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1巻

1-2

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「ミランダ様はとても素敵すてきな方だわ。シュイルツも大切にしてさしあげてね」
「もちろんだよ。アーノルドを産んでくれたのだ。絶対に無下にはしないよ」

 アンウェイは、幼い頃から大切に想っていたシュイルツから目を逸らせない。しかし決心が揺らがないよう、シュイルツを〝国王であり、アーノルドの父親〟だと、頭に刻みながら見つめ続けていた。

「……シュイルツ、私はいつでもこの国の民の幸せを祈っているわ」

 アンウェイは自分でも驚くほどに穏やかな声を出した。

「わかっている。俺はこの国の王として、国民の幸せを第一に考えてこれからも行動すると、君に誓うよ」

 シュイルツは安心させるように、ようやくアンウェイを見て微笑んだ。
 アンウェイはシュイルツの優しさがにじむグリーンの瞳を、愛しいその姿を、すべてを目に焼きつけながら、喉まで込み上げ今にも零れ落ちそうな〝愛してる〟の言葉をなんとか飲み込む。

「シュイルツに伝えておきたいことがあるの。私に何かあれば、ミランダ様を遠慮なく後妻に……新しい王妃に迎えてね」
「何を縁起の悪いことを言うのだ⁉ ずっとそばで一緒に年を取ろうと誓ったではないか!」

 予期せぬアンウェイの発言に、シュイルツは珍しく少し声を荒らげる。シュイルツが本気でそう思ってくれていることが伝わり、アンウェイは喜びを感じてしまう自分を戒めた。

(シュイルツを幸せに出来るのは、もう私ではないのよ)

 アンウェイは笑顔を浮かべることが難しくなり、つい俯いてしまう。シュイルツはそんなアンウェイをそっと抱きしめる。
 それは、幼い頃からアンウェイの元気がない時にはいつもする抱擁であり、とても優しく温かいものだった。


 翌日の三月最終日。昨日までの大雨が嘘のような、雲ひとつない真っ青な空が広がっている。その朝アンウェイは、いつものようにシュイルツを見送った。

「ではアンウェイ、行ってくる」
「はい、いってらっしゃいませ。お気をつけて」

 シュイルツもアンウェイも、いつもと変わらない穏やかな笑顔だ。シュイルツの姿が見えなくなると、執事のリスターにアンウェイは声をかけた。

「リスター、フランを送るため一緒にキラの町へ行くわ。とても世話になったし、フランが結婚までに一時身を寄せるキラの町の様子を、久しぶりに見にいきたいの。フランの荷物を私の馬車に載せてちょうだい」
「はい、かしこまりました」

 軽く頭を下げるリスターを横目に見ながら、アンウェイは努めてさらりと言った。

「馬車から町の様子を少し見るだけだから、護衛は必要ないわ」
「そのようなわけには参りません。……では、ふたりだけお付けいたします」

 リスターの返答にアンウェイは、落胆する気持ちを表に出さないように装った。

(やはり護衛なしは無理ね。けどふたりでよかったわ……。それもこれも、最近この国が平和な証拠ね。良いことだわ)

 こうして、アンウェイは本日のミッションを開始したのだった。


 馬に乗ったふたりの護衛を前後に挟んだ馬車の中には、アンウェイとフランだけ乗っている。馬車の中でふたりは、計画の最終確認を行う。

「アンウェイ様、本当に決行されるのですか? 少しでも迷いがあるのならやめましょう!」
「フラン、巻き込んでしまって本当にごめんなさい。けれど、私には迷いがまったくないわ。ただ……今更だけど、本当にこの作戦で良いの⁉ シュイルツのことだから大丈夫だと思うけれど、万が一計画が知られたらフラン、あなたになんらかの罰が科される可能性があるのよ?」

 アンウェイはフランの目を見て、穏やかに諭すように言う。

「私が決めたことですから! 私のことよりも、アンウェイ様は本当に本当に、よろしいのですか?」

 フランはいつものように鼻の穴を大きくし、自分よりもアンウェイを心配する。そんなフランにアンウェイは苦笑いを浮かべたあと、表情を引き締めた。

「ありがとう。でも私も決めたことなの。私も第二の人生を楽しむから心配しないで! とても楽しみよ!」

 もちろん最後の言葉が強がりであることは、フランにはわかっている。しかし、アンウェイのその表情に覚悟を決めるしかなかった。 
 その時、ちょうどキラの町に馬車が到着した。

「宿に到着したようです。アンウェイ様、では始めますよ」

 フランの言葉にアンウェイは力強く頷く。早速、フランは馬車から降りて護衛に話しかけた。

「アンウェイ様は気分が優れないそうで、私の宿で少し休みたいと言っておられます」

 親族のいないフランは、結婚相手が迎えに来るまでの数日間はキラの町に宿を取っていた。そこはキラの町の中でも、城から一番遠い場所にある。

「何っ、医者を呼ぼう!」
「いえ、少し休みたいだけだとおっしゃっていて――」
「だがしかし、念のために……」

 護衛が心配している声を聞いて、アンウェイは中から声をかける。

「少し目眩めまいがするだけだから、医者はいいわ。時々あるのよ。休めば良くなるわ。少し休みたいから、フランに一~二時間ほど部屋で休ませてもらえるようにお願いしたの」

 アンウェイの言葉で護衛はしぶしぶ納得した。そしてアンウェイは護衛に付き添われ、フランの部屋のベッドに横になる。

「あとは私がそばにおります」

 アンウェイを心配している表情を浮かべながら、フランは丁寧に護衛に告げた。

「わかりました。ドアと建物の前にそれぞれ待機しておりますので、医者の手配含め何かあればすぐにお声がけ下さい」

 護衛はそう言うと、一礼をして部屋から出ていく。

「……アンウェイ様、護衛の方がドアの前にいるので、小声で、出来るだけ物音を立てないように静かに準備していきましょう」

 フランは小声でそう言うと荷解きを始めた。
 アンウェイは頷くと、ベッドからそっと起き上がる。そして部屋の水場でフランに金髪を黒髪に染色してもらうと、準備していた町娘の服に着替えた。

「よしっ、これで少々町の人に見られても大丈夫です!」
「フラン、ありがとう。これがシュイルツへの手紙よ。よろしくね」
「はい、確かにお預かりいたしました」

 フランは失くさないようにすぐに懐にしまうと、窓のそばへ行き一点を指さす。

「……アンウェイ様、あの裏口から敷地の外へ出られます。……本当に行きますか?」
「ええ、もちろん行くわ!」

 フランが指さしたのは、煉瓦造れんがづくりの塀の途中にある、人ひとり通れるくらいの小さい木の扉だ。思い留まる気はないのかと何度も確認してくるフランに対し、アンウェイは変わらず〝前進あるのみ〟の返答を繰り返す。

「わかりました。それでは、行きましょう!」

 フランは意を決してそう言うと、椅子を踏み台にして窓から外へ出た。アンウェイもすぐあとに続く。
 そして裏口から敷地外へ出ると、以前にフランが言っていた通り右手側に大きな川が流れていた。土手を早歩きで十五分ほど進むと、わらに隠れた高さ一メートル程度の小さな物置にたどり着く。

「持ち主は不明です。キラの町へ来る度に確認しましたが、一度も使われている形跡はありませんでした。狭くて汚い場所で申し訳ありませんが、こちらに隠れてしばらくお待ち下さいませ。私が迎えに来るまでここを離れないで下さいね」

 フランは眉をキリッと吊り上げて、厳しい表情で言う。

「わかっているわ。ありがとう」

 アンウェイは迷わずその物置の中に体をかがめて入る。アンウェイが入ると、もうほとんど余裕のない広さであった。

「この荷物をお持ち下さい。中には着ていたドレスと水とパンが入っております。タオルも二枚入っているので、まだ濡れている髪を拭いて下さい。もう一枚はブランケットの代わりにお使い下さい」
「ふふっ。準備万端ね。ありがとう」

 アンウェイの表情に不安な様子は見られない。それを見て、フランの顔から不安は消えた。
 ふたりはもう、やるしかないのだ。
 物置の中で三角座りをしているアンウェイに荷物を手渡すと、フランは扉を閉めて物置をわらで再び覆った。そして物置に置いておいた薪の束を抱え、フランは来た道を走って戻った。
 そろそろ一時間以上経つため、護衛がアンウェイの様子を見るために部屋に顔を出す可能性がある。
 フランは戻っている途中で、裏口の扉を開けてすぐの土手に薪の束を置く。部屋に戻ると誰もおらず静かなままで、どうやら間に合ったようだ。

「よしっ!」

 フランは自分に活を入れ、ひとり芝居の開始のゴングを鳴らす。

「アンウェイ様!!!」

 フランは、部屋の窓を全開にしてこれ以上出せないほどの大声で叫ぶと、すぐに裏口のほうへ走っていく。そして裏口を出ると、置いておいた薪の束を思いっきり川に投げ入れた。
 ――ザバーンッ!!
 冷静に考えれば小さいがなんとか誤魔化せるだろう、まずまず大きな音を上げることに成功した。

「アンウェイ様!!!」

 フランは再び叫び、続いてアンウェイが付けていた髪飾りを土手の下を目がけて投げる。髪飾りは川に落ちずにうまく良い位置に留まってくれた。さらに靴も川に投げ入れる。

「アンウェイ様!!!」

 もう一度フランが叫んだところで、護衛のひとりが到着した。

「川に落ちたのか!?」

 驚きと緊張に顔を強張こわばらせている護衛に、フランは慌てた様子を装って答える。

「はっ、はい!」

 フランの返答を聞き、護衛は迷わず鎧を脱ぎ川へ飛び込んで行く。
 しかし、昨日の大雨で元々水量の多い川が増水し、濁り、流れも激しくなっていて、護衛はアンウェイを捜すどころか溺れそうになっている。すぐにもうひとりの護衛が到着したが、溺れかけている護衛を助けることで精一杯だった。

(こんなにうまくいくなんて……。神様がアンウェイ様を応援しているとしか思えないわ)

 フランがそう考えていると、護衛が川の中からの捜索は諦めて土手を登ってこようとしていた。そこでフランは、先程わざと落とした髪飾りを、さも今見つけたかのように大声で知らせる。

「あっ、そこにアンウェイ様が付けていた髪飾りが……!」

 アンウェイが落ちたと見せかけた川は、三キロメートルほどで海につながる。
 護衛は海まで川岸を辿ってアンウェイを捜したが、手掛かりすら見つけられずに二時間ほどで戻ってきた。その間に御者ぎょしゃが護衛が乗ってきた馬を使って城へ知らせに行き、捜索隊がぞくぞくとキラの町に到着していた。

「フラン、わかっているな。これは大事おおごとだぞ。城まで一緒に来てもらう」

 護衛にそう言われ、フランは素直に頷いた。狼狽ろうばいしているフリは決して忘れずに。


 シュイルツは知らせを聞き、大急ぎで仕事を切り上げ城に戻ってきた。心配そうにソワソワしている使用人たちには目もくれず、フランたちの待つ部屋へ直行する。
 部屋には同行していたふたりの護衛のほかに、護衛隊長やシュイルツ側近のオリオン騎士団長、そして執事リスターがいた。

「フラン、何があったのか君の口から教えてくれ!」

 フランは狼狽ろうばいを一生懸命抑えているフリをする計画だったが、実際に今から国王に嘘をつく緊張で、フリをする必要がまったくないほどに震えている。

「……陛下、申し訳ございません。私がおそばにおりましたのに……」
「何があったのだ⁉」

 シュイルツの気迫に、フランはさらに身体を硬くした。

「……今朝急に王妃殿下が、私をキラの町まで送って下さるとおっしゃいました。久しぶりにキラの町の様子も見たいからと。ですが久しぶりの外出だったからか、キラの町に到着した頃王妃殿下は体調が優れず、一~二時間ほど宿の私の部屋で休むことになりました」

 フランは一向に治まらない震えに抗いながら、拳を胸の前でギュッと握り話し続ける。

「しかし、休まれてから一時間も経たない頃に急に起き上がり、窓のほうへ行かれました。そして窓から見えた小さな扉を見ながら、『あれは裏口か、出たら何があるのか』とお尋ねになったので、私は『裏口で出たら川がある、昨日の大雨で増水しているだろう』と答えました」

 まっすぐにフランを見つめるシュイルツを見ることが出来ず、彼の胸元辺りをジッと見ながらフランは話す。何度も何度も繰り返し復習をしたその内容は、緊張で頭が真っ白な今のフランの状態でも、スラスラと口から出てくる。

「それから窓際に置いた椅子に腰掛け、しばらく風に当たっておられました。すると急に手紙を書かれ、私に『国王陛下に渡すように』とそれを預けられました」

 そこでシュイルツの身体がピクッと動いたのがわかったが、フランは止まらずに続ける。

「もちろん私は本日退職をしたため、『私に預けられても困る』とお伝えしました。しかし、王妃殿下はそのことには触れず、『ドアのほうで何か聞こえたから見てきて』とおっしゃったので、私はドアのほうへ行きました」

 フランは震えを抑え込みながら話しており、息継ぎがうまく出来ずに息が苦しくなり一旦止まった。しかしすぐに、シュイルツに先を促される。

「それで?」

 フランは、一回大きく深呼吸をしてから続きを話す。

「……私がドアのほうへ行きかけると、後ろで音がしました。振り返ると、王妃殿下は椅子を踏み台にして窓から外に飛び出していっていたのです」

 そこでフランは意を決し、顔を上げてシュイルツを見た。

「私は急いであとを追いましたが、王妃殿下は裏口から出てすぐに、迷わず川に飛び込まれました」

 衝撃から真っ青になっているシュイルツを見ていられず、フランは思わず下を向く。そして、たった今国王に大嘘をついてしまった事実を実感する。

「私の叫び声を聞き、すぐに護衛の方が来て下さいました。それでも川は水量が多く、水の勢いも激しくて……流されて、王妃殿下の姿はすぐに見えなくなりました……」
「……それで、これが土手に転がっていた髪飾りか……。本日アンウェイが付けていた物で間違いないか?」

 少しの沈黙のあと、重々しく口を開いたシュイルツの問いに、フランはチラッと自分が投げた髪飾りに目をやってから答える。

「……はい、間違いございません……」

 シュイルツは悲痛な表情で髪飾りを見ている。

「……そうか。護衛のふたりは、今の話に相違点はないか?」
「……はい、違いはございません! 私たちが付いておりながら、誠に申し訳ございませんでした」

 いたたまれずにずっと下を向いていた護衛のふたりは、シュイルツに話を振られ、ものすごい勢いで頭を下げる。
 その様子を見てシュイルツは天を仰いだ。座り込みたい衝動を抑え、フランに話しかける。

「それで、アンウェイから預かったという手紙は?」
「……あっ、はっ、はい、こちらでございます!」

 フランはアンウェイから預かった手紙を渡す。手紙の内容はフランも知らない。シュイルツは神妙な面持ちで手紙を手に取り、ひとつ息を吐いてから、封のされていない封筒から手紙を取り出して開いた。


 国王陛下へ
 驚かせ騒がせてしまうことを、大変申し訳なく思っております。
 突然ですが、私の願いをみっつ聞いて下さいませんか? 
 ひとつ目は、フランや同行していた者に決して罰を与えないで下さい。
 ふたつ目は、ミランダ様を正妻に迎えて下さい。アーノルド殿下と、これから産まれる王子王女殿下と共に、幸せな家庭を築いて下さい。
 みっつ目は、私のことは忘れて幸せになって下さい。
 陛下ならばきっと、願いを叶えて下さると信じております。
 陛下とグリーンヒル王国の民の幸せを、心よりお祈り申し上げております。
 私がこの世から消える勝手を、どうかお許し下さいませ。
 今までありがとうございました。お元気で。
 アンウェイ


 読み終えるとシュイルツはうなだれ、手紙をクシャッと握り潰した。

「……アンウェイの字で間違いない……。……すぐに私もその場所へ向かう」


 シュイルツが、アンウェイが身を投げた川に着いたのは午後三時頃で、町の子どもたちがおやつを食べに家に走って戻る姿がうかがえた。そんな中ぞくぞくと集まる城の者に、キラの町の大人たちは何事かとざわついている。

「ここか。何か手掛かりは?」
「はっ! 昨日の大雨で川が増水し流れも激しいため、捜索は困難な状況であります。今のところ手掛かりは何も見つかっておりません」

 シュイルツの問いに、現場指揮官は申し訳なさそうに答える。ギリッと奥歯を噛みしめ川に視線を落としたシュイルツは、さらに絶望的な気持ちになった。

(この激流に飛び込んだというのか⁉ ……それほどまで思いつめていたとは……)
「……フラン、アンウェイは何か言っていたか?」
「……私がいないほうが皆が幸せになれるとおっしゃっていました。……と言うのも、ミランダ様が妊娠してからは特に悩んでいるご様子で、子を授かることも産まれて来ることも奇跡だ、ともおっしゃっていたほどです。私がずっとそばにおりましたのに、王妃殿下の御心を軽くすることが出来ず、このような事態となってしまい申し訳ございません」

 フランは頭が足に当たるほど、思いっきり頭を下げ心から謝罪した。シュイルツは眉間にしわを寄せ、目を閉じる。

「そうか。……あの明るくいつでも前向きなアンウェイを、自死を図るまで追いつめてしまうとは、私は夫失格だな……」

 苦痛に顔を歪めるシュイルツを見て、フランは何か言わずにはいられなかった。同時にアンウェイの寂しそうな顔が思い浮かぶ。

「陛下、王妃殿下はいつも、国王陛下は国王に相応しい素晴らしいお方だとおっしゃって――」
「陛下!! 海近くの川で靴が見つかりました!」

 捜索隊が駆け寄り、フランの言葉を遮る。そして、フランはその靴を一瞥してから言った。

「それは、王妃殿下が本日履かれていた靴でございます」
「……そうか、わかった。……フラン、私はひとつ目のアンウェイの願いを叶えるつもりだ。今まで世話になったな。結婚して幸せになってくれ。下がって良いぞ」
「……長い間お世話になりました。失礼いたします」

 フランは最後にそう言い、その場を去ったのだった。
 それから宿の自室へ戻ったフランは、シュイルツと捜索隊が帰るのを今か今かと待ち続けた。日が完全に落ち雨が激しく降り始めると、本日の捜索は撤収となったようだった。フランは全員がいなくなったことを確認したのち、アンウェイのいる物置へ走った。

「アンウェイ様!」

 わらを退け物置の扉をノックしてから、フランは声をかける。

「フラン?」

 声を聞きドアを開けると、三角座りをして肩にタオルをかけているアンウェイの姿があった。フランはその姿を見てホッと胸を撫でおろす。わらを大量に被せていたおかげで、中までは雨が入っていないようだ。

「うまくいったの? ずっと外が騒がしかったけれど、皆は城へ戻ったの?」

 アンウェイはやや疲れた顔でフランに尋ねる。

「はい、うまくいきました! 激しい雨が降り始めたおかげで撤収しました。さあ、私の宿へ行きましょう。長時間そこに隠れてとてもお疲れになったことでしょう。温かいスープを準備しています」
「そう、よかった。フランも罰は受けずに済んだのね。……朝から水分は極力取らないようにしていたのだけど、もう、そろそろお小水が限界だったの……」

 そうはにかむように言うアンウェイを見て、フランは胸がきゅんとした。そして、アンウェイのこれからを想い胸がいっぱいになる。

「アンウェイ様、幸せになりましょう」
「ええ。……フラン、本当にありがとう」

 ふたりの間に少しだけしんみりした空気が流れる。
 しかしその空気を一蹴するようにアンウェイは、楽しそうに明るい笑顔で宣言した。

「私は今から〝ケイト・ハート〟よ! 待っている間に第二の人生の名前を考えていたの。よろしくね!」

 アンウェイはニーッと、王妃らしからぬ顔で笑ったのだった。



   第二章 第二の人生


 自作自演の自殺劇を決行した数日後。アンウェイは、フランが前もって話をつけていた住み込みで働ける食堂に、こっそり移っていた。

「あなたがフランの遠い親戚のお嬢さんね。ご主人に先立たれたそうで、大変だったわね。住み込みで働いていた子が辞めて、うちも困っていたところだったから助かるわ! これからよろしくね! ニコニコ食堂へようこそー!」

 元気良く挨拶する店主は、元々真ん丸な顔が笑うとさらに丸くなる。そんなとても優しい笑顔の店主は、アンウェイに思いっきりギューッと歓迎の抱擁をした。
 ここまでアンウェイをそばで支え続けたフランは、その様子を見届け、心配しながら夫のベンと共にふたつ隣のアースの町へ旅立っていったのだった。
 アンウェイはフランと一緒にアースの町へ行くのも考えたが、行ってから住む場所や仕事を探さなければいけないことや、フランたちに迷惑をかけることが目に見えているため、とりあえず灯台下暗しという言葉を信じてキラの町に残った。
 しかし、流石さすがにもう少し城から離れたいとは思っているため、フランがアースの町で住み込みで働ける場所を探してくれることになっている。ニコニコ食堂への迷惑も出来る限り配慮し、アンウェイは頃合いを見計らってアースの町へ移り住むつもりだ。


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