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中毒症状
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リコの手の先から、景色がひしゃげる。前方のジヴィードと騎兵数人が馬ごと上から押し潰されるように崩れる。リコは腰の革袋に左手を入れて、瓶を高く投げた。
「ニグカイト」
崩れた馬の上で、ジヴィードがニグカイトに押さえつけられる手を天へ伸ばして唱えた。リコが放った圧力が相殺される。リコは右手を瓶へ向けて掲げる。時間が薄く細長く引き伸ばされる。
押さえがなくなり地へ転がったジヴィードが小弓を構えた。
「むだだ!」
銀の矢が放たれる。
息をするほどの一瞬で、悟る。防げない。掲げた右手を矢へ転換するより、矢のほうが速い、間に合わない。
地を蹴る音と宙を斬る音が、重なった。
リコの前に踏みこんだキトエが、下から振り上げた剣で銀の矢を、斬った。
「イグニト!」
視線を中空の瓶へ戻す。掲げた右手から炎の帯が空《くう》を焼いて、熱とともにあたりを照らした。
多量の白煙が上がる。瓶の中身、禁じられた植物が燃えたのだ。
「キトエ! 息止めて」
リコはキトエの手から剣を取ってさやに収めると、キトエに体を寄せて服の背をつかむ。右手に、体中の魔力を集める。
「メールオト」
地へ向けて、持てる力のかぎり、撃った。一瞬のあと、キトエの背と脚を抱き上げる。
体が浮く。地へ撃った風の反動で、白煙を突き抜けて、飛んだ。
高く飛んだ眼下で、風が白煙を巻きこんで吹き下ろす。ジヴィードへ、円くリコたちを囲んでいた兵たちへ広がっていく。
眼前の空へ目を向ける。暗く深い群青に、まいたような星々と、照らされる薄もやのような雲、満月がふたつに割れたまばゆい月が、うそのように美しく、あった。
全身を駆け巡る魔力で、キトエを左腕だけで支える。風を後方に撃って前へ。兵の囲いを越える。体が斜めになって、落ちる。
「メールオト」
落ちていく、迫ってくる地へ向けて、風を撃った。
キトエをかばって、リコは背中から地へ落ちた。一瞬、痛みで息が止まるが、風で落下の勢いを殺したので意識を失うほどではない。
「キトエ」
リコの上に倒れたキトエの頬に触れると、キトエは顔を上げた。視線が揺れているが、まだ目覚めている。
「ごめ……リコ」
「大丈夫、全部あとでいいから」
リコは起き上がって、ふたたびキトエの背と脚を抱えて走り出した。走りながら背後を見やる。薄い煙の中で、兵たちがうずくまっているのが見える。
飛んだときに撃った風で、白煙は直下にいたジヴィードと、あたりを取り囲んでいた数百の兵にまで及んでいた。禁じられた植物の一回の使用量は指先に乗る程度。炎で燃やした瓶の中身は数百回ぶん。それだけの煙を一度に吸いこめば、中毒症状でしばらく動けないはずだ。
まだ魔力は残っている。キトエを抱きかかえて走れる。できるだけ遠くへ。
前を向いて、まばらな木々が月明かりに影を落とす荒野を、走った。
もうどれくらいたっただろう。一時間くらいだろうか? さすがに減ってきた魔力を自然回復させるため、リコは走るのをやめて歩いた。
「リコ……歩く、から」
キトエは意識を落とさないよう、ずっと必死に目をあけていた。左肩の傷に振動が響いているはずで、どこかで手当てしなければと気持ちがはやる。
「だめ。我慢して」
あたりは荒野から岩肌が多い地形へ変わっていた。星と月の方角を見ていたので、国境へは回り道になってしまったかもしれないが、少なくとも反対方向には行っていない。月は空のわずかに右へ傾いていて、真夜中だった。
「ニグカイト」
崩れた馬の上で、ジヴィードがニグカイトに押さえつけられる手を天へ伸ばして唱えた。リコが放った圧力が相殺される。リコは右手を瓶へ向けて掲げる。時間が薄く細長く引き伸ばされる。
押さえがなくなり地へ転がったジヴィードが小弓を構えた。
「むだだ!」
銀の矢が放たれる。
息をするほどの一瞬で、悟る。防げない。掲げた右手を矢へ転換するより、矢のほうが速い、間に合わない。
地を蹴る音と宙を斬る音が、重なった。
リコの前に踏みこんだキトエが、下から振り上げた剣で銀の矢を、斬った。
「イグニト!」
視線を中空の瓶へ戻す。掲げた右手から炎の帯が空《くう》を焼いて、熱とともにあたりを照らした。
多量の白煙が上がる。瓶の中身、禁じられた植物が燃えたのだ。
「キトエ! 息止めて」
リコはキトエの手から剣を取ってさやに収めると、キトエに体を寄せて服の背をつかむ。右手に、体中の魔力を集める。
「メールオト」
地へ向けて、持てる力のかぎり、撃った。一瞬のあと、キトエの背と脚を抱き上げる。
体が浮く。地へ撃った風の反動で、白煙を突き抜けて、飛んだ。
高く飛んだ眼下で、風が白煙を巻きこんで吹き下ろす。ジヴィードへ、円くリコたちを囲んでいた兵たちへ広がっていく。
眼前の空へ目を向ける。暗く深い群青に、まいたような星々と、照らされる薄もやのような雲、満月がふたつに割れたまばゆい月が、うそのように美しく、あった。
全身を駆け巡る魔力で、キトエを左腕だけで支える。風を後方に撃って前へ。兵の囲いを越える。体が斜めになって、落ちる。
「メールオト」
落ちていく、迫ってくる地へ向けて、風を撃った。
キトエをかばって、リコは背中から地へ落ちた。一瞬、痛みで息が止まるが、風で落下の勢いを殺したので意識を失うほどではない。
「キトエ」
リコの上に倒れたキトエの頬に触れると、キトエは顔を上げた。視線が揺れているが、まだ目覚めている。
「ごめ……リコ」
「大丈夫、全部あとでいいから」
リコは起き上がって、ふたたびキトエの背と脚を抱えて走り出した。走りながら背後を見やる。薄い煙の中で、兵たちがうずくまっているのが見える。
飛んだときに撃った風で、白煙は直下にいたジヴィードと、あたりを取り囲んでいた数百の兵にまで及んでいた。禁じられた植物の一回の使用量は指先に乗る程度。炎で燃やした瓶の中身は数百回ぶん。それだけの煙を一度に吸いこめば、中毒症状でしばらく動けないはずだ。
まだ魔力は残っている。キトエを抱きかかえて走れる。できるだけ遠くへ。
前を向いて、まばらな木々が月明かりに影を落とす荒野を、走った。
もうどれくらいたっただろう。一時間くらいだろうか? さすがに減ってきた魔力を自然回復させるため、リコは走るのをやめて歩いた。
「リコ……歩く、から」
キトエは意識を落とさないよう、ずっと必死に目をあけていた。左肩の傷に振動が響いているはずで、どこかで手当てしなければと気持ちがはやる。
「だめ。我慢して」
あたりは荒野から岩肌が多い地形へ変わっていた。星と月の方角を見ていたので、国境へは回り道になってしまったかもしれないが、少なくとも反対方向には行っていない。月は空のわずかに右へ傾いていて、真夜中だった。
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