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37:sideジャック : 放蕩生活の終わり
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ジャックは、ソフィアのことを忘れたことはなかった。
(きっと幸せに元気に暮らしているさ)
快晴の空の青さを見る度にソフィアを思い出しては、ジャックはそう思った。
そして、自責の念も抱き続けていた。
(何が、大切な人に妊娠出産して欲しくないから生涯独身を貫くだ。中途半端な行動をしてしまった……)
そう思うと同時に、
(これほどまでに他人を愛しく想って、初めて知った。”恋は盲目”とは、このことなんだな。正常な判断が出来なくなる……)
ジャックは、ずっと貫いて来た自分の考えが初めて揺らいだことにショックをおぼえると同時に、そのような相手に出会えたこと、短い間だったが幸せな時間を過ごせたことに感謝している。
(この感情を知るのと知らないのとでは、人生の豊かさが全く違うな。俺の想いは叶わずとも、どこかで同じ時を生きているというだけで力になる。……会いたくもなるがな)
自嘲気味に笑ってから、ジャックは今日の食糧確保を開始した。
「よしっ、今日は大物を狙うぞ!」
こうしてジャックは、ソフィアの健康と幸せを心から願いながら、変わらぬ日々を過ごしていた。
そんなある日、国王から城へ戻るように命令が下った。
仲違いをしていた、腹違いの兄である王子二人が乱闘騒ぎを起こし、二人とも大怪我を負ったと言うのだ。
「私が戻れば、第一王子殿下と第二王子殿下は余計に気を揉むと思います」
「もう知らん。機会は十分に与えたが、二人は自分のことばかりだ。政治にも熱心ではなく、私の助けには全くならん。城を出て側にいないジャッカーソンの方が余程助けてくれている」
国王はほとほと呆れた顔をしている。
渋い顔で良い返事をしないジャックに、国王は真顔で尋ねる。
「……わしが母上を殺したと恨んでいるのか?」
「えっ?!」
突然の突拍子もない質問に、ジャックは目を丸くして国王を見た。
国王はやや眉間に皺を寄せ、ジッとジャックを見ている。
(陛下、そのように思われていたなんて……)
国王が自分の母の死に責任を感じていることは、自分への特別待遇から薄々感じてはいた。
しかしはっきりと言われるのは初めてで、ジャックは胸が熱くなる。
「母の死は誰のせいでもありません」
「しかし、私が子を作らなければ……」
国王は気まずそうに視線を逸らした。
「母は陛下のことを慕っておりました。二人目の陛下との子を妊娠した時は、本当に喜んでおりました」
使用人として働いていて母だが、ジャックを出産後はさすがに城には居にくくて退職した。
そして、ジャックと二人で城下町で静かに暮らしていたのだ。
何ヶ月かに一回、国王はお忍びで母とジャックの家を訪ねて来ては一緒に食事をし、幼いジャックは思いっきり遊んでもらった。
この日を母もジャックも、いつも楽しみにしていた。
ジャックは城入りするまでずっと、国王のことを、ただの"優しい父親"だと思っていたのだ。
父親がこの国の国王だということを知ったのは、母が二人目を妊娠してからだった。
母は断り続けていたが、国王は度々、城で暮らさないかと誘って来ていたのだ。
自分の父親が国王だと知った時、赤い瞳のルーツがハッキリとわかった。
父親は国王血筋のはみ出し者なのかと思っていたら、そうではなかった。
ジャックはまるで、日陰から日なたに出た感覚だった。
(僕はもっと堂々と生きて良い人間なんだ)
10歳のジャックは、そう思った。
「そうか……私のことを憎んでいるから、私の手伝いに乗り気ではないのかと思ってな……」
苦笑いでそう言う国王の顔を見ながら、ジャックは母が生きていた頃を思い出していた。
(陛下もお年を召されたな……)
母が愛した人、そして母と自分を愛してくれる人。
ジャックは、国王にマイナスの感情を抱いたことは一度もない。
「私でよければ、本当は何でもお手伝いしたいと思っております。ただ私が出過ぎると、王妃殿下や第一王子殿下、第二王子殿下のお心を乱してしまいますので……。それを私は望んではおりません」
「ああ、遠慮しているのはわかっていた。しかしもう、そうも言っておられんのだ。お前の力を貸してくれ」
マッケンからの情報でも、最近政治が空回り気味で国王が困っていることは聞いていた。
国王の疲れた顔に、ジャックは父親への親愛の念が込み上げて来る。
(後悔しないように、出来ることはしよう)
母親を急に失った経験のあるジャックは、人の命がいかに儚いかよくわかっている。
父である国王も、いつまで健在なのかわからないのだ。
生きているうちに親孝行を……今までの恩を返そうと、ジャックはふと思った。
(十分我儘を聞いてくれ、好きにさせてもらった。おかげでソフィアとも出会えた。心から他人を愛せた……。もう十分だ。これからは、ソフィアや国民が安心して暮らせる国を維持する手伝いを頑張ろう)
こうしてジャックはソフィアと過ごした思い出を胸に、自分の今後の人生に覚悟を決めた。
そして小屋を後にしたのだった。
(きっと幸せに元気に暮らしているさ)
快晴の空の青さを見る度にソフィアを思い出しては、ジャックはそう思った。
そして、自責の念も抱き続けていた。
(何が、大切な人に妊娠出産して欲しくないから生涯独身を貫くだ。中途半端な行動をしてしまった……)
そう思うと同時に、
(これほどまでに他人を愛しく想って、初めて知った。”恋は盲目”とは、このことなんだな。正常な判断が出来なくなる……)
ジャックは、ずっと貫いて来た自分の考えが初めて揺らいだことにショックをおぼえると同時に、そのような相手に出会えたこと、短い間だったが幸せな時間を過ごせたことに感謝している。
(この感情を知るのと知らないのとでは、人生の豊かさが全く違うな。俺の想いは叶わずとも、どこかで同じ時を生きているというだけで力になる。……会いたくもなるがな)
自嘲気味に笑ってから、ジャックは今日の食糧確保を開始した。
「よしっ、今日は大物を狙うぞ!」
こうしてジャックは、ソフィアの健康と幸せを心から願いながら、変わらぬ日々を過ごしていた。
そんなある日、国王から城へ戻るように命令が下った。
仲違いをしていた、腹違いの兄である王子二人が乱闘騒ぎを起こし、二人とも大怪我を負ったと言うのだ。
「私が戻れば、第一王子殿下と第二王子殿下は余計に気を揉むと思います」
「もう知らん。機会は十分に与えたが、二人は自分のことばかりだ。政治にも熱心ではなく、私の助けには全くならん。城を出て側にいないジャッカーソンの方が余程助けてくれている」
国王はほとほと呆れた顔をしている。
渋い顔で良い返事をしないジャックに、国王は真顔で尋ねる。
「……わしが母上を殺したと恨んでいるのか?」
「えっ?!」
突然の突拍子もない質問に、ジャックは目を丸くして国王を見た。
国王はやや眉間に皺を寄せ、ジッとジャックを見ている。
(陛下、そのように思われていたなんて……)
国王が自分の母の死に責任を感じていることは、自分への特別待遇から薄々感じてはいた。
しかしはっきりと言われるのは初めてで、ジャックは胸が熱くなる。
「母の死は誰のせいでもありません」
「しかし、私が子を作らなければ……」
国王は気まずそうに視線を逸らした。
「母は陛下のことを慕っておりました。二人目の陛下との子を妊娠した時は、本当に喜んでおりました」
使用人として働いていて母だが、ジャックを出産後はさすがに城には居にくくて退職した。
そして、ジャックと二人で城下町で静かに暮らしていたのだ。
何ヶ月かに一回、国王はお忍びで母とジャックの家を訪ねて来ては一緒に食事をし、幼いジャックは思いっきり遊んでもらった。
この日を母もジャックも、いつも楽しみにしていた。
ジャックは城入りするまでずっと、国王のことを、ただの"優しい父親"だと思っていたのだ。
父親がこの国の国王だということを知ったのは、母が二人目を妊娠してからだった。
母は断り続けていたが、国王は度々、城で暮らさないかと誘って来ていたのだ。
自分の父親が国王だと知った時、赤い瞳のルーツがハッキリとわかった。
父親は国王血筋のはみ出し者なのかと思っていたら、そうではなかった。
ジャックはまるで、日陰から日なたに出た感覚だった。
(僕はもっと堂々と生きて良い人間なんだ)
10歳のジャックは、そう思った。
「そうか……私のことを憎んでいるから、私の手伝いに乗り気ではないのかと思ってな……」
苦笑いでそう言う国王の顔を見ながら、ジャックは母が生きていた頃を思い出していた。
(陛下もお年を召されたな……)
母が愛した人、そして母と自分を愛してくれる人。
ジャックは、国王にマイナスの感情を抱いたことは一度もない。
「私でよければ、本当は何でもお手伝いしたいと思っております。ただ私が出過ぎると、王妃殿下や第一王子殿下、第二王子殿下のお心を乱してしまいますので……。それを私は望んではおりません」
「ああ、遠慮しているのはわかっていた。しかしもう、そうも言っておられんのだ。お前の力を貸してくれ」
マッケンからの情報でも、最近政治が空回り気味で国王が困っていることは聞いていた。
国王の疲れた顔に、ジャックは父親への親愛の念が込み上げて来る。
(後悔しないように、出来ることはしよう)
母親を急に失った経験のあるジャックは、人の命がいかに儚いかよくわかっている。
父である国王も、いつまで健在なのかわからないのだ。
生きているうちに親孝行を……今までの恩を返そうと、ジャックはふと思った。
(十分我儘を聞いてくれ、好きにさせてもらった。おかげでソフィアとも出会えた。心から他人を愛せた……。もう十分だ。これからは、ソフィアや国民が安心して暮らせる国を維持する手伝いを頑張ろう)
こうしてジャックはソフィアと過ごした思い出を胸に、自分の今後の人生に覚悟を決めた。
そして小屋を後にしたのだった。
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