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しおりを挟む第一章 国の未来と皆の幸せを願って
『国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい』
国王シュイルツ・バード・ミハエルがこの手紙を手に取ったのは、今から約一年半後のことである。
ここグリーンヒル王国は、豊かな自然に恵まれた国である。
前国王のひとり息子であるシュイルツは、幼い頃から将来の国王として教育を受け、同い年で幼馴染の公爵令嬢であるアンウェイも、将来の王妃となるべく素養を磨いていた。そんなふたりは幼い頃からずっと、お互いを大切に想い合っていた。
五年前、前国王が流行病にかかり急逝し、シュイルツは僅か十六歳で国王となった。それからすぐにシュイルツを支えるべく婚姻が結ばれ、アンウェイは王妃となったのである。国は落ち着いており、ふたりも心から愛し合い、穏やかな日々を送っていた。
……ただひとつの問題を除いて。
「シュイルツ、後継ぎはまだかと、王太子の誕生を国民が心待ちにしているわ。約束の五年が経ったのだから、側室を迎えて子を儲けて? お願いだから……」
「……どうしてもか?」
ずっと下を向いていたシュイルツは、綺麗な黒髪の頭を上げ、縋るような表情でアンウェイを見つめた。適度に筋肉がつき引き締まっている身体は、すっかり縮こまっている。身長が百八十センチメートルもあるようにはとても見えない。
ふたりは結婚して五年が経つが、子宝には恵まれていない。そしてアンウェイを心から愛するシュイルツは、中々側室を迎えようとはしなかった。しかし、アンウェイは〝婚姻五年を経過しても子宝に恵まれない場合、側室を迎えて子を儲ける〟と、シュイルツと約束していたのだ。
アンウェイは、シュイルツへの愛しい気持ちを隠しつつ精一杯の笑顔を浮かべ、彼のグリーンの瞳を見る。
「ええ、どうしてもよ」
シュイルツはさらに眉尻を下げ、頭を垂れた。いつもはキリッとしている顔からは、悲愴感が漂っている。
「……俺は、生涯アンウェイを愛すると誓う。しかし一国の王であるため、後継ぎは作らねばならない。産まれてきた子を、ふたりの子として育てよう」
こうして、ようやく側室を娶ることになったのであった。
側近たちは待っていました! と言わんばかりのスピードで手筈を整え、僅か一週間後には、前々から内密に決まっていた公爵令嬢のミランダが城へやってきた。
それからシュイルツは、週に一度別棟にあるミランダの部屋を訪れた。流石に気まずく思うシュイルツは、その日は夫婦の寝室には行かずに書斎で寝るようになったのだった。
シュイルツもアンウェイもこのことには触れず、一見今まで通りの穏やかな日々が過ぎていった。
そして半年後、ミランダの妊娠が発覚したのだった。
一週間後の昼下がり。アンウェイが侍女のフランを連れて中庭へ足を踏み入れた時、話し声が聞こえた。
「……ふふっ。そうなのですね。昨日いただいた果物も、甘くてとても美味しかったです。いつもお心遣いありがとうございます」
声が聞こえたほうへ視線を向けると、そこにはシュイルツがいた。
その隣にいるミランダの姿を目にしたのは、城に来た時に挨拶をして以来だ。彼女は赤毛の髪を頭頂部で大きなお団子に結い上げており、細い首が、色白で元々小柄な身体をいっそう華奢に見せている。儚げだが新しい命を宿すその姿は、満開の真っ赤な薔薇たちが霞むほど輝いてアンウェイの瞳に映った。
ふたりはとてもお似合いで、アンウェイは思わずその場に立ち尽くしてしまう。そして、ふと気付く。ミランダの濃い茶色の瞳は、明らかにシュイルツに恋をしていると……
(ミランダ様はシュイルツに想いを寄せている)
アンウェイは心の中でそう呟くと同時に、ぱっと顔を背けた。
シュイルツがまるで自分の知らない人のように感じたのだ。彼はミランダのお腹の子の父親なのだと、改めて実感したのである。
アンウェイはふたりに気付かれなかったのを良いことに、そっと踵を返して来た道を戻ったのだった。
翌日。
「フランです。アンウェイ様、お茶をお持ちいたしました。失礼いたします」
部屋でボーッとしていたアンウェイは、フランの声で現実に引き戻された。
妊娠を希望してからアンウェイは、午前十時と午後三時、夕食後の一日三回、妊娠しやすい体質になると言われる茶葉がブレンドされた茶を飲んでいた。その習慣は今でも続き、この日もフランは午後三時のティータイムに、いつもの茶を準備しアンウェイの部屋を訪室したのである。
「アンウェイ様、お話がございます」
アンウェイがお茶を飲みながらフランを仰ぎ見ると、彼女は何やら興奮した顔をしている。
「……私が勝手に調査した結果によると、ミランダ様は最近つわりで塞ぎ込みがちだそうです。そのため、昨日は国王陛下が気分転換にと薔薇園にお連れになったとのことです。したがって、国王陛下がミランダ様を好まれているというわけではございません!」
フランの勢いにアンウェイは驚いてしまう。しかし、そんなことはお構いなしにフランは続けた。
「また、ミランダ様は気分不良が続き食欲がないそうです。そのため国王陛下が、食の進まないミランダ様へ果物を送られる等、身体を気にかけて差し上げているようです。国王陛下はお優しいので、責任感からの行動であることは一目瞭然! なので、決して心変わりなどではございません!」
ふんっと鼻息が今にも吹き出しそうなほどに鼻の穴を大きくしてフランが断言するため、アンウェイは思わず笑ってしまう。
「ふふっ、フランったら。わざわざ聞いてきてくれたのね。ありがとう。心変わりだなんて、そんなことはまったく疑ってはいないわよ」
「な、なら、良いのですが……」
フランは少し恥ずかしがりながら鼻の穴をすぼめ、アンウェイの笑顔にほっとする。しかし、急に真面目な顔付きになったアンウェイにつられ、フランも顔を緊張させた。
「フラン、私はミランダ様と話がしてみたいわ。訪問しても良いか、確認してきてもらえないかしら?」
「えっ⁉ わっ、わかりました。ただちに確認をして参ります」
フランは動揺から小走りになりそうなのを抑えて、早歩きで確認しにいったのだった。
二時間後、訪問の許可を得たとフランが伝えると、アンウェイはすぐにミランダの部屋を訪れた。
「ミランダ様、この度はご懐妊おめでとうございます。そして本日は、いきなり訪問してしまいごめんなさい。体調はまずまずだと伺いましたが、ご気分はいかがですか?」
「はい、今は落ち着いております。わざわざお越しいただきありがとうございます」
アンウェイとテーブルを挟んで向かい合わせに座るミランダは、やや緊張した雰囲気をまとっている。
「さっぱりとした果物をお持ちしたので、食べることが出来そうな時によろしければお召し上がり下さい。急に訪問を思いついたので、庭の木になっている果物で申し訳ないのですが……」
「まあ、この果物が庭になっているのですか? 私の好きな果物です。あとでいただきますね。お心遣いありがとうございます」
アンウェイは苦笑い気味に言ったが、すぐにミランダの明るい声が返ってきた。
「ミランダ様のお父様であるスコッチ公爵には、私たちが国王、王妃となった当初からとても助けていただいております。いつも感謝していると、どうかお伝え下さいませ」
「ありがとうございます。父は若くして国王、王妃となられたおふたりの力になりたいといつも申しておりましたので、そう言っていただけると喜びます」
きちんと姿勢を正して座っているミランダだが、少しやつれた顔で血色はあまり良くない。その様子にアンウェイは社交辞令を切り上げ、速やかに本題に入る。
「本日は、ミランダ様に質問をさせていただきたく参りました。答えられる範囲で答えて下されば結構です」
「……はい、わかりました」
ミランダはさらに緊張の面持ちを強くし、息をのんだ。アンウェイの斜め後ろに立つフランもまた、心配そうな表情を浮かべながらふたりの様子を見守っている。
「ミランダ様はとても優秀だと伺っております。王妃教育並みに、この国についての歴史や政治などの勉強をしてきたとお聞きしておりますが、本当でしょうか?」
「はい。私は公爵家の娘であり、父は野心家です。ひとり娘の私を良いところに嫁がせようと、大変教育熱心でした」
ミランダは真面目な顔で姿勢を正して答える。そして一瞬間を空け、アンウェイの目をしっかりと見ながら続けた。
「そして、その参考にしたのが王妃教育です。王妃殿下にはとても及びませんが、私も幼い頃から多くの教育を受けて参りました。そのおかげで城の方々に一目置いていただき、国王陛下の側室に選んでいただいたことに大変感謝しております」
言い終えたミランダは、アンウェイに向かって頭を下げる。婚姻二年目頃から、スコッチ公爵は側室にミランダを推薦し続けていたと聞いている。彼が野心家というのは本当だろう。
アンウェイはひとつ頷き、次の質問へ移る。
「ミランダ様が産んだ子どもが男児であった場合、産んですぐまたはミランダ様が希望をされる場合は乳離れ後に、私と国王陛下の子として育てることになっております。それについてはいかがお考えでしょうか?」
アンウェイの直球の質問に、ミランダをはじめその場にいる全員が固まった。
もちろんアンウェイ自身もデリケートな質問だとはわかっている。しかし、本日はどうしても聞く必要があった。だからこそ回りくどい言い方はせずに質問しようと、アンウェイは始めから決めていたのだ。
ミランダは一旦目を閉じ、再び目を開けてアンウェイを見る。
「正直に申し上げます。……出来ることなら性別関係なく、自分の子として自分の手で育てたいです。しかしながら、これは最初からの約束であり決まりごとです。私の産んだ子が、国王陛下と王妃殿下の子となり王太子として国の第一継承者となることを、私はとてもうれしく思っております」
ミランダはアンウェイから視線を外して下を向く。そしてひとつ息を吐いてから続けた。
「また、この大役を与えていただきとても光栄に思っております。自分の手で育てることは出来ないとしても、子の成長を近くで見守っていけるよう、この別棟にはずっと置いて下さると陛下は約束して下さいました。私はそれだけで十分幸せでございます」
ミランダは迷いのない声ではっきりとそう言い切る。しかし、アンウェイの目を見ることは出来ずにいた。
一方でアンウェイは、ミランダが涙を零すまいと必死に耐えている様子を、ただジッと、無表情で見つめながら聞いていた。
「最後の質問です。……ミランダ様は、陛下を愛していますね?」
ミランダは予期せぬ内容に驚き、咄嗟に顔をあげた。そして真っ白な肌は一気に赤く染まり、涙が頬に一筋の線をつくる。その様子を見たアンウェイは、ミランダの答えを待たずに口を開いた。
「ミランダ様は本当に素敵な方ですね。本日は、急な訪問に応じて下さりありがとうございました。どうかお身体を大事にして下さい。元気な子が産まれるのをお祈りしています。それでは、これで失礼いたします」
アンウェイは明るい笑顔で最後の挨拶をして、速やかに退室したのだった。
(どうしてミランダ様は妊娠出来て、私は出来なかったのだろう?)
そんな、考えても仕方のない思考を抱きながら……
「シュイルツ、本日ミランダ様と話をしました」
アンウェイはシュイルツと一緒に夕食をとりながら話した。
「えっ、何かあったのか?」
シュイルツは少し驚きながら、バツの悪そうな複雑な表情を浮かべる。アンウェイがミランダの話をすると、いつもシュイルツはこの表情になるのだ。
そもそもアンウェイたちは、側室を迎えてからもお互いを思いやりながら過ごしていた。しかし、やはりすべて以前通りというわけには行かず、しばしば気まずい空気が流れるのもまた、事実であった。
「少し話をしてみたいと思っただけです。どのような方なのかと思いまして。ミランダ様は、本当に素敵な方でした」
実際にミランダと会話をして、アンウェイは心からそう感じていた。
「アンウェイのほうがずっと素敵だがな」
そう言って自分を見つめるシュイルツのグリーンの瞳に、アンウェイは胸をときめかせつつもすぐに皿に視線を落とし、ステーキを切りながら続ける。
「とても良い母親になりそうだと思いました。もし男児であれば、ミランダ様から子を奪うことになってしまい、私はとても罪悪感を抱いてしまうでしょう」
「最初から決まっていた話で、罪悪感を持つ必要はない。私はアンウェイと共に王太子を育てる」
シュイルツの先程とは違う強い意志の灯った瞳に捉えられ、アンウェイは決心が揺らぎそうになる。しかし、そんな自分を自分で制した。
そう、アンウェイは大きな決心をしたのである。
翌日。いつものように午後三時にお茶を持って部屋へ来たフランに、アンウェイは侍女長から聞いた話題を振る。
「フラン、結婚おめでとう!」
「ありがとうございます。お話をするのが遅くなり大変申し訳ございません。本日こそはお話をさせていただこうと思っておりました」
フランは複雑な表情を浮かべながら答えた。
「良いのよ。私もうれしいわ。本当におめでとう」
「あ……ありがとうございます」
心からの笑顔でアンウェイはそう告げるが、フランの表情は硬いままである。
「婚姻に伴い屋敷を出ることが決まったそうね?」
「はい、そうなのです。でも、私は本当は辞めたくなくて……ずっとアンウェイ様にお仕えしたいのです」
そうフランは訴える。辞めたくなかったからこそ、今までアンウェイに言い出せずにいたのだろう。
「けどあいつが、あっ、幼馴染と結婚するのですが、彼が今度みっつも先の町のアースで働くので、仕方なくついていくのです。……今まで大変良くしていただいたにもかかわらず、侍女を辞めることになってしまい本当に申し訳ございません」
シュンッという文字が目に浮かぶほどがっかりしている様子のフランに、アンウェイは思わず微笑みを浮かべる。フランの忠誠心を、アンウェイは一ミリメートルも疑ってはいない。
「フラン、いつ辞めるの?」
「三月末でございます」
「……そう。ミランダ様の出産予定は一月頃だから、ちょうど良いわね」
そう言ってアンウェイはお茶を一口飲んでから、真面目な表情でフランを見た。
「フラン、そこに座って頂戴。お願いがあるの」
「……し、失礼いたします」
前のめりになってそう言うアンウェイは、優しいが有無を言わせない物言いである。フランは圧倒され、おとなしくアンウェイの前の椅子に座った。
そして、アンウェイはとても真剣な面持ちで話し始める。
「私もフランと一緒にこの城を出るわ」
一瞬、時が止まったかのようにふたりは見つめ合った。アンウェイがフランの顔の前でパチンッと両手を叩くと、フランはハッと我に返り大声を出した。
「……どっ、どういうことですか⁉」
「言葉通りの意味よ。フランには迷惑をかけないようにする。反逆罪になったらいけないし……。私は内密に行動するのは難しいから、フランにあることを調べてきてほしいの。お願い出来ないかしら?」
アンウェイの目は真剣そのもので、フランは言葉を失ってしまう。
「城を出たところで、見つかれば連れ戻されるわ。だから、私は死んだことにしようと思って。そのあとは名前を変えて身分も隠して、町娘として暮らそうと考えているの。その準備をフランに手伝ってほしいのよ」
とんでもないことをサラッと言うアンウェイに、フランは開いた口が塞がらない。
「死ぬって……なぜですか⁉ なぜそこまで……? 国民は皆、アンウェイ様を王妃殿下として認めております。国王陛下とも愛し合っておられます。これからも王妃として国王陛下をおそばで支えていくということは、なぜ出来ないのですか⁉」
フランはアンウェイを見つめ叫ぶ。しかしアンウェイは、ティーカップを両手で持ち水面に浮かぶぼやけた自分の顔を見ながら、ポツリと呟く。
「……私ではなくても良いと思うの」
「何をおっしゃるのですか⁉」
フランは目を見開き、鼻の穴を大きく膨らませた。アンウェイは下を向いたまま続ける。
「ミランダ様は王妃となる力量をお持ちよ。そのミランダ様が国王陛下の子を産むのに、わざわざ私がその子を取り上げる必要はないわ。私がいなければ、ミランダ様が正妻となり王妃となる。そうすれば、ミランダ様も生まれる子も複雑な思いをする必要はないでしょう?」
アンウェイはソーサーにティーカップをそっと置き、フランのほうを見た。
「そして第二子以降も望むことが出来るわ。もし生まれた子が男の子であれば、きっとシュイルツは、私がいる限り第二子を作ろうとはしない。第一、女の子ならばミランダ様が育てて男の子だったら私が育てるなんて……」
アンウェイは精一杯の強がった笑顔をつくる。両手を膝の上で握りしめ、窓の外を見るとちょうど、木に止まっていた二羽の小鳥が連れ立って飛び立った。
(あなたたちは一緒にいられるのね……)
飛び立った小鳥たちをうらやんで見つめていたアンウェイは、フランの声に呼び戻される。
「しかし、最初からミランダ様はその約束で側室になり、それで納得していらっしゃいます。何よりアンウェイ様が亡くなられたら、陛下がとても悲しまれると思います……」
アンウェイは、シュイルツのことを言われ胸が痛む。
「そうね、シュイルツを深く傷つけてしまうわね……。しかし一国の王として、落ち込んでばかりではいられないわ。彼ならきっと乗り越えてくれる」
凛とした顔で断言するアンウェイに、フランは泣きそうになる。アンウェイはフランの悲しそうな表情に、困ったように笑いながら優しく語り始める。
「フラン、私ね、何年も子どもが出来なかったじゃない? だから子どもを授かることも、その子が無事にこの世に誕生することも奇跡だと思うの。そんな奇跡の子を、私たちの都合で親と引き離したくはないの。ミランダ様に母親として辛い思いをしてほしくはないの」
フランは今にもアンウェイが泣き出すように見え、咄嗟にそばに跪き手をぎゅっと強く握った。
「アンウェイ様……」
「ミランダ様がお腹の中で何カ月も育てたうえ、自分の命を賭けて産むのよ? 本当の親子で生きていけるのに、私がそれを邪魔したくはないの。私がいなくなれば、すべて丸く収まるのよ。皆幸せで万々歳だと思わない?」
明るく言うアンウェイに、フランは胸が締めつけられた。子どもを授かることが出来ずにいるアンウェイにとって、子どもを授かったり子どもがこの世に誕生したりするのは、今のフランが思うよりももっと奇跡的なことなのだろう。
「……で、でも国王陛下とアンウェイ様の幸せはどうなるのですか?」
半分泣いたような顔でフランは尋ねた。
「国を治める国王と王妃よ? 国民の幸せが私たちの幸せで、第一に考えるべきこと。後継者候補は何人もいればいるほど国民は安心するわ。だからこそ、私よりもミランダ様が王妃となるほうが、この国の未来は明るいのよ」
アンウェイは言語化するうちに、抱いていた不安や迷いが次第に薄れていくのを感じる。
「それに、ミランダ様はシュイルツを愛しているから、きっとシュイルツも大切にしてくれるわ。私がいなければ、産まれてきたふたりの子を実の両親のもとで育てられるのよ。シュイルツとミランダ様でひとつの幸せな家庭を築いてほしい。……それが私の、心からの願いよ」
アンウェイは話し終えた今、清々しいほどにスッキリとした顔をしている。
心を決めたアンウェイの顔を見て、フランは切ない想いで胸がいっぱいになりながらも、それ以上は何も言えなかった。アンウェイのそばに何年もいたからこそ、想いが痛いほどに伝わってきたのである。
年が明けた一月。雪のちらつく寒空の下、明け方にミランダが元気な男の子を出産した。名前はシュイルツにより〝アーノルド〟と名付けられた。
「国王陛下、王太子殿下のご誕生おめでとうございます」
朝の食卓で、アンウェイはシュイルツに祝辞を述べた。
「……ありがとう。私たちの子どもとなるのだよ。本当に、乳離れをしてからで良いのかい? 私は産まれてすぐに乳母を雇い、私たちの子どもとして育てるつもりであったのだが」
うっすらと目の下にクマが出来ているシュイルツは、パンをちぎりながらやや不満そうな表情でアンウェイを見ている。昨日ミランダの陣痛が始まってから、シュイルツはミランダの部屋の隣の部屋で仕事をしながら待機していたと聞く。
そんなシュイルツの表情に気付かないフリをして、アンウェイは即答する。
「産んですぐに取り上げるなんてひどすぎます。ミランダ様は子どもを産む道具ではありません。ミランダ様ならば育てながら、その時に向けてきちんと気持ちの整理をして下さるはずです」
「わかった。アンウェイ、君の良いようにしよう」
そう言ってシュイルツは、最近めっきり増えた苦笑いを浮かべた。
(私が子どもを産むことさえ出来たら、シュイルツにこんな表情をさせる必要はなかったのに……)
いつの間にかアンウェイは、シュイルツの複雑な気持ちを察しては、自分自身を心の中で責める癖がすっかりと付いてしまっていた。
(ミランダ様とふたりの子どもと一緒に、本当の家族となって幸せに暮らしますように……)
そして同時に、アンウェイは心からそう願うのであった。
王太子誕生から二カ月が経ち、フランの退職が翌日に迫っていた。
この日、アンウェイはシュイルツを夕食後のお茶に誘った。自室でふたりきりでお茶を飲みながら、シュイルツとの最後の穏やかな時間を噛みしめる。
「シュイルツ、アーノルドはとても可愛いわね」
「あぁ、そうだな。もう二カ月になるからな。元気で何よりだ」
シュイルツは下を向いたまま、いつもの複雑な表情を浮かべた。
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