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43:sideジェームズ : 初恋

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ジェームズは昔から、気の強い女が苦手だった。

ずっと母ヴァイオレットを見て育ったからだ。
圧倒されて何も言う気にならない……いや、言っても無駄だと諦めて始めから何も言わない。
何か口答えをしようものなら、すぐに平手打ちが飛んで来るのもわかっているから尚更だ。

ジェームズは争いを好まず、ことなかれ主義である。
それに幼いジェームズは単純に、痛いことは嫌だった。
これによりジェームズは、相手を分からせるために暴力を使うことを悪いことだと思わずに、成長してしまったのだった。

母ヴァイオレットに対して内心どうかと思う部分はあっても、何も言う気はない。
言いなりになることが一番”楽”だということを、ジェームズは幼い頃から学んでいた。

浮気だ離婚だと色恋に人生を左右される人物の話を聞く度に軽蔑したし、自分はそうはなりたくないと思った。

(浮ついた気持ちなんて邪魔なだけだ。俺の婚姻も、早くに病気で他界した父の分も頑張って来てくれた母の好きにしてくれたら良い)

ジェームズは、婚姻についてもそう思っていた。

ヴァイオレットに対して不信感はあっても、ジェームズは自分を産んでくれたことと、ここまで育ててくれた感謝は常にあった。
だからこそジェームズが成長し、一人でしっかりとリッチィ伯爵家当主としてやっていけるようになってからは特に、ヴァイオレットにゆっくり幸せに暮らして欲しいとも思っていた。

そんなある日、ヴァイオレットは婚姻話を持ち出して来た。
相手の女性の外見がとにかく好みで、その遺伝子が欲しいと堂々と言う母に苦笑いしか出ない。
何も言わないジェームズに、ヴァイオレットは言った。

「子供を作る行為さえしてくれればいいから」

更に開いた口が塞がらなかったが、ジェームズは疲れやストレスにより性行動への衝動が大きくなることに困っていた。
酒や煙草を嗜まないジェームズの、唯一のストレス発散法だったのだ。

(相手を探さなくてよくなるのは好都合だ)

ジェームズは、単純にそう思ったのだった……

そんなこんなで、あっという間に話は進んだ。

モードン男爵には子息が3人いて、"高位貴族との関係を結ぶことで今後の子息たちの人生を有利にしたい"と丁度企んでいたタイミングのようで、婚姻話に食いついて来たそうだ。

実際に会ったソフィアは、確かにとても美人だった。
しかしジェームズは、気の強そうなところが気に入らなかった。

(妻まで母上のように気が強いタイプだなんて……)

そしてジェームズはヴァイオレットに言われた通り、逃がさないように代々伝わる指輪を契約として渡し、そして無理矢理にでも婚前交渉を交わしたのだった。





ソフィアの妊娠を知ったジェームズは、全く嬉しさを感じることはなかった。

(俺が父親になる……?)

物心ついた頃には父親がいなかったこともあり、まったく父親像が浮かばない。

(俺の子供として生まれて来るなんて……不憫だな……)

そんなことを考えていたら、ソフィアの拒否を聞き入れる気にはならなかった。
寧ろ、妊娠初期の無理な行為により流産しても良いとさえ、心の奥底でジェームズは思ってしまってもいたのだ。

すると珍しくソフィアがヴァイオレットに頼みごとをしたようで、すぐに知らない女が屋敷へやって来た。

「ジェームズ、彼女は妊娠できない身体だから気にしないで良いからね。ソフィアの妊娠中は彼女で我慢しなさい」

ヴァイオレットのその言葉に、ジェームズは良い気はしなかった。

(本当にいつも、人を自分の道具としか思っていないのだな……。我が母親ながら呆れるな)

ジェームズが返事をせずにいても、ヴァイオレットは返事がないことを全く気に止めず、自分の要件だけを述べ続ける。

(拒否されるだなんて、考えたこともないのだろうな)

今までジェームズは、面倒臭さからヴァイオレットに口答えをしたことはないため、ヴァイオレットはジェームズの返事を聞く必要性を感じていないのだ。



(さすがに申し訳なさ過ぎる)

ジェームズは、それならソフィアが嫁いでくる前のように女を金で買う方が後腐れなくて良いと思った。
面倒はごめんだし、そんな訳が分からない女を屋敷へ置いて置くのも気持ちが悪い。

だからジェームズは、不憫な女を屋敷から出してやろうと思った。
どのような経緯で来たのか不明だが、無理矢理に連れて来られたのだろう。
その女性の不利益にならないようにしてやろうと、話を聞きに会いに行くこととした。

そしてそこでジェームズは、雷にうたれたような初めての衝撃を受けた。

(これほど美しい人は見たことがない)

ジェームズはハンナから目が離せなかった。
自分に挨拶をするハンナの声を聞けば、(可愛い声だ)と思う。
歩く姿を見れば、(姿勢が良く綺麗な歩行だ)と思う。
お茶をすすっている所を見れば、(ティーカップが羨ましい)と思った。

(私は一体どうしたと言うのだ!?)

さすがにティーカップに嫉妬した自分に驚き、ジェームズは我に返る。
ジェームズは当初の目的も忘れ、初日は何も聞かずに一緒にお茶を飲んだだけだった。

しかし一緒に穏やかな時間を過ごすだけで、ジェームズは何故だか心が満たされるのを感じる。
これは、ジェームズにとって初めての感覚だった。

それからハンナを毎日訪問したジェームズは、三日目にそっと手を握った。
五日目、そっと抱き締めた。
六日目、そっと啄むキスをした。
そして七日目、二人は結ばれたのだった。

ハンナはいつも、ジェームズを穏やかな笑顔で出迎えてくれる。

そして、いつしかジェームズは自覚する。

「ああ、これが恋というものか……」

そう思いながら、胸が苦しくてたまらなかった……







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