上 下
4 / 113

3:ケールの町:指輪で首輪

しおりを挟む
行先を決めていなかったソフィアは、結局終点であるケールの町で降車した。
ソフィアは初めての場所に、辺りをキョロキョロと見渡す。

(何もないわね……)

辺りには、小さな民家がぽつぽつあるだけだった。

「その道をまっすぐ行くと海が見えるわよ。あと泊まる所はこの町にはないから、日が暮れる前に王都へ行った方が良いわよ」

声の方を振り向くと、一緒に降車した先程の女性が微笑みを浮かべて続ける。

「悩み事には海を見るといいわ。広い海は、自分の悩みをちっぽけにしてくれるわよ」

ソフィアは少し驚いた顔をしたあと、フッと微笑み、素直に彼女の善意を受け取ることにする。

「ご親切にありがとうございます」

(私はそれほど酷い表情をしているのかしら?)

ソフィアはそう思うと自分に苦笑いした。






女性に教えてもらった道を行くと、30分ほど歩いたところで海岸に出た。

「わあ、海だわ!」

ソフィアの暮らすリッチィ伯爵領には海がないため、幼い頃以来に見る海だ。
一瞬気持ちが昂ったソフィアだったが、キラキラな水面に反射する太陽の光が、今のソフィアには眩しすぎた。

海から視線を逸らして周囲を見ると、灯台が視界に入る。

「少し遠そうだけれど、行ってみようかしら」

ソフィアは、軽いバッグ一つで身軽だ。
必要になれば、その都度購入すれば良いと思ったのだ。

昨日リッチィ伯爵家から帰宅した時に、何故か父から金を貰ったので金は十分にある。
きっと伯爵邸を訪れた際に金を貰ったのだろう。
こんなふうに金を貰うのは初めてで、父親としての謝罪の気持ちからなのか感謝の気持ちからなのか……なんなのかよくわからなかった。
ただ、『予定通りしっかり嫁ぐように』その想いが込められていることは間違いないと感じた。

なんならソフィアは、この旅行でこの金を使い切りたいとさえ思っている。

(これが私の、自由に私らしくいられる最後の時間かもしれないわ)

ソフィアは灯台を見付けた時、ふとそう思った。

「この2週間は、上を向いて過ごしましょう」

空を見上げると、何故だか少し気分が良くなる気がする。
その勢いで、ソフィアは灯台へ向けて歩みを進める。

1時間ほど歩いただろうか?
やっとソフィアは灯台へ到着した。

「はあ……はあ……、運動不足の私には遠い道のりだったわ……」

奮える脚を踏ん張って、灯台の階段を上る。

「……!?」

そこに広がっていたのは見渡す限りの青、青、青……

ソフィアの瞳の色でもあるスカイブルーは、ソフィアの一番好きな色でもあった。

「水平線を挟んで空の青と海の青……青のグラデーション……何て素敵なの……」



ソフィアは灯台のてっぺんに座り込み、暫くじっと水平線を眺めていた。

「……本当に、私の晴れない気持ちなんてちっぽけなことのように思えて来るわね。ふふっ」



この国は伯爵から上位の貴族とそれ以下の貴族で、待遇が大きく異なる。
そのため伯爵家以上の爵位を持つ家系と親戚関係になることは、家系の安寧と繁栄をとても大きく左右するのだ。

「娘の嫁入りを利用するなんて、よくある常套手段じゃない……」

開放感から、一人なのをいいことにソフィアは想いを声にし始めた。

「でも、お母様が12歳の時に亡くなって以来、家族のために頑張って来たのに。お母様の代わりにと、弟や妹たちの面倒ばかりみて……やりたい事も後回しにして……。それなのに、次は赤の他人に尽くすの?」

水平線の一点を凝視しながら、昨日から我慢していた想いは次から次へと溢れて来る。

「もう18だもの。婚姻は仕方ないわ。でも何故、あの家? 嫁ぎ先に尽くすのはわかるわ。でも……あの家はそうゆうのではないわ……」

領地内で領主の悪口を言うことは憚られるが、領主であるリッチィ伯爵家の評判はよくなかった。

「先代領主様が亡くなって跡を継いだ息子は、冷たく人の心が通っていない。母親の関心は外見だけ。……本当に噂通りの家のようだったわ……」

ソフィアは噂で物事を判断することはしたくないと思い、今までは話半分に聞いていた。
しかし昨日あの親子を目の当たりにし、短時間の交流ではあったが噂を信じるに十分な情報量だった。

「美形の孫が欲しいからと、私の外見にしか興味のない義母……」

ソフィアは急に感情が昂るのを感じる。

「私は子供を産む道具じゃないわよ!!!」

咄嗟に左手を空へ掲げる。
そこには、昨日無理矢理嵌められた薬指の指輪が光る。
大きなエメラルドの周りに華美な装飾が施された、重たい金の指輪だ。

「とても古くて重たい指輪。何でサイズがぴったりなのよ! いっそのこと入らなければよかったのに!」

ふと昨日の苦痛な時間を思い出し、目に涙が込み上げて来た。

「……私は性欲処理の道具でもないわ……」

そのぴったりの指輪に、ソフィアは”逃げられない”と言われている気がする。

「永遠の愛を誓う指輪? 代々のリッチィ伯爵家当主が、生涯愛すると誓った人に送り続けて来たですって?」

ソフィアは指輪を右手で抜き去る。
外す時に、第二関節でつっかかり抵抗があったこと苛立ちを感じてしまう。

「何がよ! こんなの首輪と同じじゃない!!! 私をあの家へ縛りつける首輪よ!!! こんなもの!!!」

ソフィアは、指輪を”ギュッ”と握りしめて右腕を大きく振り上げる。

しかし、その指輪が投げられることはなかった。



「……投げられないわ……」

3人の弟たちの顔が次々と脳裏に浮かぶ。
弟たちにとっても、伯爵家との繋がりは将来にとって有利となり大きいのだ。
いっきに選択肢が広がる。

そう、ソフィアはわかっていた。
自分さえ我慢すれば良いということを……




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完結】愛に溺れたらバッドエンド!?巻き戻り身を引くと決めたのに、放っておいて貰えません!

白雨 音
恋愛
伯爵令嬢ジスレーヌは、愛する婚約者リアムに尽くすも、 その全てが裏目に出ている事に気付いていなかった。 ある時、リアムに近付く男爵令嬢エリザを牽制した事で、いよいよ愛想を尽かされてしまう。 リアムの愛を失った絶望から、ジスレーヌは思い出の泉で入水自害をし、果てた。 魂となったジスレーヌは、自分の死により、リアムが責められ、爵位を継げなくなった事を知る。 こんなつもりではなかった!ああ、どうか、リアムを助けて___! 強く願うジスレーヌに、奇跡が起こる。 気付くとジスレーヌは、リアムに一目惚れした、《あの時》に戻っていた___ リアムが侯爵を継げる様、身を引くと決めたジスレーヌだが、今度はリアムの方が近付いてきて…?   異世界:恋愛 《完結しました》  お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

【完結】王太子の求婚は受け入れられません!

みやちゃん
恋愛
生まれたときから魔力が強く、王城で育ったレイシア 育ててもらった恩もあり、一生この国を守ることを決めていた。 魔法使いとして生きていくことをレイシアは望み、周りの人たちもそうなるものだと思っていた。 王太子が「レイシアを正妃とする」と言い出すまでは‥

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

本当はあなたを愛してました

m
恋愛
結婚の約束をしていたリナとルーカス。 幼馴染みで誰よりもお互いの事を知っていて いずれは結婚するだろうと誰からも思われていた2人 そんなある時、リナは男性から声をかけられる 小さい頃からルーカス以外の男性と交流を持つこともなかったリナ。取引先の方で断りづらいこともあり、軽い気持ちでその食事の誘いに応じてしまう。 そうただ…ほんとに軽い気持ちで… やましい気持ちなどなかったのに 自分の行動がルーカスの目にどう映るかなど考えも及ばなかった… 浮気などしていないので、ルーカスを想いつづけるリナ 2人の辿り着く先は… ゆるい設定世界観です

処理中です...