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こういうことがしたくてたまらなかった

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「キスでかけても、ほとんど効いてないみたいだった。魔術書がうそなのかもしれない。でも今試せる方法で、もうそれしか浮かばない。少しでも可能性があるなら、すがりたいの。何言ってるんだって、嫌かもしれないけど」

 キトエの声が、返ってこない。羞恥と怖さでぐちゃぐちゃの気持ちを押さえつけて、顔を上げる。目が合って、苦しそうに、恥ずかしそうにそらされた。

「それは……もしリコに、その……子どもができたら、俺を置いていったとしても逃げづらくなる」

「置いていかないから! うそでもそういうこと言わないで。一緒じゃなきゃ意味がないって言ったでしょ?」

 けれど、城から逃げ出してからキトエがほとんどリコに恋人らしいことをしてこなかったのは、そういう配慮があったのだと、こんなところで痛感した。

「こ、子どものことはたしかにそうだけど……キトエを治せる可能性がそれしか浮かばないの。それでも治らないかもしれない。でも、未来の心配より、今が、それしかない」

 むちゃくちゃなことを言っている。

「嫌かもしれないけど、お願い」

 キトエがそらしていた顔を戻す。昏睡に耐えている苦しさと、別の感情が混ざっているようで、よく分からない。

「嫌なわけ、ない」

 背に回されたままだった腕をきつくされて、キトエの胸にぶつかる。

「リコの未来を考えるなら、するべきじゃない。本当は一緒にいたい。けど、最後になるなら」

 また酷いことを言っていると、とがめようとしたとき、耳元で口をひらかれる。

「だって、ずっとリコにこういうことをしたくて、おかしくなりそうだった」

 言葉を理解するより速く、体の芯が痺れて、首筋が熱くなった。

 頭が追いつかないまま、流れるようにキスをされた。試すように触れただけの唇はすぐ離れて、今度は深く口付けられた。初めてではないけれど、急すぎて思わずキトエの服の胸元をつかんでしまう。抱きしめられていないほうの手で腰から脇腹を撫でられて、驚いてキトエの胸を押し返していた。

「ま、待って、ちょっと、っん」

 キスされた。脇腹にあった手が頬に上がってきて、指が、耳に触れる。唇を深く、たくさん吸い取られる。ようやく思い出して、平静ではない意識のなかで、唱える。

「シムリルカ」

 魔力も、声も、食べられる。

 耳に触れていた指が、首筋へ下りていく。

「待って、キトエ、待って、お願い」

 キトエの胸元を両手で握りしめて、ようやく顔を離してもらえた。呪法のせいなのか、それともリコと同じ理由なのか、キトエの表情はぼんやりしていて、女性よりもよっぽどなまめかしかった。体が痺れる。月の明るさしかないのに、みなものような黄緑の瞳に橙色と緑の欠片が揺らめいている。

「その……こ、こういうことをしてって言ったのはわたしだけど、その」

 言葉にしてみたものの、羞恥と動揺でうまく文が組み立てられない。

「あの、ちゃんとしなくても、無理しなくても大丈夫だから……か、体がつながってさえいれば、過程は多分関係ないから」

 こんな状況だというのに、好きな人に触れて、触れてもらえて、嬉しい。けれどそれ以上に恥ずかしい。

「リコは俺が無理してるように見えるの?」

 キトエが困ったように微笑んで、そんな表情にさえどぎまぎしてしまった。

「リコは俺のこと清廉潔白で堅物だと思ってるかもしれないけど、俺はリコが思ってるみたいに綺麗じゃない。抑えなかったら吐き気がするくらい気持ち悪い人間なんだよ。逃げてるんだからリコに気安く触れてる場合じゃないと思ったし、子どもができてリコが逃げづらくなるなんて論外だ。でも本当は、ずっとふたりきりで、抱きしめたくて、キスしたくて、こういうことがしたくてたまらなかった。今日の夕食のときだって、本当は」

 たき火の前で抱きしめられて、キスをして、好きだと確かめ合ったのを、思い出した。

「でも、それでもキトエはちゃんと抑えててくれたし、好きな人にそういうことしたいって思うのは普通なんじゃないの?」

 キトエはまだ困ったように、それに少し意地悪な色を乗せて、微笑む。
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