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第一章 雑魚狩り、商人、襲撃者
第9話
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その日、少年はいつも通り学校に行き、授業を受けて、帰宅した。
帰宅したら学校で出された課題をして、いつも通り父と戦闘訓練をするつもりでいた。
そうしていつも通り傷だらけになって家に帰り、手当てをして食事をしたら寝て、いつも通りの朝を待つはずであった。
しかしその日、少年にいつも通りの一日は待っていなかった。
「アイツ、生意気だよな」
「あぁ。 十三にもなって守護霊も出せない癖に、偉そうにしやがって」
「いや、でもアイツの近くにはいつもあの女が……」
「それが余計ムカつくんだよ。 一人じゃ何も出来ねぇ癖に、強い奴の影に隠れてイキりやがって」
「そうだよな、一回痛い目見せた方が良いんじゃねぇか?」
「隙があれば、な」
学校からの帰り道。明るい通りから外れた、人通りの無い暗い路地。
その日少年がたまたま通ったそこで交わされる、暗いやり取り。
「何話してんだよ」
迂回する事も出来た。そうすれば、いつも通りの明日が待っていただろう。それをしなかったのは、何故か。
「……何だよ、聞いてたのかよ」
幼く純粋で、しかし残酷で凶悪な感情の渦に少年は飲まれていく。
「ナツ」
ただ、許せなかったのだと、振り返って思う。
「久々に良い運動になったぜ」
屈強な男、カルロが呟く。
「そうか」
「あぁ、あとハルの修行だが、今一つの成果だった。 悪いな」
「謝罪なら本人に言ってやれよ」
カルロの言葉に、青年は短く返答する。
一行は依頼内容の達成をギルドへと報告し、報酬を受け取った。その後、帰宅するハルを見送った二人は次なる目的の人物の元へと歩いていた。
「しかし、守護霊を出せない理由が精神的な理由だけとは思えねぇがな」
「他に何かあるにしても、それは自分で気付くべき事だ、俺達に出来る事は少ない」
カルロの言い分も、青年は理解している。しかし、他に理由があるにしてもそれを青年が取り払ってやる事は出来ない。青年に出来る事といえば、せいぜい本人が満足するまで連れ回してやる事くらいである。
「しかし、流石あんちゃんだぜ!」
「褒めてねぇだろ」
青年はこの日も巨大化した霊獣を複数体ギルドに引き渡していた。別行動をしていたため、カルロは青年の戦闘の様子を見ていないが、その骸の数に目を剥いたのは確かである。
「ところで、何でわざわざ依頼を受けた? お前は対人戦専門だろう。 小銭でも欲しくなったか?」
「まぁ確かに金なら無限に欲しいがな。 頭の命令さ」
青年は抱いた疑問をカルロにぶつける。
そもそも、この二人の来訪の目的すら青年は知らない。
「霊獣狩りもトレーニングくらいにはなるし、おまけに金が貰えて、ギルドの依頼を達成すれば頭の顔も立てられるってもんだ。 むしろメリットしか無いぜ」
「……なるほどな、言い分はわかった」
カルロの言い分自体に嘘はないのだろう。しかし、青年は引っかかっていた。
高位の商人であるローブスが、こんな辺境の街に何の用があったのか。販路の拡大であれば、本人が出向く必要も無い。しかも、用心棒が一人しかいないというのも怪しい。
そして何よりこの山の異変。
「山の霊獣の数が増えている事は、どう思ってる?」
「へぇ、その言い方だと、あんちゃんも色々気付いてそうだな」
カルロは口元を歪めて言った。
高度な霊視能力を持つ青年は、山にいる霊獣の数をある程度把握していたが、こんなに多くの霊獣を観測したのは初めてであった。
「もしこれが人為的なものでないのなら、他に、もっとヤバいのが増えてる可能性もある。 例えば」
そして、最近の霊獣の巨大化も、異常と言って差し支えないものだった。
世界の精霊の総量は決まっている。これだけ大量の霊獣、しかも巨大化した個体が増加しているとなれば、元々巨大な種の霊獣が増加している可能性もある。
「ジェムシュランゲ、とかな」
青年の言葉を聞いても、カルロは口元を歪めるだけである。
青年は、再度溜息を吐いてから口を開く。
「言いにくいのなら、当ててやろうか」
───これ以上は、踏み込まない方が良い。
そう、青年の脳が警鐘を鳴らしている。
自然に囲まれた平和な田舎街で、霊獣を狩り、最低限の生活をしている自分。これ以上何を望むのか、と。
青年は、自身の生活にはある程度満足していた。食うことに困らず生活できているだけで十分だ。そう思っていた。そして何より、厄介事とは距離を置いていたかった。
そんな思考とは裏腹に、青年は口を開く。
「西で、要人でも死んだか?」
青年の言葉を聞き、カルロは僅かに笑みを溢す。
───当たりか……。
カルロは大袈裟に両手を振って青年に返す。
「おぉっと、あんちゃん、それ以上はいけねぇ。 続きは頭に会ってからにしよう」
ギルドでは最近、何やら見知らぬ顔も多く見かけるようになった。その中には先日絡んできた”スターン”の手先なんかも居る。奴らの目的は、この二人の来訪者と同じではないが近い所にあるはずだ。そしてこのまま関わり続ければ、自分もそこに巻き込まれていくのだろう。そんな予感がしている。
カルロは、ローブスと会ってから話をしようと言った。この男がわざわざ依頼を受けたのは恐らく、青年との接触が目的であろう。
「着いたぜ。 この店だ」
青年は、面倒なことに巻き込まれそうだと憂鬱になる反面、身近にまで迫っているであろう何かの危機を感じずにはいられなかった。そして、もう一度大きく溜息を吐いてから、案内された店へと足を踏み入れていく。
「で? カルロ、どこまで話した?」
案内された店に入り、店員に通されたのは個室であった。男三人が集まって悪巧みをするにはお誂え向きな環境であると青年は思った。
「どこまでって、頭に言われた通り何も話してねぇよ」
「あぁ。 西の要人が死んだ事、希少な霊獣が増加している可能性がある事、それらがお前らの目的に関係している事くらいだな」
「なっ、それは言ってねぇだろ!」
「否定しなかったのなら同じだ」
青年の言葉を聞いて、ローブスは溜息を吐く。
「つまり、全部か」
「まぁ、そうなるな」
青年の短い返答を聞いたローブスは、カルロの頭を叩いて───ハゲ頭は良い音を立てる───から話を切り出す。
「俺達の目的は、”僅かな海”の主、ジェムシュランゲの生捕りだ」
「そうか」
「ターゲットはこっちじゃもはや信仰の対象だ。 敵は”民衆の反発”ってやつだ。 話しといて何だが、くれぐれも隠密に頼むぜ」
「秘密は守る。 しかし全く、罰当たりな連中だな」
呆れたように、青年は言う。
人間の最も恐るべき力は”盲信”だとローブスは考える。
人間がこの星の支配者となるために用いた力とは、生命力でも知力でもなく、”繁殖力”、即ち”数”である。知力による団結も、武器を扱う技術も、”数”の前ではおまけでしかない。
”増え続ける力”。それが人間の本領である。
そしてその圧倒的な数の力をまとめ上げるものこそが、”信仰”である。一度団結した人間は、強烈な個の力でも容易には止められない。
ローブスの計画は、そんな民衆の意思を逆撫でしそうなものだが。
「確かにな。 だが、争いの元になる神は、人の手で取り除かなきゃならねぇ」
「暴論だな」
ローブス達のターゲットであるジェムシュランゲは、その鱗が素材である。水晶の如き輝きを放つその鱗は、市場に出回る宝石以上の価値がある。
そのため古の時代に乱獲が行われ、今では”僅かな海”で確認されている個体を除き、生存する個体がいなくなっていた。
その存在の希少さと容貌の美しさから、”東の国”の人々は”海神”と呼んで崇めていた。
「で、だ。 まぁ察しは付いてると思うが」
ローブスは一拍の間をおいて切り出す。
「あんちゃんに協力して欲しい」
ローブスは真っ直ぐに青年の目を見据えて言った。
「……生捕りにすると言ったが、サイズが他の霊獣とは桁違いだぞ。 どうやって運ぶつもりだ?」
「言っただろ。 依頼は生捕りまでだ。 その先は企業秘密だぜ」
「そうか。 まぁ、実はカルロから聞いてるんだがな。 街の外れのクソでかい工房、アンタの所有らしいな? 産地直送で研究施設にぶち込むとは良い発想だ」
「お前……そんなことまで喋ったのか」
ローブスは再度───良い音を立てて───カルロの頭を叩く。
「安心しろ、誰にも話すつもりは無い。 ただ、飼い犬の躾にはもう少し気を払った方が良いかもな」
「その助言、ありがたく受け取っておく」
ローブスは溜息と共に言った。
「んで? 受けてくれんのか?」
問い掛けるのはカルロである。
「……悪いが、期待には添い兼ねる」
「何だよあんちゃん、やんねぇのかよ!」
「そうか。 ま、気が向いたらで良い、声を掛けてくれ。 こっちはいつでも歓迎してるぜ」
帰宅したら学校で出された課題をして、いつも通り父と戦闘訓練をするつもりでいた。
そうしていつも通り傷だらけになって家に帰り、手当てをして食事をしたら寝て、いつも通りの朝を待つはずであった。
しかしその日、少年にいつも通りの一日は待っていなかった。
「アイツ、生意気だよな」
「あぁ。 十三にもなって守護霊も出せない癖に、偉そうにしやがって」
「いや、でもアイツの近くにはいつもあの女が……」
「それが余計ムカつくんだよ。 一人じゃ何も出来ねぇ癖に、強い奴の影に隠れてイキりやがって」
「そうだよな、一回痛い目見せた方が良いんじゃねぇか?」
「隙があれば、な」
学校からの帰り道。明るい通りから外れた、人通りの無い暗い路地。
その日少年がたまたま通ったそこで交わされる、暗いやり取り。
「何話してんだよ」
迂回する事も出来た。そうすれば、いつも通りの明日が待っていただろう。それをしなかったのは、何故か。
「……何だよ、聞いてたのかよ」
幼く純粋で、しかし残酷で凶悪な感情の渦に少年は飲まれていく。
「ナツ」
ただ、許せなかったのだと、振り返って思う。
「久々に良い運動になったぜ」
屈強な男、カルロが呟く。
「そうか」
「あぁ、あとハルの修行だが、今一つの成果だった。 悪いな」
「謝罪なら本人に言ってやれよ」
カルロの言葉に、青年は短く返答する。
一行は依頼内容の達成をギルドへと報告し、報酬を受け取った。その後、帰宅するハルを見送った二人は次なる目的の人物の元へと歩いていた。
「しかし、守護霊を出せない理由が精神的な理由だけとは思えねぇがな」
「他に何かあるにしても、それは自分で気付くべき事だ、俺達に出来る事は少ない」
カルロの言い分も、青年は理解している。しかし、他に理由があるにしてもそれを青年が取り払ってやる事は出来ない。青年に出来る事といえば、せいぜい本人が満足するまで連れ回してやる事くらいである。
「しかし、流石あんちゃんだぜ!」
「褒めてねぇだろ」
青年はこの日も巨大化した霊獣を複数体ギルドに引き渡していた。別行動をしていたため、カルロは青年の戦闘の様子を見ていないが、その骸の数に目を剥いたのは確かである。
「ところで、何でわざわざ依頼を受けた? お前は対人戦専門だろう。 小銭でも欲しくなったか?」
「まぁ確かに金なら無限に欲しいがな。 頭の命令さ」
青年は抱いた疑問をカルロにぶつける。
そもそも、この二人の来訪の目的すら青年は知らない。
「霊獣狩りもトレーニングくらいにはなるし、おまけに金が貰えて、ギルドの依頼を達成すれば頭の顔も立てられるってもんだ。 むしろメリットしか無いぜ」
「……なるほどな、言い分はわかった」
カルロの言い分自体に嘘はないのだろう。しかし、青年は引っかかっていた。
高位の商人であるローブスが、こんな辺境の街に何の用があったのか。販路の拡大であれば、本人が出向く必要も無い。しかも、用心棒が一人しかいないというのも怪しい。
そして何よりこの山の異変。
「山の霊獣の数が増えている事は、どう思ってる?」
「へぇ、その言い方だと、あんちゃんも色々気付いてそうだな」
カルロは口元を歪めて言った。
高度な霊視能力を持つ青年は、山にいる霊獣の数をある程度把握していたが、こんなに多くの霊獣を観測したのは初めてであった。
「もしこれが人為的なものでないのなら、他に、もっとヤバいのが増えてる可能性もある。 例えば」
そして、最近の霊獣の巨大化も、異常と言って差し支えないものだった。
世界の精霊の総量は決まっている。これだけ大量の霊獣、しかも巨大化した個体が増加しているとなれば、元々巨大な種の霊獣が増加している可能性もある。
「ジェムシュランゲ、とかな」
青年の言葉を聞いても、カルロは口元を歪めるだけである。
青年は、再度溜息を吐いてから口を開く。
「言いにくいのなら、当ててやろうか」
───これ以上は、踏み込まない方が良い。
そう、青年の脳が警鐘を鳴らしている。
自然に囲まれた平和な田舎街で、霊獣を狩り、最低限の生活をしている自分。これ以上何を望むのか、と。
青年は、自身の生活にはある程度満足していた。食うことに困らず生活できているだけで十分だ。そう思っていた。そして何より、厄介事とは距離を置いていたかった。
そんな思考とは裏腹に、青年は口を開く。
「西で、要人でも死んだか?」
青年の言葉を聞き、カルロは僅かに笑みを溢す。
───当たりか……。
カルロは大袈裟に両手を振って青年に返す。
「おぉっと、あんちゃん、それ以上はいけねぇ。 続きは頭に会ってからにしよう」
ギルドでは最近、何やら見知らぬ顔も多く見かけるようになった。その中には先日絡んできた”スターン”の手先なんかも居る。奴らの目的は、この二人の来訪者と同じではないが近い所にあるはずだ。そしてこのまま関わり続ければ、自分もそこに巻き込まれていくのだろう。そんな予感がしている。
カルロは、ローブスと会ってから話をしようと言った。この男がわざわざ依頼を受けたのは恐らく、青年との接触が目的であろう。
「着いたぜ。 この店だ」
青年は、面倒なことに巻き込まれそうだと憂鬱になる反面、身近にまで迫っているであろう何かの危機を感じずにはいられなかった。そして、もう一度大きく溜息を吐いてから、案内された店へと足を踏み入れていく。
「で? カルロ、どこまで話した?」
案内された店に入り、店員に通されたのは個室であった。男三人が集まって悪巧みをするにはお誂え向きな環境であると青年は思った。
「どこまでって、頭に言われた通り何も話してねぇよ」
「あぁ。 西の要人が死んだ事、希少な霊獣が増加している可能性がある事、それらがお前らの目的に関係している事くらいだな」
「なっ、それは言ってねぇだろ!」
「否定しなかったのなら同じだ」
青年の言葉を聞いて、ローブスは溜息を吐く。
「つまり、全部か」
「まぁ、そうなるな」
青年の短い返答を聞いたローブスは、カルロの頭を叩いて───ハゲ頭は良い音を立てる───から話を切り出す。
「俺達の目的は、”僅かな海”の主、ジェムシュランゲの生捕りだ」
「そうか」
「ターゲットはこっちじゃもはや信仰の対象だ。 敵は”民衆の反発”ってやつだ。 話しといて何だが、くれぐれも隠密に頼むぜ」
「秘密は守る。 しかし全く、罰当たりな連中だな」
呆れたように、青年は言う。
人間の最も恐るべき力は”盲信”だとローブスは考える。
人間がこの星の支配者となるために用いた力とは、生命力でも知力でもなく、”繁殖力”、即ち”数”である。知力による団結も、武器を扱う技術も、”数”の前ではおまけでしかない。
”増え続ける力”。それが人間の本領である。
そしてその圧倒的な数の力をまとめ上げるものこそが、”信仰”である。一度団結した人間は、強烈な個の力でも容易には止められない。
ローブスの計画は、そんな民衆の意思を逆撫でしそうなものだが。
「確かにな。 だが、争いの元になる神は、人の手で取り除かなきゃならねぇ」
「暴論だな」
ローブス達のターゲットであるジェムシュランゲは、その鱗が素材である。水晶の如き輝きを放つその鱗は、市場に出回る宝石以上の価値がある。
そのため古の時代に乱獲が行われ、今では”僅かな海”で確認されている個体を除き、生存する個体がいなくなっていた。
その存在の希少さと容貌の美しさから、”東の国”の人々は”海神”と呼んで崇めていた。
「で、だ。 まぁ察しは付いてると思うが」
ローブスは一拍の間をおいて切り出す。
「あんちゃんに協力して欲しい」
ローブスは真っ直ぐに青年の目を見据えて言った。
「……生捕りにすると言ったが、サイズが他の霊獣とは桁違いだぞ。 どうやって運ぶつもりだ?」
「言っただろ。 依頼は生捕りまでだ。 その先は企業秘密だぜ」
「そうか。 まぁ、実はカルロから聞いてるんだがな。 街の外れのクソでかい工房、アンタの所有らしいな? 産地直送で研究施設にぶち込むとは良い発想だ」
「お前……そんなことまで喋ったのか」
ローブスは再度───良い音を立てて───カルロの頭を叩く。
「安心しろ、誰にも話すつもりは無い。 ただ、飼い犬の躾にはもう少し気を払った方が良いかもな」
「その助言、ありがたく受け取っておく」
ローブスは溜息と共に言った。
「んで? 受けてくれんのか?」
問い掛けるのはカルロである。
「……悪いが、期待には添い兼ねる」
「何だよあんちゃん、やんねぇのかよ!」
「そうか。 ま、気が向いたらで良い、声を掛けてくれ。 こっちはいつでも歓迎してるぜ」
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