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82:夢ではなかった

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2週間後に、ソフィアとブライトはモードン男爵家を出ることとなった。

三人の弟達は、ブライトの父親が第三王子だということに驚いていたが、とても喜んでくれた。
そしてソフィアが今までやっていた活動も、三男タオが引き継ぐと言ってくれている。
更に、マリナがソフィアの侍女として付いて来てくれることとなった。
するともれなく新婚の御者も付いて来てくれるそうで、幸せそうな二人をみるのもまたソフィアの楽しみの一つだったため、ソフィアは嬉しく思っていた。

(信頼出来る人が一緒に来てくれるのは嬉しいわ。私にとってもブライトにとってもね)

ソフィアは、そんなことを考えながら目の前の人物を見る。
”あの日のことは夢だったのではないか”と思うこともしばしばあったが、どうやら夢ではなかったようだ。
一週間ぶりに会うジャックは、確かにソフィアの目の前にいる。

今日ソフィアは、今後のことについて話し合いをするために、忙しいジャックのもとを訪ねていた。
王都のカフェの個室で二人きりだが、扉の外にはマッケンとマリナがいる。
ジャックは目立たないように、騎士のような恰好をしている。

(……あの時26歳だと言っていたから、33歳かしら? 増々素敵になっているわね……)

女性に比べて男性は精神的な成熟がゆっくりな人が多く、30代からが本当の”大人の男性”としての味が出て来ると、ソフィアは思っている。
ソフィアがジャックに見惚れていると、ティーカップを置いたジャックがソフィアを見て、口を開く。

「公には、入学試験の結果発表はまだなので口外しないで欲しいのだが、ブライトは合格だ」

ソフィアの反応を待たずに、ジャックはすぐに付け足す。

「私情は一切ない。ブライトの実力で合格を勝ち取ったのだからな!」

誤解のないようにと配慮してくれるジャックが微笑ましくて、ソフィアは愛おしい気持ちが溢れそうになる。

「親馬鹿ではなく、ブライトは賢いし運動も出来るもの。不合格なら不正を疑うところだわ!」

「ははっ。その通りだ!」

溢れ出しそうな気持ちを少しふざけることで誤魔化したソフィアは、ジャックの笑顔に幸せを噛みしめていた。

(……幸せ過ぎて怖いわ……)

第三王子とのこれからの生活に、もちろん不安は大きい。
しかし、まさか血の繋がった実の親子三人で暮らすことが出来る日が来るなど、全く思ってもいなかったのだ。
ソフィアは、何よりも今は幸せな気持ちが勝っていた。

「それで今後の住処についてだが、ブライトが学校に通うことが出来て、俺も城と行き来しやすい場所にある屋敷にしようと思う。前国王である父が母と暮らすために準備をした屋敷だが、母が平民としての暮らしを変えたがらずに結局住まなかった屋敷があるのだ。好きにしても良いと譲り受けていたのだが、今回ちょうど良いと思っている。どうだろうか?」

ジャックは穏やかな表情で、ソフィアの意見を尋ねてくれる。

(遠方だと、ブライトは寮に入ることになるものね。学校へ通うことが出来る所に住むことが出来れば、ブライトと離れずに済むので嬉しいわ……けれど……)

ソフィアには引っかかることがあった。

「城へ住まなくても良いのですか? あと、国王陛下やジャック様のお父上への挨拶はどうされる予定ですか?」

ジャックは、真っ直ぐに見て来るソフィアのライトブルーの瞳を見ながら、少し困った顔を浮かべる。

「……父や兄上達への挨拶は、タイミングを見計らっている。なので申し訳ないが、すぐに婚姻を結ぶことは難しいのだ……」

申し訳なさそうな顔をするジャックの手に、ソフィアは自分の手を重ねた。

「責めているのではありません。私は男爵家の娘で一度結婚に失敗しています。そして子供もいます。王家へ嫁ぐのですから、問題が色々あるのは重々承知です」

ジャックが重ねられた手からソフィアへ視線をうつすと、朗らかな笑顔を浮かべるソフィアと目が合う。

「今まで何年、あなたを忘れられなかったとお思いですか? 私はいつまででも待ちますから。こうやって会えるだけで幸せです」

穏やかなソフィアの笑顔にジャックが見惚れていると、ソフィアは我慢が出来ずに顔を近づけ、ジャックの頬に口づけをした。

「隙あり」

頬を赤らめて舌を”ぺろっ”と少し出して言うソフィアの上目遣いに、今度はジャックの我慢が限界だった。

(なんて可愛らしいのだ……)

ジャックはソフィアの頭を抱き寄せ、唇を重ねたのだった……



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