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第二章 神の手に阻まれる幼き日の夢
第44話
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「ブルー、《火の矢》」
ハルは再度自身の守護霊に攻撃を命じる。すると彼の守護霊は対峙する賊に向けて手をかざす。そして強大な火球を形成すると、それを矢の如く放つ。
「《二重の盾》!!」
「うぅむ。 末恐ろしい子じゃのぉ」
ジルは結界を二重に張る事で炎を防ぎ、身を守った。
それを目にしたフーズの感想は実に簡潔であった。
駆霊術の行使には現象に対する深い理解が必要なのだ。そのため、経験の浅い子どもがこれ程強力な術を扱う事は珍しい。
「”賢者”の青年と言い、うぅむ。 最近の若者に背負わされた”運命”というのは、途方も無いのぉ」
フーズの表情に浮かぶのは畏怖ではなく別の感情。
羨望或いは嫉妬、若しくは同情と言った感情が読み取れた。
そんな周囲の注目を他所に、ハルは賊に向けて告げる。
「僕は命のやり取りを望みません。 退いて下さい」
「あん? 命令すんのはこっちだ。 死にたくなけりゃ、必死で逃げろ」
「そうですか。 僕が勝ったら潔く帰って下さいね」
「ガキが、舐めるなよ」
ハルは溜息を吐く。交渉は決裂してしまった。
「次は、手加減しません。 本気で行くので、本気で守って下さいね」
「……何を言ってる?」
しかし、一方で安堵していた。
相手が言葉の通じない魑魅魍魎ではないと分かったためだ。
ハルは、都会人である。彼にとってコミュニケーションとは、共有する道徳の上にしか成り立たないものなのだ。砂漠の厳しい環境やそこに住む人々の生活を見ても、その考えは変わらない。
略奪など認めない。殺しなどもってのほか。
だからこそ、ジルがハルの分かる言葉で応答したのが嬉しかった。
「僕、怒ってるんですよ。 どんな理由があっても一方的な攻撃は認められない。 だから、謝って貰います。 そして仲直りしたら大人しく帰って下さいね」
「調子に乗るなよ。 甘い事言ってんじゃねぇ、ここは砂漠だぞ」
ハルは笑みを浮かべる。
「ジルさん、でしたっけ。 そっちも守護霊にカッコいいタトゥー入ってるからって、調子に乗らないで下さいよ」
「ガキが……。 ”マイズ”!!」
───同刻。
「アイビス!! 悲鳴が聞こえたが、どうなってる!?」
ローブスは借宿を離れず双子のそばに居た。
語気は強いが、焦りなどは感じられない。用心棒を信頼しているのだろう、周囲の異変を感じ取ってはいるものの、浮き足立つ様子は無かった。
そんな雇い主に対し、アイビスは自身の知る範囲で状況を伝える事にした。
「賊が来たようだ。 カルロとハルが対処している。 じき収まるだろう」
「そうか」
そして状況を聞いてもその表情に大きな変化は無い。流石の胆力である。
「お前はここに居て良いのか?」
「あぁ。 対人戦は専門外だ」
アイビスはそう言って腰を下ろす。
彼は借宿に戻る道中、賊の一味と思われる人間と交戦していた。しかしその事には触れなかった。
「そうか。 ……まぁ無事ならそれで良い」
しかしローブスは何かを感じ取ったようだ。
ローブスの霊視は広範囲の索敵には向かないものの、対面した人間の機微を見逃す事は無い。アイビスの表情から何かを察したが、敢えてそこには言及しなかった。
───お人好し、だな。
アイビスは思う。
「アイビス、さっき大きい声聞こえたよ?」
「アイビス、大きい音も聞こえたよ?」
双子がアイビスに近寄り、声を掛ける。
少女達も幼いなりに事態の緊急性を察しているのだろう。好奇心の中に僅かな不安の色が浮かんでいる。
「ここに居れば大丈夫だ。 ローブスが守ってくれる」
「おい。 戦闘はお前の仕事だろ」
ローブスは溜息を吐く。
しかし一方で安堵していた。アイビスが敵の力量を見誤る事はまず有り得ない。そのアイビスが、「ローブスが守ってくれる」と言ったのだ。ジェムシュランゲとの戦いの際、ローブスが同行する事に反対したアイビスが、である。
今回襲来した賊は、ローブスでも十分相手取れる力量である事を示しているのだ。
「しかし、妙なタイミングだな」
ローブスは疑問を口にする。
「何がだ」
「賊がこの村を襲う理由、何だと思う? やろうと思えばいつでもやれただろうに、何で今なんだろうな」
「そりゃあ、俺達が来たからじゃないのか?」
何を今更そんな事を。そう、アイビスは思った。
状況から考えて、行商人を襲った連中と今回襲来した連中は無関係では無いだろう。その賊を退治したのがアイビス達なのだ。報復の意味で考えても、連中の狙いはアイビス達で間違いないだろう。
「確かにそうだが、奴らは村を出入りする旅人を襲っていたんだろう?」
「……そうじゃないか?」
「つまり、村とは共存関係だった訳だろ。 村も賊も、旅人の存在が必要だった訳だ」
村の住人にとって、旅人からもたらされる施しは生活に欠かせない物だっただろう。そして賊も同様に、旅人の積荷を強奪して生計を立てていたに違い無い。それは奇妙な共存関係に他ならない。村がある事で旅人が立ち寄る理由が出来る。だから、賊は村には近付かない。そんな不文律があったのだろう。しかし今回、その不文律を賊が一方的に犯している。
「何が言いたい?」
「だから、タイミングだよ。 何で今なんだろうな」
「……いやだから、それは……」
言いかけて、言い淀む。
「なるほどな」
「ん? なんだ?」
「ナイスだ、ローブス」
困惑するローブスを他所に、アイビスは一人納得した様子で頷いていた。
「……会いに行くか。 いや、こうなった以上あっちから仕掛けて来る事も考えられるな」
「だから、何なんだよ、分かるように話せ」
「その必要は無い、いや、無くなった。 ……解決したと言っても良い」
「はぁ?」
ローブスは何が何だか分からないと言った様子で首を傾げる。
「話すと長い。 飯にしよう」
ハルは再度自身の守護霊に攻撃を命じる。すると彼の守護霊は対峙する賊に向けて手をかざす。そして強大な火球を形成すると、それを矢の如く放つ。
「《二重の盾》!!」
「うぅむ。 末恐ろしい子じゃのぉ」
ジルは結界を二重に張る事で炎を防ぎ、身を守った。
それを目にしたフーズの感想は実に簡潔であった。
駆霊術の行使には現象に対する深い理解が必要なのだ。そのため、経験の浅い子どもがこれ程強力な術を扱う事は珍しい。
「”賢者”の青年と言い、うぅむ。 最近の若者に背負わされた”運命”というのは、途方も無いのぉ」
フーズの表情に浮かぶのは畏怖ではなく別の感情。
羨望或いは嫉妬、若しくは同情と言った感情が読み取れた。
そんな周囲の注目を他所に、ハルは賊に向けて告げる。
「僕は命のやり取りを望みません。 退いて下さい」
「あん? 命令すんのはこっちだ。 死にたくなけりゃ、必死で逃げろ」
「そうですか。 僕が勝ったら潔く帰って下さいね」
「ガキが、舐めるなよ」
ハルは溜息を吐く。交渉は決裂してしまった。
「次は、手加減しません。 本気で行くので、本気で守って下さいね」
「……何を言ってる?」
しかし、一方で安堵していた。
相手が言葉の通じない魑魅魍魎ではないと分かったためだ。
ハルは、都会人である。彼にとってコミュニケーションとは、共有する道徳の上にしか成り立たないものなのだ。砂漠の厳しい環境やそこに住む人々の生活を見ても、その考えは変わらない。
略奪など認めない。殺しなどもってのほか。
だからこそ、ジルがハルの分かる言葉で応答したのが嬉しかった。
「僕、怒ってるんですよ。 どんな理由があっても一方的な攻撃は認められない。 だから、謝って貰います。 そして仲直りしたら大人しく帰って下さいね」
「調子に乗るなよ。 甘い事言ってんじゃねぇ、ここは砂漠だぞ」
ハルは笑みを浮かべる。
「ジルさん、でしたっけ。 そっちも守護霊にカッコいいタトゥー入ってるからって、調子に乗らないで下さいよ」
「ガキが……。 ”マイズ”!!」
───同刻。
「アイビス!! 悲鳴が聞こえたが、どうなってる!?」
ローブスは借宿を離れず双子のそばに居た。
語気は強いが、焦りなどは感じられない。用心棒を信頼しているのだろう、周囲の異変を感じ取ってはいるものの、浮き足立つ様子は無かった。
そんな雇い主に対し、アイビスは自身の知る範囲で状況を伝える事にした。
「賊が来たようだ。 カルロとハルが対処している。 じき収まるだろう」
「そうか」
そして状況を聞いてもその表情に大きな変化は無い。流石の胆力である。
「お前はここに居て良いのか?」
「あぁ。 対人戦は専門外だ」
アイビスはそう言って腰を下ろす。
彼は借宿に戻る道中、賊の一味と思われる人間と交戦していた。しかしその事には触れなかった。
「そうか。 ……まぁ無事ならそれで良い」
しかしローブスは何かを感じ取ったようだ。
ローブスの霊視は広範囲の索敵には向かないものの、対面した人間の機微を見逃す事は無い。アイビスの表情から何かを察したが、敢えてそこには言及しなかった。
───お人好し、だな。
アイビスは思う。
「アイビス、さっき大きい声聞こえたよ?」
「アイビス、大きい音も聞こえたよ?」
双子がアイビスに近寄り、声を掛ける。
少女達も幼いなりに事態の緊急性を察しているのだろう。好奇心の中に僅かな不安の色が浮かんでいる。
「ここに居れば大丈夫だ。 ローブスが守ってくれる」
「おい。 戦闘はお前の仕事だろ」
ローブスは溜息を吐く。
しかし一方で安堵していた。アイビスが敵の力量を見誤る事はまず有り得ない。そのアイビスが、「ローブスが守ってくれる」と言ったのだ。ジェムシュランゲとの戦いの際、ローブスが同行する事に反対したアイビスが、である。
今回襲来した賊は、ローブスでも十分相手取れる力量である事を示しているのだ。
「しかし、妙なタイミングだな」
ローブスは疑問を口にする。
「何がだ」
「賊がこの村を襲う理由、何だと思う? やろうと思えばいつでもやれただろうに、何で今なんだろうな」
「そりゃあ、俺達が来たからじゃないのか?」
何を今更そんな事を。そう、アイビスは思った。
状況から考えて、行商人を襲った連中と今回襲来した連中は無関係では無いだろう。その賊を退治したのがアイビス達なのだ。報復の意味で考えても、連中の狙いはアイビス達で間違いないだろう。
「確かにそうだが、奴らは村を出入りする旅人を襲っていたんだろう?」
「……そうじゃないか?」
「つまり、村とは共存関係だった訳だろ。 村も賊も、旅人の存在が必要だった訳だ」
村の住人にとって、旅人からもたらされる施しは生活に欠かせない物だっただろう。そして賊も同様に、旅人の積荷を強奪して生計を立てていたに違い無い。それは奇妙な共存関係に他ならない。村がある事で旅人が立ち寄る理由が出来る。だから、賊は村には近付かない。そんな不文律があったのだろう。しかし今回、その不文律を賊が一方的に犯している。
「何が言いたい?」
「だから、タイミングだよ。 何で今なんだろうな」
「……いやだから、それは……」
言いかけて、言い淀む。
「なるほどな」
「ん? なんだ?」
「ナイスだ、ローブス」
困惑するローブスを他所に、アイビスは一人納得した様子で頷いていた。
「……会いに行くか。 いや、こうなった以上あっちから仕掛けて来る事も考えられるな」
「だから、何なんだよ、分かるように話せ」
「その必要は無い、いや、無くなった。 ……解決したと言っても良い」
「はぁ?」
ローブスは何が何だか分からないと言った様子で首を傾げる。
「話すと長い。 飯にしよう」
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