【完結】城入りした伯爵令嬢と王子たちの物語

ひかり芽衣

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第四章 嘘が誠となる時

5:逃走②

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何とか村に辿り着いたアシュリーだが、真夜中で静まり返っている。

(馬が居ないか少し偵察させて貰って、それから物置かどこか屋根のある所で少し休ませて貰おう……)

雨はまだしとしと降り続いている。

ざっと見たところ、30軒程の家が建ち並んでいる小さな集落だった。

(あっ、馬がいるわ!)

この集落の中では比較的立派な建物に、馬が2匹繋がれていた。

(あら? 声が聞こえる……?)

そう思うと同時に、家の中に灯りが灯った。
小さな灯りで、恐らく蝋燭に火をつけたのだろう。

「やっぱり眠れない。もう一飲みするか」

「明日は朝から馬でつかいに行かないといけないんだから、横になって少しでも休んだ方が良いよ」

「うるせーな」

「僕は馬に乗るのがうまくないから、かわれないからね!」

「はいはい、わーってるよ! お前は本当にバランスとるのが下手なんだよなー。さっさと上手くなれよー。使えねーなー」

アシュリーは意を決して、扉をノックした。

「あのっ、すみません。お願いがあるのですが……」

するとドアが開き、中からまだ10代前半の少年が顔を出す。

「こんな時間にこんな若い娘がどうした? えらい汚れて……。まあいい、入れ」

後ろから顔を出した20代の男性は明らかに酔っている。
奥に入ることは躊躇われ、アシュリーは玄関のドアを閉めてすぐに、その場で本題に入った。

「あのっ、ここはどこですか? 馬で王都まで連れて行っていただけませんか? それが無理なら、どこか町まで……」

「金は?」

「あっ……」

アシュリーは無一文なのを思い出し、渋い顔をする。

「……王都まで行っていただければ、お金はたくさん支払うことが出来ます!」

「王都は遠いわ。近くの大きな町までなら良いけど……タダじゃなあ?」

男が悪い顔をしている。
少年は心配そうに見守っている。
兄弟だろうか?目元がよく似ていた。

「キャッ!」

アシュリーが寒さに震えていると、急に男がアシュリーの元へ行き担ぎ上げた。
そして近くのラグの上に投げ捨てられる。
アシュリーは驚きに目を見開く。

「身体で払って貰おうか」

男はアシュリーに覆い被さった。

「にっ、兄さん、やめなよ!」

少年はあたふたしている。

「見たくなきゃどっか行ってろ!」

男が弟の方をチラッと見た隙に、アシュリーは痛みのない左足で男の股間を思いっきり蹴り上げた。

「ウッ……!?」

男が悶絶している隙に、アシュリーは家を飛び出た。

(怖い……。馬はあの家にしかなかった。もう頼れないわ……。さっきの人に見つかる前に村を出ないと……)

やっとの想いで辿り着いた人里だったが、アシュリーは先ほどの恐怖から身体がガタガタと震えていた。

冷静に考えれば、この村で助けを得るべきなのかもしれない。しかし今のアシュリーにその思考はなかった。
もう二度とさっきの男の顔を見たくなかったのだ。

アシュリーは小走りで村の出口へ向かっていると、さっきの少年が走って追いかけて来た。

「助けてあげられなくてごめんなさい! 北東の小さい森を過ぎれば、大きな町があります!」

それだけを言うと、走って家へ戻って行った。


(北東の小さい森……)

北東は村の入口の反対側だった。
アシュリーが村の裏側へ回ると、そこには確かに森がある。

(小さいと言っていた言葉を信じましょう……)

こうしてアシュリーは、再び森に足を踏み入れた。

身を隠せる安堵感はあるが、もう脚が鉛のようだった。
森に入ってすぐに土がほれて小さい洞穴のようになっている所を見つけたため、アシュリーはそこで休むことにした。




アシュリーが目を覚ますと、雨は上がり日は高く上っていた。

(休み過ぎたわ!)

身体を起こそうとするが、ずっしりと重くて思うように起こせない。

(ああ、熱っぽいわね。昨晩雨に濡れて冷えたから、風邪をひいてしまったようね……)

おまけに左頬と右手足の疼痛も増している。

「はあ……でも、進むしかないわ……」

気力を振り絞って立ち上がったアシュリーは、辺りを見渡す。
すると杖の代わりに出来そうな太い木の枝を見つけることができた。

「よしっ、丈夫な枝ね。これで歩けるわ」

"パカッパカッ"

アシュリーがそう思ったその時、馬の音が近付いて来た。

(馬だわ! 奴らがここまで追って来たのかしら!!!)

アシュリーは先ほどまで隠れていた穴に再び身を潜めた。
全身真っ黒のアシュリーは、うまく隠れることに成功する。

馬はゆっくりと進んでいる。

「森に入ってから落ち葉が上に積もって足跡が消えている! 村を出て随分経っているから、やはりもう森を抜けたのか!? 隊長、こちら側には見当たりません!」

そう言って馬に乗った男は去って行った。

(ああ、やはり私を探しているのね。きっとあいつらだわ……)

まさかまだアシュリーが、森に入ってすぐのこんなところにいるとは思わなかったのだろう。
馬の足音はあっという間に遠くなった。

(あまりゆっくりはしていられないわ。陛下のことも心配だし。シャインブレイドも先に見つけなければならないし……。何より何も食べていないし、雨もあがって水もない。私の体力の問題もあるわ。頑張って進まなきゃ……)

そう思って歩き出したアシュリーだが、満身創痍で思うように足が進まない。

(ヴィクター殿下にもう一度会うまでは死ねないわよ!)

元気な状態の十分の一以下のペースだが、何とか進んで行く。

一度座ると再び立ち上がることが困難なような気がして、少しずつでも休まずに足を進め続けた。

そして再び夜がやって来た時、やっと森を抜けることが出来た。

(光が見えるわ!)

昨日の小さな灯りとは比べ物にならない数の灯りが見えた。
青年の言っていた通り、大きな町のようだ。

森を抜けても昨日の草原とは違い、草の背が高くアシュリーの背丈まであった。

(これなら、身を隠しながら進めるわ!)

アシュリーは光が見えたことで、少し力が漲ってくるのを感じる。
そして1時間ほど歩くと町の輪郭が見えて来た。

(あっ、あれは……!?)

アシュリーの瞳は輝く。

(あの要塞のような外壁は、サンブルレイドだわ!!!)

そう認識すると同時に気が緩んだのか、一気に泥に覆いかぶられるような感覚に襲われ、そのまま地面に倒れ込んだ。

(サンブルレイドまで行かないと……ヴィクター殿下……)

そうしてアシュリーは、そのまま意識を手放した。



















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