57 / 60
最終章:新たな国王の誕生
12:その後③手紙
しおりを挟む「そうですか、アシュリーが帰りましたか」
渡された手紙を見ながらイーサンは真顔で答える。
「ところでイーサン、サンブルレイドへ行くことは納得しているのかしら?」
「はい、あんなことをしでかした私にこのような任務を与えて下さり、とても感謝しております。父上とヴィクターの想いも忘れずに、サンブルレイドを、この国を守って行きたいと考えております」
イーサンはエリザベスの目をしっかりと見ながら、そう決意表明をした。
「良い顔をしているわ。イーサン、頼りにしていますよ」
エリザベスもしっかりと目を見つめ返しながら、笑顔で言う。
去ろうとしたエリザベスは、思い出したかのように口にする。
「あっ、そう言えば、アシュリーが城を出たのです」
「……はい、最初に伺いました」
「あっ、そうだったわね! うっかりしていたわ。忘れて!」
そう言ってそそくさと去って行くエリザベスを、イーサンは眉を顰めて見送ったのだった。
次にエリザベスはエイダンの部屋を訪れた。
自室はもはや研究室のようになっている。
「……」
アシュリーからの手紙を読んだエイダンは、何も言わずに手紙を引き出しにしまい、研究の続きを再開した。
「……エイダン、精が出るわね」
「うん……」
「エイダン、楽しい?」
「うん……」
全くエリザベスの方を見ようともしないエイダンに、エリザベスは何とか会話を続けようと試みてみる。
「今は何をしているの?」
「アシュリーに渡した黒い球みたいな、投げてぶつけるシリーズは好評だったから、新しいのを作ってる。けど、うまくいかない……」
エイダンの集中が伝わって来たエリザベスは、自分が邪魔であることを悟り、退室することとした。
「研究に没頭するのは良いけれど、朝食の時は必ず来てね」
エリザベスが隠居してから、エリザベスの提案で出来る限り五人の息子と朝食を共にすることとしているのだ。
ヴィクターとアダム、イーサンは同席することが出来ないことも多々あるが、エイダンとオーウェンは今のところ毎朝来てくれていた。
「……」
エイダンからの返事はなく、集中しているようだった。
退室しようとしたエリザベスは、ふと思い出したことを口にする。
「そう言えば、アシュリーの手紙を渡しに来たのだったわ!」
「……」
エイダンはピタッと手を止めエリザベスを見て言った。
「……もう貰ったよ」
「あら、そうだったわね! うっかりしていたわ! それじゃあね!」
手紙を探す手を止めそそくさと退室していくエリザベスの後ろ姿を、エイダンは扉が閉まるまでじっと見ていたのだった。
(ああ、駄目ね……。あと二人よ!)
エリザベスは、自分でも自分が何故そのようなことを口にするのかがわからずに、もどかしい想いをしている。
常に頭にもやがかかっている感じがして、全くすっきりしないのだった。
「えー! アシュリー帰っちゃったの!? パンがやっぱり全然言うことを聞かないから、また躾について相談に行こうと思っていたのに!!!」
アシュリーからの手紙を読み終えたオーウェンは、盛大にがっかりした顔をしている。
「オーウェン、最近はとても熱心に勉学と武術に励んでいるそうね」
「うん! 僕もみんなみたいに立派な王子になる!」
オーウェンは戦闘直前にイーサンに追い返されたことがショックだった。
しかし言われたことは納得出来たので、現在はやる気が漲っている状況である。
「そう。今でも充分立派だけれど、これからをもっと期待しているわね」
「はい、母上!」
笑顔のエリザベスに、オーウェンは凛々しい顔で答えた。
「母上、僕もう勉強の時間だから行かなきゃ。また明日の朝お会いしましょう!」
「ええ。頑張ってね」
去ろうとするオーウェンに、エリザベスは言葉をかける。
「最近はとても熱心に勉学と武術に励んでいるそうね」
オーウェンは去ろうとしていた足を止め、エリザベスを振り返る。
「はい。僕も皆んなみたいに立派な王子になります……」
笑顔のエリザベスにオーウェンは再びそう答えた。
「そう。今でも充分立派だけれど、これからをもっと期待しているわね」
「……はい、母上……」
同じ会話を繰り返した後、オーウェンはニコッとエリザベスに笑顔を向けて去って行ったのだった。
最後にエリザベスが訪れたのはヴィクターだった。
書斎で書類の処理に追われ難しい顔をしているヴィクターに、エリザベスは声をかける。
「ヴィクター、少し話があるの。キリの良い時に少し時間をくれないかしら? 待っているから」
「母上! 今、ちょうどキリが良いですよ」
難しい顔からいつもの笑顔になったヴィクターに、エリザベスも微笑む。
ヴィクターは基本的には前とは変わらないが、最近は引き締まった表情をしていることが増えた。
(この表情を見れば、いかに真摯に国王としての仕事に取り組んでいるのかがよくわかるわね……)
ヴィクターやアダムの仕事ぶりを見ていて、エリザベスは何も心配をしていなかった。
「アシュリーが城を去ったの。皆んな忙しくしていたから手紙を預かったわ」
ヴィクターは目を見開いて固まったまま、手紙を見つめている。
「……いつですか?」
「昨日よ」
「……」
ヴィクターはその場で手紙の封を切った。
『ヴィクター国王陛下へ
大変お世話になりました。
直接挨拶をせずに去ることをお許し下さい。
私も陛下に負けないように、オーグナー領の発展に尽くします。
どうかお元気で。
アシュリー』
「なんだこの内容は……」
「……私は内容までは知りませんよ」
苦い顔をしているヴィクターに、エリザベスは呆れた顔で答える。
「……当たり障りのない……とても素っ気ないものです」
「……そう。そういう関係だったのではないの?」
「違います!」
エリザベスを見てそう言ったヴィクターは、ハッと下を向いて付け加えた。
「少なくとも私は、違いました……」
「伝えなければ、伝わりませんよ」
エリザベスは微笑みながら言う。
ヴィクターのこの様な姿を見るのは初めてで、母として物珍しかったのだ。
「……まさか、黙って出て行くなんて思いもしませんでした」
「……アシュリーは顔の傷をとても気にしていたわ。だから会いたくなかったのもあると思うわ」
エリザベスの顔を再び見るヴィクターに、エリザベスは続ける。
「顔に傷が出来たのは私のせいだから、いろいろとよくしてあげたかったのに……。城にいてくれた方が、してあげやすかったのですけれどね……」
「では、何故止めなかったのですか?」
ヴィクターの険しい表情に、エリザベスは微笑みを絶やさずに言う。
「元々期間限定の約束だったし、アシュリーはオーグナー領を継ぐつもりでずっといるのよ」
「……他に継ぐ者は?」
ヴィクターは奥歯を噛み締めた。
「妹のペニーがいるわ。その子もとても良い子で、アシュリーと切磋琢磨しているわ」
「……わかりました。母上自ら、わざわざ手紙を届けて下さりありがとうございました」
「……いいえ、いいのよ。脳に刺激を与えるのは良いことですしね」
ヴィクターは背を向けてしまい、エリザベスには表情が見えなかった。
(ああ、恋愛には不器用な子ね……)
母としてそんな息子を愛しく想う。
「……ヴィクター、あのノート、あなたは全部見たの?」
「いいえ、直接は……」
ヴィクターはエリザベスの方を向いて言う。
「今更だけれど、是非読んでみてはくれないかしら?」
「……わかりました。アダム兄上が持っていると思うので、読ませていただきます」
「ええ、そうしてね。では、仕事の邪魔をして悪かったわね。あ、そうだったは、アシュリーの手紙を渡しに来たのだった……あら? もう渡したかしら?」
エリザベスは去ろうとして立ち止まり、巾着の中を探しながら言う。
「……はい、戴きましたよ」
そんなエリザベスの様子を見て一瞬驚いたヴィクターだったが、すぐに穏やかに返す。
「そう。……また、うっかりしちゃったわ」
エリザベスの苦笑いに、ヴィクターはエリザベスの側へ行き、手を握った。
「母上、いつでも私に会いに来て下さい。朝食の席には一緒につけないことが多いので」
エリザベスは手の温もりにホッとしながら、笑顔でヴィクターを見上げる。
「ヴィクター、慕う人と一緒になる人生はとても素敵よ」
「……はい」
「一歩を踏み出しやすくするように、手を差し伸べてあげることも大切なことよ」
「……はい」
「私はアシュリーが大好きよ」
「……はい、私もです……」
エリザベスとヴィクターは微笑み合ったのだった……
0
お気に入りに追加
82
あなたにおすすめの小説
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
じれったい夜の残像
ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、
ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。
そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。
再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。
再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、
美咲は「じれったい」感情に翻弄される。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる