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『魔女』と同等の魔法を使える者

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 心地いい感覚から頭が落ちて、リコは目が覚めた。かたわらには革の上で横になって眠るキトエ、燃え尽きていないたき火。見上げると木の葉に縁どられた星の川に、満月が真ん中からふたつに割れた月がある。月は空の左側で、眠ってしまう前と位置があまり変わっていなかったので、座ったまま少し意識が落ちてしまっただけらしい。木の幹に背を預け直す。

 夜は追手や何があるか分からないので、交代で起きているようにしているのだが、リコは気付いたら意識が落ちている、ということもひんぱんにあった。

 キトエを見ると、身じろぎもせず眠っている。当たり前だが、疲れているのだろう。月が空の右側へ来たら交代だから絶対起こすようにと言われていたが、いつもキトエのほうが多く起きているので、リコが一晩中起きていても構わないと思っていた。たき火のそばで熱している、毒虫よけの草の柑橘に似た香りが漂っている。

 ふたつに割れているとはいえ、月は満月と同じで明るい。この国で生贄を捧げるのは、月がふたつに割れる夜と決まっている。生贄の城から逃げ延びて、初めて訪れる割れた月の夜だった。

『おとなしく死んでくれればみんな幸せになれたのに』

 自分が決めたことでも、キトエに気持ちを吐き出しても、分かっていても、痛かった。

 ふと、虫の鳴き声とたき火の音ではないものが、聞こえた気がした。気のせいかと思って耳をすます。砂を踏む音が、水の中にいるように膜がかっているがかすかに聞こえる。ひとつではない。かなり多い。膜がかって聞こえるのは、おそらく魔力で音を抑えこんでいるからだ。

 リコにかすかにしか聞こえないということは、『魔女』と同等の魔法を使える者がいるということだ。

 眠気の欠片もなくなって、頭を必死に回転させる。『魔女』と同等の魔法が使える者など、ただの野盗のはずがない。国からの追手だ。完全に囲まれてしまう前に、キトエに知らせて逃げなければ。

 火があっても、あたりを木々に塞がれているので視界が悪い。どこまで囲まれたか分からない。キトエを起こした瞬間に仕掛けられるかもしれない。不自然ではない方法でキトエに知らせないと。普通に声をかければ追手に悟られてしまう。どうすれば。

 浮かんだ方法を一瞬ためらって、そんな猶予はないと覚悟を決める。眠っているキトエの横にあえてゆっくりと手をついて、抱きついた。

「キトエ、キトエ、起きて」

 眠りが深かったのか、抱きついただけではキトエは起きなくて、リコは小声でキトエの耳元に鋭く話しかける。ただのんきに睦《むつ》み合っているだけに見えるように。

 リコの下でキトエが身じろいで、体を跳ね上げる。

「っえ、リ」

「このまま聞いて。追手が来てる。囲まれそう。わたしと同じくらい魔法を使える人がいる」

 キトエの顔は見えないが、伝わったはずだった。

「とにかく街のほうまで走ろう。三、二、一で。攻撃されたらわたしが魔法で防ぐから」

 キトエが小さく頷いたのを感じた。

 捕縛に、リコは生死を問われているのか分からない。けれどキトエは生贄を逃がした付き人として、確実に殺される。

「いくよ。三。二。一、っ」

 合図とともに跳ね起きたキトエに抱え上げられて、リコは声をかんだ。走れるからと言う前に、空気を裂く鋭い音が聞こえて、キトエの肩をつかんで身を乗り出す。木々へ差し出した右手に赤い枝葉の紋様が浮かび、手を横に払う。

「メールオト」

 たき火がかき消え、轟音をもって木々の葉が吹き上がる。黒い葉に混じって、何本かの矢が舞うのが見えた。
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