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第七話 【想い】1

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ふと目を覚ますと、いつもの白い部屋が目に入った。どうやらテーブルで本を読むうちにテーブルに伏して寝てしまっていたらしい。
目を擦って顔を上げると目の前の椅子に容姿端麗な世話係の羅網ラモウが腰掛けて私を見ていた。
手には書物を持っていて、私が寝ている間そこで本を見ていたことがわかる。

「あれ、、寝ちゃってた?私どのくらい寝てたかな?何か夢を見ていた気がする」
「30分くらいですよ。どんな夢をみたんです?」
「わからない、、何か、いろんな感情がごちゃ混ぜな夢」
「まだやっぱり不安定なんでしょうか」

目の前の羅網が心配そうな顔をして私を見つめる。

不安定、、か。

私はビルの上から暗い空間に向かって飛び降りた感覚を思い出して、心臓がギュッと掴まれたように苦しくなった。

「羅網お願い、手を握って」
テーブルの上に差し出す私の手のひらに、白い大きな手が重ねられる。
羅網は小さく微笑んでいて、肩まである髪が部屋の電気の下でキラリと金色に輝いた。
「あなたは愛情を欲している小さな子供のようですね。」
「羅網みたいに、何も言わないで側に居てくれる人がいたら、飛び降りたりなんてしなかったよ」
「私の仕事はあなたを成仏に導く事ですからね。あなたの名珠を透明に戻さなければなりません。」
「ずっと曇っていれば良いのに。そうしたらずっと羅網は側に居て優しくしてくれるでしょ?」
私の言葉に羅網は手を重ねたまま困ったようにまた少し微笑む。
私より年上に見える綺麗なヒトの眼差しは、まるで小さな子供に向けられるよう優しい光を宿していて私を安心させてくれるのだ。

現世でこんなに優しく私の差し出す手を取ってくれた人は居なかった。

親や周りの大人に恵まれず、長年のいじめに耐え兼ねて空っぽになってここへ来た私にとって、仕事でもなんでも私に無条件で優しくて側に居てくれる羅網は見た目通り天使のようだ。

「ちゃんとベッドで寝た方が良いですよ。」
「羅網一緒に寝てくれる?」
「ちゃんと眠るまで側にいますよ」
「夜中に目が覚めたら1人なんてやだ。一緒に寝て欲しいよ。」
「本当に、あなたは小さな子供のようだ」
乱暴な言葉なんて出るわけも無さそうなその口が、クスリと笑うと私はとてつもなく幸せな気持ちになった。

生きている時に一つも言うことの出来なかった“ワガママ”を子供のようにぶつけても羅網は怒ったりしないから、私は羅網が大好きだった。ここへ来た最初の数日は私は心を閉ざして羅網とまともに関わろうとしなかったのに、彼は根気強く、静かに寄り添ってくれた。それが彼の仕事だとは分かっていても、なんだか私の事を大切にしてくれているようで、そんな羅網に私はすぐに心を開いていた。

羅網は私の希望通り、たびたび同じベッドに入り私を抱きしめて眠ってくれる。

この白い部屋に来てどのくらいたったんだろう?2週間?3週間?
本当は透明な名珠は、現世で命を捨てたせいで白く濁っていて、透明にならなきゃ成仏出来ないと羅網が最初に教えてくれた。

だから私はその白い名珠が、いつまでもいつまでも濁っている事を切に願っていたんだ。

なのに、、、
羅網に優しくされて過ごすうちにその濁りが少し薄くなっていて私を焦らせ始める。
やがて焦った私の羅網への執着がエスカレートするのを遂に見咎められてしまった。

「桜子、羅網に代わって暫くは僕がお世話します。」
中性的な可愛らしい顔をした七宝シッポウが厳しい目をして私に言った。

「どうして?羅網は?私羅網と一緒に居たい!」
「桜子、羅網は仕事の範疇を越えてあなたのワガママに付き添ってきました。これ以上あなたのワガママに振り回されていると羅網が罰を受けることになりますよ」
「!ーでも、、でも、、羅網は一緒に居てくれるって言ってたの。それに私をその名で呼ばないで!」
「、、、困りましたね。現世での出来事をこんなに引きずったまま此処にいるなんて、、とにかく、しばらく羅網を休ませてあげて下さい。彼はあなたが来てからこのひと月全然気が休まっていません。」
「、、、、」

本当はわかっている。
七宝の言っていることはもっともだ。
羅網にも自分の時間や他のお仕事をする時間もあるだろうに、私は現世の自分が可哀想だったという理由で羅網の優しさに甘えきっていたんだ。
私はもう18歳で、小さな子供じゃないのに。

「桜子、泣かないで下さい。」
七宝の小さな手のひらが私の頭を優しく撫でて、尚更涙が出てしまう。
「七宝、名珠の曇りが急にとれて来ちゃったの。もう時間がないの?名珠を止めてよ、七宝」
私の言葉に七宝はハッと私の差し出す名珠を見る。
「急に??、、桜子、あなたもしかして羅網のこと、、?」
七宝の言葉に、顔が熱くなるのを感じた。

やっぱり。だから名珠が最近急にキレイになり始めたんだ。

私が、羅網に恋をしてしまったから、、

「桜子、残念だけどその恋はダメなんです。これから転生するあなたと、天上人は違いすぎますよ。それに転生してしまえば、あなたは僕や羅網の事を覚えていることさえ出来ないんです。」
「そんなこと、、」
現世で叶わなかった、人からの優しさ。私に優しさを向けてくれた綺麗な人への恋心。
たったそれだけのささやかな想いが許されないと言うの?

ただの仕事のためでも良い。羅網の優しさに触れていたい。幸せを感じたい。

私はこの日たくさん泣いたのに、キレイになり始めた私の名珠は再び濃く曇ることはなかった。

この日からしばらく七宝が私のお世話をしてくれて、羅網は1日に数回様子を見に来ては部屋を出ていくという毎日になった。

それは私がこの白い部屋を抜け出すまで続いたのだった。
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