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俺の、奥さん
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これで結婚は成立した。立会人もいない、誰にも祝福されないけれど。
「嫌なわけないでしょう、ばかっ……キトエが、ずっと騎士だっていうなら、わたしはずっとキトエの主だから。だから、だからっ、ずっと、一緒にいて」
キトエが泣きそうに、とても温かく、微笑んだ。
「はい。リコ。俺の主。俺の、奥さん」
いっぱいになった涙で、キトエの瞳の青や橙や緑が大きく混ざり合って、虹が見えた。
(虹をあげるのはわたしじゃなくて、キトエのほうだ)
言っても不思議な顔をされるだろうから、もう少しあとに取っておこうと思った。抱きしめてくれたキトエの背を、思いきり抱きしめ返した。
太陽のもと、国境を目前にした街では、桃色や水色の髪の人々と当たり前のようにすれ違う。
リコはキトエとともに大通りから少し脇道にそれた店へ入った。壁一面の木製の棚には、金銀の食器や宝飾品が並んでいる。外の熱と音から切り離されたような空間で、リコは鮮やかな草花模様の敷物を踏みしめて、男性が座るカウンターへ歩む。
「買い取っていただきたいんですが」
何重にも折りたたんで真ん中を紐でしばった、薄桃色の髪をカウンターに置いた。頭から垂らした布で見えづらくはなっているが、腰まであったのをまとめて上げていたリコの髪は、今《いま》肩につかないほどだった。
頭に布を巻いたひげの中年男性は慣れた手つきで髪の束を持ち上げる。
「はいよ。長くて綺麗な色だが、ここらじゃ珍しくないからなあ。もっと国境から離れたところで売れば高く売れたのに。あんた方、地元のもんじゃなさそうだし」
怪しまれたのかと思ったが、男性はリコのほうを見ずに髪を上皿天秤に乗せていたので、ただの雑談のようだ。
「ええと、その……夫が、切るのをなかなか許してくれなくて。旅芸人なので短いほうが楽なんですが」
振り返ると、一歩斜め後ろにいたキトエは目を丸くしていた。固まっている。心なしか頬が染まっていっている。
「お嬢ちゃん、はい、お金」
男性に硬貨をざらざらと握らされて、慌てて振り向く。
「ああああの、夫はわたしの護衛で! 夫にはなったばかりで! だから今まで売る機会を逃してしまって!」
「おうおうのろけかい。若いっていいねえ」
キトエが動揺しているのを見たのにつられて、リコも訳が分からない余計なことを口走ってしまった。幸いにも男性はただののろけと思って笑ってくれている。
「まあ最近物騒だし、生贄が逃げて行方を追ってるとか、鉄砲水が起きたとか何とか。このあたりは生贄を捧げてても昔から天変地異が多かったし、国がいよいよまずくなったら隣国で商売するか……って俺のぐちになっちまったが、要は結婚はできるうちにしとくもんだ。おめでとさん」
気持ちのよい笑顔を見せられて言葉を失っていたら、キトエに肩を叩かれた。
「そろそろ」
「だんな、お嬢ちゃんを幸せにしろよ」
「言われなくても」
キトエに腰を抱き寄せられて、変な声が出そうになってしまった。見上げるとキトエは何だか不服な様子で、リコは腰を抱かれた腕に引っ張られるように店の出口へ連れていかれる。
「あの、ありがとうございました」
振り返ってかろうじて言葉を投げると、男性は歯を見せて手を上げた。
店を出て、石壁の建物が連なる脇道を少し歩く。腰は抱かれたままだ。
「キ、キトエ……手」
いくら大通りより人の往来がまばらとはいえ、人前でこんなに密着しているのはよくない。
「嫌なわけないでしょう、ばかっ……キトエが、ずっと騎士だっていうなら、わたしはずっとキトエの主だから。だから、だからっ、ずっと、一緒にいて」
キトエが泣きそうに、とても温かく、微笑んだ。
「はい。リコ。俺の主。俺の、奥さん」
いっぱいになった涙で、キトエの瞳の青や橙や緑が大きく混ざり合って、虹が見えた。
(虹をあげるのはわたしじゃなくて、キトエのほうだ)
言っても不思議な顔をされるだろうから、もう少しあとに取っておこうと思った。抱きしめてくれたキトエの背を、思いきり抱きしめ返した。
太陽のもと、国境を目前にした街では、桃色や水色の髪の人々と当たり前のようにすれ違う。
リコはキトエとともに大通りから少し脇道にそれた店へ入った。壁一面の木製の棚には、金銀の食器や宝飾品が並んでいる。外の熱と音から切り離されたような空間で、リコは鮮やかな草花模様の敷物を踏みしめて、男性が座るカウンターへ歩む。
「買い取っていただきたいんですが」
何重にも折りたたんで真ん中を紐でしばった、薄桃色の髪をカウンターに置いた。頭から垂らした布で見えづらくはなっているが、腰まであったのをまとめて上げていたリコの髪は、今《いま》肩につかないほどだった。
頭に布を巻いたひげの中年男性は慣れた手つきで髪の束を持ち上げる。
「はいよ。長くて綺麗な色だが、ここらじゃ珍しくないからなあ。もっと国境から離れたところで売れば高く売れたのに。あんた方、地元のもんじゃなさそうだし」
怪しまれたのかと思ったが、男性はリコのほうを見ずに髪を上皿天秤に乗せていたので、ただの雑談のようだ。
「ええと、その……夫が、切るのをなかなか許してくれなくて。旅芸人なので短いほうが楽なんですが」
振り返ると、一歩斜め後ろにいたキトエは目を丸くしていた。固まっている。心なしか頬が染まっていっている。
「お嬢ちゃん、はい、お金」
男性に硬貨をざらざらと握らされて、慌てて振り向く。
「ああああの、夫はわたしの護衛で! 夫にはなったばかりで! だから今まで売る機会を逃してしまって!」
「おうおうのろけかい。若いっていいねえ」
キトエが動揺しているのを見たのにつられて、リコも訳が分からない余計なことを口走ってしまった。幸いにも男性はただののろけと思って笑ってくれている。
「まあ最近物騒だし、生贄が逃げて行方を追ってるとか、鉄砲水が起きたとか何とか。このあたりは生贄を捧げてても昔から天変地異が多かったし、国がいよいよまずくなったら隣国で商売するか……って俺のぐちになっちまったが、要は結婚はできるうちにしとくもんだ。おめでとさん」
気持ちのよい笑顔を見せられて言葉を失っていたら、キトエに肩を叩かれた。
「そろそろ」
「だんな、お嬢ちゃんを幸せにしろよ」
「言われなくても」
キトエに腰を抱き寄せられて、変な声が出そうになってしまった。見上げるとキトエは何だか不服な様子で、リコは腰を抱かれた腕に引っ張られるように店の出口へ連れていかれる。
「あの、ありがとうございました」
振り返ってかろうじて言葉を投げると、男性は歯を見せて手を上げた。
店を出て、石壁の建物が連なる脇道を少し歩く。腰は抱かれたままだ。
「キ、キトエ……手」
いくら大通りより人の往来がまばらとはいえ、人前でこんなに密着しているのはよくない。
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