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#3 友だちと語らう

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「なぁ川原、本っ当に酒飲んで平気なんだな!?」
「うん、飲みすぎなきゃ大丈夫」
酎ハイの缶が俺と川原の手で両側から引かれる。
「飲み過ぎってどんくらい?川原もう酔ってるじゃん。やめといたら?」
「兄貴みたい、、」
既に少し赤い頬をしている川原が顔をしかめて呟く。
「はぁ?なんかあったら怖いだろ!」
「だから、もう心臓は大丈夫なんだよ。心配してくれるのはありがたいけど、やっと人並みな事が出来るようになったんだって。、、夜中に友だちと語らいながら呑むとか、俺だってしてみたいんだよっ」
「っ、、」
思わず手から力が抜けて、缶酎ハイは川原の手に残った。
笑いながら缶を開けているところを見るとわざとだろう。そういう言い方をすれば、自分の境遇を知っている人の心に刺さる事を知っていた顔だ。
「ったくガキかよ。」
俺の文句には我関せずで美味しそうに酒を飲む。仕方が無いので向かいに座った俺も自分の缶を開けて飲み出す。

川原が閉店間際の店にふらっと現れた時、彼は既に酔っていた。夕食を食べた店で飲んで、その足で俺と一緒に飲もうと店に寄ったと言っていた。

、、いやまぁ、それは友だちとして普通に嬉しいけど、、どの程度普通の事が出来るようになったのか、昔の川原を知る身としては心配でしかない、、

「和倉はいつもどこで飲んでんの?」
「俺?普通に家が一番多いよ。たまにアパートの隣に住んでる友だちと。でも暖かい季節限定で屋上でのんびり飲むのも好きかな」
「屋上なんて出れるんだ?」
「うちのアパート少しだけ小洒落ててさ、屋上にイスとかテーブルとかあって、照明もちょっとした屋根もついてるんだわ。」
「へぇ。そんなのあるんだ」
「そそ。毎年夏にやる花火がすっげぇ見える特等席」

、、とは言っても、酒を飲みに上がったら偶然花火がでっかく見えたってだけで、女の子なんかを連れてわざわざ見る為に居たことはない。

一瞬心が曇った。
それが顔に出ていたのか、川原がこちらを見ていて目が合う。
「和倉、和倉んちで続き飲も?屋上見たい」
「は!?いや、無理無理」
「何で?近いんでしょ?いーじゃん、俺部屋散らかってるとか気にしないよ?」
俺の部屋で飲むというアイデアを気に入ったのかニコニコして、あたりまえのイエスを待っている。

、、いやいや、だから、、忘れんなよ

「部屋は綺麗だわ。じゃなくてさ。」
「なに?あ、部屋に他人が入るの極端にダメな人?」
「いや、じゃなくて、、」
「、、?」
「川原!こないだから気になってたんだけど、、もしかして忘れてる?、、俺、、男がそういう対象になる人だよ?」
高校の頃もここまでハッキリ言った事無かったかもしれない。けど男の先輩と関係を持っていた事は打ち明けていたから、伝わってはいる筈だ。

俺の言葉に「そっか。うん、それは忘れてない」と、ボソボソと答える川原を伺うように見てしまう。改めて俺がゲイだとわかって軽蔑したり離れていく事も想定しなければならない。
「和倉は、、和倉は俺のことそういう風に見てるってこと?ただの友だちじゃない?」
「!?っばっか!!ちげぇーわ!そういう気なくても、夜中に部屋に一緒にいて酒とか飲んでたら、酔ってよくない事しでかすかもしんないだろ!」

、、こいつ、、自分が一人暮らししてる家に夜中女の子一人入れられんのかよ!?好きじゃなければ何も起きないとか思ってんのか?

俺は川原に突然キスをした前科がある。最近だって、、こいつで妄想して屋上で抜いてしまった。部屋で二人きりで酒飲むとか怖くて出来るわけが無い。

「そっか、、悪い、、無神経だった。、、ただ小学校以来友だちの家とか行った事なくて、、」
「へぇ、小学生以来?」
「打ち上げ花火もテレビでしか見た事ないな」
「え、ガチで?」
俺がゲイだとか、そういうのを気にしたふうには見えない。川原は缶酎ハイをちびちび飲みながら少し残念そうに、ただの事実を話しているだけだ。

ーなのに俺の心を揺さぶった。
高校の頃の川原の、諦めたような感情の籠らない瞳を知っているから。

本当に川原はあの時期の全てを諦めるしか無かった。普通の高校生として当たり前にあるはずだった青春を全て諦めていた。
俺だって、あの頃川原の友だちというわけじゃ無かった。けどこいつは俺の事を受け入れて素で居られる静かな時間をくれた。

「まぁ、いいや。こうやって何年も経って和倉と再会できて、一緒に酒飲めてるだけでも凄い事だからな」
そう笑って、「俺にとったらホントにすごい事なんだよ」と続ける。

「、、屋上なら」
「え?」
「屋上なら花火見に来ても良いよ」
「え、本当に?」
「まぁ、花火だけなら、、」
「うわ、すげー嬉しい!花火見れんのか。楽しみだ!和倉サンキュー!」
目をキラキラさせて子供のように喜ぶのを見ればこちらまで嬉しくなってしまう。酔っていていつもよりふにゃっとした笑顔をついつい見つめてしまって、俺は慌てて目を逸らした。

「和倉と居ればきっと俺見られなかった色んな景色見れるんだろうなぁ」
「大袈裟だな。そんなん別に俺とじゃなくても、、」
「ばーか、和倉との方が嬉しいじゃん。俺和倉がちゃんと昔の約束守ってくれてた事、実はすっごい嬉しかったんだ」
「っっ」
「俺は何度も命の危険に晒されて朦朧とする意識の中にいつも和倉の存在があった。和倉と出会った時からずっと」
「ちょ、待て、川原。なんで急にそんな話すんの?すげぇ恥ずかしいんだけど」
顔が熱いのが酒のせいなのか川原のせいなのかわからない。
同じように酒に酔っている川原が、同じように赤い顔をして照れながら微笑んだ。
「せっかくだから自分に正直に生きたいだけだ。もう我慢しなくて良いなら何かを無駄にしたくない。」
そうしてまた酎ハイを飲む。
その横顔を見つめている自覚はあったけれど今度は目を逸らせなかった。

たぶん川原が正直に生きたいと思う気持ちは誰にも邪魔出来ない。俺はそんな川原がひどく眩しかった。
「花火かぁ、楽しみだなぁ」と目を細める彼の横顔を見つめたまま、
「そのかわり危険を感じたら俺を殴れよ」
なるべく冗談に聞こえるように言ってやったのに、川原はもうすっかり花火を想像するのに夢中で返事すらしなかった。



「はぁ~」
窓辺に座って大きくため息をつく。
「ちょっと店長、休みの日なんだから店に来ないでくださいよ。来るなら来るでもっとシャキッとして下さい」
文句を言いながらテキパキと仕込み作業をしているのは店のスタッフの黒坂琴音くろさかことねだ。
スタッフとは言っても、市内数店舗あるポテト屋を経営する社長の姪っ子だ。
真っ黒いストレートの長い髪を後ろで束ねてキャップを被る小さな顔はかなりの美人だ。
俺より2歳年上の琴音は、実は俺の元カノだったりもする。
「ねー、今年花火大会っていつ?」
「んーと、、8月の第2土曜日だから、ちょうど2週間後じゃないです?行くんですか?珍しい。」
「友だちがねぇ、見たいんだって」
「友だち、、って女の子の?」
「いいや、男」
琴音は手を止めてふと顔を上げてこちらを見た。

琴音と付き合っていたのは、たったの1ヶ月くらいだ。
「和倉くんは何でどっか冷めた感じなの?」
「え、俺冷めてる?」
「うーん、女の子にすっごい優しくて、人当たりよくてニコニコしてて、人気あるのも納得」
「じゃあ冷めて無いじゃん。」
「ううん。心開いてない感じ?何か作ってる感じ」
「、、、」
そんな風に言ったのが琴音だった。
「私と付き合ってみて。あなたの心の中を見てみたい」
ー、、そうして試すように付き合い始めた。
それがたったのひと月で終わったのは全面的に俺のせいで、彼女にキス以外手を出さなかった俺が、実はゲイビをネタに独りでしていることがバレたのだ。
琴音は「そういう事か。」と笑った。自分は試されたんだとわかっても、俺が自分自身に認めていないのを察して深く追及せずに別れた。

「高校時代の同級生で最近偶然再会して、その頃はそんな友だちじゃ無かったんだけど、今結構仲良い」
「へぇ~、なんかエモい。」
「俺の家の屋上で花火見たいんだと」
ハァと頬杖をついてため息をつく俺の前へ来て、綺麗な顔が俺をわざとらしく覗き込む。
「もしかして好きだった人?」
「ちげーよ」
「んじゃ今好きな人だ?」
「ちがう。ともだち。」
俺に睨まれて、サッと厨房に戻ると、大きな独り言みたいに言う
「店長は素直になったらもっと色んなこと楽しいと思うけどなぁ」
「大きなお世話ですー」

女の子にわりと人気があって、可愛い子に目がいったりもしていた。性的にもいろんな興味があった頃、、俺を好きだという男の先輩と好奇心で関係した。
あろうことか男の体にめちゃくちゃ興奮して、女の子を見ても感じなかったものを感じてしまった。衝撃と、絶望。なのに快感に負けて何度も繰り返した。
そして俺は心に蓋をした、、。ゲイビを見たり、川原で妄想してぬいたりするくせに、自分の正直な気持ちは高校の頃からまだ認められないでいる。

「自分に正直に」は難しい、、俺は、いつまでこうしているんだろう

「はぁ~、、」
窓辺に頬杖をついたまま、また大きなため息がもれた。
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