上 下
27 / 35
公園

わたくし、実質この方と婚約します!

しおりを挟む
「そうですの。赤き浮き名の魔王と婚約とは寛大ですわね。まあ結婚したら愛人を作ろうが作られようが自由ですものね」

 ドロシーが無邪気に首を傾ける。貴族の結婚は後継者さえ作れば愛人がいようが自由なので、ドロシーの言うとおりだ。本当にヴィンセントと結婚したら目も当てられないことになるだろうが、完全なるうそなのでわたくしには何の損害もない。

「ええそうね。でもわたくしは家柄と財産があればいいわ。ど貧乏貴族とお幸せに。ミス・ドロシー・アスター」

「デイル伯爵家はあなたが思っているほど貧乏じゃないのよ。そのうち分かるわ。また胸で婚約破棄されないようにお気を付けてね。レディ・ヘレナ・ロビンソン」

 ドロシーがサイラスを引っ張るようにしてきびすを返す。広場の芝生の枯草色に、ふたりの後ろ姿が小さくなっていった。

 災難は去った。と、ヴィンセントと密着して手を握ったままなことに気付き、飛びのいた。密着していたことも気まずいが、高らかに『わたくし、実質この方と婚約します!』宣言をしてしまったのも気まずい。

「ええと、ごめんなさいね。勢いであなたの気遣いを台なしにしてしまって」

「いや? 嬉しかったよ。この際、事実にしてしまおうか」

「ちょっと冗談でしょう冗談! あのままあなたの言うとおりにしたら何だかあのふたりに対して面白くないからあなたの演技に乗ったのよ!」

「冗談だよ。事実にしてしまったほうが会いやすくなるけど、君まで僕の悪評に巻きこんでしまうし、兄上に闇討ちされたくないからね」

「それならよかったわ。わたくしも何人いるか分からないあなたの本命に闇討ちされたくないもの」

 ヴィンセントがあいまいに笑う。その顔付きがどことなく物悲しさを伴っていたのは気のせいだろう。

 わたくしは気恥ずかしいながらもあらためてヴィンセントを見上げる。

「まあ、あなたの心遣いはありがたく受け取っておくわ。ひとりより心強かったのはたしかよ……もちろんひとりでも言い返していたけれど」

 何だか素直ではない言い方になってしまったが、ヴィンセントはいつもどおりににこやかな表情を見せる。

「役に立てたならよかったよ。お礼に、また会ってくれる?」

 のぞきこむように白っぽい髪と顔と血の色の瞳が近付いてきて、わたくしは慌てて後ろへ下がった。

「あなた勝手にうちへ来ているでしょ。今さら聞いてどうするのよ」

「そうだね。じゃあこのまま今後も会いにいくよ」

 何だかうまく丸めこまれたが、結局言っても言わなくても来るので諦めた。

 もしかして悪評よりもまともなのかもしれないけど……はっ、優しいのと女癖が悪いのは同種だわ! 悪名高いのに実はまとも? と思わせて令嬢を落とす作戦ね? 油断大敵!

 というか、万が一に天地がひっくり返ってヴィンセントと仲良くなっても、先ほどのうそのように婚約が本当になることはありえない。なぜならわたくしには最終的にシスターになるという目標があるのだから。

 絶対に! 胸を大きくして! シスターに! なる!

 じりじりと挑むようなわたくしの視線に、ヴィンセントはわたくしの心を知ってか知らずか、いつものように何を考えているのか分からない微笑みで応じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

ボッチの少女は、精霊の加護をもらいました

星名 七緒
ファンタジー
身寄りのない少女が、異世界に飛ばされてしまいます。異世界でいろいろな人と出会い、料理を通して交流していくお話です。異世界で幸せを探して、がんばって生きていきます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...