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7,それぞれが演じる自分

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椎木くんからの連絡が来なくなったまま夏休みは終わり学校が始まった。
あの日椎木くんは連絡をしても電話にも出なかった。僕に開かれていた扉が音を立てて閉じられた気がして、胸が抉られるように痛くて僕からも連絡する事が出来なくなった。
僕がちゃんとして謝らなきゃならないとわかっていたのに、彼が僕の存在を拒んでいる気がして、決定的な事を言葉で言われる気がして、歩み寄るのが怖い。

学校で久しぶりに見た椎木くんはいつものメンバーでいつものように笑っていた。
瀬戸くんには笑って今まで通りに接する彼の姿が僕に追い討ちをかける。
僕が椎木くんを目で追っても、今までみたいに目は合わない。まるで僕の存在そのものが彼の中から消えてしまったようだ。

恋人ってなんなんだよ。。
友だちっていう関係は壊れなかったようでそこは少しホッとしたけど、それじゃあ僕は、、?彼の中で恋人はあっさり切り捨てられる存在だったってことかよ。

本当に一瞬の、一夏の恋ってやつ?笑える。椎木くんにとってちょっと男に興味持っちゃった高二の夏?誰にも打ち明ける事もなく、彼の中からも無かったことになっていくの?
すぐに誰かに告白されてそっちにいくのかも。
元カノともう良い感じに戻ってる事だってあり得るんじゃないの、、、。

「おーい、クッキー?今日もそれしか食べないん?身体壊すよ」
食欲がないのを佐川が心配してくれる。
青山も「夏バテか?」ってジュースを奢ってくれた。
「夏休みになんかあった?話きくよ?」
なんだかんだ友だち思い優しい佐川の言葉だけど誰にも話せないんだ。
話せるわけない。僕が僕の秘密を打ち明けることは椎木くんの秘密を打ち明ける事だ。

「んー、何もないよ。夏バテかなぁ?ちょっと調子出ないだけ」
なるべく普段通りの自分を演じてみるけど、佐川の顔を見る限りうまくは出来なかったみたいだ。
もっと器用に嘘をつける人間だったら良かったのに。

椎木くんの腕に自分の腕をからめて何か笑いながら話している春川さんを見て、そろそろいろんな事を覚悟しなきゃいけないと思い始めた頃だった。夜部屋に晴人がやって来た。

「兄ちゃん、ちょっと良い?」
部屋に入ってきて座ると話し出すのに何か躊躇している
「何の用?受験生は勉強したら?」
「うん、あのさ、、変な事聞くけど、、椎木さんと何かあった?」
言いにくそうにおずおずと言う晴人の言葉にビックリして見返す
「は、何?」
「あの日、、瀬戸さん達と遊んだ日、椎木さん急に帰っちゃって誰も連絡つかなくなったじゃん?」
「あー、、うん、そうだっけ、、?」
「あの日からずっと兄ちゃん変だよね」
「、、、」
ぐっと返事につまる。自分の態度の分かりやすさが恨めしい。中学生の弟にまで気づかれているとは、、
「そんなこと別にないよ。部屋帰れよもう。」
追い払おうとして「待って」と晴人に遮られる。
「朱莉ちゃんから聞いたんだけど、あの日から椎木さん家に来なくなったんだって。それまでしょっちゅう集まって遊んでたのに。みんなが集まっても椎木さんだけ来なくなったって。」

ーえ、、?

その言葉にショックを受けて晴人の顔をマジマジと見ると、本当と言うように小さく頷く。

「それで前にうちに椎木さん来た時のこと思い出して、、こんなこと言うの変かもだけど、、もしかしてさ、兄ちゃん椎木さんとさ、付き合ってるとかだったかなって」

「、、、」

「や、ごめん、やっぱウソ。朱莉ちゃんがそんな事言い出して、何かそうかと思っちゃったけどそんなワケないか。」
「や、待て晴人、瀬戸くんと椎木くんって喧嘩してるの!?」
「え、それはわかんないけど、放課後は遊んでないっぽいけど、、、」
「そう、、」
「あ、あとあの日より少し前から瀬戸さんの様子がおかしかったって朱莉ちゃんは言ってた気がする」

ああ、泣きそうだ。
僕は勘違いしてたんだ、、学校では何も変わらなかったけど、椎木くんは今まで通りでいたワケじゃ無かったんだ。
僕は勝手に自分だけが切られたと、自分だけが傷ついていると思ってた。
椎木くんは1人で何を思っていたんだろう、、恋人が自分の友だちに抱きしめられている姿を見て平気でいたわけなんかなかったのに。
どうして僕は椎木くんのことをもっと考えなかった?どうして自分の痛みにしか気がつかなかった?

「ちょ、、兄ちゃん?ー大丈夫?」
晴人のオロオロした声でハッとした僕は急いで涙を手で拭う。
「やば、、」
「ーやっぱり、付き合ってる?」
「、、、誰にも言ってない。」
「ーそっか。朱莉ちゃんが、もしかして瀬戸さん絡んでるかもって心配してて、、もしそうなら僕たち協力できるかもしれない。」
情けないけど小さく頷くしか出来なかった僕は、誰かに打ち明けられることにどこかホッとしていた。



「明日の帰り僕んち側の駅まで来てもらう事できないかな」
少し震える指で酷く久しぶりのメッセージを送る
既読がついてしばらく待っても返事は来ない。
「話がしたい。待ってるから来て欲しい」
既読はつかなかった。

晴人に全てを打ち明けてから1週間が経っていて、あの日からはもう3週間も経っている。僕らは連絡を取るどころか学校で話す事もなかった。
隣の席の瀬戸くんともあの日の事は話していない。挨拶とか授業の事とか、その程度の話はするけど瀬戸くんの横顔もどこか沈んでるよう見えた。
皆心に何かしらの思いを抱えていても、友だちの前で普段通り振る舞おうとしている。どこまでまわりに痛みをみせて良いのか、自分の立ち位置をどうやって守れば良いのか、大人になりきっていない未熟な僕たちはただ皆の前で自分というキャラを演じているのかも知れない。



「なにこれ」
駅の前にある広場のベンチで僕と晴人と朱莉ちゃんを見た椎木くんはあからさまに不機嫌な顔をしていて僕らをひるませた。
僕は先に椎木くんと話すために、2人にその場で待っててもらって少し離れた場所まで行く。
椎木くんはずっと無言で、その空気が怖くて僕は緊張で指先が冷えていくのを感じた。

ーでも話さなきゃ。

「来てくれてありがとう。」
「ーうん、まぁ。」
「あの、、謝りたくて」
「、、、」
「瀬戸くんとのこと、見てたんだよね?ー本当にごめん。」
「、、なぁ、これからすんのって別れ話的なやつ?」
あいたベンチに座って立ち尽くす僕の顔を見る黒い瞳。久しぶりに見たその瞳は怒りを押し殺しているように見えた。
その瞳を前にして何度も心が折れそうになる。

「違う!ー僕はそんな事思ってない。ただ話を聞いてほしくて」
「ー座れば?」
「その前にもう一つ謝りたい」
「え、何、怖いんだけど」
「あの2人にバレました。っていうか全部話しちゃいました。勝手にごめんなさい!」
「はぁ!?何してんの」
深々と頭を下げる僕に怒りと呆れの混ざった声が聞こえる。
「瀬戸くんとの話を椎木くんに説明するのにどうしても協力が必要で、、」

僕はあの日椎木くんの元カノの話を聞いていて辛かった事、振られたと言っていた瀬戸くんの辛そうな顔を偶然見てしまった事、その恋人が恋しくて僕を身代わりに抱きしめたこと、、瀬戸くんの相手にはなるべく触れずに事実だけを説明した。

「瀬戸ならそれくらいするだろうってのはわかったんだけどさ、楠木がわかんないんだけど。何で拒否らねーの?傷心の人が頼んで来たらすぐ受け入れちゃうわけ?」
「そんなことない!、、あの時はすごくビックリして、、」
「いや、俺の方がビックリだろ。俺結構楠木に特別に思われてんのかなって思ってたから、キツかったわ。ーずっと連絡も来ないし、今日別れ話だと思ったんだけど」
「ー僕は、椎木くんが僕を切ったと思ってて、、。もうこのまま何も無かったことになるのかなって、、でも言葉で聞くには怖すぎて、、本当に怖くて、、」

「は、俺が?んなワケ、、」

「ごめん、椎木くん。僕はたぶん椎木くんが好き過ぎて、どこまで踏み込んで良いかとか、僕は恋人なのにとかあの人は友だちだからとかもういろいろ考え過ぎて、、学校で友だちと笑ってる椎木くんを見るたびに、自分の方が傷ついてるって思って、、。もっと早くちゃんと話さなきゃならなかったのに、もっと上手くやれたら良いのに不器用過ぎて、、」
言いたい事が溢れて自分の膝に涙がパタパタと落ちる。
椎木くんの手のひらが僕の背中をさする。
「バカ、こんなとこで泣くなよ」
「ごめ、、」

「楠木みたいに真っ直ぐな素直なやつが俺と付き合うのってしんどいんだろうな。」
そう言って黙る椎木くんが、もうやめようと言うんじゃないかと思って涙は堪えられないし怖くて逃げ出したくなる。
黙っていた椎木くんがふっと息を吐く。その吐息が少し震えている気がした。

「でもごめん、楠木。俺おまえの事手放す気ないんだ」

さっきまでよりずっと和らいだその声に僕は更に号泣して彼を困らせてしまった。


「なんか2人巻き込んでるみたいでごめんな。」
椎木くんの言葉に朱莉ちゃんは深々と僕らに頭を下げる。
「いえ、元はと言えばうちの兄のせいで、本当にごめんなさい!!」
「いや、朱莉が謝んなって。ーでも何で?」
不思議そうな椎木くんに、朱莉ちゃんはぐっと決意を込めた瞳で話し始める。
「たぶんお兄ちゃんの事が核心なんだと思うんですけど、ハルくんのお兄さんからは言えない事だと思うので、私から言いますね。」
「ー?」
「実は、春頃からお兄ちゃん、同じ学校の男の人と付き合ってました。」
「え、、、ガチ?」
「はい。最初はただ面白いからって。。1学年下の男の人で、うちにもよく来てました。」
「あー、、何か俺相手に心当たりある気がするわ。」
何か思い出した様子の椎木くんが頷く。

「お兄ちゃんその人としょっちゅうケンカしていて、たぶんお兄ちゃんの女性関係で、、」
「、、だろうね。」
「でも、お兄ちゃん、その人には言ってなかったみたいなんですけど、好きな人出来たから大切にしたいからって女の人を全部断るようになっていて。えっと、清算?って言うんですか?その彼だけと真面目に付き合おうとしてたんです。」
「、、、」
「でも今までの関係があるんで、たぶん女の人とモメちゃって、それが元で付き合っていた男の人とも拗れちゃったみたいなんです。ーたぶん別れたんだと思います。」
「言ってたね。フラれたって。」
「お兄ちゃん見た事ないくらい落ち込んでました。椎木さんとかがいる時はいつも通り振る舞ってましたけど、一人になると私から見ても心配になるくらいで。。」

そこまで朱莉ちゃんが話してくれて、そこから僕が続ける。
「それであの日、瀬戸くんが僕を身代わりにって。その時に相手が男なんだって教えてくれた。ーそれで僕が驚いて固まっているところを椎木くんが見たと思う。ー瀬戸くん、やっぱり身代わりにはならないねって、悲しそうな顔してて、僕は瀬戸くんが本当に辛いんだって思ったんだ。」

「、、、あー、、了解。なんかいろいろ繋がった。その事を楠木から俺に説明するわけにいかなかったって事ね。」

「うん、勝手に瀬戸くんの友だちに言う事はできなくて、、だからってそこに触れないで上手く説明できる自信がなくて、、ごめん、、」

ひとしきり説明を聞いて、椎木くんはその場にしゃがみ込む。長いため息をついて、今聞いたことを自分に納得させようとするように腕で顔を覆ってしゃがみ込んでいた。
しぼらくそうしていたあと、立ち上がりながらもう一度ため息をつく。
「これって結局、、全部瀬戸の普段の行いのせいじゃね!?あー、えっぐ、、何してんのあいつ!」
元凶が瀬戸くんだとわかって、椎木くんが「くっそ」とベンチを蹴るのを僕らは苦笑しつつ止める。
でもその思いは満場一致だったと僕は思う。


僕と椎木くんは暗くなるまでベンチにいた。
晴人と朱莉ちゃんが家に行くと言っていたから椎木くんも誘ったんだけど「やめとく。俺今のメンタルで行ったら100パー押し倒す自信しかねぇわ」と言って中学生の2人と僕を赤面させた。

「にしても瀬戸にはビックリだわ。相手が男ってことだけじゃなくて、ずっと付き合ってたってことも、そこまで本気だったってことも」
はぁ~あ、とため息をつく。
「相手が女の子だったら瀬戸くんも普通に言えたのかな。」
「そうなんかね。」
「難しいね、男同士って。」
ポツリと呟いた僕の顔を隣から覗き込む椎木くん
「不安っすか?」
「うーん、不安というか、思い知ったっていうか。」
「あーね。相手が女の子だったら、俺もあの日あの場で瀬戸を殴る事できたしね」
確かにそうだ。相手が男だったから椎木くんは何も出来なかったし言えなかったんだ、、
それを考えると胸が痛む。僕が女の子だったら良かったのにね、、と言いそうになって言葉を飲み込む。きっと椎木くんはそんなの望んでないし僕も本気でそう思うワケじゃない。

「椎木くん、ー好きだよ」

ちょっと驚いた様子でこちらを見つめる彼をやっぱり好きだと思った。

「ー俺も。たぶん楠木が思ってるより好きだ。だいぶ。」

「ふはっ」

「うわ、何笑ってんの」

「ごめん、だって僕さっきまで本当に苦しくて、椎木くんがきっと僕の横からいなくなるって覚悟してて。だから嬉しい。久しぶりに笑える」

「それお互い様ね。俺もだいぶ死んでた」

「うん。」

椎木くんが暗いベンチに座ったまま、右を見て、左を見て、
そして一瞬だけ僕の襟を引き寄せてキスをした

「!!っちょ、ここ人が、、」
慌てて周りをきょろきょろ見回す僕を見て、彼はアハハと笑う。「本当だ、久しぶりに笑える」嬉しそうな彼を見て、顔が赤くなるのを感じた。


僕らが駅で別れたのはすっかり夜になった頃だ。手を振る僕にふと思い出したように「そういえば、楠木の友だち、、佐川とかは俺らの事知らんの?」と首を傾げる。
「うん、知らないよ。僕の様子が変だったから2人には散々心配されたけど、晴人と朱莉ちゃんにしか知られてないよ」
「ーそっか。なら良かったわ。」
「じゃあ明日学校で」
「ん。学校で。」
そう手を軽く振って椎木くんは駅の中へ消えていった。
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