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第六話 【奈落】
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この美しい場所で過ごすのも4日目になった。
昼間はずっと穏やかな陽が降り注ぎ、時折心地良い風が肌を撫でる。
夜になっても気温は殆ど変わらず、群青の空に星のようなものが無数に瞬く。転生を待つ人々は思い思いの場所で横になり休んでいる。
朔希はそんな人々の様子をただぼんやりと見つめて過ごすことが多い。
誰もがこの上なく幸せそうで、悲しい顔も怒った顔も一度も見ない。なんの疑問もなくこの素晴らしい世界を一時謳歌して、次の生まれ変わる時を待っているようだった。
、、、なのに、、
朔希の心だけは暗く沈んでいた。
自分は零のことを何か知っているはずなのに、それがわからない。もうすぐ零が消えてしまうかも知れないのに、何か大切な事を自分が忘れてしまっている焦りが胸にわだかまったままだ。
もうずっと零に会っていない。
零が羅網と交わるのを見てしまった時が、零を見た最後だ。
あと3日。
あと3日で私はこの世界を離れて転生してしまう。そうなれば零や七宝のことを忘れて、零の魂のことなど知らぬままに新しい生活を送るのだ。
胸が締め付けられて、自分の心が千切れてしまいそうなほど痛んだ。
ー零に会いたい。零と話がしたい。零の側に居たい。
その思いは再び私を零の部屋へと向かわせた。
「零?」
静かに開いた茶色い扉をくぐって薄暗い部屋へと足を踏み入れる。
大きなソファに長身の身体を横たえて目を瞑る零の姿をみつけて私の心臓が跳ねた。
綺麗な顔は青白く、横に膝をついてじっと見つめなければ息をしているようにも見えなかったのだ。
「零、、ごめんなさい。私、何か忘れているんだよね、、?」
呟きながらそっと白い頬に触れると、零はスッと瞳を開き、そして私を見ると驚いたように少し身を起こした。
「朔希!どうしてここに、、?七宝は?」
「1人で来たの。どうしても零に会わなきゃいけないと思って、、」
「ごめん、朔希。体調が悪くて、、会いに行けなかった」
いつも丁寧で優雅な零が、砕けた口調で話すのを何故か懐かしく感じる。
「消えないで。零。」
「、、、」
「お願い。教えて、零。私あなたに会ってるの。前の転生の時にも零がお世話してくれたでしょ?」
「ー、、そう、、思い出したんだね、、?」
小さく微笑む彼の服をぎゅっと両手で握りしめて彼の胸に頭をもたげる。
「違うの!思い出せないの。零に関係する大切な事を私は忘れてる。、、ごめんね、零。ごめんね。でも、、あなたに消えて欲しくない!」
自分の記憶のもどかしさに涙がじわりと瞳に浮かび視界が滲んだ。
そんな私の頭を零の大きな手のひらが自分に引き寄せるように包んだ。
「良いんだ。朔希。忘れるように出来てるんだから。無理に思い出さなくて良いんだ。」
静かで低い声も、大きな手のひらも温かい胸も懐かしく感じる。
ーそう、懐かしいのだ。そして愛おしい。
私はこの温もりを知っている。
あぁ、、私はもしかして零が好きなのかも知れない。
ゆっくりと顔を上げると零の綺麗な瞳が真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「きっと、、きっと私は零が好きなんだね。」
「、、、」
私の言葉に一瞬揺れた零の瞳を見て確信してしまった。
私は零が好きなのだ。いつからだろう?前の転生の時に好きになったのだろうか?
そもそも転生のたびに世話係の天井人は違うと七宝は言っていたのに、どうして前の転生でも私の世話係を零がしていたのか、、
やっぱり確信するだけでは駄目なのだ。記憶として取り戻さなければいけない。
私は零の白い頬に手を伸ばす。その頬の温かさとなめらかさを確かめるように触れるのを、零は私を見つめたままじっとしている。
「零は、、私が忘れている事を覚えているんでしょ、、?」
「、、覚えてるよ。」
「でも言えない?」
「それは禁忌だ。」
瞳を閉じる零に、私はそっと顔を寄せる。
零の綺麗な唇に自分の唇を重ねる。
「朔希、、?」
「零、あなたとこうするのも初めてじゃ無い。」
私がキッパリと言い切るのを零は困った顔で曖昧に微笑んだ。
そして片腕を私に伸ばすと自分の胸にぎゅっと私を抱きしめていた。
胸につけた耳に、零の鼓動が聞こえる。
この綺麗な人に消えてほしくない。
ーでも、どうしたら記憶を取り戻せる?
そもそも私が記憶を取り戻したって、零が消えることを止めるなんて出来ないんじゃないか、、
あと3日しかない。たったの3日で何が出来る?
何もせずに残りの3日を、零の側をひと時も離れずに過ごす方が良いんじゃないだろうか、、?
零の部屋を出て、優しい灯りに包まれながら暗い道を歩く。
美しい池のある場所かあのただ白い部屋のどちらに戻ろうかと考えた挙句、私は元居た美しい場所に帰ることにした。
頭の中は零の事でいっぱいで、大きな白い扉が音もなく開くのをぼんやりとしたまま見ていた時だった。
「桜子、、?桜子、、!?」
扉が開いたすぐの所に居た年老いた男が、私の顔を見て目を見開いたまま、ふらりふらりとこちらへ歩いてくるのだ。
「覚えているだろう?私だ、、義弟の、」
「え、、私は、、知らな、」
嬉しそうに涙を浮かべながらこちらへ歩いてくる老人に戸惑い、助けを求めるように男の背後に目をやれば、少し離れた所に白い和装の蓮華が驚いた顔をしてこちらに歩き出し、蓮華の隣に居た七宝が私の名を呼びながらこちらへ駆け出すのが見えた。
だけど遅かった。
私の事を桜子と呼んだ男は白い扉をくぐって、私の手を取りながら一歩踏み出した。
途端にぐらりと沈んだ。
その次の瞬間私の手に衝撃が走り、視界が真っ暗になる。
落ちる!!
零っ!!!
男に引きずられるようにして落ちて行きながら、私は零を呼んだような気がした。
私の意識は暗い暗い奈落に落ちていった。
ーーあぁ、また飛び降りてしまったのだろうか、、
昼間はずっと穏やかな陽が降り注ぎ、時折心地良い風が肌を撫でる。
夜になっても気温は殆ど変わらず、群青の空に星のようなものが無数に瞬く。転生を待つ人々は思い思いの場所で横になり休んでいる。
朔希はそんな人々の様子をただぼんやりと見つめて過ごすことが多い。
誰もがこの上なく幸せそうで、悲しい顔も怒った顔も一度も見ない。なんの疑問もなくこの素晴らしい世界を一時謳歌して、次の生まれ変わる時を待っているようだった。
、、、なのに、、
朔希の心だけは暗く沈んでいた。
自分は零のことを何か知っているはずなのに、それがわからない。もうすぐ零が消えてしまうかも知れないのに、何か大切な事を自分が忘れてしまっている焦りが胸にわだかまったままだ。
もうずっと零に会っていない。
零が羅網と交わるのを見てしまった時が、零を見た最後だ。
あと3日。
あと3日で私はこの世界を離れて転生してしまう。そうなれば零や七宝のことを忘れて、零の魂のことなど知らぬままに新しい生活を送るのだ。
胸が締め付けられて、自分の心が千切れてしまいそうなほど痛んだ。
ー零に会いたい。零と話がしたい。零の側に居たい。
その思いは再び私を零の部屋へと向かわせた。
「零?」
静かに開いた茶色い扉をくぐって薄暗い部屋へと足を踏み入れる。
大きなソファに長身の身体を横たえて目を瞑る零の姿をみつけて私の心臓が跳ねた。
綺麗な顔は青白く、横に膝をついてじっと見つめなければ息をしているようにも見えなかったのだ。
「零、、ごめんなさい。私、何か忘れているんだよね、、?」
呟きながらそっと白い頬に触れると、零はスッと瞳を開き、そして私を見ると驚いたように少し身を起こした。
「朔希!どうしてここに、、?七宝は?」
「1人で来たの。どうしても零に会わなきゃいけないと思って、、」
「ごめん、朔希。体調が悪くて、、会いに行けなかった」
いつも丁寧で優雅な零が、砕けた口調で話すのを何故か懐かしく感じる。
「消えないで。零。」
「、、、」
「お願い。教えて、零。私あなたに会ってるの。前の転生の時にも零がお世話してくれたでしょ?」
「ー、、そう、、思い出したんだね、、?」
小さく微笑む彼の服をぎゅっと両手で握りしめて彼の胸に頭をもたげる。
「違うの!思い出せないの。零に関係する大切な事を私は忘れてる。、、ごめんね、零。ごめんね。でも、、あなたに消えて欲しくない!」
自分の記憶のもどかしさに涙がじわりと瞳に浮かび視界が滲んだ。
そんな私の頭を零の大きな手のひらが自分に引き寄せるように包んだ。
「良いんだ。朔希。忘れるように出来てるんだから。無理に思い出さなくて良いんだ。」
静かで低い声も、大きな手のひらも温かい胸も懐かしく感じる。
ーそう、懐かしいのだ。そして愛おしい。
私はこの温もりを知っている。
あぁ、、私はもしかして零が好きなのかも知れない。
ゆっくりと顔を上げると零の綺麗な瞳が真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「きっと、、きっと私は零が好きなんだね。」
「、、、」
私の言葉に一瞬揺れた零の瞳を見て確信してしまった。
私は零が好きなのだ。いつからだろう?前の転生の時に好きになったのだろうか?
そもそも転生のたびに世話係の天井人は違うと七宝は言っていたのに、どうして前の転生でも私の世話係を零がしていたのか、、
やっぱり確信するだけでは駄目なのだ。記憶として取り戻さなければいけない。
私は零の白い頬に手を伸ばす。その頬の温かさとなめらかさを確かめるように触れるのを、零は私を見つめたままじっとしている。
「零は、、私が忘れている事を覚えているんでしょ、、?」
「、、覚えてるよ。」
「でも言えない?」
「それは禁忌だ。」
瞳を閉じる零に、私はそっと顔を寄せる。
零の綺麗な唇に自分の唇を重ねる。
「朔希、、?」
「零、あなたとこうするのも初めてじゃ無い。」
私がキッパリと言い切るのを零は困った顔で曖昧に微笑んだ。
そして片腕を私に伸ばすと自分の胸にぎゅっと私を抱きしめていた。
胸につけた耳に、零の鼓動が聞こえる。
この綺麗な人に消えてほしくない。
ーでも、どうしたら記憶を取り戻せる?
そもそも私が記憶を取り戻したって、零が消えることを止めるなんて出来ないんじゃないか、、
あと3日しかない。たったの3日で何が出来る?
何もせずに残りの3日を、零の側をひと時も離れずに過ごす方が良いんじゃないだろうか、、?
零の部屋を出て、優しい灯りに包まれながら暗い道を歩く。
美しい池のある場所かあのただ白い部屋のどちらに戻ろうかと考えた挙句、私は元居た美しい場所に帰ることにした。
頭の中は零の事でいっぱいで、大きな白い扉が音もなく開くのをぼんやりとしたまま見ていた時だった。
「桜子、、?桜子、、!?」
扉が開いたすぐの所に居た年老いた男が、私の顔を見て目を見開いたまま、ふらりふらりとこちらへ歩いてくるのだ。
「覚えているだろう?私だ、、義弟の、」
「え、、私は、、知らな、」
嬉しそうに涙を浮かべながらこちらへ歩いてくる老人に戸惑い、助けを求めるように男の背後に目をやれば、少し離れた所に白い和装の蓮華が驚いた顔をしてこちらに歩き出し、蓮華の隣に居た七宝が私の名を呼びながらこちらへ駆け出すのが見えた。
だけど遅かった。
私の事を桜子と呼んだ男は白い扉をくぐって、私の手を取りながら一歩踏み出した。
途端にぐらりと沈んだ。
その次の瞬間私の手に衝撃が走り、視界が真っ暗になる。
落ちる!!
零っ!!!
男に引きずられるようにして落ちて行きながら、私は零を呼んだような気がした。
私の意識は暗い暗い奈落に落ちていった。
ーーあぁ、また飛び降りてしまったのだろうか、、
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