【完結】指輪はまるで首輪のよう〜夫ではない男の子供を身籠もってしまいました〜

５：居候

その男性に名前を尋ねると、”ジャック”と答えた。

ソフィアの突拍子もない申し出にジャックは驚いた顔をしたが、すぐに真面目な顔で言う。

「男の一人暮らしだが、いいのか？」

「はい、構いません」

「……」

ソフィアの即答に、ジャックは下を向いて考え込む。

「本当に、そこは気にして下さらなくても結構ですので。この町には宿がないと聞いております。置いて下さい」

ソフィアの迷い一つない表情を見て、ジャックは困った顔をする。

「女性を泊めることが出来るような家ではないのだ……」

「どのような所でも構いません！」

一歩も引かないソフィアに、ジャックは大きくため息をつく。

「……案内するから、家を見てから決めると良い」


（軽い女と思われたかもしれないわね。けれどいいわ。最高でも2週間、その後は2度と会う事のない人よ）

貞操を守る必要のないソフィアは、もうどうでもいいような投げやりな感覚もある。
しかし、何故かジャックに危険な匂いを感じなかった。

（危険ではない人だと、そう私が思いたいだけなのかもしれないけれど……）

ソフィアは自分で自分にクスッと笑いながら、家に案内するジャックの後に続く。



ジャックの家は海辺の小さい小屋で、間取りは一部屋のみだった。
さすがのソフィアも想定外すぎて、言葉を失う。

「この通り、女性を泊めることが出来る場所ではない。知り合いに馬を出して貰うから、やはり王都に宿を取ろう。もちろん支払いの心配はいらない。そこからここへ通って指輪を探すと良い」

ソフィアの身なりから、ソフィアが貴族の娘だという事にジャックは気づいているだろう。

「いいえ、大丈夫です。ここに居させていただきます」

「ちょっ……嫁入り前の貴族のお嬢様が、こんな所で男と二人一緒にいることを知られたらおおごとだぞ！？」

ジャックは冷静に、ソフィアを諭すように言う。
ジャックはソフィアよりも10ほど年上に見えた。

(子供扱いしないで！）

ソフィアは"ムッ"としてしまう。

「問題ありません。お邪魔いたします」

ソフィアはささっと室内へ入り、部屋の真ん中に腰を下ろして座り込んだ。
まるで覚悟を表すように。
その様子を呆然と見ていたジャックは、困り果てている。

「……ジャック様、お邪魔することに関してはご迷惑をお掛けして申し訳ないと思っています。けれど、ジャック様が心配しているようなことを心配する必要は本当にありません。もし何かあっても、決してジャック様にご迷惑を掛けないことを約束いたします」

真面目な顔でお互いの心の内を探るように、二人は短い間見つめ合う。

「指輪が見つかればすぐに出て行くことを約束いたします」

真っ直ぐにジャックの目を見て言うソフィアに、ジャックは遂に諦めた。

「……それ程までに大切な指輪なのだな。わかった。君には指一本触れないから、心配しないでくれ」





こうして、ソフィアの初対面の男の所への居候生活が始まった。

結婚が決まる前でジェームズに粗末に扱われていなかったら、きっとソフィアはこのような行動はとらなかっただろう。
それほどソフィアは、自分の尊厳を無視されたことに深く傷ついているのだ。

（もうどうにでもなれ）

という投げやりな気持ちや、

（私のことを気に掛ける人なんていない）

という自暴自棄な想いもあった。

しかし、ソフィアの一番の動機は違う。

（この人ともう少し一緒にいたい）

単純に、そう思ったのだ。