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第二章 神の手に阻まれる幼き日の夢
エピローグ 少年は生きながらに死んでいる
しおりを挟む───十四年前、”北の国”。
「お誕生日おめでとう」
その日、少年は五歳の誕生日であった。
裕福な家庭で育った彼は、どこにでも居る少年。朝は学校に行き、家に帰るや否や荷物を持ち替えて飛び出し、日が暮れるまで友達と遊んでいた。
学校では勉強よりも友達と遊ぶ事が楽しく、お世辞にも真面目な授業態度とは言えなかった。
そんな少年はこの日、広い屋敷の庭で、母の祝福を受けていた。
「うん、ありがとうママ」
母は優しい女性だった。金色にたなびく長髪は鮮やかに陽光を反射し、紫色の瞳の美しさはどんな絵の具でも再現出来ないであろう。また、その人格は”良妻賢母”を絵に書いた様な人物で、器量がよく、近所付き合いもそつなくこなしていた。
彼女は花を育てる事が趣味であり、既にこの星の自然からは絶滅した種の植物の研究をしていた。屋敷の庭に築かれた花園は母のものだ。そこでは、彼女の努力によって地上に息を吹き返した数々の植物が咲き乱れている。
しかしその中で、彼女が最も深く心を砕き、大切に育てている植物はそんな希少な種ではなく、現在も街の草むらで目にする事が出来る野花であった。
その花は、少年の誕生花でもあるらしい。
「ふふ。 プレゼントがあるの。 あなたが欲しがっていたものよ」
そして母は、サプライズが好きな女性であった。他人を喜ばせる事に労を惜しまず、また、その人が喜ぶ姿を見て自分の喜びとする。そんな女性。
「え、プレゼント……?」
嬉しいはずであった。
母が用意してくれたプレゼント、「あなたが欲しがっていたもの」という言葉だけでその中身がなんなのか見当が付く。それは自分が最も欲しかったもの、その欲求のあまり、母に何度もねだったものだ。何度買って欲しいと頼んでも、母は困り顔で「良い子にしていたらね」と言うばかりだったが、この誕生日という日にそれを用意してくれたのだろう。
喜ぶべきだ。そう思ったが、何故か胸騒ぎがして言葉にならなかった。
「あら、嬉しくないの?」
母の心配そうな顔。何故か胸が締め付けられる。
「そんな事はないさ。 プレゼントの中身を見れば、この子は大喜びするだろう。 きっとな」
痩せた男性が庭に顔を出す。彼は少年の父で、公職に就く優秀な男。その父の収入によって一家の家計が成り立っている。今回のプレゼントも、彼の収入で購入したものだろう。
彼は瞼の裏よりも更に濃い黒髪を持ち、瞳の色も同様に吸い込まれるような黒であった。美しい容姿の母と違い、父の容姿は至って平凡。しかし、彼の本領は容姿などではなく、その頭脳が生み出す叡智にあった。
父は駆霊術の研究を生業としており、かつて天才と呼ばれた人々が生み出した技術を簡略化して教科書に載せ、標準化していく事が彼の仕事である。父は、自身も天才と呼ばれていながら、新たな技術の確立より技術を介した民衆の生活水準の向上を課題としていたのだ。そんな父を、母も、そして自分も心から尊敬していた。
そんな二人が、自分のために用意してくれたプレゼントである。嬉しくない訳が無いのだ。
「だが、その前に」
父は、少年に向き直って告げる。
「お前ももう五歳だ。 ”守護霊”に名を付けても良い頃だろう」
「えぇ、そうね」
父の言葉に母も賛同する。
少年の家庭では、五歳になるまで守護霊を呼ぶ事を禁じられていた。
「”守護霊”は、お前の”運命”を司る者、心して名付けなさい」
少年は学校ではあまり真面目に授業を受けていなかった。そのため、父の言葉の意図を理解する事は出来なかったが、それでもこれが、守護霊に名を付ける行為が、この先の自分の人生を左右するきっかけになる事はなんとなく分かっていた。
「……うん。 おいで」
そして、守護霊を呼ぶ。人の姿をして純白の素肌を持つ、その表情に一切の感情を灯さない異質な存在を。
その時であった。
五歳の少年は、自分が経験していないはずの記憶を呼び覚ます。それは、あまりにも辛く暗い、思い出すだけで胸に冷たい刃物を突き立てられている様な錯覚を起こす程鮮明な情景。
少年は知らず知らず、涙を流していた。
「あら、どうしたの??」
母は心配そうに、少年に声を掛ける。
「お母さん……」
父親譲りの黒髪と、母親譲りの紫の瞳を持つ少年は、視界を涙で滲ませる。
「なぁに? 嫌な事でも思い出したの?」
言って、母は少年を抱き寄せる。
「……うん」
「そう。 でも大丈夫よ。 私がいつでも守ってあげるから、ね?」
母の抱擁。その懐かしい感触、香り、温もりに、少年は涙を止める事が出来なくなる。
「ふふ。 それで? ”守護霊”の名前はどうするの?」
母の抱擁から解放された少年は、まだ頬を濡らし続けている。そんな少年に、母は優しさだけを表情に乗せて微笑む。
「教えてくれる? ルイス」
少年の視線の先には、整えられた花壇に咲く、風に揺れる白い野花の姿があった。
「ルイス様」
”西の国”の首都、トレーネ。その中心に聳え立つ王城内の一室で、一人の青年は目を覚ます。
「あれ、もしかして僕、寝てた?」
「はい。 ……お休みのところ、お声掛けしてしまい申し訳ありません」
「いや、助かったよ」
女性の声により目を覚ました青年は、声の主に礼を述べて立ち上がる。
そして彼は、つい先程まで自身がもたれかかっていたデスク、そこに積まれた書類に目を落とす。
───あちゃあ……。
書類に目を通していた最中に眠ってしまい、寝ている間に涎でも流していたのだろう。幾つかの紙の束は濡れ、字が滲んでいた。
「何か、辛い夢でも?」
「え?」
聞かれ、青年は思いを馳せる。
───そういえば、何の夢だったかな。
「涙を流しているように見えましたので」
「涙? 僕が?」
青年の顔には既に、いつもの芝居がかった笑みが貼り付けられている。
「いえ、気のせいだった様です。 不躾な詮索失礼致しました」
「いや、こちらこそ気を遣わせてしまって悪かったね」
青年の目は赤く腫れている。
「砂漠への出発、ご準備は如何ですか?」
「あぁ、今日だったね。 うん。 別に持っていく様な荷物も無いし、いつでも出られるよ」
この日、青年は砂漠を目指し、出発する事となっている。
「そうですか。 でしたら、こちらは書庫に送りましょうか?」
言って、女性は重厚な鈍器を思わせる書籍を差し出す。
「あ、それもしかして」
「はい。 賢王が生前、ルイス様に、とご用意して下さっていたものです」
書籍の表紙には、『霊承記』と記されている。
「ありがとう。 それ、持っていくよ」
「……こちらを、砂漠に、ですか?」
「うん。 毎日本を読むノルマがあるからね」
「そうですか」
青年はこの日、砂漠に向けて旅立つ。とある男に会うために。
「じゃあ行ってくるよ。 ふふ。 ”流星”、どんな子だろうね」
「あの、ルイス様」
「ん? 何かな?」
部屋を出ようとした青年を、女性が呼び止める。
「お誕生日、おめでとうございます」
「……あぁ、今日だったっけ、忘れてたよ。 ありがとね」
笑みを張り付ける青年は今日、十九歳を数えた。
十四年の時が経ち、当時五歳だった少年の面影はもはや残っていない。
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二件もの感想、ありがとうございます🙇♂️
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なんとか納得のいく形に仕上げますので、どうかお待ち頂けると幸いです!
まずは第一章を楽しませていただきました、めちゃくちゃ面白かったです。
色々とくすぐられる設定に、入り込ませてくれる文章、次の展開も気になりますので楽しみに読ませていただきます!
ご丁寧に感想を頂き、ありがとうございます!
まだまだ表現力が未熟なため、読みにくい部分も多いかと思いますが、是非最後までお楽しみ頂ければ幸いです!!