【完結】城入りした伯爵令嬢と王子たちの物語

ひかり芽衣

文字の大きさ
上 下
36 / 60
第四章 嘘が誠となる時

5:逃走②

しおりを挟む


何とか村に辿り着いたアシュリーだが、真夜中で静まり返っている。

(馬が居ないか少し偵察させて貰って、それから物置かどこか屋根のある所で少し休ませて貰おう……)

雨はまだしとしと降り続いている。

ざっと見たところ、30軒程の家が建ち並んでいる小さな集落だった。

(あっ、馬がいるわ!)

この集落の中では比較的立派な建物に、馬が2匹繋がれていた。

(あら? 声が聞こえる……?)

そう思うと同時に、家の中に灯りが灯った。
小さな灯りで、恐らく蝋燭に火をつけたのだろう。

「やっぱり眠れない。もう一飲みするか」

「明日は朝から馬でつかいに行かないといけないんだから、横になって少しでも休んだ方が良いよ」

「うるせーな」

「僕は馬に乗るのがうまくないから、かわれないからね!」

「はいはい、わーってるよ! お前は本当にバランスとるのが下手なんだよなー。さっさと上手くなれよー。使えねーなー」

アシュリーは意を決して、扉をノックした。

「あのっ、すみません。お願いがあるのですが……」

するとドアが開き、中からまだ10代前半の少年が顔を出す。

「こんな時間にこんな若い娘がどうした? えらい汚れて……。まあいい、入れ」

後ろから顔を出した20代の男性は明らかに酔っている。
奥に入ることは躊躇われ、アシュリーは玄関のドアを閉めてすぐに、その場で本題に入った。

「あのっ、ここはどこですか? 馬で王都まで連れて行っていただけませんか? それが無理なら、どこか町まで……」

「金は?」

「あっ……」

アシュリーは無一文なのを思い出し、渋い顔をする。

「……王都まで行っていただければ、お金はたくさん支払うことが出来ます!」

「王都は遠いわ。近くの大きな町までなら良いけど……タダじゃなあ?」

男が悪い顔をしている。
少年は心配そうに見守っている。
兄弟だろうか?目元がよく似ていた。

「キャッ!」

アシュリーが寒さに震えていると、急に男がアシュリーの元へ行き担ぎ上げた。
そして近くのラグの上に投げ捨てられる。
アシュリーは驚きに目を見開く。

「身体で払って貰おうか」

男はアシュリーに覆い被さった。

「にっ、兄さん、やめなよ!」

少年はあたふたしている。

「見たくなきゃどっか行ってろ!」

男が弟の方をチラッと見た隙に、アシュリーは痛みのない左足で男の股間を思いっきり蹴り上げた。

「ウッ……!?」

男が悶絶している隙に、アシュリーは家を飛び出た。

(怖い……。馬はあの家にしかなかった。もう頼れないわ……。さっきの人に見つかる前に村を出ないと……)

やっとの想いで辿り着いた人里だったが、アシュリーは先ほどの恐怖から身体がガタガタと震えていた。

冷静に考えれば、この村で助けを得るべきなのかもしれない。しかし今のアシュリーにその思考はなかった。
もう二度とさっきの男の顔を見たくなかったのだ。

アシュリーは小走りで村の出口へ向かっていると、さっきの少年が走って追いかけて来た。

「助けてあげられなくてごめんなさい! 北東の小さい森を過ぎれば、大きな町があります!」

それだけを言うと、走って家へ戻って行った。


(北東の小さい森……)

北東は村の入口の反対側だった。
アシュリーが村の裏側へ回ると、そこには確かに森がある。

(小さいと言っていた言葉を信じましょう……)

こうしてアシュリーは、再び森に足を踏み入れた。

身を隠せる安堵感はあるが、もう脚が鉛のようだった。
森に入ってすぐに土がほれて小さい洞穴のようになっている所を見つけたため、アシュリーはそこで休むことにした。




アシュリーが目を覚ますと、雨は上がり日は高く上っていた。

(休み過ぎたわ!)

身体を起こそうとするが、ずっしりと重くて思うように起こせない。

(ああ、熱っぽいわね。昨晩雨に濡れて冷えたから、風邪をひいてしまったようね……)

おまけに左頬と右手足の疼痛も増している。

「はあ……でも、進むしかないわ……」

気力を振り絞って立ち上がったアシュリーは、辺りを見渡す。
すると杖の代わりに出来そうな太い木の枝を見つけることができた。

「よしっ、丈夫な枝ね。これで歩けるわ」

"パカッパカッ"

アシュリーがそう思ったその時、馬の音が近付いて来た。

(馬だわ! 奴らがここまで追って来たのかしら!!!)

アシュリーは先ほどまで隠れていた穴に再び身を潜めた。
全身真っ黒のアシュリーは、うまく隠れることに成功する。

馬はゆっくりと進んでいる。

「森に入ってから落ち葉が上に積もって足跡が消えている! 村を出て随分経っているから、やはりもう森を抜けたのか!? 隊長、こちら側には見当たりません!」

そう言って馬に乗った男は去って行った。

(ああ、やはり私を探しているのね。きっとあいつらだわ……)

まさかまだアシュリーが、森に入ってすぐのこんなところにいるとは思わなかったのだろう。
馬の足音はあっという間に遠くなった。

(あまりゆっくりはしていられないわ。陛下のことも心配だし。シャインブレイドも先に見つけなければならないし……。何より何も食べていないし、雨もあがって水もない。私の体力の問題もあるわ。頑張って進まなきゃ……)

そう思って歩き出したアシュリーだが、満身創痍で思うように足が進まない。

(ヴィクター殿下にもう一度会うまでは死ねないわよ!)

元気な状態の十分の一以下のペースだが、何とか進んで行く。

一度座ると再び立ち上がることが困難なような気がして、少しずつでも休まずに足を進め続けた。

そして再び夜がやって来た時、やっと森を抜けることが出来た。

(光が見えるわ!)

昨日の小さな灯りとは比べ物にならない数の灯りが見えた。
青年の言っていた通り、大きな町のようだ。

森を抜けても昨日の草原とは違い、草の背が高くアシュリーの背丈まであった。

(これなら、身を隠しながら進めるわ!)

アシュリーは光が見えたことで、少し力が漲ってくるのを感じる。
そして1時間ほど歩くと町の輪郭が見えて来た。

(あっ、あれは……!?)

アシュリーの瞳は輝く。

(あの要塞のような外壁は、サンブルレイドだわ!!!)

そう認識すると同時に気が緩んだのか、一気に泥に覆いかぶられるような感覚に襲われ、そのまま地面に倒れ込んだ。

(サンブルレイドまで行かないと……ヴィクター殿下……)

そうしてアシュリーは、そのまま意識を手放した。



















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

じれったい夜の残像

ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、 ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。 そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。 再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。 再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、 美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...