上 下
47 / 113

46:産後一年

しおりを挟む
「ブライト!」

ヴァイオレットに会った後は、ついついブライトをきつく抱きしめてしまう。

キョトンとしているブライトを見て、ソフィアは微笑む。

「ブライト、お母様はちょっと気が汚れてしまったから綺麗にして? ブライトに抱きつくと、綺麗になるの!」

ソフィアがドヤ顔でそう言うと、ブライトは楽しそうにケタケタ笑っている。
クリクリの瞳や鼻の形はジャックに似ている。
唇の形はソフィアだった。
二人の愛の結晶に、ソフィアは日に日にブライトへの愛しさを更新して行く。
愛しい感情は無限大のようだ。

「キャー! アタター!!! ターッ!」

ソフィアが再び抱きしめようとすると、ブライトは宇宙語を喋りながら逃げていく。
最近ブライトは、単語はまだだが宇宙語をよくしゃべり、辿々しい足取りで部屋中を駆け回るのだ。
ソフィアはわざとブライトと一定の距離を取って追いかけて行く。

「ブライト、待てー!!!」

「きゃは! きゃははー!!!」

部屋を出たブライトを追いかけていると、廊下の窓からふと中庭が目に入った。
そこには二人の人物がいる。

「ブライト、捕まえた!」

ソフィアはブライトを抱き上げ、二人の人物を見た。
それはジェームズとハンナだったのだが、ソフィアは自分の目を疑った。

(二人でいる所を見るのは初めてね。……私といる時には信じられない、優しい表情をなさっているわ……)

そう、ジェームズが見たことのない表情をしているのだ。

柔らかい"目の前にいる人が愛おしい"と言わんばかりの表情で、ハンナを見つめている。
ソフィアの位置からはハンナの顔は見えないが、ジェームズの顔をジッと見上げていることはわかる。

(お二人は愛を育まれているのね……)

ソフィアに嫉妬心は一切ない。
いやそれは、正確にいうと誤りかもしれない。
ジェームズとハンナの仲に対する嫉妬心は一切なく、それは間違いない。
しかし、想う人と一緒にいられる羨ましさは抱いていた。

(……ジャック様は元気かしら?)

ジャックのことを思い出すことは度々ある。
落ち込むことがあった時には、もらった指輪を握りしめて涙することもある。

あの孤児院で再開した時のことを、何度思い出したことか……

(リヒターという名の高位貴族はいたかしら?)

あの時たしかに、"リヒター様"と呼ばれていた。
しかし、ソフィアの知る限りはその姓の高位貴族を知らないのだ。


胸元のネックレスにつけている指輪をギュッと握る。
その自分の手に目を落とした時、ソフィアの瞳に映ったのは仰々しい指輪だった。

(ここにいれば衣食住には困らないわ。でも、子どもにとって良い環境とは言えない。父親を旦那様だと教えるかどうかの問題もある。ブライトに好意を抱いていないお義母様と旦那様の存在は、ブライトの自尊心を育む妨げになるだろうし……)

ソフィアはずっと、これからについて考えていた。
けれど、考えても答えは出なかった。
離縁して出戻っても、実家の父は受け入れてはくれないだろう。
高位貴族との縁が切れるのだ。
弟たちたちにも迷惑がかかるかもしれない。

子どもと二人で平民として生きていくことも、頑張れば可能かもしれない。
しかしそうなると、子どもの教育は諦める必要がある。

ソフィアはジャックに貰った指輪を握りしめながら、ジャックの笑顔を思い浮かべる。

(どうか私たちを守って下さいね)

そして、そう願うのだった……---





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完結】愛に溺れたらバッドエンド!?巻き戻り身を引くと決めたのに、放っておいて貰えません!

白雨 音
恋愛
伯爵令嬢ジスレーヌは、愛する婚約者リアムに尽くすも、 その全てが裏目に出ている事に気付いていなかった。 ある時、リアムに近付く男爵令嬢エリザを牽制した事で、いよいよ愛想を尽かされてしまう。 リアムの愛を失った絶望から、ジスレーヌは思い出の泉で入水自害をし、果てた。 魂となったジスレーヌは、自分の死により、リアムが責められ、爵位を継げなくなった事を知る。 こんなつもりではなかった!ああ、どうか、リアムを助けて___! 強く願うジスレーヌに、奇跡が起こる。 気付くとジスレーヌは、リアムに一目惚れした、《あの時》に戻っていた___ リアムが侯爵を継げる様、身を引くと決めたジスレーヌだが、今度はリアムの方が近付いてきて…?   異世界:恋愛 《完結しました》  お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

【完結】王太子の求婚は受け入れられません!

みやちゃん
恋愛
生まれたときから魔力が強く、王城で育ったレイシア 育ててもらった恩もあり、一生この国を守ることを決めていた。 魔法使いとして生きていくことをレイシアは望み、周りの人たちもそうなるものだと思っていた。 王太子が「レイシアを正妃とする」と言い出すまでは‥

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

本当はあなたを愛してました

m
恋愛
結婚の約束をしていたリナとルーカス。 幼馴染みで誰よりもお互いの事を知っていて いずれは結婚するだろうと誰からも思われていた2人 そんなある時、リナは男性から声をかけられる 小さい頃からルーカス以外の男性と交流を持つこともなかったリナ。取引先の方で断りづらいこともあり、軽い気持ちでその食事の誘いに応じてしまう。 そうただ…ほんとに軽い気持ちで… やましい気持ちなどなかったのに 自分の行動がルーカスの目にどう映るかなど考えも及ばなかった… 浮気などしていないので、ルーカスを想いつづけるリナ 2人の辿り着く先は… ゆるい設定世界観です

処理中です...