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第六章 レッドフィールド伯爵家の嵐

5:自分のことしか考えていない女

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流行病が終息したにも関わらず、キャサリンは素っ気なく、ローズの相手をしなくなっていた。
ローズは寂しくて、そのような心の隙間を埋めるために、愛人を作っていたようだ。

そしてこの度、リチャードとの喧嘩のあとで、その愛人を頼った。
するとその愛人が、『屋敷の金を全部持って駆け落ちしよう』と言い出したのだ。
そのためローズは、言われるがままに一度屋敷へ戻り、二つの金庫内の全ての金を持ち出した。
帰省に伴う荷物として、堂々と全てを馬車に積んだのだ。

ローズの実家近くで、レッドフィールド伯爵家の馬車を降り、馬車を見送った。
裏口から入るからと言い、馬車を正門にはつけなかった。
その後は、もちろん実家には寄っていない。
迎えに来た愛人の馬車に荷物を積み、一緒に領地を出たのだ。


「……きっと、最初から金目当てだったのよ! わぁぁぁー!!!!!!」

悲劇のヒロインぶって泣き喚くローズに、リリカは”プツッ”と頭の中で何かが切れる音がした。

「……いい加減にして下さい。領地を……領民を、私達家族を、屋敷で働く人々を……皆を、一体何だと思っているのですか!?」

リリカの目からは涙が零れていた。
愛されることは一度もなかったが、幼いリリカはいつも母の愛に飢えていた。
リリカはもう大人になったと、もう母親なんて必要ないと、父リチャードやキャサリンがいると、そうリリカは思っている。
……そう自分に言い聞かせている。
しかし、完全に思いを断ち切ることが、まだ出来ていないのだ。
1%の希望を、母親に愛されたいという願いを、完全に諦めることが出来ずにいた……

そんなリリカは、腹が立って仕方がなかった。

自分に向けられることのなかった愛情。
キャサリンに少しそっぽを向かれただけで、簡単に外に男を作り、家族を簡単に捨てた母親。
リチャードにずっと愛されていたにも関わらず。
ずっと、あれだけキャサリンに依存していたにも関わらず……
そんな母親とも思いたくない女が、今リリカの目の前に、この家族の屋敷内に当たり前のように居る。


「出て行って……。今すぐこの屋敷から出て行って!!!」

リリカの剣幕に全員驚く。
しかし次の瞬間、ローズは逆上した。

「何であんたなんかに、そんなことを言われないといけないのよ! 小さい頃から本当に憎らしくて、厭味ったらしくて、陰気臭くて……本当に可愛くなかったわ! あんたなんて、娘だなんて思っていないわよ! あんたなんていらなかったのよ! キャサリン一人だったら、もっと身体も丈夫だったかもしれないのに! それでもちゃんと育ててやったって言うのに! この恩知らずが!」



”バシンッ!!!”



部屋中に響き渡った異様な音と目の前の光景に、リリカとキャサリンは目を見開いて固まってしまう。
ローズは左頬を抑えて、へなへなと床に手をついた。
傍にはリチャードが立っている。
ローズの頬をぶった右手を震わせながら……


「あなた……私をぶったの?」

「離縁する。今すぐ出て行きなさい。リリカ、キャサリン、行こう」

リチャードは、リリカとキャサリンを連れて部屋を出た。
そして、部屋の前に控えていた執事長へローズを屋敷から追い出すよう、何も金目の物を持って出ないように見張るように、指示をした。

ローズは、愛人の本当の素性を何も知らなかった。
その男を探しつつも、並行してリチャードは金策を練った……が、厳しかった。
ローズの実家も、嫁に行った娘の責任を取るつもりはないと、門前払いだ。

今回の出来事は、タイミングが最悪だった。
今は流行病のせいで、国中が大きな経済的ダメージを受けているのだ。
他の人を助ける余裕など、ない人が殆どだ。

「このままでは領民も屋敷の者達も、リリカやキャサリンも、路頭に迷わせてしまう……」

リチャードは絶望に打ちひしがれながら、頭を抱えた……



リリカとキャサリンは、ウィリアムやスターリンと会うどころの話では、増々なくなってしまっていた。

(ウィリアム様の無事は確認されているもの。幸い、怪我などもないと聞いているわ。……今は自分のことよりも、屋敷や領地のことのほうが大事だわ)

リリカとキャサリンは乏しい知識を総動員し、少しでもリチャードの助けになれないかと、対策を一生懸命に考えたのだった…





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