精霊王の番

為世

文字の大きさ
上 下
47 / 59
第二章 神の手に阻まれる幼き日の夢

第44話

しおりを挟む
「ブルー、《火の矢フラム・プファイル》」

 ハルは再度自身の守護霊に攻撃を命じる。すると彼の守護霊は対峙する賊に向けて手をかざす。そして強大な火球を形成すると、それを矢の如く放つ。

「《二重の盾ツヴァイン・シルト》!!」
「うぅむ。 末恐ろしい子じゃのぉ」

 ジルは結界を二重に張る事で炎を防ぎ、身を守った。

 それを目にしたフーズの感想は実に簡潔であった。
 駆霊術の行使には現象に対する深い理解が必要なのだ。そのため、経験の浅い子どもがこれ程強力な術を扱う事は珍しい。

「”、うぅむ。 最近の若者に背負わされた”運命”というのは、途方も無いのぉ」

 フーズの表情に浮かぶのは畏怖ではなく別の感情。
 羨望或いは嫉妬、若しくは同情と言った感情が読み取れた。

 そんな周囲の注目を他所に、ハルは賊に向けて告げる。

「僕は命のやり取りを望みません。 退いて下さい」
「あん? 命令すんのはこっちだ。 死にたくなけりゃ、必死で逃げろ」
「そうですか。 僕が勝ったら潔く帰って下さいね」
「ガキが、舐めるなよ」

 ハルは溜息を吐く。交渉は決裂してしまった。

「次は、手加減しません。 本気で行くので、本気で守って下さいね」
「……何を言ってる?」

 しかし、

 相手が言葉の通じない魑魅魍魎ではないと分かったためだ。
 ハルは、都会人である。彼にとってコミュニケーションとは、共有する道徳の上にしか成り立たないものなのだ。砂漠の厳しい環境やそこに住む人々の生活を見ても、その考えは変わらない。

 略奪など認めない。殺しなどもってのほか。

 だからこそ、ジルがハルの分かる言葉で応答したのが嬉しかった。

「僕、怒ってるんですよ。 どんな理由があっても一方的な攻撃は認められない。 だから、謝って貰います。 そして仲直りしたら大人しく帰って下さいね」
「調子に乗るなよ。 甘い事言ってんじゃねぇ、ここは砂漠だぞ」

 ハルは笑みを浮かべる。

「ジルさん、でしたっけ。 そっちも守護霊フェイドにカッコいいタトゥー入ってるからって、調子に乗らないで下さいよ」
「ガキが……。 ”マイズ”!!」



───同刻。

「アイビス!! 悲鳴が聞こえたが、どうなってる!?」

 ローブスは借宿を離れず双子のそばに居た。

 語気は強いが、焦りなどは感じられない。用心棒を信頼しているのだろう、周囲の異変を感じ取ってはいるものの、浮き足立つ様子は無かった。

 そんな雇い主に対し、アイビスは自身の知る範囲で状況を伝える事にした。

「賊が来たようだ。 カルロとハルが対処している。 じき収まるだろう」
「そうか」

 そして状況を聞いてもその表情に大きな変化は無い。流石の胆力である。

「お前はここに居て良いのか?」
「あぁ。 対人戦は専門外だ」

 アイビスはそう言って腰を下ろす。

 彼は借宿に戻る道中、賊の一味と思われる人間と交戦していた。しかしその事には触れなかった。

「そうか。 ……まぁ無事ならそれで良い」

 しかしローブスは何かを感じ取ったようだ。

 ローブスの霊視は広範囲の索敵には向かないものの、対面した人間の機微を見逃す事は無い。アイビスの表情から何かを察したが、敢えてそこには言及しなかった。

───お人好し、だな。

 アイビスは思う。

「アイビス、さっき大きい声聞こえたよ?」
「アイビス、大きい音も聞こえたよ?」

 双子がアイビスに近寄り、声を掛ける。

 少女達も幼いなりに事態の緊急性を察しているのだろう。好奇心の中に僅かな不安の色が浮かんでいる。

「ここに居れば大丈夫だ。 ローブスが守ってくれる」
「おい。 戦闘はお前の仕事だろ」

 ローブスは溜息を吐く。

 しかし一方で安堵していた。アイビスが敵の力量を見誤る事はまず有り得ない。そのアイビスが、「ローブスが守ってくれる」と言ったのだ。ジェムシュランゲとの戦いの際、ローブスが同行する事に反対したアイビスが、である。
 今回襲来した賊は、ローブスでも十分相手取れる力量である事を示しているのだ。

「しかし、妙なタイミングだな」

 ローブスは疑問を口にする。

「何がだ」
「賊がこの村を襲う理由、何だと思う? やろうと思えばいつでもやれただろうに、何で今なんだろうな」
「そりゃあ、俺達が来たからじゃないのか?」

 何を今更そんな事を。そう、アイビスは思った。

 状況から考えて、行商人を襲った連中と今回襲来した連中は無関係では無いだろう。その賊を退治したのがアイビス達なのだ。報復の意味で考えても、連中の狙いはアイビス達で間違いないだろう。

「確かにそうだが、奴らは村を出入りする旅人を襲っていたんだろう?」
「……そうじゃないか?」
「つまり、村とは共存関係だった訳だろ。 村も賊も、旅人の存在が必要だった訳だ」

 村の住人にとって、旅人からもたらされる施しは生活に欠かせない物だっただろう。そして賊も同様に、旅人の積荷を強奪して生計を立てていたに違い無い。それは奇妙な共存関係に他ならない。村がある事で旅人が立ち寄る理由が出来る。だから、賊は村には近付かない。そんな不文律があったのだろう。しかし今回、その不文律を賊が一方的に犯している。

「何が言いたい?」
「だから、タイミングだよ。 何で今なんだろうな」
「……いやだから、それは……」

 言いかけて、言い淀む。

「なるほどな」
「ん? なんだ?」
「ナイスだ、ローブス」

 困惑するローブスを他所に、アイビスは一人納得した様子で頷いていた。

「……会いに行くか。 いや、こうなった以上あっちから仕掛けて来る事も考えられるな」
「だから、何なんだよ、分かるように話せ」
「その必要は無い、いや、無くなった。 ……
「はぁ?」

 ローブスは何が何だか分からないと言った様子で首を傾げる。

「話すと長い。 飯にしよう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

処理中です...