精霊王の番

為世

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第一章 雑魚狩り、商人、襲撃者

第23話

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 山で強力な霊獣と対峙した翌日も、少年は変わらずギルドを訪ねていた。

「あ、いた!」

 そして目的の冒険者を発見すると、駆け寄って話し掛ける。

「お兄さん、あの、昨日は……」
「……良い。 外で話そう」

 ギルドで何か手続きを行っていた青年は、少年の顔を見るとそう言って、場所を移すことを提案した。

 そして二人は草原に出る。

 二人が出会った場所でもあるあの草原に。

「……で? ?」

 草原に着くまで互いに守っていた沈黙を破り、青年が声を掛ける。

 それまでやや俯きがちに青年の後をついてきていた少年は、まだ緊張したままの顔を上げると、固い表情で口を開く。

「おいで、”ブルー”」

 少年の呟いた言葉と同時、少年より一回り背の高い、純白の肌を持つ少年の姿の守護霊が現れた。

 それを見ても、二人は特に表情を変えることなく押し黙っていた。
 そして今回も、その重い沈黙を破ったのは青年の方であった。

「……良かったな。 守護霊フェイドはお前の半身。 無茶をさせればお前自身も傷付く事になる。 大事にしろ」
「………」

 青年の言葉を聞いた少年は、無言の内に自身の守護霊の姿を消していた。

 何か言いたげではあるものの、言葉の見つからない少年はなおも押し黙っている。
 そんな二人に接近する影を青年は認めた。

「もう来てたのか。 悪い、待たせたか?」

 草原の真ん中で黙って向き合って立っている二人を訪ねる男が二人。

「遅かったなローブス。 待ちくたびれたぞ」

 ローブスとカルロである。彼らは青年が初めて会った時と同様、荷車に乗って現れた。御者台から降りたローブスは青年に返答する。

「だから悪いって言ってんだろ。 お、ハルも来てたか。 昨日も言ったが、山の件はまだ公にしてねぇ。 お友達にも言っといてくれたか?」
「あ、はい」

 お友達とは、ナツとアキのことだろう。

 街まで送り届けられたナツは、ローブスら一行に対して一切の興味が失せたような表情を見せていた。そのため、彼に他言の心配はないとは思っているが、一方でアキは年頃の少女。何かの拍子に口走ってしまうかも知れない。

 ハルを通じての口止めに余念はない。

 ローブスとハルのやり取りを聞きながら、青年は昨晩ローブス達と話した内容を思い出す。

 ローブスの口から、彼の旅の目的は世界の混乱の解消であると語られた。

 今後、世界には”星の祭典シュテルンフェス”の影響で更なる混乱が訪れることが予想される。

『この世界はな、立ち止まった者には容赦無く”死”を突き付ける程度には残酷なんだ。 だが、いろんな理由で進めなくなっちまう奴も居るだろ。 俺はな、そんな奴らも見捨てられねぇ』
『……素晴らしい心掛けだが、それはお前のする事なのか? 商人の仕事は利益の追求だろ。 そのためには競走は避けられねぇし、皆仲良く幸せになんてのは、考えが甘いんじゃないか?』
『だからこそだ』

 ローブスは言葉を区切る。そして自身の真意を語る。

『俺は”欲張り”なんだ。 利益は最大限追求する。 その上で、困ってる奴は選ばず助ける。 それが”俺”なんだ。 全く、面倒な”運命の星”に生まれちまったもんだぜ』

 ローブスはその目に”本気の炎”を灯して青年に語り掛けるのだった。

『……協力してくれ。 お前の力が必要だ』

 ローブスの熱意の籠ったラブコールを受けた青年は、嘆息すると一拍の間をおいて返答する。

『……悪いが』
『あと、これはお前のためでもある」
『なんだと?』

 ローブスの言葉に、青年は疑問を呈す。

『俺達の動向、おかしいと思わなかったか?』
『カルロの様子ならずっとおかしいが?』
『言い過ぎだろ!』
『まぁそうだが、そこじゃねぇ』
『頭、もうちょいちゃんと反論してくれ』

 カルロを無視し、ローブスは真剣な表情で言う。

『今回の作戦が、お前ありきで組まれていた事だ』

 その言葉に青年は頷く。これは青年も疑問に思っていた事だ。

 確かにカルロは実力のある用心棒だが、彼一人でジェムシュランゲを狩れたかと言われれば、首を横に振らざるを得ない。

『俺達は、お前の事を知っていた。 。 お前は、

 これも、青年の想定の範囲内である。

 青年はある組織と因縁がある。そしてその組織は、エミリーを送って自分を監視していたのだ。だから、彼の情報が外に漏れ出ても不思議は無い。

『だから何だ? 降り掛かる火の粉は払うだけだ』
『随分受け身な考え方するんだな。 根本を叩いちまえば話は済むだろ』

 青年が狙われる身なら、こちらから出向いてその組織を叩けば良い。乱暴な提案だ。

『ただ、狙われるのを待ってるってのも、癪だろ?』

 考え込むように黙っている青年に、ローブスは声を掛ける。

「メンツは揃った。 、別れの挨拶は済ませて来たか?」
「あぁ。 ……「」?」

「あぁ。 ハルも連れて行く。 ハルの親に会ってたんで、少し遅れた」
「なっ!」

 ローブスの言葉を聞いて、最初に驚愕を声にしたのは青年であった。
 険しい表情で迫る青年にローブスは怯まなかったが、それを見ていたハルは動揺した。

「いや、あの……」
「正気か?」
「あぁ。 昨日も話したが、うちは今深刻な人員不足って問題を抱えてる。 優秀な人材ならいくらでも欲しい」
「……子どもだぞ?」

 ハルは何かを言いかけたが、青年の剣幕に押され言葉にはならなかった。

 昨日ローブスが青年に話した通り、今後大混乱が起きる。
 それを考えれば、親元でその庇護を受けながら生活する事が、子どもにとっては最も安全に思える。

 街の外の環境は、子どもが生き抜くには幾らか厳しい。
 霊獣も増加している。

「俺が良いと言ったんだ。 それに、お前も昨日見たはずだ。 ハルの駆霊術は並以上だぜ。 これ程の才能なら、若い内から囲っておくのも悪くない」
「その優秀な子どもを、守るってのがお前の目的だと聞いたぞ」

 青年も負けじと言い返す。

「あぁ。 当然、同行中は保護と教育がベースだ。 ハルは真面目で上昇志向もある。 モノになるのに時間は掛からないだろう」
「そんなこと言ったって……」
「納得出来ねぇなら、お前が守れば良いだろ」
「は?」

 ローブスの言葉に、青年は更に苛立ちを募らせる。

「勝手に話を進めるな」
「別に俺は命令してる訳じゃねぇ。 俺はさっきから”良い”って言ってるだけだ。 決めるのは、ハル自身だろ」

 ローブスの言葉で、二人の男の視線が一斉にハルの方に向けられる。
 カルロは興味無さそうに明後日の方向を見ていた。

 とりつく島がなく、ハルは声を震わせながら返答すべき言葉を探す。

「あの、えっと…」
「……まだこんなとこにいたのか」

 ハルが言葉に詰まっていると、一人の男が会話に割り込んできた。

「ふ、フジマルさんっ」
「……何しに来た」

 ハルは明らかに恐怖を抱いた表情で来訪者を迎えた。
 対象的に、青年は低い声に苛立ちを込めて迎える。

 どちらからも、男を歓迎する雰囲気は感じられなかった。

「おい、誰だアンタ。 二人の知り合いか?」

 訝しげにローブスが尋ねる。
 その後ろで、カルロは密かに身構えた。

 対人戦百戦錬磨のカルロは気付いていた。

「あぁ、挨拶がまだだったか。 俺はフジマル。 こいつの保護者だ」
「あんちゃんの保護者? アンタが?」

 フジマルの自己紹介を受け、カルロは緊張を解き、抜きかけた矛を納めた。

「そうか、疑って悪かったな。 俺はローブス。 あんちゃんの雇い主だ。 こっちはカルロ。 俺の用心棒だ」
「あぁ知ってるよ。 うちのが世話になったらしいな。 突然旅に出るって言い出したんで、見送りに来たんだ」

 ローブスが非礼を詫びると、フジマルはなんでもないと言った様子で返答する。

「……行くんだな」
「……あぁ」

 フジマルは、何やら複雑な感情の入り混じる表情で青年と向き合っていた。

 青年は昨夜、フジマルの小屋を訪ねた際にローブスの誘いを受けたことを報告していた。
 その時こそフジマルは、「ふーん」といった興味のない返事を返していたが、別れの前に何か伝えたいことでもあったのだろうか。わざわざ見送りに来るということは、青年も予想していなかった。

「んで? なんだ、坊主も行くのか?」
「……はい」
「おい!」

 ここに来て、ハル自身の口から青年達一行の旅に同行する意思があることが語られる。

「おいってなんだよ。 自分の行く末は自分で決める。 そういうもんだ。 なぁ、坊主?」
「はい。 えっと、坊主じゃなくてハルです」

 フジマルの言葉を後押しに、ハルはしっかりとした口調で返事をした。

「……本当に行くのか?」
「しつこいぞ」

 青年を咎めるのはフジマルである。

「男の覚悟に水を差すもんじゃねぇ。 連れてってやんな。 悪いが、ローブス。 この坊主も俺の弟子みたいなもんだ。 面倒を見てやってくれ」
「……もちろんだ」

 フジマルの真摯な態度に、ローブスは真剣な表情で答える。

「フジマルさん、ありがとうございます」

 ハルは表情を明るくしてフジマルに礼を述べる。

 一方で青年は溜息を吐いていた。
 先程までは反対の意見を引かなかったが、フジマルの言葉を受けて納得し、ハルの同行についてはそれ以上何も言わなかった。

「まぁそんなことは良いんだ。 今日俺は、旅に出るお前に餞別をやりに来たんだからな」
「餞別?」

 フジマルは青年に向き合って告げるが、対する青年は首を傾げている。

「あぁ。 といっても大したもんじゃねぇけどな。 男が旅に出るってんだから、”名前”が必要だろ。 まさか、いつまでも”雑魚狩り”って名乗る訳にもいかねぇしよ」
「ほう、それは確かに面白いな」
「……別に、なんでも良いだろ」

 ローブスは口元を僅かに釣り上げて言うが、青年は「どうせロクでもないものだろう」と、ハナから期待しない姿勢である。

「で、どんな名前なんだ?」

 カルロが続きを促す。

「……人の願いを聞き届ける姿勢と、戦いでは輝きと共に敵を一瞬で葬り去る姿から……」

 一拍の間を置いて、躊躇いがちにフジマルは言う。

「”流星”……なんてのはどうだ?」
「……良いんじゃねぇか? ぴったりだと思うぜ」

 フジマルの提案に、ローブスが賛同する。
 その場に居合わせた他の面々も、言葉にこそしないが、ローブスと同様の意見であることを表情にして表す。

 その様子を見て、青年はきまりが悪そうに顔を背け、呟く。

「……なんでも良い。 好きにしろ」

 青年が言った時。

「おい、こんなとこで何してる?」

 見覚えのある男が一行に声を掛けてくる。

「アイツ、前にあんちゃんが絡まれてた奴じゃないか?」

 カルロが言う。

 その言葉を聞いて、青年は「あぁ、そういえば」と思い出した。
 以前ギルドの前で青年に絡み、エミリーに制圧された男がそこにいた。

「何だ」

 青年は短く問い掛ける。

「冒険者風情がこの俺に偉そうな口聞いてんじゃねぇ! 質問してんのはこっちだ! お前ら一体ここで何してる? また悪巧みか?」

 青年は、あの日この男に自分が襲撃事件の犯人だと疑われ、絡まれたのだと思い出す。

「……面倒だな。 おいお前ら」
───バリバリッ
「目、瞑ってろ」

 青年の言葉の次の瞬間、絡んできた男は前触れも無く後方へと吹き飛ばされた。そして草原のクッションに横たわると、気を失って動かなくなった。

 その瞬間の出来事を、カルロは見逃さなかった。

「おい、何した?」
「大丈夫でさぁ、頭。 気を失っただけだ」

 不審がるローブスに、カルロが答える。

 青年は目にも留まらぬ速さで漆黒の守護霊を男の面前に召喚し、その右人差し指を男の脳天に向けて弾くことで彼を無力化したのだ。

「馬鹿みてぇなだな」

 カルロは呟く。

「自分でやると、こうも清々しいんだな」

 青年はそう言って、歩き出す。

「最高の旅立ちだ」

 青年は自身の旅立ち、”平穏との別れ”をそう名付ける。

 そして荷車に乗り込み、一行はカルファンを後にする。
 そんな四人を、フジマルは荷車が見えなくなるまで見送った。

「誕生日おめでとう。 ……達者でやれよ、””」

 彼の足元では白い花が風に吹かれている。
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