菜とキノコと豆腐をかみしめる。白菜は甘いし、ブリは柔らかで、塩糀のおかげなのかうまみがじゅわっとあふれる。そこに玄米を一口入れたら、電気が走ったように体が痺れた。
「何これおいしい! 玄米だよね? もちもち!」
「ご飯は冷凍してあったやつだけど、ミルキークイーンっていってもち米みたいな品種なのよ。冷めてももちもちだし。有名銘柄より好きなのよね。あと玄米のほうが食感がぷちぷちしてるから好きなの。たまにもみ殻入ってるけど」
世の中にはそんな品種のお米があるのか、と打ちひしがれつつも、ブリ鍋のうまみともちもち玄米の甘さで、『これ以上おいしい夕食はこの世にはないのでは?』と思えるほどだった。
「おいしい。林ちゃん天才!」
「もっとほめてもいいのよ。何も出ないけど」
林太郎の不敵な微笑みが可愛くて、おいしいご飯をお腹いっぱい食べて、とても温かくなった。
腕時計を見たら、二十一時を回っていた。ご飯を食べて、話をしていたらあっという間だった。
「林ちゃん、もうそろそろ帰るね。ごちそうさまでした」
本当はもっと話していたいし、外は寒いし、『泊まらせてもらえないかな』と勇気を出して言えればいいのだが、まだそこまでの勇気はない。むしろ友達だったときのほうが言えたかもしれないが、付き合ってまだ一か月、妙な意味にとられたらどうしよう、と逆に言い出しづらい。
「あらもうこんな時間? 泊まっていきなさいよ。遅いし寒いんだから」
林太郎のほうにさらっと言われてしまった。
「ええ? でも林ちゃん明日仕事でしょ? あたしがいたらゆっくりできないでしょ?」
林太郎はメンズ服の販売店で店長をやっていたはずで、今日休みだったということは明日出勤ではないだろうか。土日はかき入れどきだろうし。
「人のことはいいのよ。自分の心配をしなさいよ」
そうして、林太郎はローテーブルの向かいで、表情をあらためた。
「来たとき電話しててごめんなさいね。何か言いたいことあったんでしょ? 結が自分から言うの待ってたんだけど……泣きそうだったし」
心臓が、跳ねた。驚きと、気恥ずかしさと、どうしてそうやって気付いてくれるんだろうという切なさで、胸が締めつけられる。
「電話、誰だったか聞いてもいい?」
「母よ。言えばよかったわね。このあいだあたしが風邪ひいたって送ったら、心配して毎日電話してくるようになっちゃって。もう三十だし若くないんだから気を付けなさいって」
「おばさんらしいね」
笑みがこぼれていた。林太郎の母親は結もよく知っている。
テーブルの上には鍋と、いつの間にかお茶碗も置かれていた。しかも玄米だ。女子力が高すぎる。
「自慢だけど美味しいわよ。お腹いっぱい食べなさい」
林太郎が得意げに微笑んで、林ちゃんらしいなあ、とつられて笑ってしまった。
鍋を取り皿にすくう。白菜、春菊、シイタケ、エリンギ、豆腐、そしてブリ。しっとりブリと白菜を口に入れる。
「すごくおいしい……何これ? 泣きそうなくらいおいしい」
「うーん我ながらおいしいわねえ。今さらだけど最近塩糀にはまってて、ブリ漬けといたのよね。ダシ入れてないんだけど、いらないわね」
「えっダシ入れてないの?」
鍋は塩味で、テーブルにはポン酢なども用意されていたが、そのままでおいしい。むしろそのままがいい。ただの塩味ではなくて、ものすごくコクがある。
「ブリが動物性のうまみで、白菜とかキノコが植物性のうまみで、合わさるとおいしいんじゃなかったかしら。あとは塩だけど、スーパーで一番高い塩買ったら、二番目に高い塩よりおいしかったのよね」
高い女子力にくらくらしながらも、空腹も手伝って、ふわふわブリと野菜とキノコと豆腐をかみしめる。白菜は甘いし、ブリは柔らかで、塩糀のおかげなのかうまみがじゅわっとあふれる。そこに玄米を一口入れたら、電気が走ったように体が痺れた。
「何これおいしい! 玄米だよね? もちもち!」
「ご飯は冷凍してあったやつだけど、ミルキークイーンっていってもち米みたいな品種なのよ。冷めてももちもちだし。有名銘柄より好きなのよね。あと玄米のほうが食感がぷちぷちしてるから好きなの。たまにもみ殻入ってるけど」
世の中にはそんな品種のお米があるのか、と打ちひしがれつつも、ブリ鍋のうまみともちもち玄米の甘さで、『これ以上おいしい夕食はこの世にはないのでは?』と思えるほどだった。
「おいしい。林ちゃん天才!」
「もっとほめてもいいのよ。何も出ないけど」
林太郎の不敵な微笑みが可愛くて、おいしいご飯をお腹いっぱい食べて、とても温かくなった。
腕時計を見たら、二十一時を回っていた。ご飯を食べて、話をしていたらあっという間だった。
「林ちゃん、もうそろそろ帰るね。ごちそうさまでした」
本当はもっと話していたいし、外は寒いし、『泊まらせてもらえないかな』と勇気を出して言えればいいのだが、まだそこまでの勇気はない。むしろ友達だったときのほうが言えたかもしれないが、付き合ってまだ一か月、妙な意味にとられたらどうしよう、と逆に言い出しづらい。
「あらもうこんな時間? 泊まっていきなさいよ。遅いし寒いんだから」
林太郎のほうにさらっと言われてしまった。
「ええ? でも林ちゃん明日仕事でしょ? あたしがいたらゆっくりできないでしょ?」
林太郎はメンズ服の販売店で店長をやっていたはずで、今日休みだったということは明日出勤ではないだろうか。土日はかき入れどきだろうし。
「人のことはいいのよ。自分の心配をしなさいよ」
そうして、林太郎はローテーブルの向かいで、表情をあらためた。
「来たとき電話しててごめんなさいね。何か言いたいことあったんでしょ? 結が自分から言うの待ってたんだけど……泣きそうだったし」
心臓が、跳ねた。驚きと、気恥ずかしさと、どうしてそうやって気付いてくれるんだろうという切なさで、胸が締めつけられる。
「電話、誰だったか聞いてもいい?」
「母よ。言えばよかったわね。このあいだあたしが風邪ひいたって送ったら、心配して毎日電話してくるようになっちゃって。もう三十だし若くないんだから気を付けなさいって」
「おばさんらしいね」
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