83 / 113
82:夢ではなかった
しおりを挟む2週間後に、ソフィアとブライトはモードン男爵家を出ることとなった。
三人の弟達は、ブライトの父親が第三王子だということに驚いていたが、とても喜んでくれた。
そしてソフィアが今までやっていた活動も、三男タオが引き継ぐと言ってくれている。
更に、マリナがソフィアの侍女として付いて来てくれることとなった。
するともれなく新婚の御者も付いて来てくれるそうで、幸せそうな二人をみるのもまたソフィアの楽しみの一つだったため、ソフィアは嬉しく思っていた。
(信頼出来る人が一緒に来てくれるのは嬉しいわ。私にとってもブライトにとってもね)
ソフィアは、そんなことを考えながら目の前の人物を見る。
”あの日のことは夢だったのではないか”と思うこともしばしばあったが、どうやら夢ではなかったようだ。
一週間ぶりに会うジャックは、確かにソフィアの目の前にいる。
今日ソフィアは、今後のことについて話し合いをするために、忙しいジャックのもとを訪ねていた。
王都のカフェの個室で二人きりだが、扉の外にはマッケンとマリナがいる。
ジャックは目立たないように、騎士のような恰好をしている。
(……あの時26歳だと言っていたから、33歳かしら? 増々素敵になっているわね……)
女性に比べて男性は精神的な成熟がゆっくりな人が多く、30代からが本当の”大人の男性”としての味が出て来ると、ソフィアは思っている。
ソフィアがジャックに見惚れていると、ティーカップを置いたジャックがソフィアを見て、口を開く。
「公には、入学試験の結果発表はまだなので口外しないで欲しいのだが、ブライトは合格だ」
ソフィアの反応を待たずに、ジャックはすぐに付け足す。
「私情は一切ない。ブライトの実力で合格を勝ち取ったのだからな!」
誤解のないようにと配慮してくれるジャックが微笑ましくて、ソフィアは愛おしい気持ちが溢れそうになる。
「親馬鹿ではなく、ブライトは賢いし運動も出来るもの。不合格なら不正を疑うところだわ!」
「ははっ。その通りだ!」
溢れ出しそうな気持ちを少しふざけることで誤魔化したソフィアは、ジャックの笑顔に幸せを噛みしめていた。
(……幸せ過ぎて怖いわ……)
第三王子とのこれからの生活に、もちろん不安は大きい。
しかし、まさか血の繋がった実の親子三人で暮らすことが出来る日が来るなど、全く思ってもいなかったのだ。
ソフィアは、何よりも今は幸せな気持ちが勝っていた。
「それで今後の住処についてだが、ブライトが学校に通うことが出来て、俺も城と行き来しやすい場所にある屋敷にしようと思う。前国王である父が母と暮らすために準備をした屋敷だが、母が平民としての暮らしを変えたがらずに結局住まなかった屋敷があるのだ。好きにしても良いと譲り受けていたのだが、今回ちょうど良いと思っている。どうだろうか?」
ジャックは穏やかな表情で、ソフィアの意見を尋ねてくれる。
(遠方だと、ブライトは寮に入ることになるものね。学校へ通うことが出来る所に住むことが出来れば、ブライトと離れずに済むので嬉しいわ……けれど……)
ソフィアには引っかかることがあった。
「城へ住まなくても良いのですか? あと、国王陛下やジャック様のお父上への挨拶はどうされる予定ですか?」
ジャックは、真っ直ぐに見て来るソフィアのライトブルーの瞳を見ながら、少し困った顔を浮かべる。
「……父や兄上達への挨拶は、タイミングを見計らっている。なので申し訳ないが、すぐに婚姻を結ぶことは難しいのだ……」
申し訳なさそうな顔をするジャックの手に、ソフィアは自分の手を重ねた。
「責めているのではありません。私は男爵家の娘で一度結婚に失敗しています。そして子供もいます。王家へ嫁ぐのですから、問題が色々あるのは重々承知です」
ジャックが重ねられた手からソフィアへ視線をうつすと、朗らかな笑顔を浮かべるソフィアと目が合う。
「今まで何年、あなたを忘れられなかったとお思いですか? 私はいつまででも待ちますから。こうやって会えるだけで幸せです」
穏やかなソフィアの笑顔にジャックが見惚れていると、ソフィアは我慢が出来ずに顔を近づけ、ジャックの頬に口づけをした。
「隙あり」
頬を赤らめて舌を”ぺろっ”と少し出して言うソフィアの上目遣いに、今度はジャックの我慢が限界だった。
(なんて可愛らしいのだ……)
ジャックはソフィアの頭を抱き寄せ、唇を重ねたのだった……
0
お気に入りに追加
82
あなたにおすすめの小説
出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。
ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。
しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。
ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。
それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。
この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。
しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。
そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。
素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる