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第二章 神の手に阻まれる幼き日の夢
第51話
しおりを挟む「ふう、”種”は出せた……」
一粒の種を手のひらに、少年は呟く。
カルロ、アイビスが霊獣と戦う中、彼らの後方でハルは自身の守護霊と対話を続けていた。
「これじゃあ役に立たないよなぁ……」
ハルの駆霊術の習得は難航していた。
「もっとこう、大きい木を出したいんだよ。 ほら、山にあったみたいな」
守護霊にそう語り掛けるが、当然返答など望めない。
ハルは霊術学校にて駆霊術の基礎は既に学んでいる。しかし、彼はその頃守護霊を発現させていなかった為に、実技的な訓練は受けていなかった。学校では、木属性の駆霊術の訓練として、自ら生み出した種を土に植えて育てるというものがある。その過程を観察して記録し、木の特性を学ぶのだが、当然これもハルは経験していなかった。
「火はすぐ出せたのに! 何でなんだ!」
ハルは一人、焦燥感を募らせていた。
「やっぱ単純作業は柄じゃねぇ。 飽きてきたぜ」
ハルが木の生成に四苦八苦する中、霊獣と交戦を続けるカルロは溜息と共に呟く。
「掃除みたいなもんだろう。 面倒だが、やり終えたら満足する」
「そうかぁ? 雑に武器を振り回してるだけだがなぁ」
カルロはぶつくさと愚痴を言っては嘆息する。
彼の守護霊は大剣を大振りし、霊獣の胴を切り裂くと、次の霊獣へと照準を合わせる。常人には信じられない技術によって、次々と霊獣を葬り去っているが、その作業にはカルロが求める達成感などは微塵も無かった。
戦況は一方的なものだった。二人の守護霊が霊獣に遅れを取るような様子はなく、このまま続けていれば殲滅を終えるのも時間の問題に思われた。
「はぁ、さっさと終わらそうぜ。 ……ん?」
戦況が動いたのはその時だった。
カルロは、霊獣の群れの更に後方から凄まじい速度でこちらに急接近する影を捕捉した。そしてアイビスも同時にそれを察知する。
「……何だ?」
カルロが守護霊を通して目にしたのは、突如現れた霊獣の姿。その霊獣は、全身をびっしりと鱗に覆われ、体高と同程度の長さの尻尾を持つ、爬虫類を思わせる容貌。移動時は四足歩行だったのが、群れの渦中に侵入すると二本の後ろ足で仁王立ちしていた。
そしてその霊獣は、縦長の瞳孔をした目でぎょろぎょろと周囲を観察し、
「なっ……」
尻尾を一振りすると、手近に居た二匹のナーゲルの首を刎ね飛ばした。
それまで他の霊獣は共食いなどせず、他の霊獣など眼中に無いといった様子で狂った様に村へと前進していた。そんな不文律を軽々と破り、目前の霊獣は狩り取ったナーゲルの肉を喰らう。それは自然な行動に見えて、明らかな異質さを孕んでいた。
「なんか、ヤベぇぞ」
「……カルロ!」
アイビスは何かを察知し、カルロの名を呼ぶ。
その瞬間、爬虫類の様な霊獣が動いた。戦闘を生業とするカルロが見失う程の速さでガゼルの眼前まで移動し、大剣を止めた。
「は?」
───バリッ
「行け……!」
アイビスは呟き、自身の守護霊を操る。すると漆黒の守護霊は、跳躍により金色の長髪をたなびかせ、ガゼルの剣を止めた霊獣へと接近。勢いそのままに拳を打ち込んだ。
「なんて野郎だ」
しかし、躱された。
アイビスの守護霊はこれまで、霊獣相手に攻撃が失敗した事など無かった。彼と野生の霊獣には、それだけの実力差があったはずなのだ。
「コイツは俺が止める。 お前は他を掃除しろ」
アイビスはカルロに指示を出す。
明らかに他の有象無象を凌駕する力を持った霊獣。正体も分からないそれに、しかし時間は掛けられないのだ。倒すべき霊獣はその一匹だけではない。
「ガゼル」
カルロはアイビスの指示に従い、守護霊を退く。
「気を付けろよ。 ……まぁ言うまでもないか」
カルロの忠告はアイビスの耳に入っていない。
アイビスは食い入る様に現れた霊獣を観察していた。その霊獣は、アイビスがこれまで彼が見てきたどの霊獣とも、明らかに次元が違う雰囲気を漂わせている。
───……来い!
アイビスは精霊を放って挑発する。他の霊獣には効果が無かったが、この新手の霊獣には通用するのか、試しておきたかった。
───よし
そして成功した。
「プルルルルルルウ」
新手の霊獣がその爬虫類を思わせる瞳孔に漆黒の守護霊を収める。
そして、次の瞬間アイビスは霊獣の姿を見失う。
───速い。
瞬時に守護霊を操り、地を蹴って回避する。繰り出された霊獣の前足は空振りに終わった。
攻撃に失敗した霊獣は周囲の他の霊獣へとその矛先を変え、乱雑に尻尾を振って骸に変えた。
───掃除の手間が省けるな。
群れの後方から突進して来た霊獣のお陰か、後続の霊獣の影は見られなかった。
しかしそれ以上に、目の前の一匹の霊獣が脅威である事は明らかであった。
───バリッ
今度はアイビスの方から攻撃を仕掛ける。それはこれまでと変わらない単調な打撃。しかし、これまで殆どの霊獣を一撃で仕留めてきた拳である。その一撃を、霊獣は身を翻して躱し、あろう事か尻尾で反撃を繰り出す。
「おい、大丈夫か」
カルロは心配の声を漏らす。
霊獣の尻尾、その重い一撃は回避しようとする守護霊の腹部を掠めた。アイビスが霊獣の攻撃を被弾する事も初めての経験である。
そして守護霊の受けた衝撃は、リンクする宿主にも共有される。
アイビスは冷や汗をかき、腹部を押さえる。直撃は避けたため、辛うじて軽症に留める事が出来た。
「……行ってくる」
「な、おい!」
腹部を庇いつつ、アイビスは歩き出す。
「この距離じゃあ、一手遅れる」
群れを成していたのは、いずれもアイビスにとって薄弱な霊獣。しかし、新手の霊獣は明らかにそれらを凌駕する存在であった。尻尾の一振りで軽々と他の霊獣を仕留めている事からも、食物連鎖の上位に君臨する種である事は間違い無い。
そんな敵に対し、この距離では分が悪い。アイビスはそう判断した。
「悪いが他は全面的に任せる。 数は少ないはずだ」
「あぁそうかい。 ……死ぬなよ」
カルロの言葉を聞き届けると、一呼吸置いてアイビスは駆け出した。
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