精霊王の番

為世

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第一章 雑魚狩り、商人、襲撃者

第19話

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 ナツは知っていた。
 自分の友人が、自分に無い”強さ”を持っていることを。

 彼は、自身が守護霊を呼ぶ事ができないコンプレックスを抱えながらも、人一倍真面目に勉強に打ち込む前向きさを持っていた。
 そんな彼の姿に、ナツは羨望さえ覚えていた。

───こういう奴がきっと、将来大物になるんだろうな。

 以前、ナツが彼と喧嘩になったのは、ナツの嫉妬が原因であった。

 彼が守護霊を操れるようになれば、自分など到底敵わないであろう事は、何となく分かっていた。

───なんせアイツ、今まで一度もビビってるところを見た事が無いんだから。

 もちろん、守護霊を呼ぶ事が出来ないコンプレックスは、彼にとって大きなストレスとなっているだろう。しかしその一方で、相手を常に格上と捉えて侮らない、謙虚な姿勢を身に付けていた。

 それは同年代の男児の中では珍しい個性だった。

───いや、アキにはビビってたな。

 ナツは苦笑する。

 だからこそ、今回山に来た彼が守護霊の召喚に成功し、今まで見た事も無いような馬鹿げたサイズの火の玉をぶちかましたところで、ナツは驚かなかった。



「……良くやったな」

 少年少女の窮地を救った黒髪の青年は、涼しい顔で言う。

 空から飛来した黒い守護霊は、左翼を失ったフリューゲルの頭部を勢いのままに叩き潰していた。

 頭部を潰された霊獣の姿も、ハルにとってはもはや見慣れた光景である。しかし今回ばかりは状況が飲み込めていないのか、ハルは口を半分だけ開けて呆けている。

 青年が丸腰のハルを危険な狩りに同行させたのは、ひとえに「学ばせるため」である。

 経験とは力だ。
 ただ「力が欲しい」と願ってもそれは手に入らない。
 どういう状況で、どんな目的を達成するためにはどんな技術が必要か。それを一つ一つ答え合わせしていくことが、青年の考える”修行”である。

 そしてハルはそれを、経験として魂に刻んでいった。
 だからこそ、ハルは疑わなかった。

 自分にも出来るという事を。

 そして見事、守護霊を召喚し炎を撃ち出して見せた。

 一方で、ナツはといえば、現れた青年と顔を合わせる事が出来ないでいた。

 青年への疑いが晴れていない以上、この状況でも悪びれるつもりはない。しかしその気持ちが邪魔をして、素直に礼を言う事が出来ずにいた。

「……馬鹿ね」

 アキに言われ、心中で自嘲する。
 ナツはまだ、精神的に少し幼かった。

「おい、ガキ」
「ガキじゃない、俺はナツだ」

 妙な感覚だ、とナツは思った。

 あんなに毛嫌いしていた”雑魚狩り”が現れてから、不思議と気持ちが穏やかになっている。
 心なしか、時間も今までよりゆっくりと流れている気さえする。

 しかし実際は全くそんな事はなくて、肩の傷は今も血を流し続けているし、青年の守護霊が迎撃しているだけで霊獣の攻撃も止んでいない。

 ただ、自分の中にあった緊迫感が一切合切消え失せていた。

「そうか。 悪いが俺は回復術が使えん」
「戦闘職なのに回復も使えないのかよ……」

 この”魔境”で、ナツは呆れて嘆息する余裕すら見せている。

「怪我した事が無いんでな、必要なかった。 お前の肩の傷、浅そうだが手当はしておいた方が良いだろう。 走れるか?」
「走る?? 一体どこに?」
「下に俺の……。 まぁ、知り合いが居る。 そいつらに治して貰え。 ハル。 手貸してやれ」
「あ……。 は、はい」

 話している間も、無数に湧いて出てくる霊獣を次々に漆黒の守護霊が葬り去っていく。

「下に”獲物”と知り合いを待たせてる。 悪いがついて来て貰うぞ。 流石に今から家まで送ってやる余裕はない」
「はい」
「”海神”様ですね!! やったー!!」
「……わかったよ」

───バリバリッ
「行け」

 青年は少年ら三人を背に庇い、振り返ることなく呟く。すると漆黒の守護霊は霊獣を蹴散らし、道を作る。

「遅れるなよ」

 短い言葉を合図に四人は駆け出した。

「……びっくりした! 私あんなの初めて見た! あれ、”駆霊術”使ってないよね!?」
「あぁ。 しかもアイツ、男なのに……」

 未だ信じられないというような表情で、ナツは続ける。

「”守護霊フェイド”は、完全に女の姿だ。 ……どういう事なんだ?」

 少年達は、先頭を走る黒髪の青年と、無造作に霊獣を殴り飛ばす漆黒の守護霊の姿をただ見つめていた。

「何者なんだろう……」

 ハルの呟きは夜の闇に消える。



「あんちゃんは、まだか!?」

 カルロは叫んでいた。

 ジェムシュランゲは、星に現存する霊獣の中では間違いなく最強格である。
 カルロはそれを相手に獅子奮迅の戦いをしていたが、本職は人間の相手をする用心棒である。
 巨大な体躯に堅固な鱗、さらに生捕りの条件も相まって、不慣れな戦闘を強いられていた。

 また、警護対象であるローブスが居る事も、彼の足を大いに引っ張っていた。

 ”雑魚狩り”の戦力を見込んで同行を承諾したが、まさか本命の敵を前にその戦力が離脱するとは。
 こんな事態になろうとは微塵も推測していなかった彼は、しかしその意地にかけてローブスを守ろうと奮闘するのだった。

「カルロ!! 《吐息ブレス》だ! 来るぞ!」
「またかよ!!」

 ローブスが前衛を務めるカルロに指示を出す。

 青年を欠いた一行は、筆頭戦力となったカルロを前衛に配置し、依頼主であるローブスは自身を死ぬ気で守るという布陣を敷いていた。

 巨体の霊獣は、二階建ての建物を思わせる。

 海に生息するためか、輝きを放つ鱗は火の気を全く寄せ付けない。

 その上にこの《吐息ブレス》である。

 《吐息ブレス》とは、上位の霊獣が稀に放つ中距離型の攻撃であり、その種によって様々な属性を持っている。

 ジェムシュランゲの《吐息ブレス》は、”毒”を持つ。
 強烈な腐敗臭を撒き散らすそれは、一息吸うだけで肺をただれさせる猛毒を含んでいる。

 金属や岩を用いた高質量の物理攻撃は有効だが、相手が中距離のリーチを持っていることでその”タメ”が間に合わない。

 カルロは守護霊を操り、自身の前方に不可視の障壁を展開する。

「《二重の盾ツヴァイン・シルト》!!」
「ヴオオオオオオオ!」

 間一髪で間に合った結界がカルロとジェムシュランゲの間に割り込み、カルロを猛毒から守った。

 本来、前衛が盾となり、後衛が高火力の技で攻め立てるというのがパーティー戦のセオリーである。

 しかし、後衛がローブスという紛れもない”足手まとい”であるため、攻撃よりも防御にリソースが割かれ、攻め手に欠ける状況が続いていた。

「ガゼルっ……!」

 カルロは自身の守護霊に短い指示を出して霊獣の喉元に潜り込ませ、その下顎を突き上げるように金属でコーティングした拳をお見舞いした。
 《吐息ブレス》の後の一瞬の隙を突いた見事な攻撃だったが、ジェムシュランゲは不快そうに首を振るだけで、有効打にはなっていない。

「危ねぇ!」
「っ《三重の盾ドライ・シルト》!!」

 成人男性の身の丈程の太さを持つ霊獣の尾が、まるで人間が羽虫をはたくかのような速度でカルロを襲う。
 それを察知したカルロは、結界を攻撃に対して斜めに張ることで、衝撃を受け流して回避した。

「…へへっ、あんちゃんよ、結界もたまには役に立つぜ」

 カルロは呟きながら後退し、霊獣の尾の射程距離から外れる。

 そしてカルロは思い出す。以前黒髪の青年に、霊獣との戦い方について助言を求めた時の会話を。

『まず、だ。 雑魚相手に結界は必要ない』
『そんな事ねぇだろ。 防御手段は継戦能力に関わるぜ。 あんちゃんの教えとはいえ、それは鵜呑みに出来ねぇな』
『まぁ聞け。 そもそも俺が教えられるのはソロでの戦闘だけだ。 ソロなら結界なんか張らず、守護霊フェイドを消すだけで対処出来る。 わざわざ防御のために精霊を消費するなんて非効率にも程がある』
『……まぁ、一理あるか』
『あと、タメのデカい飛び道具も不要だ』
『いや! そりゃ流石に言い過ぎってもんだろ!』
『そうでもない。 雑魚は低脳だ。 向こうから勝手に寄って来るんだから、攻撃に長いリーチは必要ない。 確実に当たる距離まで接近したら、ぶん殴る。 これが最も効率的だ。 タメがデカい上に精霊の消費も激しい大技なんて、ソロじゃあ文字通り”無用の長物”でしかない』
『……すまん。 聞いといてなんだが、常識が違い過ぎて何言ってるかさっぱりわからん……』

 あの時青年が言った内容は、今なら少し理解出来る。

 確かに単独での戦闘であれば、防御より攻撃を選択するべきであり、攻撃範囲も自身の身の安全を確実に確保できる距離までで良い。

───そうは言っても極端過ぎるけどな。

 実際には、人間より遥かに固い肉体強度を持つ霊獣に対しての有効打といえば、駆霊術を用いた五大属性の攻撃が筆頭である。

 星の三割もの精霊を独占してなお、人間は依然地上最弱の生命なのだ。

 カルロは苦笑した。

「生捕りって依頼なら、結界や飛び道具もアリなんじゃねぇか?」

 カルロは虚空に向かって語り掛ける。

「なぁ、あんちゃん?」
「……いいや」
───バリッ

 カルロの呟きに何者かが答える。

 次の瞬間、空より黒い物体が飛来してジェムシュランゲの脳天を叩いた。

「それは、弱者の発想だ」

 黒髪の青年がカルロの後ろに立っていた。

「……ったく、遅ぇよ」

 言って、カルロはその場に座り込む。

「後頼んで良いか?」
「良い訳無いだろ。 返事を聞く前に座るな」

 青年はカルロとの短いやり取りを終えると、つかつかと歩いて霊獣の前に出る。そして遂に、ジェムシュランゲと対峙した。

 そして青年は先程一撃を加えた霊獣の頭部を観察する。

 頭部も硬い鱗で守られているのだろう。青年の守護霊の攻撃を受けてなお、霊獣は悶える気配も怯む様子もなく佇んでいた。

 それを確認すると、青年は口元を三日月のように歪めた。

 そして振り返ることなく、自身の後方でローブスの結界に保護されている赤髪の少年に声を掛ける。

「見ておけ。 ”力の使い方”ってやつをお前に教えてやる」
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