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最終章:新たな国王の誕生
10:その後〜3ヶ月後
しおりを挟む「女王陛下!!!」
アシュリーは城に戻ったエリザベスの姿を見た瞬間、勝手に身体が動いた。
エリザベスに抱きつくアシュリーを、エリザベスはそっと抱きしめ返す。
「アシュリー、無事で良かったわ」
「陛下もご無事で何よりです!!!」
アシュリーは涙をポロポロこぼしながら、"ギューッ"と更に強く抱きしめた。
「アシュリー、母上が潰れてしまうよ」
アダムにそう言われ、アシュリーは我に返る。
「はっ! 失礼いたしました!!!」
(取り乱して女王陛下に抱きつくなんて、何て無礼を働いてしまったの! しかも王子殿下がたを差し置いて!!! 私の馬鹿!!!)
アシュリーは自分の行動を恥じ、エリザベスから離れると一気に部屋の隅へ下がった。
アシュリーが部屋の隅でグスッと涙を拭っていると、王子たちがエリザベスの前に跪いた。
前にヴィクター、後ろに四人が並んでいる。
「母上、ご無事で何よりでございます。救出が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。この度やむおえず、母上不在の状況下にて、新国王就任及び新騎士団統括の就任を執り行わせていただきました。私たちは母上から託されたこの使命を、兄弟で力を合わせてまっとうしていく所存でございます」
「ふふっ。受け入れてくれてよかったわ、ヴィクター。私は嘘が誠となってしまったし、これからはゆっくりとさせてもらうから、皆んな国のことはよろしく頼みますよ」
「「「「「はい!」」」」」
エリザベスも五人の王子たちも皆、穏やかな笑みを浮かべている。
(嘘が誠になってしまったけれど、王子殿下たちの結束もより強まったようだわ。陛下も満足そうなお顔……)
アシュリーは滲む目でこの家族をそっと見つめ続けていた……
ーーー3ヶ月後
「エリザベス殿下、お話があります」
「何かしら、アシュリー」
あれからアシュリーは、城に戻ったエリザベスの侍女として出来ることを精一杯につとめた。
「殿下も引き継ぎを終えられましたし、私もそろそろ実家へ戻らせていただきたいと考えております」
「そう……あなたと話すのはマーズを近くに感じられて嬉しかったから、とても残念だわ」
真面目な顔で言うアシュリーに、エリザベスは残念そうな顔をする。
「申し訳ありません」
「……戻りたい理由が何かあるのかしら?」
「えっ……いえ、ただ様々なことを経験して、一層我がオーグナー領をより良くしたい気持ちが大きくなっただけでございます」
アシュリーはエリザベスの目を見ずに言った。
見ることが出来なかったのだ。
(本当の理由は言えないわ……。ヴィクター国王陛下への想いが大きくなり過ぎて辛いからだなんて……)
アシュリーをじっと見ながらエリザベスは、ふと疑問を口にする。
「アシュリーはあのノートを全部読んだの?」
「えっ? 全部ではありません。読んでいない部分も、ある程度の内容は教えていただいているとは思いますが……」
「アシュリーを城へ呼んだ理由については?」
「えっ? 時期国王陛下を選ぶ手伝いではなかったのですか?」
ポカンと口を開けているアシュリーを見て、エリザベスは"はあっ"とため息をついた。
「ええ、そうね。……そう、残念だわ。けれどあとは当人同士の問題だし、仕方ないわね」
エリザベスに退職の許可を得て部屋を退室したアシュリーは、セリーナにも辞める旨を伝えた。
「そう、寂しくなるわね……。けれど、仕方がないわね」
「私も寂しくなります」
セリーナのことを姉の様に慕っていたアシュリーは、心から別れを残念に思う。
「あのっ、セリーナ様……一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
「何かしら?」
アシュリーはゴクッと唾を飲み込み、緊張した表情で尋ねる。
「……イーサン殿下のことはどうなさるのですか?」
「えっ!?」
"ガチャン!"
セリーナは持っていたバケツを落としてしまう。
幸いバケツはひっくり返らずにそのまま落下したため、水が散っただけで済んだ。
セリーナは慌てて雑巾で床を拭きながら、返事をした。
「……どうするもないわ。想い続けられる間は想い続ける。それだけよ」
「……想いを伝えたりはしないのですか?」
「……しないわよ。身分が違うわ。私は想っていたいだけなの」
セリーナは頬を微かに赤く染め、苦笑いでそう言った。
迷いなくそう言い切るセリーナを、アシュリーは眩しく感じる。
「……セリーナ様はすごいですね。私にはとても無理です……」
「……ヴィクター国王陛下?」
アシュリーはコクリと頷いた。
「……そうね。公爵様と国王陛下ではまた全然違うわね……。まあ私は、どちらでも変わらず想い続けたと思うけれど……」
「……私は、きっとそう遠くない未来にやって来るであろう王妃様を、快くお迎えすることは出来ません。なので、城を去ります」
アシュリーも床拭きを手伝いにしゃがんだまま、床をジッと見つめて言う。
「……想いが今にも溢れ出しそうで、自分ではコントロールが出来ないのね?」
「……はい」
アシュリーは思わず目から大粒の涙が溢れた。
想いを他人に話したのは初めてだったアシュリーは、話すことで余計にヴィクターへの想いを実感をしてしまう。
「想いは伝えなくても良いの?」
「はい。困った顔は見たくありません。それに、この顔を見られたくもありませんし……」
アシュリーは顔の傷がかなり悪化しており、1ヶ月前にやっとガーゼを除去することが出来た。
それからヴィクターにはまだ一度も会っていないのだ。
「……傷が残ってしまって、辛いわね。けれど、アシュリーの中身は何も変わらないからね? あなたはとても素敵よ? 自信を持って生きて行くのよ!」
セリーナの言葉はアシュリーの心に染みた。
「はい。胸を張って生きて行くためにも、ここを出ます」
アシュリーは決意した顔をしている。
アシュリーの左頬にはギザギザな10×3cmほどの傷が残った。
ガーゼ姿は目立ってはいたが、怪我をしているのだろうと思われるだけだった。
しかしこの傷は、すれ違う人の殆どが驚いて二度見をして来るほどだった。
(まだ傷が新しいからピンク色で余計に目立つのよね……時間が経って少しは目立たなくなると良いのだけれど……)
ガーゼを取って以降、アシュリーは鏡を見なくなった。
(それでなくても想い人が国王陛下ってだけでも身分差があるのに、この顔だもの……。この顔を見られて記憶が上書きされる前に去りたいわ。昔の傷のない頃の私の姿を記憶に留めて欲しい……)
そのようなことを考えるようになっていたアシュリーは、今日エリザベスに辞職を申し出たのだった。
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