【完結】城入りした伯爵令嬢と王子たちの物語

ひかり芽衣

文字の大きさ
上 下
55 / 60
最終章:新たな国王の誕生

10:その後〜3ヶ月後

しおりを挟む



「女王陛下!!!」

アシュリーは城に戻ったエリザベスの姿を見た瞬間、勝手に身体が動いた。
エリザベスに抱きつくアシュリーを、エリザベスはそっと抱きしめ返す。

「アシュリー、無事で良かったわ」

「陛下もご無事で何よりです!!!」

アシュリーは涙をポロポロこぼしながら、"ギューッ"と更に強く抱きしめた。

「アシュリー、母上が潰れてしまうよ」

アダムにそう言われ、アシュリーは我に返る。

「はっ! 失礼いたしました!!!」

(取り乱して女王陛下に抱きつくなんて、何て無礼を働いてしまったの! しかも王子殿下がたを差し置いて!!! 私の馬鹿!!!)

アシュリーは自分の行動を恥じ、エリザベスから離れると一気に部屋の隅へ下がった。

アシュリーが部屋の隅でグスッと涙を拭っていると、王子たちがエリザベスの前に跪いた。
前にヴィクター、後ろに四人が並んでいる。

「母上、ご無事で何よりでございます。救出が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。この度やむおえず、母上不在の状況下にて、新国王就任及び新騎士団統括の就任を執り行わせていただきました。私たちは母上から託されたこの使命を、兄弟で力を合わせてまっとうしていく所存でございます」

「ふふっ。受け入れてくれてよかったわ、ヴィクター。私は嘘が誠となってしまったし、これからはゆっくりとさせてもらうから、皆んな国のことはよろしく頼みますよ」

「「「「「はい!」」」」」

エリザベスも五人の王子たちも皆、穏やかな笑みを浮かべている。


(嘘が誠になってしまったけれど、王子殿下たちの結束もより強まったようだわ。陛下も満足そうなお顔……)

アシュリーは滲む目でこの家族をそっと見つめ続けていた……






ーーー3ヶ月後

「エリザベス殿下、お話があります」

「何かしら、アシュリー」

あれからアシュリーは、城に戻ったエリザベスの侍女として出来ることを精一杯につとめた。

「殿下も引き継ぎを終えられましたし、私もそろそろ実家へ戻らせていただきたいと考えております」

「そう……あなたと話すのはマーズを近くに感じられて嬉しかったから、とても残念だわ」

真面目な顔で言うアシュリーに、エリザベスは残念そうな顔をする。

「申し訳ありません」

「……戻りたい理由が何かあるのかしら?」

「えっ……いえ、ただ様々なことを経験して、一層我がオーグナー領をより良くしたい気持ちが大きくなっただけでございます」

アシュリーはエリザベスの目を見ずに言った。
見ることが出来なかったのだ。

(本当の理由は言えないわ……。ヴィクター国王陛下への想いが大きくなり過ぎて辛いからだなんて……)

アシュリーをじっと見ながらエリザベスは、ふと疑問を口にする。

「アシュリーはあのノートを全部読んだの?」

「えっ? 全部ではありません。読んでいない部分も、ある程度の内容は教えていただいているとは思いますが……」

「アシュリーを城へ呼んだ理由については?」

「えっ? 時期国王陛下を選ぶ手伝いではなかったのですか?」

ポカンと口を開けているアシュリーを見て、エリザベスは"はあっ"とため息をついた。

「ええ、そうね。……そう、残念だわ。けれどあとは当人同士の問題だし、仕方ないわね」





エリザベスに退職の許可を得て部屋を退室したアシュリーは、セリーナにも辞める旨を伝えた。

「そう、寂しくなるわね……。けれど、仕方がないわね」

「私も寂しくなります」

セリーナのことを姉の様に慕っていたアシュリーは、心から別れを残念に思う。

「あのっ、セリーナ様……一つ伺ってもよろしいでしょうか?」

「何かしら?」

アシュリーはゴクッと唾を飲み込み、緊張した表情で尋ねる。

「……イーサン殿下のことはどうなさるのですか?」

「えっ!?」

"ガチャン!"

セリーナは持っていたバケツを落としてしまう。
幸いバケツはひっくり返らずにそのまま落下したため、水が散っただけで済んだ。

セリーナは慌てて雑巾で床を拭きながら、返事をした。

「……どうするもないわ。想い続けられる間は想い続ける。それだけよ」

「……想いを伝えたりはしないのですか?」

「……しないわよ。身分が違うわ。私は想っていたいだけなの」

セリーナは頬を微かに赤く染め、苦笑いでそう言った。

迷いなくそう言い切るセリーナを、アシュリーは眩しく感じる。

「……セリーナ様はすごいですね。私にはとても無理です……」

「……ヴィクター国王陛下?」

アシュリーはコクリと頷いた。

「……そうね。公爵様と国王陛下ではまた全然違うわね……。まあ私は、どちらでも変わらず想い続けたと思うけれど……」

「……私は、きっとそう遠くない未来にやって来るであろう王妃様を、快くお迎えすることは出来ません。なので、城を去ります」

アシュリーも床拭きを手伝いにしゃがんだまま、床をジッと見つめて言う。

「……想いが今にも溢れ出しそうで、自分ではコントロールが出来ないのね?」

「……はい」

アシュリーは思わず目から大粒の涙が溢れた。
想いを他人に話したのは初めてだったアシュリーは、話すことで余計にヴィクターへの想いを実感をしてしまう。

「想いは伝えなくても良いの?」

「はい。困った顔は見たくありません。それに、この顔を見られたくもありませんし……」

アシュリーは顔の傷がかなり悪化しており、1ヶ月前にやっとガーゼを除去することが出来た。
それからヴィクターにはまだ一度も会っていないのだ。

「……傷が残ってしまって、辛いわね。けれど、アシュリーの中身は何も変わらないからね? あなたはとても素敵よ? 自信を持って生きて行くのよ!」

セリーナの言葉はアシュリーの心に染みた。

「はい。胸を張って生きて行くためにも、ここを出ます」

アシュリーは決意した顔をしている。

アシュリーの左頬にはギザギザな10×3cmほどの傷が残った。
ガーゼ姿は目立ってはいたが、怪我をしているのだろうと思われるだけだった。
しかしこの傷は、すれ違う人の殆どが驚いて二度見をして来るほどだった。

(まだ傷が新しいからピンク色で余計に目立つのよね……時間が経って少しは目立たなくなると良いのだけれど……)

ガーゼを取って以降、アシュリーは鏡を見なくなった。

(それでなくても想い人が国王陛下ってだけでも身分差があるのに、この顔だもの……。この顔を見られて記憶が上書きされる前に去りたいわ。昔の傷のない頃の私の姿を記憶に留めて欲しい……)

そのようなことを考えるようになっていたアシュリーは、今日エリザベスに辞職を申し出たのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

処理中です...