精霊王の番

為世

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第二章 神の手に阻まれる幼き日の夢

第25話

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「”アイさん”、霊獣です! 来ますよ!」

 少年が元気よく自分を呼ぶ。
 右前方からは、確かに甲殻の鎧を纏った蠍が接近してきている。

───バリバリッ
「行け」

 どこまでも気怠げに、何の覇気も宿らない指示で守護霊を操り、霊獣を素材に変えていく。
 襲い来る霊獣を始末すること。それが、かつて”雑魚狩り”と呼ばれ、野生の霊獣を狩り尽くしていた彼の役目である。

 しかしそんなことは問題ではない。



「なぁ”アイちゃん”! 稽古しようぜ! 今日俺は絶好調だからな、いつもみたいには行かねぇぞ!」

 スキンヘッドの男が、何やらニヤニヤしながら自分を呼ぶ。
 不気味な笑みを見せる大柄の男から”ちゃん”付けで呼ばれるのは、背筋の凍えるような冗談だった。

 余りにも気分が悪かったので、今日の稽古はいつもの二倍程度の力で小突いてやるとする。

「行くぜぇ、”ガゼル”!!」
───バリッ
「行け」
「ぐああああああぁぁぁぁぁ……!!」

 するとスキンヘッドの男は、大袈裟過ぎる勢いで宙に身を投げ、放物線を描いて吹き飛んでいった。

 先の”海神”との交戦で、”手加減”を習得しておいて良かった、と青年は思う。
 距離と共に、徐々に声と姿が小さくなっていくのがとにかく愉快だった。

 しかしこれも、別段問題ではない。



「”アイ”! 次お前が御者の番だろ! さっさと起きろ!!」

 若くしてその手腕をギルドに認められている商人の男が自分を呼ぶ。

 彼は、雇い主でありながら自らも御者の役割を担うと申し出た。
 社会的地位の低い”冒険者”である自分。
 それを対等に扱うこの商人には、少なからず敬意のようなものを抱いている。

 それがなければ、貴重な休息の時間を奪った罪を問わねばならなかっただろう。
 具体的には、今頃商人の全身を筆に見立て、宙に放物線を描かせているところだった。

「……お前今、えげつないこと考えてなかったか…?」
「……いや? そんなまさか」

 さすが”目利き”の商人だ。良い霊視能力を持っている。
 だがそれもこれも、全く問題ではない。

 彼にとっての唯一の問題はといえば。



「”アイさん”!」
「”アイちゃん”!」
「”アイ”!」

「えぇい黙れ黙れ!」

 黒髪の青年は、遂に絶叫した。

 ”東の国ジーベル”を出発した一行は西を目指して砂漠を進み、夜になって火を囲んでいた。
 四人は青年が狩り取った霊獣の殻を裂き、中の肉に火を通し、味気ないそれをただ生きる為に胃に送り込む。
 しかしそんな時間も決して退屈なものではなかった。

 人間という生き物は何故か、集団で火を囲むと高揚するようにできているらしい。そこには穏やかな談笑があった。それぞれが語り、それぞれがそれを聞いて頷いた。

 実に愉快な時間だと感じていた。青年を除いた三人は。

「何だ”アイ”、癇癪か?? 良い歳して、大人気ねぇぞ」
「黙れ俺はまだ十九だ」

 青年は自身が話題を大きく脱線させている事に気付かない。

「そうか。 俺もまだ二十八だ。 だが十九の時にはお前よりよっぽど”弁え”があったぞ」
「歳は今関係ない!」
「お前が言い出したんだろう…」

 青年は怒りで肩を震わせる。

「とにかく、俺を変なあだ名で呼ぶのはやめろ!」

 それは何とも幼い要因だった。

「何だ、まだ照れてんのか?」

 溜息と共に、呆れ切った表情で商人の男が言う。
 青年の怒りの要因は、思春期の少年にありがちな”照れ”であると商人は解釈した。

 青年の怒気にスキンヘッドの男は僅かに震え、商人はただただ呆れ、少年は言葉もなく見守る事にした。

 三者三様の反応を見せる中、口を開いたのは商人の男であった。

「じゃあなんて呼べば良い?」
「……今まで通りで良いだろう」

 稚拙な我儘であると、青年も思う。しかし、自身に充てがわれた名を呼ばれる事を、青年の何かが強く拒む。

「そうも行くかよ。 ……ただ、そうだな。 じゃあこういうのはどうだ?」

 何事か閃いたように表情を明るくすると、商人は言う。

「なぁ、”流星”」

 青年の怒りを煽り立てるような笑みを浮かべ、商人の男はこの青年に新たに与えられた”異名”を口にした。
 その時であった。

───バリッ

 青年の傍に、破裂音と共に漆黒の守護霊が現れる。

「お、おい待て、何する気だ?」
「……お前は良い奴だったよ、なぁ、ローブス」

 ローブスは慌てて両方の手のひらを青年に見せる。
 そんな彼に、青年は先ほどまでとは打って変わって落ち着いた声で詰め寄る。

 その顔に刻まれていたシワはいつの間にか消えていたが、目だけが完全に据わっている。

「だから、”最期”に願いを聞いてやろう」
「さ、最期……? ははっ、何言ってる?」

 ローブスは冷や汗をかいて、生唾を飲む。
 何故か喉から急激に水分が失われたような気がしたのだ。

 そしてゆっくりと後ずさるが、青年の射程距離からは到底逃れられない。

 調子に乗り過ぎた。考えたが、もう遅かった。

「……ちゃんと”三回”言えよ。 ”どこに骨を埋めて欲しいか”をよぉ!!」
「ハァァァァァアアアルッ!!」
「……はい!!」

 顔面蒼白のローブスに名を叫ばれた少年、ハルが黒髪の青年に飛びかかる。

 不意を突かれた青年は姿勢を崩し、ハルに押し倒される形で砂のクッションに身を投げた。

「……なんだお前、離れろ!」
「お兄さん落ち着いて!」

 もがく青年を必死に抑えながら、ハルは真剣な表情で言う。

「僕が言い出したんです!!」
「……お前が…?」

 青年はハルの言葉を聞き、表情に疑問を浮かべた。
 我に返った青年は、ハルの言葉の意図が理解出来ずに質問をする。

「……何をだ?」
「僕、お兄さんの名前を呼びたかったんです。 ”仲間パーティ”になりたくて……」
「”仲間パーティ”……?」

 落ち着きを取り戻した青年を見て、胸を撫で下ろしたローブスは思う。

───やはり、ハルを連れてきて正解だった。

 ローブスは過去の自分の判断が正しかったことを再確認しながら、青年に向き直って謝罪する。

「あぁ、何だ。 からかって悪かったな」
「……ふん」

 青年は鼻を鳴らし、そっぽを向く。
 まだ機嫌を損ねているようで、ローブスとは一切目を合わせようとしない。

───女子と話してんのか、俺は……。

 ローブスはまたしても溜息を吐く。

「だが、慣れろ。 俺たちは、”仲間パーティ”なんだからな」

 ローブスはほんの少しだけ表情を緩め、青年の名前を呼ぶ。

「”アイビス”」
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