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第二章 神の手に阻まれる幼き日の夢
第32話
しおりを挟むアイビスは砂漠で見かけた異質な青年に声を掛けようと接近する。
近付くと、徐々に青年の容姿が見て取れるようになる。その青年は、照りつける陽光を鮮やかに反射する白髪を持つ他に、これと言って特徴のない見た目をしていた。
服装は皺のない白いシャツに、グレーのジャケットとスラックスを着ている。
華美ではないが整った服装。これも、別段特徴のない一般的な装いであった。
「……隣、良いか?」
「邪魔するぜぇ」
アイビスは白髪の青年を見下ろして言う。
カルロは既に青年の向かい側の木の根に腰掛けている。
向かい合って隆起する木の根はまるで、青年が誰かと対面で話すために用意されているかのような位置関係であった。
「あぁ……びっくりしたよ。 構わないけど、君達は誰かな?」
青年はアイビスを見上げつつ返答する。
言葉では戸惑いを表現しているが、その表情に大きな変化は見られなかった。
突然知らない人間から声を掛けられたにも関わらず、随分と落ち着いた態度である。
「いや、俺は別に名乗る程のもんじゃ……」
「コイツはアイビス。 最近は”流星”とも呼ばれているな」
「おい、なに勝手に」
「へぇ、”流星”……」
アイビスは自己紹介を拒否しようとしたが、カルロによってその情報は開示されてしまった。
そしてアイビスの異名を聞いた白髪の青年は、何か含みのある表情を見せて復唱した。その様子にも、アイビスは何か違和感を覚えた。
「何言ってんだ。 ”声を掛けよう”っつったのはお前だろ? 俺はカルロだ、よろしくな。 で、お前は?」
カルロはアイビスを嗜めつつ自身も名を名乗り、白髪の青年に自己紹介を促した。
「うーんそうだね。 ……”名乗る程のもんじゃない”、かな」
「おい」
「はっはっ! 言われてんぞ、アイビス」
「ふふっ」
青年は掴みどころのない笑みを浮かべながら、アイビスとカルロを交互に見る。
「冗談だよ。 僕はルイス、旅人さ」
「……そうか」
ルイスと名乗った青年を、アイビスはまじまじと見て観察する。
ルイスは自身を”旅人”と称したが、アイビスはその言葉を信じていない。
「旅人か。 目的は? 見たとこ一人みたいだが」
「うん、今は一人だよ。 仲間はこれから見つけるつもりだからね。 だから、目的は”人探し”ってところかな」
「へぇ……」
砂漠で人探しとは、途方も無い目的である。
アイビスがそんなことを考えていると、カルロがルイスの持ち物に興味を示す。
「それ、何の本だ?」
「あぁ、これ? これは高名な御仁から譲って頂いた物でね」
カルロの質問に対し、ルイスは丁寧に返答する。
彼が手にする分厚い本の表紙には、大きく『霊承記』と記された下に、一回り小さく「上」と書かれている。
「僕、歴史に興味があるんだ。 読むかい? 気になるなら貸してあげるけど」
「……いや、いい。 字を見過ぎると蕁麻疹が出る体質なんだ」
カルロは表情を引き攣らせて、ルイスの申し出を断った。
その本は見るからに重量感があった。手に取る者を拒み、その内容を読み解こうとする志を尽くへし折ってきたであろうその書籍は、タイトルを見ても内容を察する事が出来ない。
ルイスの言葉から、恐らく歴史書なのであろうという事だけは推測出来るが、戦闘職の二人にはそれに惹かれるべき好奇心の持ち合わせがなかった。
「珍しい病気だな。 医者にでも診せれば喜ばれるんじゃねぇか?」
「何言ってんだ、アイビス。 診せろったって、俺がそんな長時間じっとしてられる訳がねぇだろ」
「……そうか。 皮肉を言ったつもりなんだが」
血の滲むような戦闘訓練によって、その頭脳すらも既に筋肉に変えてしまったスキンヘッドの男は、メンタルすらも常人のそれを超えて屈強である。
アイビスの皮肉など、ものともしない。
「ふふふっ。 それで? 僕に何の用かな?」
ルイスはニ人の顔を交互に見ると、本題に入るよう促す。
「いや……。 用って程じゃない。 ただ、珍しいなと思ってな」
「珍しい? 僕が?」
ルイスは疑問を表情にして表す。
しかし、その表情すらも芝居がかっていて如何にも嘘臭く感じる。
「僕、自慢じゃないけど、周りからはよく”特徴のない顔”って言われるんだけど?」
「はっはっ! そりゃあ自慢にならねぇだろうな!」
「だからそう言ってただろ。 それに多分、冗談で言ったんだ。 一々本気にするな、話題が逸れる」
「馬鹿にし過ぎだろ……。 俺も冗談くらいわかってるって……」
カルロは「心外だ」とでも言いたげな表情でアイビスを見る。
「……ところで、だ。 この”木”はお前が?」
「うん、そうだよ。 読書はできるだけ、落ち着いたところでしたいからね」
「……そうか、邪魔して悪かったな」
アイビスは表情を変えずに謝罪の意を述べる。
「ふふっ。 申し訳なさそうな顔には見えないけど?」
「おい、言われてるぞアイビス。 ちゃんと頭下げろよ」
「お前は謝罪してから言え」
カルロはアイビスを肘で突き、アイビスはそれを払い除けた。
「悪いがもう少し、ここで休ませて貰っても良いか?」
「あぁ、構わないよ」
「ありがとよ! へへっ。 しかし、本当によくできた”木”だなぁ」
「ふふ。 ありがとう」
カルロは感心する。
この木は自然に生じたものではなく、この白髪の青年、ルイスの駆霊術によって生み出された物であろうことは分かっていた。
草木にも精霊は宿る。
この枯れた砂漠で、移動を許されない植物が人を陽光から守れる程に成長する事はまず有り得ない。それだけの時間を待つことなく霊獣や人間に狩り取られ、そのエネルギーたる精霊を奪い取られてしまうだろう。
「ところで、連れのお仲間は一緒じゃないのかい?」
「あぁ。 頭達は今、”村長”に会いに行ってる。 ”滞在交渉”だ。 まぁ俺らは役に立たねぇだろうから、こうして暇を潰してるんだ」
「……おい、一緒にするな」
既にカルロはルイスに対し、随分心を許しているようだ。そうに違いない。
もし万が一そうでないならば、アイビスは「知らない人に安易に仲間の事を話してはいけない」と、もう一度カルロを躾けないといけない。
いい大人───しかもいかついスキンヘッド───の泣き顔など、そう何度も見たいものではない。
「そうなんだ。 君達は”村長”には会わないのかい?」
「挨拶くらいは行くつもりだが、それも頭の交渉が終わってからだな。 お前は? もう会ったのか?」
「いや、まだだよ。 切りの良いところまで読み進めたら行こうと思ってるんだけどね。 集中したら読み耽っちゃって」
白髪の青年は自嘲を含む笑みをその表情に浮かべて言う。しかしその表情すらも、アイビスには演技のように感じられた。
「おぉ、あるよなそういうの!」
「お前は経験ねぇだろ、字ぃ読めねぇんだから」
「……アイビス、お前今日辛辣過ぎねぇか?」
カルロは不満げに頬を膨らませ、上目遣いで訴えかけてくる。
それを見たアイビスは、何故か神経を素手で逆撫でされているような気分になった。
「ふふっ、仲が良いんだね」
「まぁな! 俺達は”認め合った男同士”なのよ!」
「……」
ルイスが二人をそう評したのに対し、カルロは笑ってアイビスの肩をバシバシ叩き、アイビスは無表情でルイスを観察した。
その無言の視線を受け続けていたルイスが、アイビスに尋ねる。
「……何かな? 僕の顔、そんなに気になる?」
「いや、そういう訳じゃないんだが」
ルイスの質問を受け、アイビスは自身が抱いていたいくつかの違和感の内の一つを話す。
「服。 随分綺麗だと思ってな」
「あぁこれ? 気に入ってる服でね。 まめに洗濯してるんだ」
言ってから、ルイスは何かを思い付いたかの様に表情を明るくし、続く言葉を口にする。
「君は、洗濯出来るかな?」
「……あぁ?」
ちょうどその時だった。
「……ん? どうした? アイビス」
「……ったく」
アイビスは遠方より接近する”何か”を察知した。
「面倒くさいな」
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